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第20話 宴と虚言

「畜生!で、でも…どうしょう…」


いつもの昼休み。僕は教室内で、左手の薬指を見つめながら、イライラしていた。


やっぱり、指輪が気になる。


この世界では、魔物がでるはずがないのだが、なぜか…胸騒ぎがしていた。


窓側の一番前にある僕の席から、何となく気になって目線を外に向けた。


曇っている。


昼なのに、薄暗い。


窓の下は…グラウンドで、生徒達がサッカーをしていた。


(胸騒ぎが止まらない。心が騒いでいる)


異世界に行ってから、なぜか…空気に敏感になっていた。


(何もいないはずなのに…)


本能が、危険を告げていた。


「やっぱり…返してもらおう」


胸騒ぎを止める方法は、ただ一つ。


昼食をとる気分にもならないから、音を立てて席を立った僕。


「うん?」


ふっと…自分の足元に、目がいった。


「え…」


濡れていた。


僕の足元が、濡れていたのだ。


(なぜだ?)


妙な感覚を感じ、辺りを確かめようとした時突然、教室のドアが開いた。


「こうちゃん!」


明菜が顔を覗かせて、僕を呼んだ。


「ちょっと来て」


「あ、ああ…」


仕方なく、僕はドアに向かって歩き出した。


その時、下をもっとよく観察していたら…僕は、学校内の異変に気づいただろう。


濡れていたのは、僕の所…だけではなかったのだ。



「何だよ」


廊下に出た僕の左腕を、無理矢理掴んだ明菜は、一瞬だけニコッと微笑んでから、強引に僕を引っ張って、歩き出した。


「どこ行く気だよ!俺は、いくところがあるんだよ」


僕は、手を振り払おうとしたけど、予想以上に明菜の腕力が強い。


「すぐ終わるから」


明菜は、前を向いたまま、引っ張る僕の顔を見ようともしない。


「職員室に、指輪を取りに行かなくちゃならないんだよ」


「指輪!?」


しばらく間を開けてから…明菜はいきなり、足を止めると、僕に振り返った。


その表情には、驚きと…どこか怯えがあった。


「指輪って…」


明菜は、掴んでいる僕の左腕を見つめ、ゆっくりと…僕の腕を上げた。


手の甲…薬指を見ようとして、


「嫌!」


反射的に僕の腕を離し、廊下にうずくまった。


「明菜!」


両手で顔を覆い、小刻みに震えている明菜に戸惑い、どうしていいのかわからずに、オロオロしている僕の後ろから、声がした。


「沢村君。どうしたの?」


ただオロオロしている僕の横をすり抜け、男子生徒が、明菜に駆け寄った。


しゃがみ込み、明菜に話しかける。


「大丈夫か?」


震えて、少しパニックになっていた明菜が、男子生徒の声を聞いて、顔を上げた。


怯えた表情が、明らかに変わった。


「飯田先輩…」


明菜は安心したのか…表情を和らげた。


嬉しそうでもあった。


(飯田…)


僕は、明菜の言葉を聞いて、思い出した。


明菜が語る部活の話に、必ず出てくる先輩。


優しくて、かっこいい。


(飯田直樹!)


僕は無意識に、顔をしかめた。


「大丈夫?立てる?」


優しく、明菜に手を貸し、立たせてあげる直樹の横顔を、僕はただ…見つめていた。


「ありがとうございます」


感動に打ちひしがれているような明菜に、さらに優しく微笑むと、直樹はやっと僕に気づき、軽く会釈した。


(なんだ!こいつは!)


僕の心の中の何かが、直樹を気にいらなかった。


「明菜!」


立ち直ったばかりの明菜に、僕は冷たく言った。


「俺…職員室にいくから」


あまりにつっけんどんな言葉に、明菜は呼吸を整える間もなく叫んだ。


「ま、ま、待ちなさいよ!あんたに用があるっていってるでしょ!」


「うるさいな!」


喧嘩腰になる僕に、


「何よ!その言い方!」


突っかかてくる明菜。


(最悪だ)


心の中では、今の状況を嘆いていた。






「ああ…遅刻したぜ」


もう昼休みだというのに、部活に参加する為だけに登校した田島仁は、校門をくぐろうとして、何かにぶつかり、勢いよく後ろに転けた。


「何だ…」


尻餅をつき、想像しなかったハプニングに、唖然としていると…いきなり、雨が降ってきた。


「最悪だぜ」


尻についた砂を払いながら、立ち上がった田島は、慌てて走ろうとしたが…目の前の空間に、違和感を感じ、無意識に足を止めた。


「歪んでる?」


息を飲み、じっと目を凝らすと、校門から校舎まで続く百メートル程の並木道が、陽炎のように揺らめいているように見えた。


「雨が降ってるのに」


田島はゆっくりと歩き出し、前に向けて、恐る恐る手を伸ばした。


「な、なんだよ」


空間に手のひらをつけた田島は、伝わってくる感触に怯えた。


「壁…」


それも、石のように固い壁ではなく、ゼリーのような感触と、嫌に生暖かかった。


「ヒィー!」


壁が少し波打った。


いや…脈のようにピクピクと鼓動を刻んでいた。


気持ち悪くなり、後ろに飛び離れた田島は、思わず転び…また尻餅をついた。


しかし、彼は幸せかもしれない。


なぜなら、彼は参加しなくていいのだから。


今から始まる宴に。






「待ちなさいよ」


二人に背を向けて職員室に向かう為、来た方向へ戻ろうとした僕を、明菜が慌てて後から肩を掴んで止めた。


「離せよ!行かなくちゃならないんだよ!」


僕は激しく肩を動かし、明菜の手を振り解いた。


「そ、そんなに、あんな指輪が大切なの!」


明菜は、僕の態度に少し驚いたが…すぐに気を取り直し、再び歩き出した僕を追い越すと両手を広げ、道を塞いだ。


「どけ」


僕は、明菜を睨んだ。


「どかない」


明菜も僕を睨んだ。


「俺は、用があるんだ!お前のわがままに、付き合ってる暇はない」


普段と違う僕の雰囲気に、心の中では戸惑いながらも、明菜は僕から目を逸らさなかった。


均衡状態になった2人の横を、直樹が通り過ぎた。


「指輪だったね」


直樹は振り返り、僕達を見た。


「え」


明菜は振り向いて、通り過ぎた直樹を見た。


直樹は微笑むと、歩き出した。


「俺が、貰って来てあげるよ」


「な、何を勝手に!」


僕は、直樹を追いかけようとしたけど、明菜が道を塞いで通さなかった。


「お願いします」


明菜の言葉に、直樹は手を上げ、歩く速度を上げた。


僕を無視して。


「あいつは…」


僕は苦々しく、直樹の遠ざかる背中を見つめながら、


「嫌いだ」


毒づいた。


「え」


思いがけない僕の言葉に、明菜は絶句し…広げた両手を下げると、つかつかと僕に詰め寄った。


「何が、気にいらないのよ」


「すべてだよ」


もうどうでもよくなった。僕は身を翻すと、直樹と逆方向に自分から歩き出した。


「どこいきゃあいいんだよ」


勝手に、早足で前に進む僕にむかつき…そして、呆れながらも、明菜は追いかけてきた。


「こっちよ!」


明菜は僕を追い越すと、廊下を右へ曲がった。


早足になった明菜に、僕もむかつき、後を追いかけた。


長い廊下を抜けると、理科室や視聴覚室がある校舎につながる。そこは教室が余っていて、数多くの空き教室が、部室として使われていた。


「明菜のやつ…」


前を歩く明菜の背中を睨みつけながら、僕は廊下を早足で歩いた。


左側には、窓ガラスが並んでいた。


唐突に、窓ガラスを叩く激しい音がした為、左横を向いた僕の目に、まるで霰のような雨が、横殴りに降っている様子が映った。


「雨か…」


直樹と明菜への怒りの為、大して雨を気にせず、僕は視線を前に戻すと、歩くスピードを上げた。


今の僕に、周りに対して注意を向ける余裕はなかったし、先程まで感じていた胸騒ぎも忘れていた。


雨は、窓にぶつかっても流れることはなく、表面にへばりつき、やがて…量が溜まると、アメーバのように窓ガラスを這いはじめた。


ゆっくりと、僕達の後を追うように…。


そして、さらに…僕達が、部室の並ぶ校舎内に入り、すぐ右横の階段を下りた瞬間、通り過ぎた長い廊下の向こうに、数十人の生徒が姿を現した。


それは、僕の教室にいた同級生達だった。


口元をにやけさせ、虚ろでありながら、鋭い目で廊下の先を見つめながら…生徒達は歩き出した。


決して、速くはない速度で。


手には、各々の得物を持って。ある者は、カッター。ある者は、鋸…。ゆっくりと、二十人はいる生徒が一斉に、長い廊下を渡った。


僕達の後を追って。



その廊下の窓の下…。


雨に濡れ…いや、肌から雨を吸収しながら、海童はいやらしく笑った。


「いよいよ…宴の始まりだ」


海童は、天に両手をかざした。






ただ机が並んだだけの普通の教室と変わらない…部室とは、名ばかりの演劇部のたまり場。


南校舎…別名クラブハウスの一階の一番奥に、演劇部の部室はあった。


日差しのあたらない暗い一角は、普段でもじめじめしており、そこにいると気分が晴れることはなかった。


だけど、いつまでも、めげてる場合でもない。


演劇部の前は、お笑い研究部や漫研があり、暗そうだけど、妙な明るさがあった。


「ただのマニアの集まりなだけよ」


軽く肩をすくめて、如月里緒菜は、今の状況にも呆れていた。


「何か言ったか?如月」


机の上で胡座をかきながら、美奈子は新聞を畳んで、読んでいた。


(おっさんか…)


美奈子の格好を見て、里緒菜は心の中で毒づいた。


里緒菜の真正面にいる為、見たくないものが視界に入っていた。


(パンツが見えてるし)


顔をしかめた里緒菜に、美奈子はフッと笑った。


「心配はいらん。今ここには、女しかおらん」


まるで、心を読んだような美奈子の言葉に、里緒菜は目を丸くした。


「た、確かに…」


里緒菜は、周りを見回した。


部室にいる6人は、みんな…女だ。


そして、みんな…机の上にいた。


「なんの問題もない」


新聞を裏返し、さらに膝を立てくつろぐ美奈子に、里緒菜は頭を抱え、


「どこに、問題がないんですか!」


思わず叫んだ。


里緒菜も机の上にいた。


数分前…突然降り出した雨のせいなのか…いつのまにか、部室内に水が溜まりだし、わずか数分で膝上数センチまで、浸水していた。


「心配ない」


美奈子は読み終わった新聞を、隣の机の上に投げると、里緒菜に微笑んだ。


「今日は、見せパンだ」


堂々とした態度で、足を広げた。


「そ、そ、そういう問題じゃない!」


真っ赤になって怒る里緒菜に、美奈子は肩をすくめた。


「面白みのないやつ…」


里緒菜達は、部室から出れなくなっていたのだ。


「やっぱ…開かないね」


机と机の間をジャンプしながら、窓に向かった香里奈は、どんなに力を込めても、窓やドアが開かないことを確かめていた。


勿論、鍵はかかっていない。


「今日は…香里奈が来たというのに…」


里緒菜は、机の上から下を見た。


水というより、ドロッとした液体に近い。


絶対、下りる気になれなかった。


「これは、ファンタジーをやろうとした我々への試練だ」


美奈子は、水面に映る自分の顔に、笑いかけた。


今回、演劇部は明菜の提案により、初のファンタジーものをやることになっていた。


予算無視の無謀な案だったけど、明菜いわく、


「ファンタジーに詳しいというか…ファンタジーみたいな体験をしてる子を知ってるんです!」


と訳がわからないことをいわれ、脚本とかもすべてやるからと、強引に押し切られたのだ。


そして、今日は…そのファンタジーみたいな体験をしてる子を連れてくるから、話だけでもと、強引に部員が集められたのだ。


「これは、ファンタジーの呪いだ」


真剣に、自分の目を見つめながら言う美奈子に、里緒菜はさらにため息をつき、


「単に!雨が酷いか!学校が、ボロいだけでしょ!」


机の上に避難している自分自身も情けなくなり、泣きたい気分になっていた。


「里緒菜。何か変だよ」


窓から、机の上を飛び跳ねながら、里緒菜の隣の机まで来た香里奈は、眉をひそめながら、窓や机の下を見た。


「何が?」


今回ファンタジーものということで、人数もいるし、興味があるということで…エキストラとして参加する為に、香里奈は部室に来ていた。


その気持ちは、里緒菜は嬉しかった。


だけど…。


いらついていた里緒菜は、少しつっけんどんな態度になってしまった。


しかし、香里奈は気にしていない。表情を変えずに、冷静に溜まっている水を見つめた。


「水が生きているみたい」


香里奈の言葉をきいて、里緒菜は耳を疑った。


「何それ?意味がわからない」


里緒菜も、下を見てみた。


普通の板でできた床に溜まっている水が…動いていた。


水が流れているのではない。


水が動いているのだ。


川の中で、魚が全身をうねらせて、泳いでるように。


水自体が、泳いでいるのだ。


「里緒菜!上!」


香里奈の叫び声に、里緒菜は急いで上を見た。


「な、なに?」


天井から滲み出た水が、透明なゼリー状の蛇のようになり、うねうねと天井の表面を這い回っていたのだ。


「気持ち悪い!」


里緒菜と香里奈、美奈子以外の部員は、あまりの気持ち悪さに、机の上を飛び回り、出口へと向かった。


しかし、一番端の机でも、扉からは少し離れていた。


手を伸ばせば、何とか届くかもしれなかった。しかし、天井の蛇が頭をこちらに向けた瞬間、部員達は我慢できなくなり、下の水溜りに足をつけた。


「井田…秋本……泰子…どうした?」


3人が、足を水につけた瞬間、動きが止まった。







「早く!」


階段を下りた時、僕は足元から、嫌な感覚を受けた。


一瞬だが、電気を帯びたような痛み。


僕は、足を止めた。


一足早く部室の前に着き、薄暗い廊下の奥で、手招きしている明菜。


そんな明菜が、霞んで見えた。


僕は目をこすると、視力を確かめながら、ゆっくりと歩き出した。


(いる!)


この感覚は…向こうの世界で、魔物達のテリトリーに入った時の、プレッシャーに似ていた。


(なぜだ?異世界でもないのに…感じることができるはずがない…)


コンクリートで固めた廊下を、ただ歩いていく。


運動靴を履いていても、冷たさはわかった。


(まるで…深い洞窟の中のようだ…)


慎重に、一歩一歩確実に歩いて、廊下の奥を目指す。


明菜は僕の動きに、苛ついていた。


「ったく…相変わらずのろい」


僕を待っている明菜が…我慢できなくなり、部室の扉を開けた時…宴が始まった。




「おはようございます」


僕がそばに来る前に、明菜は、部室の扉を開けた。


そして…明菜は部室には入らず、後ずさった。


両手で顔を覆い、震えながら…明菜は叫んだ。


「きゃーああああ!」


開宴の合図だ。


遂に始まったのだ。




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