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第237話 心喰

「大丈夫よ。今から帰るから…」


母親からの電話に出た女は、路地裏から歩き出した。


人目の少ない場所には、数人の人間の男に連れて来られた。


だけど、その場所は男達にとって、有利な場所ではなかった。


転がる死体に見向きもせずに携帯を切ると、女は見慣れた町並みに飛び込んだ。


「汚い世界」


人通りの多さも、計画性のないただ…金儲けの為に次々に建てられた建造物も、ただのゴミにしか見えなかった。


数年後には、壊されるもの。


新たな金儲けの為に。


だったら、それに関わる人間も壊されたらいいのに。


そう思いながらも、できるだけ無表情で歩く女の名は、赤星綾子。


行方不明になった兄…赤星浩一のことで、母親はナーバスになっており、いつも帰り道に電話をしてきていた。


こんな母親の気持ちは痛いほどわかったが…。


しかし…。


(自分はもう…)


綾子は数秒だけ目を瞑ると、人波に任せて歩き出した。



「あ」


突然前から、声がした。


自分に向けられた聞き覚えのある声に、綾子は足を止めた。


「あらあ」


自然と笑顔になった自分に、綾子は心の底で驚いていた。


「お久しぶりですね」


向こうも笑顔だった。


(お互い…似合っていないかもね)


そんなことを思うと、さらに笑顔になってしまった。


「そうね」


綾子は、頷いた。


「仕方がありませんよね。就職されたのだから」


「…」


綾子は、目の前で微笑む人間に自然に優しく見つめてしまった。


無言になった。


なぜならば、彼女こそが…綾子の最後の友であったからだ。


「今、お帰りですか?」


「ええ」


綾子は、また笑顔になった。


「お忙しいんですね」


「あなたこそ…」


綾子は、目の前の人間の姿を見て、


「今…帰りなの?やっぱり、忙しいのね。生徒会長にもなると」


「そ、そんなことは…」


少し照れたような顔になった人間は、九鬼真弓だった。


それは、久々の再会であり…まだ互いが偽りの途中でもあった。


「…」


少し互いに、会話が途切れてしまった。


別に、会話に困る間柄でもない。


ただ…深く話すことはできなくなっていたのだ。


特に、綾子の方が…。


「フッ…」


綾子は、口許をほんの少し歪めてから、満面の笑みをつくり、


「じゃあ…またね。真弓ちゃん」


「あっ、はい」


九鬼を見つめながら、横を通り過ぎて行く綾子を…ただ横目で見送った。


数秒後、はっとした九鬼が振り返ると…もう綾子の後ろ姿は、人混みに埋もれて見えなくなっていた。


「?」


九鬼はしばらく、顔が見えない人々の背中を見つめた後、ゆっくりと歩き出した。


すれ違う人々と、目を合わすことなく。


人波と反対方向に。


(どうして…)


九鬼は前を見つめて歩きながら、一瞬だけ感じた違和感について考えていた。


もう二度と、綾子に会えない…そんな気がしたからだ。


だけど、その時の九鬼は…その一抹の寂しさを、学生である自分と社会人になった綾子との立場の違いから発生したと思い、納得した。


立場の違い…。


それが、そんな単純なことではないことを…九鬼は知らない。




去っていく九鬼の後ろ姿を、人混みに紛れて見つめていた綾子の横に、九鬼の横を通ってきた数人の男女が立ち止まった。


「!?」


少し眉を寄せた綾子の耳元で、サングラスをかけた男が囁くように言った。


「お迎えに上がりました。テラよ」


その言葉に、フンと鼻を鳴らすと、綾子は再び人波に合わせて歩き出した。


その前と後ろを守るように、数人の男女が歩幅を合わせて歩き出した。


そして、綾子達の集団は、人波に紛れ…やがて、消えていた。





「今のやつ…。知り合いか?」


歩き出した九鬼の横に、いつのまにか同じ学校の生徒である花町蒔絵がいた。


相変わらず、片時も離さない携帯の画面を見つめながら、九鬼に訊いた。


「え、ええ…」


少し感傷に浸っていたとはいえ、真横に来てもまったく気配を感じなかったことに、九鬼は驚いてしまった。


「そうか」


蒔絵の指が忙しなく、キーボタンの上を走る。


「ちょっとこっちに来い」


蒔絵はディスプレイを睨みながら、顎で九鬼を人波から出るように示した。


「?」


首を傾げながらも、九鬼は蒔絵とともに通りを出て、再び…人気のない路地裏に入った。


蒔絵はずっと、画面を睨んでいた。どうやら、目的のサイトに中々繋がらないようだ。


数十秒後、蒔絵は繋がったサイトを見せる為に、命より大事な携帯を九鬼に渡した。


「何?」


九鬼は、画面に表示された文字を読んだ。


「今、この町で噂になっていることだ」


「噂?」


眉を寄せて、九鬼は文字を読んだ。


「人ならざるもの?」


「ここ最近…化け物の目撃情報が多い。そして、それと戦う者…人々を魔物から、救う者」


「!?」


「残念だが、あたし達じゃない」


「ブロンドの女神?」


蒔絵が見せたサイトは、女神に助けを求める掲示板だった。


「そうだ」


蒔絵は九鬼から、携帯を返して貰うと画面を切った。


「書き込まれたのが、すべて事実とは思えないが…嘘だと言えない。なぜなら、あたし達は…そういう存在と戦っているのだからな」


「つまり…あたし達以外に、闇と戦っている者がいると?」


「さあ〜ね」


蒔絵は肩をすくめると、また携帯をいじり出した。


「でも、そんな酔狂なやつが、他にいるとは思えないけどな」


そう言うと、人波の方に戻っていく蒔絵。


「蒔絵?」


「はあ〜だりぃな」


ため息をつきながら、蒔絵は路地裏から出ていった。


1人取り残された九鬼も、ため息をついた。


1人でいることに、慣れているはずなのに…妙な寂しさを感じていた。


しかし、九鬼にそんな思いをいつまでも抱いている暇はなかった。


突然鳴った携帯が、九鬼の気持ちを引き締めた。


「はい」


冷静に、電話に出た九鬼の耳に、悲痛な叫びが聞こえてきた。


「助けて、九鬼!闇を見つけたんだけど…だ、駄目なの!」


電話をかけてきたのは、五月雨夏希。乙女ブルーである。


「夏希!どこにいるの!」


「え、え〜っと!きゃあ!」


悲鳴の向こうで、獣のような呻き声が聞こえた。


「夏希!」


九鬼は走り出していた。


「夕立商店街の裏!」


夏希の叫びとともに、携帯が切れた。


「チッ!」


九鬼は舌打ちすると、携帯をポケットに押し込んだ。


逆に手にした物を、前に突きだした。


「装着!」


人目のない路地裏の一本道を走る九鬼の全身を、黒い光が包んだ。


「とおーっ!」


ジャンプすると、九鬼は五階建てのマンションの上に、着地した。


「最短距離を行く!」


乙女ブラックになった九鬼は、月の光の下…屋根の上を疾走する。


「夏希!」


音速に近づいた九鬼の姿を、普通の人間は見ることができない。


顔にかかった眼鏡のレンズに、乙女ブルーの反応が映り、矢印が下を向いた時、九鬼は市民会館の屋根を蹴り、地上へと飛び降りた。


目標を捕捉した。


夏希の周りに、人の五倍はある化け物がニ体いた。


逃げ回る夏希を捕まえようと、手を伸ばしている。


「乙女スプレー!」


夏希の手にあるスプレーから、放たれた霧状の液体が、化け物の顔にかかったが、まったく効いていない。


「乙女ブザー!」


と次に召喚した武器を見て、夏希はブザーを化け物に投げつけた。


「ど、どうして!あたしの武器は!防犯グッズばかりなのよ!きゃあ!」


横飛びで、化け物の拳を何とかかわした。


夏希のいた場所の地面が抉れ、穴があいた。


「し、信じられない」


目玉が飛び出す程、驚いた夏希の真横から、他の化け物が手を伸ばしてきた。



その時、三日月のような軌道を描いて、空から九鬼が降ってきた。


「ルナティックキック!」


九鬼の回し蹴りが、夏希を掴もうとした化け物の腕を跳ね上げた。


「九鬼!」


夏希が嬉しそうな声を上げた。


九鬼は着地と同時に、前転するかのように前に飛び、地面に手を付けると数回回転し、化け物の懐に飛び込んだ。


「ルナティックキック二式!」


腕から全身をバネにして、化けものの顎先向ってジャンプすると、両足で蹴り上げた。


反り返る化け物の巨体を見て、元気を取り戻した夏希は新たなる武器を召喚した。


「乙女スタンガン!」


叫びと同時に突き出した青白い光を伴ったスタンガンが、もう一体の化け物に炸裂した。


「え!」

「何!」


夏希と九鬼が、同時に声を上げた。


「効いていない!?」


牛と馬の顔に、人間に似た毛深い体躯をした化け物は、クククッと余裕の含み笑いをもらした。


「ならば!」


九鬼は、右手を前に出すと、全身の力を腰に加えていく。


「夏希!いくぞ」


「わかった!」


九鬼がやろうとしていることに気付いた夏希は、ブルーの乙女ケースを突きだした。


「兵装!」


乙女ケースの形が変わる。


「はあ〜!」


気を練る九鬼の全身に、天から降り注ぐ月の光が、集まってくる。


「乙女青竜刀!」


夏希の手に、やっと武器らしい武器が握られた。


「ルナティックキック!」


九鬼がジャンプした。爪先を突きだし、ドロップキックのような体勢になった九鬼の体が身をよじると、回転しだした。


その全身を、光がさらに渦を巻いて回転すると、爪先に集束していく。


「三式!」


ドリルのようになった九鬼の体が、牛の化けものに突き刺さった。


「くらえ!」


青竜刀の刀身が、月の光を得て輝く。そして、夏希は刀を振り落とすと、斬撃が飛び出し、馬の魔物を直撃した。


「どうだ!これが、月の力よ」


勝利を確信した夏希のそばに、九鬼が転がってきた。


「え?」


目を丸くする夏希。


ルナティックキック三式…別名乙女スピンは、ドリルの様になった体が、相手の体を貫く大技である。


それなのに、九鬼の体が化け物も向こうにあるのではなく、夏希の横にある。


「え?え?え?」


パニックになりかける夏希の耳に、ヒイイイイと馬のいななきが聞こえた。


「え…」


前を見た夏希の目の前に、ほとんど無傷の馬の化け物がいた。


「こいつら…ムーンエナジーが効かないのか…」


牛の腹筋に跳ね返された九鬼は、何とか立ち上がると、蹴りが当たった部分を見た。


体毛が焼け、丸く剥げができていたが、皮膚は少し焦げただけだった。


(違う!)


九鬼は横目で、馬の化け物を見た。そいつにも、焦げ痕があった。


(ムーンエナジーが、弱いんだ)


九鬼は唇を噛みしめると、ショックでぼおっとしている夏希に向ってジャンプした。


間一髪のところだった。


馬の化け物も尻尾が死角から、夏希の耳の中を貫こうと襲いかかってきたのだ。


夏希に抱き締め、地面を転がった九鬼の様子に、化け物達は目を細め、感心したようにいた。


「なかなかすばしこいな。この世界の人間にしてはな」


馬の化け物は、にやりと笑った。


「その世界に来てから、退屈しておった」


牛の化け物は巨体に似合わず、ジャンプすると、九鬼達を飛び越え、後ろに着地した。


空き地に隣接している市民会館の塀が、牛の化け物に踏みつけられて、簡単に粉々になった。


「弱い人間ばかりでな!」


「食料には、困らんが…」


牛の化け物の口から、涎が流れた。


「体が鈍って仕方がない」



「食料?ま、まさか…」


九鬼は化け物を見上げ、絶句した。


「人間を食べるのか!?」


「え」


夏希は、きょとんとしてしまった。


「当たり前だろ」


九鬼の叫びに、馬の化け物は逆に驚いたような顔になった。


「お前達下等動物が、我々の食料になることは、自然の道理!」


「そのことも、知らないとはな…無知の極みだな」


九鬼達を挟んで、じりじりと近づいて来る二体の化け物。


「き、貴様ら闇も!もっとは、人間から生まれたのだろうが!」


九鬼は夏希を抱き締めながら、化け物達を睨んだ。


「な…」


今度は、化け物達が絶句した。


そして、間を開けてから、大笑いし出した。


「ははははは!何を言うか!どうして、我々が家畜から生まれるのだ!」


「誇り高き、炎の騎士団に所属する我等を愚弄する気か!下等動物の分際でな!」


突然、魔物の肉体が炎そのものに変わった。


「な!」


驚くよりも速く、九鬼は音速に近いスピードで、魔物達の前から消えた。


今まで九鬼が相手をしてきた化け物は、人間から生まれたり、変化したものばかりだった。


妖怪と言われる存在も噂には聞いていたが、会ったことはない。


(確か…兜博士が、仮説として…妖怪や悪魔の一部が人に交わり、転生し…何らかの影響で、目覚めたのが、闇の正体と言っていたが)


九鬼は、戦う場所を変えようとしていた。


(月の光がもっと届くところで!)


空き地からでようとした瞬間、九鬼の前に炎の壁ができた。


九鬼の肩が、炎に触れてしまった。


「ク!」


戦闘服が焼け、苦悶の表情を浮かべながら、九鬼は空き地内に落下していく。


「九鬼!」


一緒に落下した夏希は、空中で体勢を変えると九鬼を抱え、着地した。


「やっぱり、量産型の乙女スーツじゃ駄目なんだよ!あ、あたしの戦闘服で」


夏希は眼鏡を取り、九鬼に変えようとするが、恐怖で手が震えて上手くいかない。


「さあ〜丸焼きで、頂こうか」


化け物…いや、炎の魔物達が、二人に迫る。


「逃げて!夏希!あたしが囮になる」


九鬼は、眼鏡を外そうとしている夏希を手を止めると、自ら前に出た。


「この生意気な下等生物は、俺が喰う!」


牛の魔物が口を左右に裂け、鋭い牙が見えた瞬間、九鬼達の後ろの炎の壁も左右に裂けた。


そこから、空き地内に飛び込んで来た学生服の少女に、九鬼達は驚きの声を上げた。


「理香子!」


凛とした佇まいで、魔物と九鬼達の間に立つ理香子。


「また餌が、一匹!」


嬉しそうな声を上げた魔物達。


「装着!」


そんな魔物を睨みながら、理香子が叫ぶと、プラチナの戦闘服が瞬きの時で装着された。


「月の下で…消えろ」


理香子の右手が、月を指差した。


次の瞬間、頭上の月が太陽のように輝いた。


そして、世界が真っ白になった。


数秒後、月がもとの明るさに戻った時には、二体の魔物は消滅していた。


「これが…あたし達よりも上位の力…乙女ガーディアンの力」


圧倒的な力に、素直に感動する夏希と違い、九鬼は畏怖の念を抱いていた。


先程の魔物も、理香子の力も…自分が今まで知っている力とは、まったく別物と感じ、スーツの下で冷や汗を流していた。


(次元が違い過ぎる。一体…何が起こっているんだ)


九鬼は、前に立つ理香子の背中をしばし、見つめてしまった。

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