第211話 交差する思い
「ったく!どういうつもりなんですか!どうして、あんな危険人物を、この学校に入学させたんですか!」
大月学園内の体育館裏で、プロトタイプブラックカードを使って交信しているカレンは、苛々を相手にぶつけていた。
「この学校はヤバイんですよ。月の女神と闇の女神の件は、一段落しましたけど…胸騒ぎがするんです!また何か起こるような」
カレンは頭をかき、顔をしかめた。
「それに、多分ですけど…アルテミアも、近くにいるはずです!」
「それはよかったじゃないか…」
ブラックカードの向こうから、声がした。
「え?」
意味がわからないカレンに、声が告げた。
「君は、最終的に…アルテミアの力がほしいんだろ?いい機会じゃないか」
「ま、まあ…そうですが…」
カレンは動揺して、口ごもってしまった。
確かに、アートウッド家の名誉を取り戻す為に、一族の汚点であるティアナの娘アルテミアに、ピュア・ハートを突き刺し、その能力を奪うことを、第一に考えていた。
しかし、今は…その思いが揺らいでいた。
他者の力を奪い、得た力で他者を守ることは…正しいのだろうかと。
人の身でありながら、魔神に匹敵する力を得た戦士もいる。
それは、電話の相手であるジャスティン・ゲイのことである。
そして、数々の戦いが告げていた。
己が経験し、己で掴んだ力でないと、身にはつかない。
(それに…)
記憶や体に残る…女神達の姿が、カレンに問う。
お前は、あたし達に近寄れるのか。
今までの傲慢さで、ピュア・ハートを突き刺すだけでいいと思い、不用意に近付いたら、一瞬で自分は消滅するだろう。
(まずは…自らを鍛えること。すべてが、そこからだ)
カレンは深呼吸をすると、ジャスティンの問いにこたえた。
「例え…そうだとしても、今のあたしでは、そばにもよれません」
そのこたえに、
「そうか」
ジャスティンは、嬉しそうに笑った。
声のトーンで、ジャスティンが笑っていることに気付いたカレンは、少しカチンときて声を荒げた。
「こ、こっちは、真剣に話しているんですよ!」
「わかっているよ」
あくまでも冷静に対応するジャスティン。
それは、妙に恥ずかしくて、カレンは話を戻そうとした。
「だから、浩也をこの学校に!」
「すまない。後で、電話するよ」
カレンの話の途中だが、ジャスティンは通信を切った。
「いいのか?話の途中だったが」
「構いませんよ」
ジャスティンは、ブラックカードを中指と人差し指で挟むと、目の前に立つ黒い影を見上げ、
「あなたを待たす程…俺は、恐いもの知らずではありませんので」
深々と頭を下げた。
「そうかな?我には、そう見えぬがな」
ジャスティンを見下ろす眼光が、鋭い。
普通の人間…いや、並みの魔物なら、その目力だけで死んでいるだろう。
二本の角に、赤い髪…屈強な体躯は熊を思わせたが、どこか気品の高い美しさを漂わせていた。
「…で、俺に何の用ですかな?」
ジャスティンは、両手を下に垂らすと、ノーカードの体勢になった。
「天空の騎士団長…サラ」
体からは無駄な力が消えたが、見上げるジャスティンの瞳は力強い。
「フッ」
サラは笑うと、腕を組んだ。
「相変わらず…喰えぬ男よ」
サラとジャスティンの視線が、絡み合う。
「長きにわたる貴様との決着をつけたいところではあるが…」
サラは腕を組んだまま反転し、無防備な背中をジャスティンに晒した。
「今回は、違う!」
そして、振り向くと…ジャスティンの顔を見た。
「貴様にききたいことがある!」
ジャスティンも息を吐くと、腕を組んだ。
「それは、どっちですか?」
サラは、見上げる瞳を睨み付け、
「どっちもだ」
とこたえた。
「そうですか…」
ジャスティンは一度目を瞑ると、ゆっくりと開けた。
サラの視線から、逃げることなく…ジャスティンは頷いた。
「了解しました」
かつて…ロストアイランドといわれた大陸に、ジャスティンはいた。
炎の騎士団の総攻撃により、大陸そのものが焼け野原になった土地の真ん中で、ジャスティンは立っていた。
足下には、雑草。
目の前には、最強の魔神がいる場所で。
「フン!」
サラは鼻を鳴らし、ジャスティンの足下に生える雑草を見た。
まるで、その雑草をサラから守るように立つジャスティンに、サラは言った。
「普段、貴様ら人間はそんな草など気はしないはず」
すべての生命が焼きつくされた大陸でも、生まれてくる新たな命。
ジャスティンは、足下を見下ろし、
「そうですが…。このような状況でも、命を紡ごうとする草花の強さに、感動しました故に」
「…」
サラは無言で、ジャスティンを見つめた。
「もし…人間が滅んだ時、このように…命を紡ぐことができようか」
「下らんな」
サラはその言うと、
「我には、人間も雑草も変わらぬ。そこらじゅうで増え、うじゃうじゃとわいてくる。人間も雑草と同じ」
「そうかもしれません」
ジャスティンは顔を上げ、
「しかし…人間は、雑草のようにどこでも生きれない」
肩をすくめて見せた。
「…」
サラはそんなジャスティンを無言でしばし見つめた後、拳を突きだした。
「な!」
突然の攻撃だが、ジャスティンはとっさに体を捻り、拳から回避した。
「それは、無理だ」
「!」
回避行動の為、その場から動いてしまったジャスティンは、目を見開いた。
サラの足が、雑草を踏みつけていたからだ。
「人間は、雑草にもなれない」
サラが足をよけると、ぺちゃんこにはなっていたが、雑草はまだ生きていた。
「こやつらは、踏まれることを前提で生きておる。しかし、人間はどうだ?」
ジャスティンの方に顔を向けたサラは、鼻を鳴らした。
「フン!無理であろう」
鋭い眼光で、サラを睨むジャスティンの静かな殺気を感じ、嬉しそうに笑った。
「話がそれた…。本題に戻るぞ」
「フゥ…」
ジャスティンは軽く息を吐くと、表情を和らげ、口を開いた。
「フレアが連れていた赤ん坊…いや、少年は間違いなく、赤星浩一とほぼ同一人物と推定されます」
「ほぼとは、どういう意味だ?」
サラは、眉を寄せた。
「会えばわかりますが…何かが足りない。そして、何かを補填している」
ジャスティンの脳裏に、崩壊するアステカ王国の玉座の間で、ライと対峙する赤星浩一の姿がよみがえる。
(アルテミアを頼みます)
そう最後に告げた彼。
そして、傷付き意識を失っていたアルテミアの全身を包む…温かい魔力。
「何か?」
サラは、顎に手を当て考え込む。
「多分…それは…」
ジャスティンは一旦、言葉を切った。
そこから先は言っていいのか…わからなかった。
なぜならば、人類にとっての完全な絶望を意味していた。
(しかし…希望でもある)
ジャスティンは心を決め、言葉を続けた。
「魔王ライの復活の時に、明らかになると」
「ウム…」
サラは頷いた。
あまり驚いていないことがわかり、ジャスティンは納得した。
(想定内か…)
ジャスティンは、サラの目を見つめ、
(ならば…)
一番知りたいことをきいた。
「騎士団長である貴殿におききしたい!魔王ライの復活は、いつです」
「…」
サラは無言で、ジャスティンを見下ろすと、 やがて…おもむろに話し出した。
「それは…わからん」
「な!」
その答えに、ジャスティンは驚いた。
カイオウは言っていた。
騎士団長の力を合わせれば、ライの封印は解けると…。
ジャスティンの驚く様を見て、サラは鼻を鳴らした。
「フン!貴様が、何を吹き込まれたのかは知らぬが、ことは封印を解く、解かないの問題ではないのだ」
突然悲しげな表情になったサラは、空を見上げた。
「あの方のこ…」
思わず本音を言いかけたサラは、唇を噛み締めて、言葉を止めた。
血が流れる程、唇を噛み締めながら、ジャスティンに視線を戻した。
「貴様ならば…わかるか…」
ジャスティンに向けて、サラは目を細め、
「我は、あの方の本質を知っている。我は…あの方が魔王になる前に、最初に生み出された魔神の1人。あの方がどう過ごし…どう考えられていたかは、手に取るように、わかっていた…はずだった」
突然サラの表情が、曇った。
しかし、ジャスティンは黙って次の言葉を待っていた。
「だが、あの方は変わってしまった。今、封印されているライ様は、我が知っているライ様ではない。完全に、心が壊れておる」
瞼を落としたサラの姿は、あの騎士団長とは思えなかった。
ジャスティンは、今の言葉でサラの思いを汲み取った。
なぜならば、それは自分と同じだからだ。
そして、ライの気持ちも理解した。
ジャスティンは、サラから視線をそらした。
(なぜ…防衛軍を再編し、前に立たないのですか?)
アートと名を変えて、世界をさ迷っていたジャスティンに、そう問いた人がいた。
その理由は、簡単だった。
(俺は…どこか死にたがっている)
ジャスティンの脳裏に、白い鎧に包まれた金髪の戦士の後ろ姿がよみがえった。
憧れた。
愛しかった。
いつも、後ろをついて回ったが…本当は、隣に…いや、前を守りたかった。
(なのに…!)
黒き巨大な影のそばで、赤ん坊を抱き…微笑む女。
(先輩…)
同じ安定者の裏切りにあい、倒れる女に…ジャスティンは手を伸ばした。
(先輩!)
ジャスティンに抱かれ…口から血を流す女は…微笑みながら、こう告げた。
(アルテミアを…お願い…)
(先輩!!)
あの日から、女の願いだけを糧にして、ジャスティンは生きてきた。
いつでも、死んでいいと思いながら。
(お前は…自分の凄さを、価値を知らな過ぎる)
今は亡き友が、告げた。
(どういう意味だ?クラーク)
(フン)
クラークは鼻で笑い、 ジャスティンの足元を指差した。
(純粋な人間ではない俺と違い…お前の今立つ地点が、人類の可能性を示している)
クラークはそう言うと、ジャスティンに背を向けた。
(今の言葉は、忘れろ。生きる気力がない者には、無意味だ)
(クラーク)
(だが、これだけは忘れるな。先輩は単に、殺されたんじゃない。人々の礎になったんだ)
クラークは振り向き、フッと笑った。
(どうせ死ぬ気ならば、せめて先輩のいた地点を越えてみろ。そうすれば、己の生き方が見えるはずだ)
(クラーク…)
(ティアナ先輩が、俺のような特種な人間だけでなく、どうしてお前のような普通の人間を、いつも前線に連れて行ったかわかるか?)
クラークの問いかけに、ジャスティンは首を横に振った。
(それは、お前が…先輩をこえる戦士になる可能性があったからだ)
クラークは、顔を前に向けた。
(人類を導け!ジャスティン!お前が、その気ならば…俺は、魔獣因子などに頼りはしなかった…)
クラークはもう振り返ることなく、ジャスティンから離れていく。
(クラーク!)
手を伸ばし、追いかけても…決して、追いつくことはなかった。
(そうか…)
ジャスティンは、意識を外の世界に戻した。
目の前に立つサラが、自分と重なった。
(この者もまた…)
ジャスティンの思いに気付いたのか…サラははっとして、顔を上げると、突然背を向けた。
「邪魔したな」
その場から去ろうとするサラに慌てて、ジャスティンは告げた。
「もう1つの!アルテミアの行方と!さらに…新たな不穏な動きに関しては!」
ジャスティンの叫びに、サラは足を止め、振り返ることなしに、
「アルテミア様がいるところは、わかった。その男が、あやつならな!それと、もう1つ…目覚めたやつだが」
そこまで言って、サラは鼻で笑った。
「問題外だ」
「な!」
驚くジャスティンを、サラはあざけた。
「あんなやつらより、貴様の方が骨があるわ」
「馬鹿な!仮にも、女神だぞ」
「それが、どうした?」
ここで、サラは横顔を向けた。
あまりの迫力に、ジャスティンは息を飲んだ。
サラは、ジャスティンを横目で睨んだまま、
「闇の女神は、力を半分失い…残りの半分も使うことができない。月の女神は、転生を繰り返し、力を人に与え過ぎた。女神本来の力は、失われている」
「ならば!もう1人の女神は!」
「やつは単なる餓鬼。それに、魔力だけを比較すれば…我以下だ」
「仮にも、女神が!魔神より下だと!?」
ジャスティンの戸惑いに、サラは眉を寄せた。
「貴様は、天災と同じ力を持たれていた…ネーナ様、マリー様。そして、アルテミア様と同レベルだと思っているのか?」
素直に頷いたジャスティンに、サラはため息をつき、
「この世界そのものを破壊する力を与えられた3人の女神と、元始の魔王に人間と魔物を統治する為につくられたあやつらと、存在レベルが違い過ぎるわ!」
サラは一喝すると、前を向いた。
「せいぜい…下級の魔神と同レベルだろう」
「そうなのか…」
少し考え込んでしまったジャスティンは、消えようとするサラに気付き、慌てて止めた。
「ま、待て!」
「まだ…何かききたいのか?」
巨大な蝙蝠の羽を広げようとしたサラは、羽をしまった。
「知りたいんだ」
ジャスティンは、前に一歩出て、サラに近付いた。
「うん?」
鋭い殺気を感じて、サラは振り返った。
「人如きが…どこまでやれるか」
闘気を身に纏ったジャスティンを見て、サラは口元を緩めると、体を反転させた。
「珍しいな。お前が、このように力を解放するとはな」
「折角だ。俺と戦ってくれないか?」
「素手でか?魔力も使わずに」
「ああ」
頷いたジャスティンに、サラは顔をしかめた。
「舐められた…いや、違うな!これが、貴様の本気か」
「そうだ」
ジャスティンは構えた。
「なるほど…」
サラは拳を突きだし、握りしめた。
「貴様が、本気ならば…我も全力を出さねばならぬな」
「頼んだぞ!」
ジャスティンは、焼けた土を蹴り、雑草を飛び越えた。
「うおおっ!」
雄叫びを上げて、ジャスティンから仕掛けていった。