表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
228/563

第220話 探求者

「あの男!」


廊下から飛び降りた中西を見て、カレンも後を追おうとしたが、廊下で呻く生徒達の声に足を止めた。


浩也が一瞬で、乙女グレーを排除したとはいえ、襲撃で傷付いた生徒達が多数した。


(向こうには、浩也がいる…)


カレンは回れ右をすると、ブラックカードを取りだし、生徒達に治癒魔法を使う為に走り出した。


(それに…まだ敵がくるかもしれない)


魔法の使い方や戦い方を指導する学校とはいえ、本格的な戦闘の経験のない者達ばかりである。


治療に走りながらも、次の敵に備えていた。


しかし、第一陣以外の乙女グレーは現れなかった。


その理由は、簡単である。


乙女グレー達は、生徒達のいる校舎にたどり着くことなく、途中の廊下で砂と化した肉体をさらしていたからだ。




「フン!」


気合いとともに、乙女グレーの頭を…眼鏡ごと蹴り砕く女。


黒革のボンテージ姿に、短い髪をひるがすことなく、次々に乙女グレーを砂へと戻していく女はついに、目的の場所の前に来た。


「雑魚に手間取ってしまったな」


砂の山だけが残る廊下を振り返って、ちらりと見た後、女は目の前にあるドアを蹴り開けた。



「ビンゴ!」


部屋いっぱいにいる乙女グレーを見て、女はジャンプした。


空中で身をよじり、しなりを加えた蹴りを、乙女グレー達に叩き込んだ。


眼鏡を破壊され、ミイラから砂となり崩れる乙女グレーの様子を確かめることなく、女は部屋の奥を見つめた。


「誰です!ここは、生徒の立ち入りを許可していません!」


木目調の美しい机の向こうで、悠然と椅子に座っているのは、黒谷理事長だった。


口調は厳しくも、虚ろな瞳は…肉体と精神が同調していないことを示していた。


「フン」


女は鼻で笑うと、理事長を指差し、


「そこをどけ」


静かな口調で命令した。


黒谷は女の言葉を無視して、


「出ていなかない場合は、速やかに排除すべし」


立ち上がると、乙女ケースを突き出した。


「無駄だ」


女が呟くと、理事長室からその姿が消えた。


「…」


そのことにも驚くことなく、虚ろな瞳のまま、


「装ちゃ…」


言葉の途中で、理事長は唇の端から涎を流しながら、その場で崩れ落ちた。


「無意味な殺生はしたくない」


黒いスーツ姿に変わった女の拳が、理事長の鳩尾にヒットしていた。


気を失った理事長を、女は机の上に寝かせた。


理事長の手から、乙女ケースが落ち、フローリングされている床に転がった。


「やはり…ここか」


女は、理事長室の後ろにある窓を見つめた。


手を伸ばすと、ガラスの表面に手のひらを当て、窓を開けることなく、空間を開けた。


ガラス越しに見える景色が消え、真っ黒な穴が現れた。


女は手のひらを握り締めると、拳を空間に叩き込んだ。


「ぐえっ!」


向こうから飛び出そうとした乙女グレーを、叩き落とした。


「フン!」


気合いとともに、女は窓の中に飛び込んだ。




ほんの数秒…いや、もっと時間がかかったのか…女にはわからなかった。


一応、上下の感覚はあった。


足元に力を込めると、地面を感じられた。


「この学園は、ガラスの中に異空間をつくっているのか?」


女が目を凝らす間もなく、空間にぼんやりと明かりが灯った。


「異空間というよりは、迷宮よ。ここを拠点にして、無数に伸びる回廊の一部が、大月学園の窓と繋がっているのよ」


突然、前から声がしたが、女は狼狽えることなく、前方を睨んだ。


「それを、あの女が利用しただけ」


誰が前にいた。


しかし、声は耳元で聞こえていたが、気配は遥か向こうから感じた。


それに、微かかだが…無数の息吹に似た空気のざわめきが、感じられた。


その感覚は、目の前に無数のゴキブリが蠢いているようなものだった。


「貴様か…」


女は恐れることなく、一歩前に出た。


「無謀よのう」


声が笑った。


「己の力を過信し過ぎだな。乳臭い…小娘が」


その瞬間、完全に明かりが灯った。


広い。


最初に見えた感想は、そうだが…どれだけ広いか、想像もつかなかった。


遥か向こうに、地平線が見えた。


しかし、だからと言って、目に見える情報だけを信じる訳にはいかなかった。


なぜならば、ここは異空間だからだ。


それでも、圧倒的に広いと思わせるのは、目の前にいる数え切れない程の乙女グレーの多さだった。


「貴様が、ライの娘…天空の女神アルテミアか」


乙女グレーの大群の中央に、棺があった。


そこに腰掛けている少女がいた。


棺の周りは小高い丘になっているのか…膝を抱えている少女からは、アルテミアを見下ろす格好になっていた。


「何の用だ?我は、貴様に害することはしない。ただ…この学園の生徒に用があるだけだ」


「フン!」


アルテミアは鼻で笑うと、さらに一歩前に出た。


あと…数メートルで、乙女グレーの最前列にぶつかる。


「どうして…我の邪魔をする?我に、戦う意思はない」


と言いながらも、乙女グレー達は左右に転回し、アルテミアを囲んだ。


「大人しくこの空間から去るならば、手出しはしない」


「へえ〜成る程ね」


周りを囲む乙女グレーを気にせずに、アルテミアは歩き出す。


それと同時に囲む乙女グレー達も、摺り足で移動する。


「だったら、どうして…生徒達を襲った?」


アルテミアは真っ直ぐに、少女だけを見つめていた。


「どうして?」


アルテミアの質問に、少女はクスッと笑い、


「だってえ〜!私の愛する人が、人間ばかりをかまうからよお〜!」


と言った後、口元に冷笑を浮かべ、


「単なる嫉妬よ」


「ケッ!」


その言葉を聞いた瞬間、アルテミアは顔をしかめ、


「どっちがガキだ!」


足を止めると、ゆっくりと構えた。


「やる気なの!?」


少女は大袈裟に、身を乗り出し驚いてみせた。


「当然だ」


アルテミアは、少女を見据えた。


「ばっかじゃない!見えないの!この軍勢が!」


アルテミアの周りにいる乙女グレー達も、構えた。


「一万人以上いる乙女ソルジャーの凄さを!」


一万人が一斉に構える姿は、圧巻である。


いつのまにか、アルテミアはその中心にいた。


「例え、ライの娘であろうと、この数に勝てるものか!愚かなり!天空の女神!」


少女の絶叫が、空間に木霊した。


それでも、アルテミアは動揺しない。


その様子が気に入らない少女が、右手を挙げると、乙女グレーの群れの向こうからさらに巨人と、怪鳥の大群が現れた。


「生意気な女神に、死というお灸を据えてあげる!」


少女は、棺の上に立った。


「太古の昔…我が妹イオナは、我を封印する為に!一万人以上の乙女ソルジャーを送り込んできた!」


少女は、アルテミアを見下ろし、


「こいつらは、その時の骸!異空間の中で、死に絶えた月の戦士達!貴様に、倒せるか?」


「容易いことだ」


アルテミアはニヤリと笑い、


「貴様程度に、手こずった一万人ならば、数秒で倒してやるよ」


余裕の表情を浮かべた。


「な、舐めるな!」


少女の怒声が合図となり、一万人以上の乙女グレーが一斉に襲いかかった。


「フン!」


アルテミアが全身に気合いをいれると、襲いかかろうとした乙女グレー達がふっ飛び、後方にいた乙女グレーにぶつかった。


まるで、ドミノ倒しのように、倒れていく乙女グレー達に目をやることもなく、アルテミアは叫んだ。


「モード・チェンジ!」


アルテミアの姿が、変わる。


六枚の翼に、黄金に輝く髪の毛。


さらに、美しく輝くブロンドを振り乱しながら、アルテミアは天を指差した。


「空!」


異空間に、雷雲が現れた。


「雷!」


指を一気に、振り下ろした。


「牙!」


凄まじい雷が、空間中を切り裂いた。 すべてが輝き、すべてを消し去る。


「な!」


少女が瞬きをしてる間に、一万人の乙女グレーや魔物達は、消滅していた。


「ば、馬鹿な…」


少女の足が棺の上で、ガクガクと震えているのを、不敵な笑みを浮かべながらアルテミアが見上げ....呟いた。


「やはりな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ