第244話 悲哀
あたしは、あの日…戦う決意をした。
「中島!」
平穏な日々を壊す…存在。
あんなやつらが、この世界にいたなんて…。
「中島裕。君を迎えに来ました」
異形の者に囲まれた中島を守る為に、あたしは走った。
人目のつかない路地裏の狭い道を、ただがむしゃらに。
どうして、走れたのかは…わからない。
化け物の群れに、恐れることなく立ち向かえたのは、わからない。
ただ…連れ去られようとする中島の背中が、記憶の底にある何かと重なった。
(行かないで… XX!)
あの時、止めていれば…後悔はしなかったはず。
(後悔…?)
あたしは走りながら、今のあたしと意識の裏に、もう1人の自分がいるような気がした。
(何?)
だけど、あたしは…それ以上考えなかった。
そんな暇はなかったからだ。
中島に駆け寄るあたしの前に、数人の化け物が立ちふさがった。
「見られたからには、殺せ」
リーダーと思われるサングラスをかけた男が、周りの化け物に命じた。
「よろしいな?」
その後、小声で中島に囁いた。
「…」
中島の反応はなかった。
「ケエエエ!」
奇声を発しながら、あたしに向かってくる羆に似た化け物達。
「どけ!」
それでも、あたしは怯むことはなかった。
化け物の牙や鋭い爪が迫った時も、恐怖を感じることはなかった。
(そうよ〜。あなたのようなお方が、このようなもの達を恐れる理由がない)
心の中の自分の声が、あたしに告げた。
(さあ〜邪魔な蛆虫どもに…月の制裁を与えてやるのよ)
「来い!」
あたしは、無意識に月に向かって、右手を上げていた。
すると、月の光の中から何かが飛んできた。
あたしの手に収まる前に、その光は襲いかかってきた化け物達を蹴散らした。
「な!」
絶句するサングラスの男の目に、光を掴んだあたしの姿が映る。
「装着!」
プラチナの輝きが、あたしを包み…あたしの姿を変えた。
乙女プラチナに。
「中島!」
その時から、あたしの戦いは始まった。
中島を守る為に。
だけど本当は…始まることなど何もなかったのだ。
「月の使徒か!?チッ!」
サングラスの男は舌打ちすると、化け物達に指示を与えた。
「だが、恐れることはない!こいつらの弱点は、リサーチ済みだ!押さえ付けて、眼鏡を取れ」
「キェェ!」
化け物達の身長は3メートル、体重は軽く100キロは超えていそうなのに、猫のように俊敏に動いた。
一気に間合いを詰め、鋭い爪が…あたしの顔ごと眼鏡を切り裂いた…はずだった。
「残像!?」
驚きの声を上げるサングラスの男。
あたしは、襲いかかってきた化け物達の後ろにいた。
「愚かな…」
数秒後…化け物達の体が発光し、光の散りとなった。
「い、今のが…月の力!何という眩しさだ」
サングラスをしていなければ、視界を奪われているところだった。
あたしは腕を組むと、ゆっくりと中島のいる方に歩き出した。
中島とサングラスの男を除けば、あと化け物は四体。
あたしは、フッと無意識に笑った。
「く!」
サングラスの男と四体の化け物は、後ずさった。
中島だけが動かない。
だけど、背中を向けている為に、表情はわからない。
「貴様達は…この世界に生まれたバグ!」
乙女プラチナは、サングラスの男を睨み、
「だが…それでも、この世界に生まれたものなれば…ある程度は、見過ごしていたがな!」
乙女プラチナは足を止めると、顎を上げ、サングラスの男を指差した。
「我の思い人に、手を出すならば…容赦はせぬ!」
輝くプラチナの戦闘服が、さらに眩しくなった。
「や、やれ!」
サングラスの男は怯みながらも、周りの化け物に指示を出した。
三体の化け物は、左手を乙女プラチナに向けた。
すると、手のひらから銃口が飛び出し、生体レーザーを発射した。
ダイヤモンドをも切り裂くレーザー光線は、普通は目に見えないが、空気のお蔭で軌跡は見える。
しかし、光速で相手に向かう為に、回避は不可能である。
なのに、乙女プラチナは三本のレーザー光線を避けた。
「何!?」
サングラスの男は目を疑ったが、間を開けずに指示を飛ばした。
「方向を変えて、連射しろ!」
通常レーザーを撃った後は、銃身は熱くなり、普通の人間ならば大火傷を負うが、強靭な肉体が連射を可能にしていた。
生体レーザーは、化け物の肉体そのものから電気を発生させて、エネルギーにしている為に、余分なエネルギーは使わない。
照準を合わせる光を放つことはないのだ。
だからこそ、どこを狙っているかはわからないはずだ。
サングラスの男の指示で発射する場所を移動し、レーザー光線を連射した。
「フン」
乙女プラチナは鼻を鳴らすと、避けるのを止めた。
プラチナの戦闘服に命中した瞬間、目映い光が辺りと包んだ。
「何があった!?」
人間ならば、目が潰れる程の光を切り裂いて、乙女プラチナが空中から姿を見せた。
「月光キック!」
「ク!」
乙女プラチナの蹴りは、サングラスの男ではなく...残りの一体の化け物に炸裂した。
「ば、馬鹿な!我等の実行部隊が、こうも簡単に!」
サングラスの男は、視界が正常に戻るのを待たずに...その場から消えた。
その様子を、じっと見ていた乙女プラチナは、サングラスの男のあとを追うことはしなかった。
光が輝き、消えるまでのほんの数秒の出来事だった。
乙女プラチナは視線を、そばに立つ中島に向けた。
戦いの間ずっと、背を向けていたから…中島は、光に目をやられることはなかった。
「クギ…」
乙女プラチナは唇を震わし、そう呟くと…眼鏡を取った。
「あっ!え!あっ!」
あたしは、手に持った乙女ケースに驚いた。
どうしてあるのか…理解できない訳ではなかった。
ただ…変身している間、頭がぼおっとしていて、何か妙な気分だったのだ。
「これを…真弓達も持っているんだ」
あたしはまじまじと、乙女ケースを見てから、はっとした。
「中島!」
あたしの声に振り返った中島の目に、生気はなかった。
ただ冷たく…悲しい目をしていた。
「な、中島…」
それだけで、あたしは息が詰まり、何も言えなくなかった。
やはり、怖い思いをしたし…もしかしたら、戦闘中にあたしの気づかない内に、怪我でもさせたかもしれない。
それに…。
あたしは、乙女ケースを握り締めた。
(こんなものを…)
いろんなことが、頭の中に浮かび上がり…軽くパニックになりかけていると、あたしを見る中島の目の色が、変わった。
優しく温かい瞳で、あたしを見つめ、
「ありがとう」
一言そう言った。
そこにいるのは、いつもの中島だった。
それだけで、あたしは笑顔になり…安心する。
ほんと…あたしは、駄目な子だった。
この時も…あたしは、あたしのことだけを考えていたのだ。
中島のことなんて、考えてなかった。
身勝手な恋。
「帰ろうか」
中島の笑顔だけにとらわれていた。優しい言葉だけに包まれて、嬉しかった。
あたしは駄目な女。
「うん!」
頷き、手を繋ぐこともできない恥ずかしさと嬉しさを抱いて、あたしは中島と歩き出した。
それが、悲劇へと向っていることを知らずに。