第23話 三人の女神
王は、この世に…2人の女神を創り出した。
水の女神と、火の女神。
2人の女神を自らの両腕として、世界を統治しょうとした。
しかし…そこに、予期せぬことが起こった。
女神が、もう1人生まれたのだ。
それも、人である女の腹の中から…。
その女神は、生まれながらにして、王と同じ能力を身につけていた。
まるで、王の分身であるかのように。
魔族は、それを恐れ、敬い、戸惑った。
その女神こそ、王の跡取りであると。
いや、この方は、人間から生まれたのだ…。
いずれ、災いをもたらすと。
運命の女神…アルテミアと、2人の姉…マリーとネーナ。
運命の時が、迫る。
マグマがまるで、絨毯のように敷きつめれた山道を、スキップしながら歩いていく女。
遥か雲の上にある火口からは、止めどもなく…マグマが流れていた。
噴火である。
火の粉が辺りに飛び散り、木々は燃え、鳥や獣達は逃げ惑っていた。
晴天の空に、真っ黒な爆煙が狼煙のように、上がっていた。
その灼熱の煙の中から、炎を纏った魔物が飛び出してくる。
鼻歌混じりで歩く女から、少し離れて2人の魔神が続く。
屈強な3メートルはある体躯を揺らしながら、炎そのものの体に、漆黒の鎧をつけ…まるで、その鎧によって、姿を保っているような感じを受けるーー炎の騎士団長、不動。
もう一人は、女である。
腰まである髪の毛先が、燃えているくらいしか、特徴がない。
一重瞼に、薄い眉。切れ長な瞳。
その姿は、普通の人間の女と変わらない。魔神の中でも、一番弱そうであるが…。
薄い紫のワンピースを着た華奢な体に、触れるものはすべて燃え尽きるーー炎の騎士団長、リンネ。
その2人を従える者こそ、火の女神…ネーナである。
メイド姿で、猫耳をつけた風貌で、マグマの上を歩く姿は、あまりにも異様である。
マグマの流れにそって、森林の中を歩く無数の魔物達。
炎の騎士団の進軍だった。
木々を飛び越え、走る無数の影は、狼にそっくりであるが、体毛は赤く輝き、炭に炎がくすぶっている…そんな印象を与える体躯。微かに吐く息は、炎のように揺らめいていた。火狼といわれる魔物のこそ、炎の騎士団の主力部隊である。
ネーナと、2人の魔神を囲むように進む火狼の何匹かが、いきなり足を止めると、3人の前に飛び出し、前方を睨み威嚇した。
「フン」
ネーナは鼻を鳴らすと、火狼達の前に出て、手で下がるように命じた。
火狼は一応、一応少し下がったが、ネーナのそばから離れない。
山道を下へ流れていくマグマの川が、止まった。
いや…凍り付いた。
下から山を登ってくる女に触れた瞬間、マグマは凍り付いていく。しかし、ネーナの前でピタリと止まった。
「相変わらず…派手ねえ。出陣するのに、いちいち噴火させて…。無駄な自然破壊だわ」
腕を組み、噴火する山や燃える木々を見て、マリーは肩をすくめた。
マリーの姿を見、2人の魔神は腰を下げ、さらに頭を下げた。
「景気付けよ。あたしは、こういうのが好きなの。お姉様と違ってね」
ネーナは、いやらしくマリーに微笑む。
しかし、目線は鋭い。
「何か言いたげね」
マリーは腕を組んだまま、ネーナに近づいた。
マリーが歩く度に、マグマは凍り付く。
しかし、ネーナの前に来た時、マグマは凍らなくなった。
対峙する2人の隙間…数センチで、氷とマグマがせめぎ合う。
「依り代の世界に、一匹送り込んだらしいわね」
ネーナが一歩足を踏み出すと、氷とマグマの力関係が変わり、氷を押し戻すように盛り上がった。
マグマが、マリーに向けて飛び散った。
「あら。あなたに言ってなかったかしら」
マリーは一歩も動かず、ただ目を見開いた。
マグマの滴は、まるで時が止まったかのように、マリーにかかる寸前で止まり、すぐに凍り付くと、足元に転がった。
「あたしは、聞いてないわ」
ネーナの静かな苛立ちに、マリーは呆れたように、ため息をつき、
「単なる余興よ」
肩をすくめた。
「余興?」
眉をひそめたネーナに、マリーは近付いた。
少し空中に浮きながら、マグマの上に立ち、ネーナの耳元で囁いた。
「今のあの子に、女神の力はないわ…。それなのに…」
マリーは目だけで、軍勢を見回し、
「大した数ね…」
ネーナに分からないように、口元を緩めた。
「怖いのかしら?」
マリーの言葉の途中で、ネーナの鉤爪が、マリーのいた空間を斬り裂いた。
「図星ね」
しかし、マリーは一瞬の内に、空中へと逃げていた。
「あたしは、怖くなんてない!水の女神として、あたし1人で、あの子を殺すわ」
空中で反転すると、蝙蝠の羽が生え、マリーはどこかへ飛び去っていく。
その様子を苦々しく見送ったネーナは、後ろに控える軍勢に向かって叫んだ。
「隊は解散だ!あたしも、1人で行く!」
「しかし、ネーナ様」
一歩前に出た不動を睨むと、ネーナも空中に飛び上がった。
「命令だ!マリーより先に、あたしが、アルテミアを殺してやる!」
ネーナもまた羽を生やすと、赤い瞳を輝かせ、マリーの後を追った。
「ネーナ様!」
手を伸ばし、ネーナの後に続こうとする不動を、リンネが止めた。
炎の髪の毛が、不動の左手に絡みついた。
「リンネ!」
凄まじい力で引っ張られた為、不動は少し体勢を崩した。
「これは、予定調和よ。あなたも、わかってるはずでしょ?」
不動は踏ん張ると、リンネの髪を引きちぎろうとした。
しかし、その前に、リンネは髪の毛を解いた。
「我々は、炎の騎士団だぞ」
不動の体が膨れ上がり、鎧からはみ出した。
「これは、魔王の意志です」
リンネは微笑みながら、凄む。
「魔王…」
不動の表情が、明らかに変わった。
その言葉だけで震え、冷や汗をかき出す。
リンネの笑いが、冷笑に変わる。
「魔王の意志に、従わぬものは…」
不動の周りを、火狼達が囲む。
その数は、数千。
不動は思わず、後ずさった。
「お分かり頂けましたか?」
リンネは、また優しく微笑みかける。
不動はただ…頷いた。