表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
232/563

第224話 炎の変化

「!」


廊下を歩いていく九鬼の背中に、鋭い音が突き刺さった。


それは、愛川が刻むドラムの音であったが…軽音部の部室からは結構離れている為に、本来ならば届くはずはなかった。


九鬼は足を止め、後ろを振り返った。


誰もいない廊下をしばし見つめた後、九鬼は前を向き…歩き出した。


廊下に、九鬼が刻む足音が木霊する。


もう愛川の音は、聞こえない。


その代わり、音さえも飲み込む…冷たい目をした女が前に現れた。


腕を組むでもなく、冷笑を浮かべていた女は…九鬼が近づいてくると歩き出した。


(うん?)


ひんやりとした空気が、本当は暑いことに、九鬼の体が気付いた。


汗ばむ体に、冷や汗が流れた。


(な!)


一瞬、サウナのような暑さを感じたのに…ひんやりと冷たい。


体感温度と真逆の冷たさが、全身を貫いた。


(は、は、は…)


息苦しさを感じ、九鬼は足を止めた。


何とか呼吸を整えようとしていると、真横を女が微笑みながら通り過ぎた。


(!)


筋肉が硬直し、息ができなくなった。


しかし、女の足音のリズムが遠ざかっていくと、自然と筋肉の硬直も解けた。


「馬鹿な!」


九鬼が慌てて振り返った時には、女の姿は消えていた。


「く!」


九鬼は顔をしかめた。


戦ってはいないが、明らかに敗北していた。


蹴りを主体とした九鬼の戦闘スタイルは、自らの気をコントロールし、体の筋肉を柔らかくしていなければならない。


カチカチになった筋肉など、攻撃を遅くするだけである。


戦闘中は、気を張りつめながらも、体はリラックスしている状況がベストである。


どちらも緊張していたら、戦える訳がない。



完全なる敗北を九鬼に与えた女は、止まることなく歩き続ける。


角を曲がり、誰もいないことを確認すると…女は三人に増えた。


「今のが、闇の女神か?」


最初から歩いていた女の言葉に、増えた2人が跪いた。


「そうでございます」


「しかし…今のあの女に、闇の女神という言葉を使うのは、適切ではございません。あやつは、闇の力を失っております故に」


女の前に跪くのは、ユウリとアイリ。


彼女達が臣下の礼をとるのは、この世でただひとり…炎の騎士団長リンネである。


2人は、アルテミアによってダメージを受けた体を癒す為に、炎の化身であるリンネの中にいたのであった。



「確かに…あの子から、闇の波動や魔力を感じなかった」


首を傾げるリンネに、ユウリが進言した。


「恐れながら申し上げます。あのような者…。リンネ様のお心を惑わす資格もございません」


「ご命令とあらば…」


アイリも口を開いた。


「すぐにでも、排除致します」


2人の言葉に、リンネはクスッと笑った。


「ほっておきなさい。構うことはないわ」


リンネは、跪く2人の横を通り過ぎた。


「しかし…」


ユウリは何か言おうとしたが、言葉を止めた。


それを、リンネは見過ごさなかった。


「何かしら?ユウリ」


「はっ!」


慌てて体の向きを変えると 、言おうとした言葉を続けた。


「あやつがもし…闇の力を受け入れたならば…少しは、障害になるかもしれません」


「いいじゃない」


リンネは、笑った。


「え」


2人は顔を上げた。


「その方が、退屈しのぎになるわ」


リンネの嬉しそうな顔に驚き、ユウリは少し腰を浮かせ、


「この後!もし!赤の王が、復活した場合…我々とあやつらとの戦いが始まります。そのようなことになる前に、少しの危険も排除された方がよろしいかと……!?」


少し興奮してしまったユウリの目に、優しく微笑むリンネの顔が映った。


次の瞬間、ユウリは覚悟した。


自らが滅せられると。


炎の騎士団長リンネに、笑顔はない。


その微笑みは、怒りよりも恐ろしいものだった。


絶望するユウリに、アイリも何もできない。


体の向きを変え、2人に近づくリンネ。


ユウリとアイリは覚悟を決め、再び跪き…頭を下げた。


リンネの掃いているヒールの先だけが、2人の視界に入った。


目を瞑ることもない。


なぜならば…二人は他の魔物と違い、リンネによって造られたからだ。


生奪権は、リンネにあった。


リンネはクスッと笑うと、二人に言った。


「あの程度の者で、心配しなくていいのよ」


リンネの言葉の続きを、二人は想像した。


(あの程度の者で心配される程、あたしは弱いのか?)


怒りの形相で、消滅されると。


しかし、結果は違った。



「ありがとう」


リンネはそう言うと、向きを変え…歩き出した。


「な!」


絶句する二人を残し去っていくリンネの背中を、思わず顔を上げたユウリとアイリは見送った。


「あり得ない…」


最強の魔神の一人であるリンネから、ありがとうの言葉が出るなど信じられなかった。


しばらく、そのままも格好で、リンネを見送った後…ユウリは立ち上がり、呟く様に言った。


「恐ろしい…」


今までのリンネは、あらゆるものを燃やし尽くす業火そのものだった。


だから、恐ろしかったが…わかり易くもあった。


しかし、変化してきた。


それは、フレアの裏切りと死が引き金になったことは間違いない。


それを始まりにして、人間と接するようになって、少しづつ変化があったことは…ユウリとアイリもわかっていた。


それがついに、別人と思わすような言葉を発するようになった。


リンネの変化は、完全なる魔物であり人とは違い、人を理解できないユウリとアイリには、恐怖でしかなかった。


人間は知らない。


魔物がある意味…人に恐怖を感じていることを。


魔物が、人を殺すのはある意味、自然の摂理である。


人間よりも優れた力と能力を持つ魔物が、自分達より食物連鎖の下にいる人間を殺すのは、自然の原理である。


確かに、ウサギがライオンに襲われたならば…逃げたり、捕まっても最初は抵抗する。しかし、すぐに覚悟して、すぐに諦めるだろう。


しかし、人間は諦めない。


自分達の弱さをカバーする為に、武器や魔法をあやつり、時には自ら進んで魔物に戦いを挑んでくる。


そんな動物はいない。


そして、時には無差別に他の動物を殺し、全滅させる。


魔物はそんな事をしない。


数多く殺しても、種を絶滅はさせない。


ある学者は、それが…人間が生き残っている理由だとした。


だから、人々はライに恐怖した。


ライは、人間のように…人間を滅ぼそうとしているからだ。


その行為は、人間だけでなく…魔物も、ライを畏怖するようになった。



そして、今のリンネは…そんなライに似ていたのだ。


しかし、ユウリとアイリは知らない。


リンネの心の中を。



リンネは、ライとは違う。


ライは、人間から生まれた。


リンネは、ライに創られたのだ。


そして、単に…人の力に興味がなかったのだ。


知りたいのは…。


リンネの脳裏に、浮かぶ映像の理由。


赤星を守る為に、身を挺するフレア。


その行為の理由を知りたい。


いや、答えならば知っている。


愛だ。


ならば、愛とは何だ。


人間がたまに見せる…自己犠牲。


フレアは魔物である。


それなのに…死んでもなお…赤星を守る。


そんなことをさせる愛とは、何なのだ。


リンネとフレアはもともと、同じ魔物である。


力に差はあるが…半身が掴んだ愛とは…。


リンネには、理解できなかった。


そのことに悩み続けることで、リンネは変わった。


しかし、本人は…そのことに気付いていない。


なぜならば、まだ…迷いの中にいるからだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ