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第215話 熱狂の裏で

「幽玄の美しき月」


まだ太陽の光に邪魔されて見ることのできない月を見上げ、大月学園で一番高い場所である時計台の上で、佇む1人の少女。


その身に一糸も纏わない姿を、授業中の生徒達は見ることができなかった。


一限目に、体育の授業もなかった。


少女は月を見上げながら、口元に笑みを浮かべた。


「だけど…あなたは、抜け殻…。愛する男を忘れ…違う男にうつつを抜かす…愚かな子」


少女は両手を広げた。


そして、太陽の光にその身をさらす。


「闇は、太陽に食われた。だけど、その太陽の闇は、誰が晴らすのかしら」


目を細めながらも、少女は笑い続けた。


「愚かで憐れな妹達に、幸あれ」


少女は、時計台から飛び降りると、漆黒の闇に似た布を纏った。






「うん?」


授業を大人しく受けていた阿藤美亜は、妙な気を感じて窓の外を見た。


生憎、時計台は、美亜のいる教室から死角になっており、飛び降りた少女の姿を確認できなかった。


(強い気を感じた…)


眼鏡の分厚いレンズの奥で、美亜の瞳が赤く光っていることに、誰も気づかなかった。


(しかし…)


美亜は心の中で、笑った。


(大したことはない)


美亜の瞳の色が、もとに戻った。


(あの程度ならば…あいつの妨げにはならない)


美亜は、黒板に書かれている文字を、ノートに写し出した。


(しかし…不思議なものだ。人間とはな)


書き終わると、鉛筆を置き、頬杖をついた。


(こんなことを習う暇があるならば、戦いで強くなる術を模索するべきではないのか?)


黒板に響くチョークの音しかしない教室内は、美亜にとっては異空間だった。


(うん?)


そんな静寂の空間のすぐ外にある廊下を、1人の男子生徒が横切っていった。


横目で、その男の姿を追っていたが、すぐに視界から消えた。


(誰だ?)


美亜は訝しげに、眉を寄せた。





廊下を歩いていたのは、中西だった。


授業中の誰もいない空間を、闊歩するのが心地よかった。


しかし、ずっと歩いている訳にもいかなかった。


校内をもう一周してもよかったのだが、中西には用があったのだ。


とある教室の扉を開くと、中西は大声で叫んだ。


「生徒会長九鬼真弓!今から、俺とデートしょうぜ!」


静寂な空間が、一瞬でざわめいた。


「九鬼真弓!」


返事がなかったので、中西がもう一度叫ぶと、教壇の前にいた教師が呆れながら言った。


「お前はC組の中西だな。今は授業中だ!デートに誘うなら、後にしろ!」


「ご冗談を」


中西は肩をすくめ、


「こんな意味のない授業…受ける価値はない」


嘲るように言った。


「何だと!?」


教師の顔色が変わった。


「だって、そうだろ?人間は、生き延びることだけを精一杯考えなければならないのに、授業など意味がない」


「これは、人間が人間社会を形成していく上でだな!」


社会の教師である男は、全否定されたように感じて、感情を露にした。


「無駄だよ」


中西は笑った。


その瞬間、教室内にいた九鬼は突然、影が落ちたことに気付いた。


「な!」


中西の言葉に驚いていた九鬼は、影で視界が暗くなるまで…この存在には気づかなかった。


振り返った窓の向こうで、巨大な一つ目が教室内を覗いていたからだ。


「ま、魔物!」


教室内の生徒達も気付いた。


「だから、言っただろ」


中西はため息をついた。


「授業なんかしてる場合じゃないって」


九鬼達のいる校舎の真横に立っている巨人は、巨大な鉈を振り上げると、刃を水平にして、教室内に振り下ろした。


「きゃああ!」


まるで紙切れのように、窓ガラスは割れ、壁を突き破って、鉈は教室内を横凪に斬り裂こうとした。


刃が通り過ぎる高さは、人の首筋辺りだった。


「チッ!」


九鬼は舌打ちすると、刃に向かってジャンプした。


迷ってる暇はなかった。


乙女ケースを手に取ると、それを刃の軌道に合わせた。


ジャンプした時の踏み足に力を込めたことにより、タックルの形を取った。


振り下ろされた刃を、乙女ケースで真っ向から受け止めた。


「みんな!しゃがんで!」


顔をしかめながらも肩を入れて、九鬼は全身の力を乙女ケースに向けた。


九鬼の声に、生徒達は一斉に頭を下げた為、鉈に切られることは防げた。


しかし、生身のままでは大した力が入らない。


九鬼の体は、教室内を滑る。


机にぶつかろうが、バランスを崩した瞬間、九鬼の体は真っ二つになる。


履いている靴の底から、火花が散った。


「クッ!」


唇を噛み締め、堪える九鬼の反対側の肩が黒板に激突した。


もう限界である。


黒板が軋んでいく。


隣の教室まで、突き破るのかと思った瞬間、刃が九鬼から離れた。


「な〜あ!」


乙女ケースを掴んでいた腕を下ろした九鬼の横に、中西が立っていた。


「授業なんて、受けてる場合じゃあ〜なくなっただろ?」


九鬼はちらりと、中西を見た。


「だ・か・ら!俺とデートしょうぜ!」


にやりと笑う中西から、九鬼は視線を外すと、


「そんな場合か!」


黒板から離れた。


一つ目の巨人は、第二撃目をくらわそうと、鉈を振り上げていた。


「させるか!」


九鬼は、破壊された窓側からこちらを覗いている一つ目向かって、ジャンプした。


「つれないねえ」


中西は肩をすくめた。


「くらえ!」


九鬼の蹴りが、一つの目の黒目辺りに決まった。


「ぎゃあああ!」


一つの目の巨人は、裸眼を蹴られた為、思わず鉈を落とした。


「みんな!逃げて!」


蹴りを放つと、その勢いで、教室内に舞い戻った九鬼は、まだ教室にいた生徒達に叫んだ。


無言で頷くと、生徒達は教室から飛び出した。


「早く!」


生徒達がいる前では、乙女ソルジャーに変身できない。


慌てて、教室内から廊下側に逃げる生徒達の中に、中西もいた。


「まあ〜いいさ。今日は、断られたが…」


中西は、にやりと笑った。


その手の中には…。




生徒達がいなくなったのを確認すると、九鬼は乙女ケースを突きだそうとした。


しかし、


「何!?」


乙女ケースがなかったのだ。




「フフフ〜ン」


鼻歌を歌いながら、廊下を歩いて避難する中西の手には、乙女ケースがあった。



「これでは、変身できない!」


九鬼は奥歯を噛み締めた。


目の痛みが治まった巨人は、目を真っ赤にしながらも、怒りの咆哮を上げた。


明らかに、激怒していた。


再び鉈を振り上げた。


今度は、受け止めるものがない。


「クソ!」


九鬼は覚悟を決めた。


振り下ろされた瞬間、もう一度懐に飛び込み、目を狙うしかない。


構える九鬼と、振り下ろされるのは同時だった。




しかし、鉈は教室に突き刺さることはなかった。


何かが、鉈を弾き返したのだ。


それは、回転する二つの物体。


「何だ?あれは!」


九鬼は、ジャンプするタイミングを失った。


二つの物体は、鉈を弾いた後、威嚇するように、巨人の周りを飛ぶと、突然弾かれたように、上に跳ねた。


九鬼は窓に近づき、空を見上げた。


太陽に向かって、飛んでいた二つの物体が見えなくなると同時に、黒い影が落下して来た。


「!」


唖然とする九鬼の目の前を、黒い物体が通過していく。


天から落ちてきたのに、黒い物体はまったく砂埃一つ上げずに、地面の上に着地した。


「人間!?」


下を見下ろした九鬼は、目を見開いた。


黒い物体は、学生服を着た人間だった。


その手には、剣を握り締めていた。




(あれは…チェンジ・ザ・ハート!?)


美亜は自らの教室から、巨人の周りを旋回する二つの物体を見つめていた。


様子を見ていた生徒達が、二つの物体だけに気を取られていたが 、美亜はその間に天に向かって飛び上がった人影を見逃していなかった。


(赤星…)


ライトニングソードを振り下ろした浩也が着地すると同時に、巨人は頭から真っ二つになり、別れた体は一瞬で燃え上がった。


(ライトニングソード…華烈火か)


美亜はその剣を見て、胸元を押さえた。


ライトニングソードに、ファイアクロウが絡みついてできる…赤星浩一独自の剣だった。



(アルテミア!僕は、君のことが!)


アルテミアの攻撃を切り裂いて、突進してくる浩一の手には、ライトニングソード華烈火があった。



(クッ!)


美亜は顔をしかめて、胸を握り締めると....ライトニングソード華烈火を握っている浩也から視線をそらした。





「あれが…彼の力」


燃え上がった巨人の肉体は、一瞬で灰と化した。


一撃で、巨人を倒した浩也の実力に、九鬼に戦慄を覚えていた。


ゆっくりと立ち上がる浩也の背中を見下ろしながら、九鬼は…彼が味方であることを願っていた。


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