第230話 あの人の横顔
「僕の気持ち…」
しばし…乙女ケースを握り締めながら、浩也はその黒い表面を見つめていた。
やがて、ぎゅっと力を込めると、浩也は…乙女ケースを学生服の内ポケットに押し込んだ。
(僕は…)
歩きだそうと、顔を上げた時…少し離れた場所に、誰かが立っているのを認識した。
いつからいたのかは、わからなかった。
それなのに、妙な気持ちにはならなかった。
逆に離れて立っていることが、不思議に感じられた。
いつも、そばにいてくれる。
それが、当たり前だったような…そんな感覚を持っていた。
離れて立つ少女に、少し悲しげな表情をしてしまった僕に…少女は、優しく微笑んだ。
その微笑みを…どうしてか、僕はらしくないと思った。
これ以上ない…とても、素敵な笑顔なのに。
「らしくないよ」
自然と口から出た僕の言葉に、離れて立つ少女は目を丸くした。
そして、少しはにかんだように目を伏せると、
「そうか…」
呟くように言った。
なぜか…僕はその少女の呟きが懐かしく…嬉しくて、歩き出した足が、とても軽くなった。
近づく…僕と少女。
すれ違う瞬間、少女は口を開いた。
「一緒にいこうか?」
「大丈夫だよ。XXXミア」
自然とこたえてから…今度は、僕が心の中で驚いた。
振り返ることはしないで、僕は足だけ止めた。
(彼女は…確か…ミア。阿藤美亜さん)
心の中で、その少女の名を確かめた。
正しいはずなのに、それの方が違和感を感じた。
思わず走り出した僕の背中を、少女は横顔だけで見送っている。
そんな映像が、頭の中に浮かんだ。
美亜は視界の端で、遠ざかっていく浩也の姿を見送った。
ため息とともに、ゆっくりと前を向くと、右手を差し出した。
すると、その手に…どこからか飛んできた2つの物体が近付き、握り締めると…1つの物体になった。
それは、巨大な一本の槍。
「お前も…お行き。あいつとともに…」
すると、槍は再び2つの物体に戻った。
回転し、美亜の横を通り過ぎていく。
美亜は、浩也とは逆の方向に歩き出す。
「時は、近づいている」
決して振り返らない。
「その時まで…」
だけど、足を止め、空を見上げた。
「人というものを知りなさい」
美亜は、肩を押さえた。
かつて、ある男が命をかけて教えてくれた。
人の弱さと人の脆さ…。だけど、そこにある人の願いと人の思い。
「ロバート…」
美亜は肩を押さえながら、
「あいつに、教えてやってくれ」
空に呟いた。
「あいつを、みんなが必要としていることを…」
そして、突然ぼやけた視界を隠すように、美亜は下を向いた。
「命を粗末にするなと」
美亜の瞳から溢れた涙が、地面に落ちた。
「今度こそは…」
その涙を拭うことなく、美亜は歩き出した。
ただし…分厚いレンズの眼鏡をかけて。
「共に、戦おう!それが、あたしの願いだ!」
美亜の背中から白い翼が飛び出すと、天に向かって、羽ばたいた。