第231話 亡骸の舞
「部長!やっぱり、あたしは」
窓からでたものの…廊下での戦いが気がかりな緑は、空切り丸を握り締めると、再び中に戻ろうとした。
多勢に無勢である。例え、乙女ブラックであっても、簡単に勝てるとは思えなかった。
「待て」
窓のサッシに手をかけた緑に、高坂が背中を向けたまま声をかけた。
「?」
振り返った緑は、高坂の背中から漂う異様な緊張に気付いた。
「向こうは、生徒会長に任せよう。こちらは、こちらでやることがある」
服部の形見となったトンファーを握り締めた高坂を見て、緑は窓のサッシから手を離した。
どんなに弱くとも、素手で前に出る高坂が、武器を手にしている。
それだけで、事は異常事態であることはわかった。
緑は、高坂が見ている方向に目をやった。
中庭の真ん中を歩いて来る…男子生徒の姿が目に飛び込んできた。
「中西剛史…」
緑は、近づいてくる男子生徒の名をフルネームで口にした。
「フッ…」
高坂は笑いながらも、目を細めていた。
「部長?」
緑は首を傾げた。
「あ、あ、あ」
高坂の前にいた輝が、震えながら後退った。
「どうやら…こっちが、本命らしいな」
高坂の足も震えていた。だけど、無理に笑うことで緊張を解こうとしていたのだ。
「部長…。どう意味ですか?」
理解できない緑が、高坂の横に来た時…高坂の服の中からアラーム音がした。
カードシステム崩壊後、クレジット機能が残ったカードには、通信機能も正常に作動していた。 勿論、タダではないが、それらの機能がある為に、カードを手放すことはできなかった。
服の中から、カードをつまみ取り出すと、高坂は耳許に近付けた。
近づいてくる中西を見つめながら、高坂は頷いた。
「了解した」
「部長?」
状況が理解できない緑を残し、高坂も歩き出した。
真っ直ぐに、中西に向かって。
「うん?」
目的地である特別校舎の方から、自分に近づいてくる香坂に気付き、中西は眉を寄せた。
「中西君だね?」
高坂は笑みを止めると、真っ直ぐな瞳で中西を見据えて言った。
「ここから先は、立て込んでいてね。向こうに行く事はできないんだよ」
その言葉を、中西はせせら笑った後、高坂を睨んだ。
「何を言うか!乙女ブラックである俺様に、行けない所などないわ!」
中西は強引に、前に出ようとしたが、高坂の持つトンファーが邪魔した。
「き、貴様!」
首もとに突き付けられたトンファーを見て、中西は激怒した。
「この学校のヒーローであるこの俺に、歯向かうというのか?」
その言葉に、今度は高坂が笑った。
「フッ」
「何がおかしい!」
「…」
無言で一度、中西の顔を見た後、高坂はトンファーを下げた。
そして、一歩下がると、間合いを開けた。
「貴様…俺を馬鹿にしてるのか?」
中西の眼光が、一瞬鋭くなった。
「ヒィ」
結構離れた位置にいる輝が、小さく悲鳴を上げた。
高坂は二人の反応を気にせずに、トンファーを見つめた後、中西を見た。
探るような瞳で、中西をほんの数秒観察し、一言だけ告げた。
「お前は、誰だ?」
「はあ?」
中西は顔をしかめ、
「貴様!俺の話を聞いていたか?俺は、この学園のヒーロー…」
「そんなまやかしは、どうでもいい!」
言おうとした言葉を、高坂は遮った。
「じゃ…質問を変えよう」
高坂はトンファーを握り締め、中西を見つめた。
「お前は、人間じゃないな?」
「何?」
中西の眼光が、さらに鋭くなる。
普通の人間ならば、息が詰まり…呼吸困難になる程のプレッシャーが高坂に向けられた。
しかし、高坂は怯まなかった。
ただ…真っ直ぐに受け止めた。
「何者だ…お前は?」
今度は、高坂の目が鋭くなる。
「それは、こっちの台詞だ。あらぬ言いがかりをかけやがって!俺が、人間ではない?証拠でもあるのか?」
「ない!」
高坂は即答した。
「な」
ないの力強さに、中西は思わず絶句した。
「だがな!お前が、乙女ブラックでもヒーローでもないことは確証している!」
高坂は中西を指差し、
「生徒達が、乙女ソルジャーに襲われている時!貴様は何もしなかった!生徒を助けることも!それだけではない!すべての生徒に、乙女ソルジャーが襲われている中!お前だけ!お前だけが!襲われては、いなかった」
「…」
中西の目が、細められていく。
「ただ…捕まった生徒会長を、下から眺めていただけだ!少なくても、お前はヒーローではあり得ない!」
「言いたいことは、それだけか?」
中西の目から鋭さが、消えた。その代わり…氷のような冷たい目になる。
生気を感じない。
「今のところはな」
「そうか…」
中西は一歩、前に出た。拳を握り締めながら。
「お前は、真弓と俺の障害になるな」
「だとしたら、どうする?」
「どうもしない…。ただ、書き換えるだけだ」
「書き換える?」
高坂の右足が後ろに下がった。
「気にするな」
中西は笑い、
「このやり取りも、忘れる」
握り締めた拳を後ろに引いた。
「部長!」
中西の纏うオーラの雰囲気が変わったことを察知した緑が、駆け寄ろうとしたその時、事態は変わった。
高坂の左側…東校舎の向こうから、全速力で走る如月が姿を見せた。
「高坂!」
「うん?」
如月の声に、思わず中西は振り向いた。
「いいタイミングだ!」
と同時に高坂は、懐に隠していた小麦粉の袋を破り、中西の目に目掛けて投げた。
「化け物には、化け物よ」
如月の後ろを、猛スピードで追いかけるユウリとアイリも姿を見せた。
「フン!」
空気を切り裂く音がした。
「キャッ!」
廊下を転がる優。
「ば、馬鹿な!」
思わず後ろに後退るリオ。
「は!は!は!」
カルマの放つサイコキネッシスは、九鬼の残像にしか当たらない。
窓ガラスが割れ、綺麗に整頓されていた教室内が、吹っ飛ぶ。
「は!」
後ろに出現した九鬼に向かって、振り向きながら手を突きだした。
しかし、その時には、九鬼はカルマの後ろに回っていた。
カルマの腰に手を回すと、そのまま後ろに投げた。
脳天から、床に激突するカルマ。
「さらに、強くなっているようね」
神流が楽しそうに、笑った。
「フン!」
九鬼は気合いを入れると、構え直した。
「お、おのれえ〜!」
リオは、震える拳を握り締めた。
「何を怯えている」
その時、再び奥の階段から、誰かが姿を見せた。
「お、お父様!」
リオと梨絵の表情が変わった。
「!」
九鬼は、廊下に現れた結城哲也を睨んだ。
「我々の力を結集すれば、勝てぬ相手ではない」
哲也の体が、女に変わる。
「装着!」
乙女プラチナになった哲也が、リオ達をかき分け、前に出る。
「久しぶりだな。九鬼生徒会長」
哲也は、にやりと笑った。
「その姿…どうして、その力を!月影の力は、奪われたはず」
九鬼の言葉に、哲也は両手を広げ、
「そう!我々は敗北し、月影の力を失った!しかしな!虚無の女神が、くれたのだよ!新しい力をな!」
歓喜の表情を浮かべた。
「新しい力?」
「そうだ!我々はもう月影ではない。敢えて言おう!」
哲也のプラチナの戦闘服が、輝きを増した。
「月無と!虚無の女神の戦士!月無とな!」
「月無!?」
「さあ〜!九鬼真弓!いや、月影よ!お前は、ここで死ぬのだ!虚無の女神の為にな!」
九鬼の周りを一斉に、月無の戦士達が囲んだ。
「さやか!」
高坂の叫びに、如月が頷いた。
「よ、よくも!」
小麦粉をかけられて視界を失った中西が、何とか目を開けれるようになった時、如月は持っていたカメラのフラッシュを顔に向けた。
同じタイミングで、高坂が中西の足下に向けて、回転させたトンファーを投げた。
思わずふらついた中西と、怒りの形相で走ってきたユウリが上手い具合にぶつかった。
「どけ!」
ユウリの体から炎が噴き出し、中西を焼き尽くそうとした瞬間…炎が消えた。
それだけではない。
ユウリ自身の魔力が消えたのだ。
「な!」
絶句するユウリ。
「この能力は!」
足を止めたアイリが、中西を見た。
小麦粉を取れた中西は…トンファーを踏みつけると、横目でアイリを睨んだ。
「ク!」
顔をしかめたアイリが、戦闘体勢に入りかけると、頭に声が響いた。
(二人とも、引きなさい)
その声に、アイリだけでなく、ユウリもはっとした。
(こいつとやり合っても、こっちには何のメリットもないわ)
「畏まりました」
二人は頷いた。
「リンネ様」
そして、その場から、一瞬で消えた。
「あら」
その様子を見て、如月が肩をすくめ、
「作戦失敗ね」
高坂のそばに来た。
「だが…やつが、人間でないとわかった」
高坂は中西を見つめ、フッと笑った。
「で、どうするのよ」
ききながら、如月は拳にメリケンサックを装着していた。
「学園の謎を暴き…悪を成敗する!それが、学園情報倶楽部だからな」
高坂は姿勢を正した。
「そうでしたっけ?」
呆れながらも、緑は空切り丸を構えた。
「…」
そっと逃げようとした輝の襟を、如月が掴んだ。
「ククク…」
その様子を見て、中西は笑い出した。
「虫けらが…舐めるな!」
射抜くような視線が、四人に向けられたが、輝以外は怯まない。
覚悟を決めたからだ。
「行くぞ!」
四人(一人は引きずられて)は前に出た。
「ここは、魂の牢獄!」
九鬼を囲む月無達。
「ここ以外では、お前を殺すなと!虚無の女神はおっしゃった!」
哲也は一歩前に出た。
「この校舎は、ムジカ様の領域!死しても、魂はここから逃げられない!」
「…」
九鬼は無言で、間合いを計っていた。
「お前をここに誘き出す為に、生徒を殺していこうと思っていたが…まさか、一人目で来るとはな!」
「服部…」
九鬼は唇を噛みしめると、その場から消えた。
スピードを上げ、一気に哲也達を蹴散らそうとしたのだ。
「忘れた訳ではあるまいて!」
今度は、哲也が消えた。
床を弾く足音だけが、廊下に木霊した。
しかし、高速を超えた九鬼の動きに、ぴったりと哲也が張り付く。
「我のスピードは、貴様を超えて……何!?」
九鬼の肩を掴もうとした哲也は、手に感触がないことに驚いた。
「残像だと!」
「お父様!」
二人の動きをとらえていたリオが叫んだ。
驚く哲也の脇腹に、九鬼の拳が突き刺さっていたからだ。
「ぐあ!」
身をよじる哲也。
次の瞬間、今までリオ以外には見えなかった九鬼達の動きが止まった。
「は!」
気合いとともに身をよじり、九鬼は哲也の首もとに蹴りを叩き込んだ。
「馬鹿な」
ふっ飛んで、床を滑る哲也。
「月影キック!」
トドメをさそうと、九鬼がジャンプした瞬間、背中に鋭い爪が突き刺さった。
「あたし達を忘れていない?」
神流は後ろから、爪を伸ばしたのだ。
「!」
空中でバランスを崩し、床に着地した瞬間…体の自由を奪われた。
カルマの超能力が、金縛りのように九鬼の動きと止めた。
「はははははは!」
起き上がった哲也が、笑った。
「腕を上げても、結果は同じだったな!」
「あなたの負けよ」
リオのダイヤモンドの拳が、輝く。
「さあ!死になさい!そしたら、あなたもあたし達の仲間になれるわ」
「くそ!」
全身がまったく動かなかった。
「死ね!」
リオがジャンプした。
光る拳が、迫る。
九鬼は目を逸らさない。
死ぬ寸前まで、戦う術を探す。
あきらめはしない。
その時、再び…服部が、九鬼の前に現れた。
「亡霊が!無意味なことを!」
せせら笑うリオ。
「服部…」
動けない九鬼に、服部は微笑んだ。
「亡霊ごと!貫いてやるわ!」
拳が、九鬼の体に突き刺さる寸前、服部の半透明の体が九鬼と重なった。
次の瞬間、九鬼の戦闘服が変わった。
「何!?」
リオの拳は、九鬼にヒットしたが、貫くことはできなかった。
逆に、拳の輝きが失われた。
「こ、これは!」
絶句するリオの前で、九鬼は絶叫した。
「うおおおっ!」
気合いで、近くにいたリオやカルマ達を吹き飛ばした。
「何だと!?」
目を見開き、哲也は九鬼を見た。
ブラックの戦闘服が、光輝くシルバーのボディに変わった。
「お、乙女…シルバー!?」
驚き、震える哲也の前に、九鬼が突然現れた。
哲也だけではない。
全員の前に、乙女シルバーとなった九鬼が立っていた。
「は!」
気合いとともに、同時に蹴りを放つ。
ふっ飛ぶ月無達。
そして、さらに分身した九鬼達がジャンプした。
「月影流星!」
蹴りの雨が、月無達を降り注ぐ。
「二弾キック!」
一度蹴りの雨が止んだと思ったら、相手を蹴った反動でもう一回転し、再び蹴りの雨を降らす。
「ぎゃああ!」
月無達の断末魔の叫びが、廊下に木霊する。
「これが…月の力か」
プラチナの戦闘服が砕け、哲也の魂も粉々になる。
流星二弾キックの勢いで、九鬼は窓を突き破り、校舎の外に着地した。
「ありがとう…」
戦闘服から、光が消えていくと同時に…光が、天に昇っていく。
九鬼の目に、微笑む服部の顔が一瞬だけ映った。
立ち上がり、天を見上げた九鬼の耳に…呻き声が飛び込んで来た。
「!」
はっとして、九鬼は前を向いた。
特別校舎の前で、倒れている緑と輝。
地面に膝をついている如月さやかと、血だらけの高坂がふらつきながらも、何とか立っていた。
「聞いてないわよ…。こんなに強いなんて…」
さやかは全身で息をしながら、無傷の中西を見た。
「ただの魔物ではなかったな…。魔神クラス…いや、それ以上か」
カードシステムが崩壊した為に、相手のレベルがわからなかった。
「しかし…負ける訳にはいかない」
高坂は、刃が欠けてしまった空切り丸を動けない緑の手から取ると、ふらつきながらも構えた。
「いくぞ」
突きの体勢で、特攻でかけようとする高坂の肩を後ろから、誰かが止めた。
「き、君は!」
驚く高坂は、九鬼は告げた。
「あたしがやります」
「廊下の敵は!?」
「片付けました」
「!」
「だから、任せて下さい」
目を見開く高坂に微笑むと、九鬼は前に出た。
「九鬼真弓!」
中西は、腕を組み、
「やはり、敗北者では…お前を倒せないか」
にやりと笑うと、
「さすがは、俺の愛する女だ」
満足げに頷いた。
九鬼は、そんな中西を見据え、
「一つだけ…確認したい!」
「何だ?」
「お前が…」
九鬼は一度言葉を切り、唇を噛みしめると、確信を持って訊いた。
「虚無の女神か?」
沈黙が、辺りを支配する。
中西は、九鬼を見つめ…こたえない。
「お前が、虚無の女神…ムジカか!」
九鬼は叫んだ。
「虚無の…」
「女神!?」
さやかと香坂は息を飲んだ。
中西の顔に、笑顔が広がる。
「やはり…お前は気付いたか!我の正体を!!」
天を仰ぎ、嬉しそうに叫んだ。
「そうだ!我だ!神話の時を越え、やっと巡り会えた」
「女神だと…」
高坂は中西を睨んだ。
「男なのに、女神だなんて…」
さやかは、中西の全身を下から上まで目で確認した。
「簡単なことだ!」
中西は、九鬼に向って歩き出す。
「お前が、女として転生したからだ!」
そして、九鬼に手を伸ばす。
「だから、男になった。だけど!お前が望むならば、女になって愛してやるぞ」
中西の髪が伸び、九鬼と同じ髪型になる。
そして、顔の輪郭…骨格も変化して、まったく違う顔になっていく。
「すべては、お前の為だ」
その時、中西の後ろ…中庭の茂みの中から、何かが飛び出して来た。
「貰った!」
ブラックカードを使い、風と纏ったカレンが、ピュア・ハートを突き出して、突進してきたのだ。
「喰らえ!ピュア・ハート!」
後頭部から額を貫いて、針のように細い刀身が飛び出した。
前にいた九鬼の目に、額から血が噴き出す中西の顔が映った。
薄らと冷笑を浮かべて…。