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第222話 推理の影に

「真弓を離せ!」


九鬼をお姫様抱っこしている形になった浩也に向かって、乙女ブラックとなった中西が襲いかかる。


拳を突きだし、真っ直ぐに浩也の顔面を狙う。


「危ない!」


九鬼が叫んだ。


生身の人間が、乙女ソルジャーのパンチを喰らって、ただですむ訳がない。


九鬼は体が痺れて動けないし、浩也はその九鬼を抱いている為に、両手が塞がっていた。


「何!?」


パンチが決まったと、九鬼が思った瞬間、中西が驚きの声を上げた。


ノーモーションで突きだされた足が、中西の拳を空中で止めていたからだ。


「は!」


浩也は拳が振り抜かれる前に、蹴りで押さえつけたのだ。


勢いを殺したことを確認すると、九鬼を抱えたまま片足でジャンプして、 身をよじると、地面についていた足で中西の肩を蹴った。


空中で迎撃され、地面に着地する中西。


「き、貴様!スターを足げにしたな!」


中西はすぐに攻撃に移ろうとしたが、突然バランスを崩し、地面に手をつけた。


(ま、まさか!?)


地面を抉り、土を握り締めると、中西は勢いよく立ち上がった。


「許さん!」


両手を広げ、突然…空中に浮かぶと、足を浩也に向けた。


「月影キック!」


蹴りが発動される瞬間、横と上から何かが飛び込んできた。


「だ、誰だ!」


真っ直ぐに、浩也に向いていた力のベクトルが、思いがけない方向から力を加えられた為に、月影キックは軌道を浩也から大きく外した。


浩也の後ろにある学園を囲む塀に、激突した。


一応、外部の侵入を防ぐ為に結界が張られている塀を、月影キックはいとも簡単に突き抜けた。



「あなた達は!」


九鬼は、乙女ブラックの蹴りを邪魔した三つの影に驚きの声を上げた。


上から、木刀を叩き込んだ女に…手裏剣を左から投げた者の姿は見えないが、気配はした。


「ガルガルウ!」


そして、獣のような奇声を発して、右から体当たりをした男子生徒。



「どうやら…我々の情報とは違うようだな」


黒縁眼鏡を人差し指で押さえながら…悠然とこちらに歩いてくる男。


「君が、乙女ブラックだと思っていたのだがな」


黒縁眼鏡の男は、まだ浩也の腕の中にいる九鬼に笑いかけた。


「高坂先輩!」


驚きの声をあげる九鬼に一礼すると、高坂は三人に命じた。


「緑!輝!服部!相手は、学校を破壊した!こちらに大義あり!駆逐しろ」


「了解!」


「がるうう!」


「まかせんしゃい!」


三人は、塀に穴が空き…瓦礫に埋まったところから、出て来ない乙女ブラックに向かって走り出した。


しかし、九鬼と浩也だけは塀を見ていない。


横目で、真横を睨んだ。


2人の目線に気付き、高坂は叫んだ。


「後ろだ!」


「え?」


三人が壁の前で足を止め、振り返えろうとした時には、もう…乙女ブラックは浩也達の横にいた。


「邪魔が入った…。また今度な」


中西は眼鏡を外すと、そのまま怪鳥に破壊された校舎内に戻っていった。



「何という速さだ」


高坂は、去っていく中西の背中を見つめた後、目だけを動かし…浩也と九鬼を見た。


(さらに驚くべきは…彼女らだ。2人はその動きを見れただけでなく…予測していた)


驚愕していた高坂は、そんな自分を逆に見つめている浩也の瞳に気づいた。


(な、何だ!)


透き通り…濁りのない瞳なのに、その底を見ることはできない。まるで、合わせ鏡を覗き込むと、見える…永遠につながる風景を覗いているように、感じていた。


(こんな瞳を持つ…人間がいるのか?)


答えを探そうと、もっと奥を覗く為に、体の向きを変えた高坂に、


「停学がとけたのですか?」


浩也に抱かれている九鬼が、訊いてきた。


「あ、ああ〜!」


現実に戻された高坂は、ばつが悪そうに頭をかき、


「今日な!やっととけたよ。長らく留守にして、心配かけたな」


「いえ…。先輩方がいない方が、心配事が減って…生徒会も平穏無事に過ごせましたから」


「手厳しいな」


冗談に笑う高坂の目に、学生服を血だらけにした九鬼の姿が目に飛び込んできた。


よく見ると、学生服に穴があいており…さらに体にもあいていることに気づいた。


満身創痍になって九鬼に、高坂はまた頭を下げた。


「どうしました?」


首を傾げる九鬼に、高坂は頭を上げたが、目を伏せたまま、


「いつの肝心な時に…我々はいない。だから、いつも君に負担をかけてしまう」


「問題ありません。あたしは、この学校の生徒会長ですから」


笑顔をつくる九鬼に、高坂はまた頭を下げると、 ゆっくりと背を向けた。


歩き出す前に、高坂は塀の前にいる三人に声をかけた。


「速やかに、救助活動にはいれ!怪我した生徒達をケアしろ!」


「はい!」


「はあ!」


「がるう〜!」


1人返事がおかしい男子生徒の頭を、女生徒が小突いた。


「もういい!」


「痛て!」


小突かれた男子生徒の様子が、変わった。


獣のような声を発していたのに、普通の人の声に戻った。


「いくぞ!」


小突いた女生徒は、校舎に向かう高坂の後を追った。


「あっ!はい」


正気に戻った男子生徒も、走り出した。


「やれやれ…」


その様子に肩をすくめた後、もう1人の男子生徒は九鬼に頭を下げてから、走り出した。


九鬼も頭を下げると、去っていく高坂達の背中を見送った。




「彼らは、誰ですか?」


九鬼の様子を見て、浩也が訊いた。


「は!そうでしたね。転校してきたばかりのあなたは、知りませんでしたね」


九鬼は下から、浩也を見つめ、


「学園情報倶楽部という…この学校の自衛団のようなものです。前の校長であった結城哲也に存在を危ぶまれ…無実の罪で、無期停学処分にされていたのですよ」


「そうですか…」


浩也も、4人の後ろ姿を見送った。


「結城校長が亡くなられたことで、停学が解かれたのでしょう」


「なるほど…」


浩也は頷いた。


「浩也!真弓!」


高坂達とすれ違い、校舎の中から、カレンが飛び出してきた。


その手に、ブラックカードに握り締めながら。





「一体…何が起こっている?」


校舎に入った高坂は、襲撃があったとはいえ…雰囲気が変わった校舎内に、唖然とした。


空気が違う。


それは…魔物のテリトリーにあやまって入った時の感覚に似ていた。


左右に伸びる廊下を交互に見ていると、高坂は目を見開き、正面を見た。


「どうしました?」


追い付いた女生徒が訊いた。


校舎を突き抜ける目の前の道を真っ直ぐにいくと、渡り廊下を通り、隣の校舎に入ることになる。


前を見る高坂の目に、新任の教師と思われる人物とすれ違う女生徒の姿が飛び込んできた。


その女生徒が一瞬…教師に向けたであろう殺気が、高坂の動きを止めたのだ。


まるで、剣で刺されて…即死したと思った程だった。勿論、心臓が一瞬だけ止まった。


あまりにも、一瞬だった為に、後から来た三人には感知できなかった。


「どうかなさったのか?」


髪の毛を真上に束ねた男が、高坂に尋ねた。


「何でもないよ。服部…ありがとう」


高坂は口ではそう言いながらも、緊張を高めていた。


殺気を放った女生徒が、渡り廊下からこちらの校舎に入って来たからだ。


「うん?」


「何!?」


先程奇声を発していた輝を除く…緑と服部は、近付いてくる女生徒の異様さに気づいた。


自然体で歩いているのに、隙がないのだ。


それにある程度…実戦の経験がある二人は、目の前にいる相手の力量がわかり、戦った場合を自然とシミュレーションしてしまう癖があった。


近付いてくる女生徒を見た瞬間…塵と化している自分達の姿が映った。


肉片一つ残らない。


(あり得へんやろ!ドラゴンを見た時も…腕くらいは残ってたでえ!)


愕然とする服部と違い、木刀を構えようとする緑の腕を、前から高坂が握り締めた。


(やめろ!)


無言だが、握り締める手がそう語っていた。


「く!」


顔をしかめる緑。


「うん?」


状況を理解できない輝以外の三人に、緊張が走った。


そんな三人の緊張を理解したのか…前から歩いてくる美亜は、うっすらと口元に笑みを浮かべた。


そして、四人を見ることなく、左に曲がった。


「!?」


一番接近した時、高坂の心臓がまた...一瞬だけ止まった。


(誰だ?)


心の中で問いかけた。普段ならば、尾行して後を追い、クラスと名前を確認するのだが、足が動かなかった。


「あのお〜!すいません」


口惜しく絶望している三人とは違い、軽く足取りで輝が、遠ざかる美亜にかけ寄った。


足を止め、振り返る美亜に、笑顔で輝は何かをまくし立てた。


美亜がクスッと笑うと、輝は頭を下げた。


スキップで、高坂達のもとに帰る途中、美亜の方に振り返ると、手を振った。


美亜も、笑顔で手を振り返した。





「いやあ〜!あれは、絶対当たりですよ!眼鏡で隠された美貌!僕は、騙されません」


三人の前に戻った輝は満面の笑顔を三人に向けた。


「お、お前」


緑は、輝を指差した。 指が震えていた。


「この学園の美人は、すべて把握する!それが、僕の掟ですから!ははは!」


と嬉しそうに笑う輝とは対照的に、頭を抱える緑と服部。


「…で」


だが、高坂だけは違った。


「彼女の名は?」


高坂の質問に、輝は答えた。


「一年C組、阿藤美亜さんです!趣味は…なんか、あるものを集めていると…何かの力…」


「力?」


高坂は眉を寄せた。


「すいません!忘れましたっていうか!聞いてなかった」


輝は頭をかき、


「眼鏡の奥に、あまりにも美しい瞳を発見しまして、自分の勘に狂いはなかったと感動しまして」


「あほか!」


緑は、嬉しそうな輝の頭を小突いた。


「情報倶楽部失格でござるな!」


緊張から解放された服部が、ため息をついた。


「何かを集めている?」


高坂は顎に手を当てた。


真実を語っていないとは思うが、どうしてそんなことを初対面の輝に告げたのか…その真意がわからなかった。


「阿藤美亜…」


今までまったく目立たなかった美亜という存在が、高坂の頭を残った。


そして、それは…すべての始まりを意味していた。






次の日。


まだ襲撃の余韻が残る大月学園に、衝撃が走った。


学園に、絶世の美女が現れたのだ。


今までの分厚い眼鏡を捨て、コンタクトに変えたのか。


突然現れた美女に、学園は騒然となった。


「誰だ?」


男子生徒達が、色めきあう。


その騒動は、ユウリとアイリの時を超えていた。



そして、また生徒がざわめいた。


大胆に胸元を開け、体のラインを強調する服を身につけた女教師が、別方向から来たからだ。


二人は、廊下でぶつかった。


「あらあ?阿藤さん。眼鏡をやめたのね」


女教師の阿藤と言った名前に、男子生徒以上に女生徒から驚きの声が上がった。


「あ、阿藤さん!」


「嘘!」


そんな生徒の驚きの中、美亜は微笑みながら、女教師に訊いた。


「先生こそ…イメチェンですか?体全体を?」


「…フッ」


女教師は、リンネだった。


しばし無言で見つめ合った後、二人はすれ違った。


もう互いを見ることはない。


その様子を、二人が見つめあった場所の真横で見ていた輝は、悔しそうに呟いた。


「俺だけが気づいた美しさが!大衆にさらされた!」


そして、教室で席につきながら、浩也は去っていく美亜を見つめていた。


「どうかしたか?」


廊下の騒動に興味がないカレンは欠伸をした後、浩也の視線に気づいた。


「何でもありません」


慌てて視線を外した浩也に、カレンは首を傾げた。


浩也はカレンから見えないように、胸を押さえた。


(どうしてだろ…。胸がざわめく)


その理由は、今の浩也ではわかるはずがなかった。

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