第213話 揺れる心
「今日から、この学園に学ぶ訳ですが…当学園は、他校とは違い、勇者の育成にも力を注いでおります。まあ〜それは、選ばれた特別な生徒だけに、行われる訳ですが…」
教師に引率され、灰色の廊下を歩くのは、赤星浩也だった。
「君は、あのジャスティン・ゲイの紹介でありながら…普通科とはねえ…」
歩きながら、後ろの浩也をちらりと見た教師は頷き、
「まあ…人は、それぞれ…生き方があるでしょうから」
お世辞にも、華奢な浩也の体は、戦いに向いているようには見えなかった。
カードシステム崩壊後、他者のレベルを計れなくなった為、教師は浩也のレベルを見間違えていた。
それに、長きに渡り、カードシステムに頼って来た為に、多くの人は.....相手の力を感じる能力をなくしていた。
「そうですね」
浩也は、頷いた。
間違っていると、否定もできたが、浩也はする気にもならなかった。
学校という空間にいる自分に、なぜか堪らなく懐かしさを覚えていたからだ。
(どうしてだろう?)
そのことに疑問が沸き上がったが、深く追求する気にもなれなかった。
そんな気持ちよりも、今ここにいるという…嬉しさの方が勝っていた。
教師の言い回しも、懐かしかった。
しかし、なぜ…そう感じるのか…明確な答えは持っていなかった。
(お母様…)
魔神達に追い詰められ、無我夢中で逃げ回る日々を過ごしていた浩也には、途中から記憶がなかった。
戦場で行方不明になった母フレアのことは、ずっと気掛かりだが、どうしてか…あまり探す気にはなれなかった。
その理由は、簡単だった。
そばに、フレアの気を感じていたからだ。
(お母様が、無意味に姿を消すとは思えない。何かあるんだ)
浩也は、自らに言い聞かすように頷いた。
「なんの騒ぎだ!」
教室が並ぶ廊下に踏み込んだ瞬間、教師は目を丸くした。
目の前を男子生徒が血走って走り去ったと思ったら、次の瞬間…項垂れて目の前を戻っていったからだ。
「うん?」
浩也は首を捻った。
「何の騒ぎですか!さっさと教室に戻りなさい!」
チャイムが鳴り響く中、教師の怒声も響いていた。
赤星は足を止め、教室に戻っていく生徒達の様子を眺めていた。
男子生徒の中、1人歩いていく女生徒の姿が目に止まった。
いや、偶然…目に入った訳ではなかった。
目が…いや、運命が…浩也を導くように、その女生徒をとらえたのだ。
(!?)
女生徒も、浩也を見ていた。
絡まる視線。
ほんの数秒だが、浩也にとても長く感じられた。
(誰…!?)
知らない人だった。
なのに、知ってるような気がした。
忘れたくても、忘れられない程の人に思えた。
なのに…浩也は知らなかった。
(どうして?)
知ってるはずだ。
記憶を手繰ろうとした時、浩也の脳裏にまた…あの画面がフラッシュバックした。
六枚の翼を広げ、黄金の鎧を身に纏った女の人が、悲しげな表情を浮かべている。
(なのに…僕は、その女の人を突き刺した!)
と思ってから、浩也はその記憶を否定した。
(僕じゃない!それに!)
今、浩也の目の前を通り過ぎた女生徒と、髪の色も背丈も違った。
(眼鏡もかけてなかった)
浩也は頭を、思い切り横に振った。
「赤星君」
教師の呼ぶ声が、浩也を正気に戻した。
「あっ、はい」
顔を上げ、教師に返事を返した。
「教室に向かいましょうか」
再び教師に促され、浩也は歩き出した。
その後ろを、ユウリとアイリが距離を開けて歩く。
「あれは…」
「赤の王」
ユウリとアイリは、前を歩く浩也の背中を軽く睨んだ。
「!?」
廊下の角から、飛び出した九鬼が舌打ちすると、ユウリとアイリの後ろを歩き出す。
(まったく…気配がしない)
改めて、ユウリとアイリの気を探った九鬼は、その底知れぬ力を感じ取り、拳を握り締めた。
(それでも…あたしは!)
ユウリとアイリに気を取られた為、九鬼は気づかなかった。
浩也と美亜が前にいることに。
「改めて…転校生を紹介します」
教壇に立つ女教師の隣に立つのは、ユウリとアイリ。
「どうやら…」
「デスぺラードと赤の王とは、違うところのようだな」
目だけを動かし、生徒達の気を探るユウリとアイリは、無表情ながらもため息をついた。
「大した人間はいないな…。今、襲いかかっても数秒で、灰にできそうだな」
「アイリ、やめておくのよ。誇り高き炎の騎士団長の側近である我々が、潜入中に人間の餓鬼を皆殺しにしたなど…笑い話にもならない」
ユウリの注意に、アイリは頷くことなく、わかっていると答えた。
「遅れたぜ」
その時、ユウリとアイリのそばの扉が突然開いた。
「いや、違うな」
頭をかきながら、教室にゆっくりと入ってきたのは、茶髪の男子生徒だった。
「俺的には、ちょうど良い時間だ!」
男子生徒は両手を広げると、右手の人差し指を立て、席についている生徒達を指差し、
「お前達とは、違うからな!」
顎を突き上げながら、見下すように言った。
「何だ?この馬鹿は」
一番そばに立つアイリが、男子生徒を睨んだ。
ユウリはちらっと一瞥すると、
「人間だけの集まりだ。こういう馬鹿もできるんだろ」
すぐに無表情で、前を向いた。
「おい、お〜い。どうしたんだい?」
男子生徒は、教室にいる生徒達がまったく目を合わせないことに気付いた。
「未来のスターを、こんな間近に見れるのに〜い」
一番前の席についている女生徒に近づき、
「今は、タダだぜ」
身を屈めると、ウィンクをした。
それでも反応がないことに、男子生徒は驚いた。
「馬鹿な!どうして、俺に注目しなあい!」
頭を抱え、嘆くポーズを取ってから…男子生徒ははっと気付いた。
後ろを振り向き、教壇の横に立つユウリとアイリを見た。
「ま、まさか…転校生か」
ユウリとアイリを交互に見て、また嘆きのポーズを取った。
「転校生!1日だけのスターがいたのか!」
そして、絶叫した。
ユウリのこめかみの血管が、ピクッと動いた。
「やめておけよ」
今度は、アイリが注意した。
「この人間…イライラする」
ユウリの殺気を感じたのか…男子生徒は身をよじらせた後、顔を近付けた。
「?」
無表情のはずのユウリが、顔をしかめた。
「やめろ」
アイリは、ユウリの手を握った。
体温が上昇している。
「殺すか…」
呟くように、ユウリが言ったのと同時に、教壇から声がした。
「中西!さっさと席に着かんか!」
教師の怒声が、ユウリの緊張を解いた。
「これ以上遅刻したら、二年には上がれなくなると、警告したよな」
教師の言葉に、中西と呼ばれた男子生徒はユウリ達から離れると、大袈裟に肩をすくめてみせた。
「それは、困るなあ〜。退学なら箔がつくが…落第は、ロッカーには似合わない」
そう言うと、両手を広げながら、くるりと一回転した。
教師はそんな中西に呆れながら、
「何なら…退学では構わんがな」
ため息混じりに言った。
「それは、絶対に困る!」
広げた手で、教師を指差すと、
「この学園には、マイハニーがいるからな!」
もう一回転し、ユウリとアイリに顔を向けた。
改めて、2人をまじまじと見た後、
「あんたらも、相当かわいいが…マイハニーには、かなわない!」
ウィンクをすると半転し、自分の席に向かって、歩き出した。
「何だ…あいつは」
アイリは、中西の背中を睨んだ。
「リン君…すまないな。ああいう馬鹿は、この学校に1人しかいないんだが…我慢してくれ」
教師は、ユウリとアイリに申し訳なさそうに告げた。
ユウリとアイリは、この学園では…リン・ユウリ、リン・アイリという姉妹を名乗っていた。
「か、かわいい…」
先程までと違い…なぜかユウリは顔を赤らめていた。
「まったくだりいなあ〜」
中西は頭をかきながら、席に座った。
「早く休み時間にならねえかな〜」
早くも欠伸をし、
「そしたら、会いに行くのにな…。マイハニー…」
中西は幸せそうに笑い、想い人の名を口にした。
「九鬼真弓に」




