第219話 偽りの仮面
「よお!乙女ブラック!」
「まさか…中西が、乙女ブラックとはなあ〜!」
「口だけではなかったのよ」
「あたし…今まで、ちょっと苦手だったけど…今は、尊敬してる!」
生徒達の話題を独占しているのは、ついに乙女ブラックの正体が明らかになったことであった。
暗黙の了解として、生徒会長である九鬼が正体であると思われていたが、大方の予想を裏切る結果となった。
「まあ〜生徒諸君!そんなに気にするなよ」
生徒達の注目の中、髪をかき上げながら、中西が廊下を歩いていく。
「今まで秘密にしていた意味が、なくなるだろう?」
無意味に回転する中西を、廊下の突き当たりにいた美和子が睨んでいた。
「偽者が、調子に乗りやがって!」
美和子は毒づくと、隣に立つ九鬼に顔を向けた。
「我々生徒会は、あなたの正体を知っています。どうして、中西から乙女ケースを取り返し、正体を明らかにしないのですか?自分こそが、学園を守ってきたヒーローだと!」
美和子の少しきつい口調に、九鬼はただ口元を緩め、
「誰が、守ってもいいのよ。それに、あたしは…正体を明かすつもりはないわ」
今度はポーズを取り、生徒達にアピールしている中西を見つめ、
「ただ…」
中西の手にある乙女ケースに目を細め、
「あれは、取り返す」
「生徒会長…」
美和子のそばから離れ、真っ直ぐに中西のもとに近づこうとする九鬼の前に、誰かが飛び出してきた。
「いるのか?本当に、あれが?」
道を塞ぐように、腕を組んで立っているのは、カレンだった。
「山本さん…」
九鬼は驚き、足を止めた。
カレンはフンと鼻を鳴らし、
「今、行ったら…騒動になるぞ」
顎で、廊下から離れるように促した。
「く!」
九鬼は、カレンの肩越しに中西を見つめた後、左に曲がった。
カレンも曲がる。
2人は、人混みから離れ…誰もいない渡り廊下に向かった。
誰もいない空間を睨みながら、カレンは言った。
「あれが…あの力がいるのか?お前の力は、人間を超えている。乙女ブラックにならなくても、魔物と戦えるだろ?」
そこまで言うと、渡り廊下の真ん中で足を止め、カレンは後ろにいる九鬼に振り向いた。
「鍛え方次第では、魔神ともやり合えるようになる」
カレンは、九鬼のしなやかな肢体を見つめた。
乙女レッドになったことのあるカレンは、乙女ソルジャーになると、身体能力が著しく向上することを知っていた。
だが…どこか卑怯に感じていた。
「そうかもしれない…」
九鬼は頷き、目を閉じた。
瞼の裏に、今までの戦いがよみがえる。
その中には、乙女ブラックの力を使っても…まったくかなわない相手がいることを知った。
(それに…)
九鬼は目を開けた。
(理香子…)
瞼を閉じなくても、姿が浮かんだ。
(加奈子!)
時空間を越えて、友が届けてくれたのだ。
あの乙女ケースを。
九鬼は、カレンに背を向けた。
「あたしには、あれが必要なの」
まだ廊下にたむろする生徒達の向こうへ、九鬼は歩き出した。
「どうしてだ?」
カレンは、九鬼の背中に訊いた。
「魔神…いや、さらに上の者と戦う為に」
九鬼の目に、生徒達の姿ではなく…サラや、アルテミアの姿が映る。
(あの高みまで…そして)
人混みをかき分け、九鬼は廊下の中央に踊り出た。
投げキッスをばら蒔いていた中西が、九鬼に気付き…おどけるのを止めた。
「やあ〜!マイスウィートエンジェル!どうかしたのかい?」
自分を真っ直ぐに見据える九鬼に、中西は微笑みながら肩をすくめた。
「そうか…妬いてるのかい?心配しなくてもいいのに〜い!お前には、ちゃんと唇に与えてやるからさ」
九鬼は、中西の言葉を無視して、ただ歩き出すと、
「返して貰う!」
真っ直ぐに、中西が持つ乙女ケースに向かっていった。
「へえ〜」
中西は顎を上げると、ゆっくりと下げた。
そして、呟くように言った。
「それは…無理だ」
「え…」
中西の唇の動きで、言葉を読んだ九鬼が驚くよりも速く…廊下の壁が吹っ飛んだ。
先程破壊された壁とは、ちょうど反対側になる。
「きゃああ!」
生徒達の悲鳴の中、九鬼の全身に激痛が走った。
「何!?」
鋭い爪が、脇腹や背中…腹に突き刺さっていたのだ。
「真弓!」
その様子を見ていたカレンは、走り出した。
校舎の壁を突き破り....破壊したのは、巨大な鳥の鉤爪だった。
「魔物だあ!」
短時間での魔物の襲来は、廊下にいた生徒達を再びパニックに陥れた。
だが、大月学園は…魔物と戦う戦士も育成していた。
中西の馬鹿騒ぎに見向きもせずに、各教室で待機していた戦士希望の生徒達が、一斉に教室を飛び出し、現場に向かった。
「ご苦労様」
中西は、別校舎から走って来る生徒達に軽く頭を下げた。
「真弓!」
巨大な怪鳥は、九鬼を爪で掴むと、大月学園上空へと飛翔した。
カレンは、中西のそばまで来ると、剥がれた壁から空に浮かぶ怪鳥を見上げた。
「チッ!」
舌打ちした後、カレンは乙女ケースを握っている中西に目をやった。
中西はただ…肩をすくめるだけだ。
「くそ!」
今は相手にしてる場合ではない。
全長十メートルはある翼を広げる怪鳥は、禿鷹に似ていた。
足に掴まれ、爪が食い込んだ九鬼の体から、血が滴り落ちた。
「今!助けるぞ!」
カレンは制服の胸元を開けると、ペンダントを取り出した。
それについた赤い碑石に触れると、ピュアハートが召喚できる。
カレンが碑石を指で触れようとした瞬間、横合いから蹴りをくらいふっ飛んだ。
「な!」
とっさに肩でカードして、カレンは立ち上がろうとしたが、腕が痺れて立てなかった。
「馬鹿な!」
カレンは唖然とした。
それは、腕のダメージではなく…自分を蹴った人物の姿を見たからだ。
「乙女ブラック!?」
腕を庇いながら、何とか立ち上がったカレンの前に、乙女ブラックがいた。
「ほお〜」
後ろから感心したような声がしたので、振り返ると…乙女ケースを持った中西が、乙女ブラックを見つめていた。
「何!?」
カレンは、中西の手元を確認した後、前を見た。
一度拳を引いた乙女ブラックが、カレンにパンチを叩き込もうとしていた。
「馬鹿な!」
カレンは回転すると、拳を突きだした腕の肘辺りにつま先を叩き込んだ。
簡単に、変な方向に曲がった乙女ブラックの腕に驚くよりも、カレンは鼻腔を刺激する異臭に顔をしかめた。
「こいつは!?」
蹴り足を着地させると、カレンは後方にジャンプした。
「おっと」
大袈裟に破壊された壁側に避けた中西とすれ違いざま、カレンは横目で中西を見た。
不敵に笑みを漏らす中西は、背中を曲げ…上空に浮かぶ捕まった九鬼を見上げた。
「そろそろ…ナイトの登場かな?」
「何なんだ?」
カレンは中西から、廊下で繰り広げられている戦いに目をやった。
数え切れない乙女ブラックが、生徒達と戦っていた。
「乙女ソルジャーの…ミイラか?」
腕が曲がりながらも、向かってくる乙女ブラックと一瞬で間合いをつめると、カレンはすれ違いざま…眼鏡を取った。
すると、乙女ブラックの変身が解け…ミイラは砂と化した。
「これは!」
カレンは、奪い取った眼鏡を見た。
黒に見えたのは、汚れが染み付いているだけだった。
指で削ると、地の色である灰色のフレームが姿を見せた。
「うん?」
その時、生徒と乙女ブラック達の間に、一陣の風が通り過ぎた。
「何の騒ぎですか?」
風は、カレンの前で止まった。
「浩也!?」
その手に、数多くの眼鏡を持った浩也が、カレンに訊いた。
生徒達と対峙していた乙女ブラック達が、ミイラの姿を晒すと、砂と化した。
「お前…こいつらの弱点を…」
浩也の手にある眼鏡を見つめ、驚くカレンに、
「おば…カレンのやったことを見て」
浩也は言い直した後微笑むと、破壊された壁から上空を見上げた。
「チッ」
一瞬で、乙女ブラック達を排除した浩也を見て、中西は舌打ちした。
「あれか?」
浩也は、空中に浮かぶ怪鳥を睨んだ。
「何事だ」
各教室の中まで襲いかかって来た乙女ブラック…いや、乙女グレーの群れが、一瞬で燃え上がった。
眼鏡さえも溶ける程の熱を放ったのは、ユウリとアイリだった。
突然の襲撃に、教室の隅に逃げるしかできなかった生徒達は、ユウリとアイリの背中に感嘆の声を上げた。
「凄い…」
その言葉に、アイリは振り返り、
「虫けら以下が」
と呟いた。
「構うな。行くぞ」
ユウリは生徒達を見ることなく、廊下に出た。
2人の斜め前に、カレンと中西…浩也がいた。
「赤の王!」
浩也に近づこうとするアイリを、ユウリは腕を横に伸ばして遮った。
「ユウリ!?」
「我らの任務は、あくまでも…赤の王の確認。やつが、本当に赤星浩一であるのかを確かめること」
ユウリは、赤星の背中を凝視した。
「浩也!何をする気だ?」
カレンは、怪鳥を見上げる浩也の瞳に…恐ろしい程の強い力を感じていた。
「貴様!」
中西は乙女ケースを握りしめる手で、浩也を指差した。
「あいつを助けるのは、俺の役目だ!」
そう言って、近づこうとした瞬間、中西の鼻先を回転する2つの物体が通り過ぎた。
「チェンジ・ザ・ハート!」
驚くカレンが、チェンジ・ザ・ハートの軌跡を目で追った。
浩也が腕を横に突きだすと、チェンジ・ザ・ハートはその手元で合体した。
巨大な砲台のようなライフルが、浩也の手に握られる。
「銃になった!」
アイリは思わず声を上げた。
「バスターモード…」
ユウリはニヤリと笑った。
「間違いない!あれは、赤星浩一だけの特別モード!」
浩也は、ライフルを一回転させると、銃口を怪鳥に向けた。
「やつは、やはり!赤の王!」
ユウリの確信と同時に、浩也は引き金を弾いた。
「く、くそ!」
空中で捕らえられている九鬼は、全身が痺れて、身動きが取れなかった。
どうやら、怪鳥の爪には、毒が塗ってあるらしい。
ある程度、毒に耐性を持っている九鬼だが…食い込んだ爪先から、直接体内に入れられては、お手上げだった。
それに、空中に浮かんでいる為…足場がなく、攻撃しょうにも、踏ん張ることができず…力が入らなかった。
「乙女ソルジャーになれば…」
何とかできたかもしれない。
(やはり…あたしには、あの力が)
九鬼は目だけで、足元を見た。
破壊された壁から見える中西とカレン…そして、浩也の姿が何とか視界に入った。
「!?」
浩也の手に、巨大な銃が握られているのが見えた。
銃口は、明らかに…こちらを狙っていた。
「!?」
驚く九鬼が、銃撃に備えて身をよじるなど…何とかしょうと考える間も与えず、光線は…炎に電流を巻き付きながら、まるでドリルのように怪鳥に穴を開け、上半身を吹き飛ばした。
怪鳥の足だけが残り、地面に落下していく。
「真弓!?」
「くそお!」
あまりに一瞬の出来事の為に、カレンと中西は反応が遅れた。
今、廊下から飛び降りても…間に合わない。
食い込んだ爪に自由を奪われたまま、受け身もとれずに、地面に激突すると誰もが思った刹那…2つの回転する物体が、爪の周りを旋回した。
次の瞬間、爪は粉々になり…九鬼だけが地面に落下していく。
「な」
まだ痺れている為に、受け身は取れない。
どうする…と考えている途中で、九鬼は誰かに受け止められた。
「あ、あ…」
何の衝撃も感じず…まるで羽毛布団に包まれるような感覚の中、九鬼は腕の中で抱かれていた。
「赤星君」
ふわりと、地面に着地した赤星は、腕の中にいる九鬼に微笑んだ。
「浩也でいいよ」
その温かい笑顔に、九鬼は知らず知らずに…赤くなっていた。
「やはり!やつは、赤星浩一!」
アイリは興奮していた。自然と笑いが出た。
「アハハハ!だが、やつの力は!王を名乗るには、貧弱!」
アイリは、ユウリの手を掴んで払いのけようとする。
「今なら、我らでも殺せる!」
浩也のもとに行こうとするが、ユウリが行かさない。
アイリの手を掴み、力を込めていた。
「行くな」
ユウリは横目で、アイリを睨んだ。
「どうしてだ!魔王の封印が解け、完全体に戻ってしまえば…我らでは、勝てんぞ」
「忘れたか!お前は!」
ユウリは、顔をアイリに向けた。
あまりにも激しい怒りの形相に、アイリは怯んだ。
「やつを殺すのは、我らが主!リンネ様だ!」
「う!」
その言葉に、アイリはユウリを避けようとしていた力を緩めた。
「どうするかは、リンネ様が決められる!まずは、ご報告しなければ」
「わかった」
アイリも頷いた。
もう…これ以上は、わがままを言うことはできなかった。
ユウリとアイリはその場から、歩き出した。
「うん?」
カレンは振り返った。
廊下を静かに歩いていくユウリとアイリの後ろ姿を、数秒見送ってしまった。
「認めんぞ!」
カレンが視線をユウリ達に向けている時、中西はわなわなと全身を震わすと、廊下から飛び降りた。
「装着!」
空中で、乙女ブラックになった中西は、地面に着地すると、浩也を指差した。
「真弓を助けるのも!抱き締めるのも!俺だけの特権だ!」
拳を握りしめると、浩也に向かって、ジャンプした。
「その汚い腕から、真弓を解放しろ!」
そして、パンチを叩き込もうとした。