第243話 愁月
生徒会の仕事が終わり、正門から教室へと向かっていた九鬼は、校舎の入り口の前に立つ女子高生の姿を認め…足を止めた。
「蘭花…」
授業が、始まるまでに時間がない。
殆どの生徒が、教室で席についている状態の中…蘭花は悠然と腕を組み、九鬼が近づいてくるのを待っていた。
思わず止めてしまった足を、九鬼は蘭花を見つめながら再び動かした。
「おはよう」
平然と朝の挨拶をして、通り過ぎようと九鬼に、
「おはよう」
と蘭花は一応挨拶を返したが、すれ違う寸前まで次の言葉を発しなかった。
九鬼の耳が一番そばに近付いた時、蘭華は前を見つめながら口を開いた。
「闇が…また出たようね」
「!?」
その言葉に驚きながらも、九鬼は1メートル程歩いて…足を止めた。
「そして、また…紛い物の力を使ったようね」
蘭華はゆっくりと体の向きを変え、九鬼の背中を睨んだ。
「言っておくけど…乙女ブラックは、あたし。黒の名を受け継ぐのは、あたし達…黒谷一族なの」
「それは…」
九鬼も振り向き、
「わかっているわ」
黒谷の顔を見た。
その目の強さに、蘭華は唇を噛み締めた。
どんな色であろうと、人々を守る為に戦う。
九鬼の瞳が、そう語っていた。
例え…紛い物であろうとも。
「く!」
蘭華は顔をしかめると、叫んだ。
「あなたにはあったはずよ!特別な力が!」
「そうね…」
蘭花の言葉にはっとした九鬼は、すぐに睫毛をふせた。
「!」
その予想外の悲しげな仕草に、蘭花は思わず息を飲んだ。
「そうだったわ…」
九鬼はそう言った時、授業の始まりを告げるチャイムが、学校中に鳴り響いた。
九鬼は蘭花に頭を下げると、教室に向って歩き出した。
「九鬼!」
蘭花の声にも、もう足を止めることはなかった。
(確かに…あの力は、あたしにあった)
祖父である九鬼才蔵に幼き頃より、闇に閉じ込められ、闇と戦う術を叩き込まれた九鬼。
(闇こそが、あたしの居場所だった日々…。光を知らなかった日々…)
そんな中で、闇を照らす月こそが…九鬼にとっての光であった。
月のようにおなり…。
祖父の言葉がよみがえる。
微かな光。太陽とは違い、見上げ…見つめることのできる優しい光。
そんな光になれと。
だけど、あの力は違った。
一度だけ使ったあの力は、眩し過ぎた。
そして、強力過ぎた。
まだ…人の普通の暮らしを知らなかった九鬼には、早すぎ力だった。
だから、兜は預かることを決めたのだ。
人間として、普通の学校に通い…暮らすことを経験した後に、取りに来いと兜は言った。
この大月学園に。
そして、今…その九鬼は、大月学園にいる。
しかし、肝心の兜が行方不明となっていた。
突然のことである。
彼が持つ乙女シルバーのケースの行方も…わからなくなっていた。
だけど…九鬼が入学して、数ヶ月はたっている。
兜が行方不明になったのは、数日前。
取りにいく気ならば、とっくに行っていたはずだ。
なのに、彼女は行かなかった。
その理由は、簡単だ。
(幼き頃…。闇と戦い、生き残る為とはいえ…あたしは、多くの人を殺して来た。犯罪者や殺人鬼。祖父が金で連れてきた人々を、あたしは殺してきた)
九鬼は拳をぎゅっと握り締め、
(そんなあたしに、光を纏う資格があるのか?)
自らに問いかけた。
能力が劣る量産型の乙女ケースを使うのは、云わば…戒めのようなところもあった。
自分では、気づかなくても。
(しかし…)
九鬼の脳裏に、牛と馬の頭をした魔物の言葉がよみがえる。
(炎の騎士団!)
今までとまったくレベルの化け物。
その者達と戦うには、今の力では敵わないことも…九鬼には、痛いほどわかっていた。