表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
220/563

第212話 迸る熱情

「まったく、どうしてなんだ」


「文句を言うな」


「私達は、このような場所に通う為に、生まれたのではないぞ」


大月学園内を闊歩する2人の女生徒に、周囲の視線が集中する。


まるで、人形のように細くバランスの取れた体に金髪の姿は、人々の注目を得るのに十分だった。


しかし、一番目を惹かれたのが…その顔だった。


まったく同じ顔と、まったく同じ体型の女生徒が、歩いているのである。


違いは、髪型だけ。


双子と言われても、ここまで同じであることはあり得なかった。


まるで、量産された人形のように、同じ型でつくれたものに見えた。


「仕方あるまい…。これも、リンネ様のご命令なのだから」


「それは、わかっている」


2人の女生徒の正体は、ツインテールのユウリとポニーテールのアイリ。


炎の騎士団長リンネの側近であった。


「わざわざ潜入などせずとも、制圧すればいいだろうが」


ユウリの言葉に、アイリは目で周囲を伺いながら、


「そうもいくまいて…ここには、アルテミアも潜入しているはず。それに、赤の王もな」


「信じられん」


ユウリは、道を開けて2人を見送る生徒達に顔を向け、微笑んだ。


それだけで、男子生徒から歓声が上がった。


「媚びを売るな」


アイリの注意に、


「面白いではないか。虫が鳴いていると思えばな」


ユウリは前を向き、前方を睨んだ。


「しかし…あの赤の王が、復活したとは思えんのだが…」


「全滅した討伐部隊から送られた最後の思念には、赤の王への恐怖が刻まれていた」


「しかしな…それだけで…。うん?」


考え込もうとしたユウリは、人混みから廊下の真ん中に飛び出してきた女生徒に、目を細めた。


アイリも、その女生徒に気付き、足を止めた。


女生徒は、ゆっくりと2人に近付いて来る。


廊下に集まっていた男子生徒達がざわめき、教室に入ったりして、その場から消えていく。


「あなた方は、転校生ですね」


近付いて来るのは、九鬼だった。


「こいつは…」


ユウリが、九鬼を軽く睨んだ。


「やめておけ。今は、大人しくしていろ」


アイリは九鬼を見つめながら、ユウリに注意した。


そんな2人を見つめながら、九鬼は少し距離を開けて足を止めた。


「この学校は、髪を染めることは禁止されています。できれば、明日までに黒に染め直して下さい」


「へぇ〜」


九鬼の言葉に、ユウリが笑った。


「人間如きが、私達に命令するか」


殺気を放とうとするユウリを制するように、アイリが一歩前に出た。


「すいませんが…私達の髪の色は、生まれつきです。この色に染めている訳では、ございません」


アイリの物言いに、九鬼は2人の髪を見た。


まるで、作り物のような質感が見て取れた。


染めて傷んでいるように、遠くから見えたが…違うようだ。


(触らなければ…わからないが…)


九鬼は、髪から視線を外し、


(髪ではないような感じがする)


2人の顔を見た。


カツラなどでもない。なぜならば、制服から見える肌の質感も、人間とは違うように感じた。


(彼女達は、何者だ?)


九鬼は周囲の生徒達に気を使いながら、自然体で身構えた。


「うん?」


九鬼の体の微妙な変化に、ユウリとアイリは気づいた。


少し嬉しそうな顔をするユウリに気付き、アイリは小さく舌打ちをした。


(できれば…隠密にやりたかったが…)


その場で、少し暴れることを覚悟した。


(魔力は使わずに、一撃で死なない程度にやるか)


ユウリとアイリも、身構えようとした。


その時、 九鬼との間に、誰かが飛び込んできた。


「髪の色くらいで、とやかく言うな」


日本刀に酷似した刀が、いつのまにか九鬼の首筋に差し込まれていた。


「十夜さん!?」


驚く九鬼に、十夜小百合はにやりと笑いかけた。


「久しぶりだな!」


短い金髪に、なぜか1人セーラー服という出で立ちの十夜は、九鬼に言った。


「転校生の髪型を注意する暇があったら…」


十夜は日本刀を、九鬼の首筋に当てた。


「おれと戦え」


威圧するような十夜の視線を、九鬼はため息で返すと、


「髪を染めてるだけでなく、刀を校内で抜くなんて…」


「それが、どうした!」


首筋に刃を付けた状態からの一振りは、確実に九鬼の首を跳ねたはずだった。


「な!」


一瞬で、九鬼は刀を挟んで反対側に移動した。


首筋に当たっているのは、逆刃の方だった。


あまりの速さで、廊下を覗いていた生徒達の目では、追うことができなかった。


立ち位置が変わっていることにも、すぐに気づく生徒はいなかった。


「ば、馬鹿な」


絶句する十夜。


九鬼が反対側にいることを驚いているだけではなかった。


渾身の力で振るったはずの刀が、まったく動いていないのだ。


「あり得ない…」


十夜の手から、刀が床に落ちた。


そして、足から崩れ落ちる十夜を…九鬼はもう見ていなかった。


後ろを振り向き、遠ざかっていく二つの背中を見つめていた。


九鬼が刀を処理するコンマ数秒の間に、ユウリとアイリは2人の横を通り過ぎていたのだ。


(速い!見えなかった)


九鬼は生徒の手前、平然としていたが…手のひらに汗が滲んでいた。


生身であったとはいえ、隣を通ったことにまったく気づかない程の2人の速さに、愕然としていた。


(何者だ?)


九鬼は、2人の背中が角を曲がるまで、見つめ続けた。




九鬼から離れていくユウリとアイリは、後ろを振り返ることなく、歩き続けた。


「今のやつが、おそらく…闇の女神の抜け殻」


ユウリの言葉に、アイリは鼻で笑った。


「フン!確かに人間にしては、速いが…我らの足下にも及ばない」


「だが…油断するな報告によると、普段は力を使えないらしいからな。鎧を纏った時、本来の力を発揮する」


ユウリとアイリは、廊下を曲がった。


九鬼達が見えなくなると、突然…目の前に続く廊下の空気が変わった。


「何?」


炎の魔神である2人は、寒さを感じることはない。


どんなに寒かろうが、氷の国だろうが…自ら発熱している体には関係なかった。


もし寒さを感じる場合は、2人の魔力を超えた冷気を放つ相手がいる時だけだ。


「この魔力は!?」


2人の体が、凍えていた。


ぶるぶると震える体に、ユウリとアイリは愕然とした。


「ま、まさか!?」


2人の脳裏に、水の女神マリーの姿がよみがえる。


「め、女神クラスの魔力を持つものがいるのか?」


「だとしたら!」


2人は震えながら、顔を見合わし、


「アルテミアか!」


声を揃えた。


「く!」


2人は顔をしかめると、抑えていた魔力を解放した。


制服が一瞬で燃え尽き、炎そのものの肉体が露になる。


「どこにいる!」


辺りを警戒するが、誰も出て来ない。


「アルテミア!」


冷気は強くなり、炎そのものと化した体の温度が下がっていく。


「こ、このままでは…」


「やられる!」


体温が急激に下がり、先程の肌に戻ると、今度は肌にひびが入っていく。


「ほ、炎の魔神である…我々が!」


ひび割れていく肌を見て、アイリは目を見開いた。


「そのままでは…我々の核が割れてしまった」


ユウリは唇を噛み締め、


「戦わずに…やられるだと!!認められるかあ!」


絶叫した時、後ろから声がした。


「きゃあ!は、裸ですう!」


「な!」


突然の声に驚き、後ろを振り返った2人の目に、手で目を隠した女生徒の姿が映った。


「ば、馬鹿な!」


気配を感じさせずに、後ろを取られたことよりも…炎の魔神である2人が凍る程の冷気の中にいることに、驚いていた。


「どうしたの?阿藤さん」


驚いている女生徒のそばに、九鬼が駆け寄った。


「は、裸!」


女生徒は、美亜だった。


美亜は顔を真っ赤にしながら、ユウリとアイリを指差していた。


「え?」


九鬼も驚き、美亜の指差す方を見た。


全裸のユウリとアイリがいた。


「どういうことだ…」


ユウリとアイリの意識はもう…美亜達に向いてなかった。


「冷気が消えた」


2人の肌から、ひび割れが消えていた。


「裸だって!」


「ええ!まじかよ!」


美亜の悲鳴を聞きつけて、男子生徒達が教室から飛び出し、廊下を走ってくる。


「裸?」


ユウリとアイリは、自らの様子を確かめて、


「別に問題ない」


と頷き合った。


「誰の裸だ!」


「ま、まさか!転校生の!」


廊下の角を目指して、全力で走る男達の前に、九鬼が立ちはだかった。


「ここからは、立ち入り禁止です」


腕を組んで睨みを効かした九鬼に、生徒はたじろぎ、足を止めた。


それでも、スケベ心が九鬼の眼力を超えた男子生徒が、首を伸ばして、角の向こうを見た。



「何の意味があるのだ?」


「さあな」


全身にカーテンを巻き付けたユウリとアイリがいた。


「えええ―!」


男子生徒は思わず、肩を落とした。


状況を判断した九鬼が、一瞬でそばの教室に入り、窓の横に束ねてあったカーテンを取り、2人に巻き付けたのだ。


「はい!向こうに行ってください!」


九鬼は、その場で崩れ落ちている男子生徒の首根っこを掴むと、移動させた。


ちょうどタイミング良く、チャイムが校内に鳴り響いた。


「ああ〜あ」


残念そうに、とぼとぼと教室に戻っていく男子生徒達に紛れて、美亜が歩いていた。


口許に、うっすらと笑みを浮かべながら…。



去っていく生徒を見送った後、九鬼はため息をつくと、ユウリとアイリの方を向いた。


「あなた達には、何か制服の変わりになるものを用意…!?」


2人の姿を見た九鬼は、目を丸くした。


カーテンを脱いだユウリとアイリは、さっきの制服姿に戻っていた。


驚く九鬼に、アイリが無表情のまま、折り畳んだカーテンを差し出した。


「よくは、わからんが…お前に、借りができたようだな」


「成る程…人間のオスは、メスの裸に興味があるのか」


ユウリは、自らのスカートの裾を摘まみ、


「どおりでな…。自ら発火できない人間が、寒さから守る為に着ていると思っていたが…」


「こんな下の開いた…意味のない布をつけてるのか…」


アイリはスカートを捲り上げ、


「オスを釣るために、あるのだな」


納得していた。


「!?」


カーテンを受け取った九鬼は、また絶句した。


2人は、パンツをはいていなかったのだ。


「まあ…いいわ。そんなことは」


2人はスカートを戻すと、歩き出した。


「騒がしたな」


ユウリとアイリは、九鬼の横を通り過ぎる時、微笑みかけた。


そして、最後にこう言った。


「デスぺラードよ」


「な!」


九鬼は慌てて、振り向いた。


今度は、普通の速度で歩いていくユウリとアイリに…九鬼は戦慄を覚えていた。


「何者だ?」


今の言葉で確信した。


2人は只者でないと。


誰もいなくなった廊下で、九鬼が拳を握り締めていた。


そして、新たな戦いの予感に震えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ