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第209話 昇る出会い

「この偽善者!」


乙女シルバーとなった九鬼に向かって、刹那が叫んだ。


「私もお前も!闇から生まれたものなのに、偽善者ぶるな!」


刹那の言葉に、九鬼は悲しく微笑んだ。


「人は、誰も闇の中から生まれる。そして、取り出された瞬間、光に祝福される」


その九鬼の言葉を、刹那はせせら笑った。


「私は、祝福も!光もなかった!取り出されることもな!」


両手を失っていた刹那の肩の付け根が盛り上がると、新しい腕が生えてきた。


「な!」


目を見張る九鬼。


しかし、生えてきた腕は、黒く痛んでいた。


刹那は両腕を回して確認すると、


「腐りかけているけど、動く。捨てなくて、よかったわ」


両手を天に向けた。


そして、月ではなく…空一面を覆いつくす闇に祈った。


「闇の女神よ!私に力を!」


「闇の女神だと!?」


九鬼は、その言葉に構えた。


(闇の女神は、あたしと融合した後…アルテミアにやられたはず)






「ほお〜」


屋上から見下ろしていたアルテミアは、感心した。


「なるほどな」


それから、フンと鼻を鳴らすと、


「面白い!2つの闇の戦いか…」


腕を組んだ。





「アハハハ!」


高笑いする刹那の体に、流星の如く…闇の粒子が降り注ぐ。


すると、腐りかけていた腕の色が変わる。


「させるか!」


九鬼は、月に向かって飛翔した。


全身にムーンエナジーを浴び、それを足元に集中させた。


「月影キック!」


流れ星と化した九鬼の蹴りが、闇の粒子を切り裂き、両手を広げている刹那に向かって落ちる。


倍の大きさまで膨れ上がった刹那の体の中心に穴が、空いた。


九鬼は、刹那の後ろに着地した。


「やはり」


九鬼は振り返り、刹那の体を見た。


やはり…血は流れていない。


「その体の殆どが…あなたのものじゃないのね」


「私は…」


穴が空いた部分から、闇の粒子が漏れだし…すぐに、もとの大きさの刹那に戻った。


新しく生えた腕も、付け根から落ちた。


その様子を、目を細めて見つめていた九鬼は…ゆっくりと歩き出した。


近付いてくる九鬼に気付き、刹那は後ずさった。


「い、いや…」


「…」


九鬼は無言で、ただ真っ直ぐに刹那を見つめていた。


「いや、いや…いやよ!」


パニック状態になった刹那が、絶叫した。


すると、刹那の右足が取れた。


背中から、グラウンドの土に倒れた刹那。


それでも、体をよじりながら、土を抉り逃げていく。


そんな刹那の左足を、追い付いた九鬼が踏みつけると、付け根から足が取れた。


「ヒィィ」


小さな悲鳴を上げながら、両手両足がなくなっても、刹那は逃げようとした。


地面に倒れている刹那と、見下ろす九鬼と…目が合った。


「お、お前だって!」


刹那は怯えながらも、下から九鬼を睨み付け、


「私と同じ…人を殺して、生きて来た癖に!」


叫んだ。


「そうだな…」


九鬼は認めた。


幼き頃、九鬼は祖父によって部屋に閉じ込められ、毎日戦わされていた。


狂暴な動物や…凶悪な暗殺者や殺人鬼。


それは、闇の存在と戦う為に、鍛えられていたのだ。


(あたしの体は、血塗られている)


だからこそ、九鬼は戦うのだ。


弱き者を守る為に。


「あたしは…人殺しだ」


頷いた九鬼を見て、刹那は絶叫した。


「それなのに!」


今…刹那は泣いているのだろう。


しかし、涙は流れてなかった。


よく見ると、瞳も潤んでいない。


「私だけを殺すのか!お前は、私を…」


あまりにも興奮して叫んだ為、刹那の顔が首の付け根から外れた。


ぱくぱくと口を動かしながら、土の上を転がる刹那の首を、九鬼は無表情で見つめながら、かかっている眼鏡のフレームを指で触れた。


すると、レンズの色が変わり…刹那の体をスキャニングし出す。


転がる首に反応はなく…まだもがいている胴体に反応があった。


九鬼は右手で手刀をつくると、反応がある部分に突き刺した。


そして、胴体の中を指でまさぐり、あるものを抜き取った。


それは、肉片だった。


ただし…その肉片だけが、血にまみれ、脈打っていた。


「こ、これは」


九鬼は掴んだ肉片を見つめ、驚いた。


なぜならば、その形は…胎児に近かったからだ。



「そいつは…産まれることができなかった人間…」


九鬼の後ろから、声がした。


慌てて振り返ると、学生服を着た…刹那が立っていた。


「お前は!?」


九鬼は妙な気を感じて、無意識に構えた。


「フッ」


そんな九鬼に笑うと、刹那は歩き出した。


「わたしは、刹那。その肉片が、望んだ…姿」

「そう…」

「そうなりたかった姿」



「な!」


九鬼は絶句した。


いつのまにか、九鬼の周りを数人の刹那が囲んでいたからだ。


「わたしは…」


一番最初に現れた刹那が、九鬼に接近し、顔を近づけた。


「産まれる権利を剥奪された…人間」


今度は、耳元で別の刹那が囁いた。


「折角…命を授かったのに…産んではくれなかった」

「わたしは…おろされた…」

「殺された!」


九鬼の周りを、数人の刹那が回る。


「まだ…きちんと…人間に…」

「なる前に…」

「わたしは…小さな肉片のまま…」

「捨てられた!」

「捨てられた」

「捨てられた」

「殺された!」



「く!」


九鬼を囲むように、刹那達の動きが止まった。


「だから…わたしは…」

「肉体のない…あたしは…」

「他の人間から、体を貰うことにしたの」

「いいでしょ?」


九鬼の前に止まった刹那が、首を傾げた。


「それでも…あたしを」


にやりと笑い、


「また殺すの?」


九鬼を見つめた。


「わたしは…生まれたかっただけなのに…」


刹那達の瞳に、涙が流れた。


その瞬間、


「ああ…」


小さく頷いた九鬼は、 肉片を握り潰した。


拳の隙間から、血や肉の欠片が飛び散る。


「…」


その様子を見ても無言でしたが、思い切り目を見開いた刹那達は、次の瞬間…断末魔の声を上げた。


「ぎゃあああ!」


九鬼を囲む刹那達が、消えていく。


九鬼は目を瞑ると、拳の中に残った肉片を投げ捨てた。


顔をしかめながら、その場から去ろうとした九鬼は、足を止めた。


いや、止めたのではない。


足が動かなくなったのだ。


「何!?」


異様なプレッシャーが、九鬼の全身にかかっていた。


乙女シルバーになっていなければ、圧力で押し潰されたであろう。


しかし、九鬼は全身に気合いを入れると、プレッシャーをはね除け、後ろに向かって構えた。


しかし、プレッシャーのもとがいない。


「チッ」


舌打ちすると、九鬼の体が消えた。


後ろに現れた者の後ろに、高速で移動すると、回し蹴りを叩き込んだ。


「無駄よ」


脇腹にヒットした蹴りは、相手の体をすり抜けた。


「!」


まったく当たった感触がなく、空を切ったような感覚に、九鬼は唖然としながらも、四方に気を飛ばした。


「無駄よ」


蹴りがすり抜けた相手が、振り返った。


その顔は、刹那そのものだった。


刹那はにこっと笑い、


「あなたが、考えているような…残像ではないわ」


体を九鬼に向けた。


「あたしの体は、この空間にはないから」


「どういう意味だ!」


九鬼は正拳突きを、刹那の額に叩き込んだ。


しかし、拳は額を貫通した。


「言ったじゃない」


刹那は笑いながら、刹那の腕を取った。


「ここには、いないと」


「クッ」


掴まれた腕に、激痛が走る。


腕から感じる痛みが、確かに握られていると告げていた。


「な、舐めるな!」


手刀をつくると、九鬼は左手で、刹那の肩口を切り裂いた。


「無駄と言ってるじゃない」


虚しく肩口をすり抜ける手刀。


刹那が力を込めると、再び激痛が走った。


「うわっ!」


顔をしかめる九鬼。


「このまま、折りましょうか?」


悪戯っぽく笑う刹那の顔を間近で見て、九鬼は怒りを爆発させた。


「舐めるな!」


九鬼の叫びに呼応して、乙女シルバーの全身が輝いた。


「クッ!」


思わず腕を離した刹那。


その瞬間、九鬼は後方にジャンプすると、着地と同時に土を蹴った。


「ルナティックキック零式!」


空中で足を揃え、インパクトの瞬間に、足を突きだした。


「無駄よ」


刹那は逃げることなく、両手を広げた。


九鬼の蹴りは、刹那の体をすり抜け、 後ろに着地した。


「どうしてだ?」


九鬼は素早く、刹那に体を向けると、構えながら考えた。


「やつは、あたしに掴んだ。なのに、あたしは」


「フフフ…」


刹那は振り向いた。


「すべてが無駄。考えることも無駄。あなたは、あたしに触れられない」


「クソ!」


九鬼は、刹那を睨み付け、


「だったら!」


九鬼は腕を十字に組んだ。


すると、手のひらに2つの光の円盤ができた。


「乙女ソーサー!」


クロスの形から、腕を横に振るうと、回転する光のリングが、刹那に向かって飛んでいく。


重力を無視したような無軌道な動きが、軌道を読ませない。


向かってくるリングを見た瞬間、刹那は軽く舌打ちした。


「これなら、どうだ」


九鬼は、二発目のリングを作っていた。


「だから…言ったでしょ?無駄だって」


刹那は肩をすくめて見せた。


すると、刹那の着ている学生服が真ん中から裂けた。


服だけではない。


白い肌も裂けると、巨大な口が、体の真ん中に現れた。


「ご苦労様」


口が開くと同時に、風が起こり…光のリングはその中に吸い込まれていった。


「何だと!?」


唖然としている九鬼に、


「ハハハハ!」


笑いが止まらない刹那。




その戦いを観察していたアルテミアは…腕を組みながら、鼻を鳴らした。


「フン。やはり…あいつか」


アルテミアは、刹那を見つめ、


「厄介な相手ではあるが…」


その後、九鬼に視線を変えた。


戸惑っている九鬼に、目を細め、


「あいつの力は、全盛期の半分以下…。しかし、あの触れない体を何とかしなければ…勝ち目はない」


そこまで言ってから、アルテミアは口許を緩めた。


「しかし…」


アルテミアの視線の下で、再び光のリングを放つ九鬼の姿が映る。


「あいつは、自らの弱点をさらしてしまった」


リングはまた…口の中に吸い込まれた。


「それに…気づくか?他が為の戦士よ」




「チッ!」


アルテミアの言葉も虚しく…リングでの攻撃をやめた九鬼は、すべてを吸い込む口を避ける為に、刹那の後ろに回り込み、足を払おうとしたが、再びすり抜けた。


「無駄だと言っている」


今度は、振り向きざまの刹那の回し蹴りが、九鬼の顔面を強打した。


「きゃああ!」


悲鳴を上げた九鬼の体が、宙を飛び、地面を転がった。


蹴られた時に、眼鏡が外れた為に、変身が解けていた。


何とか転がるの止めた九鬼が、立ち上がろうとしたが、力が入らずに、崩れ落ちた。


「く、くそ!」


片膝を付き、倒れることは防いだ。


「ど、どうしてだ!」


結構なダメージを受けても、まだ刹那から目を離さなかった。


「ほお〜」


感心したような声を上げると、刹那は少し近付き、九鬼を見下ろした。


「さすが…闇の女神デスぺラード。体は、頑丈そうね」


そんな刹那を、下から睨み付けると、九鬼はきいた。


「お前は、閨さんではないな!お前は、一体!なに」

「我が名は、アマテラス」


九鬼の言葉の途中で、刹那はこたえた。


いや、もう…刹那ではない。


「お前と同じ…闇の女神だ」


アマテラスはにやりと笑った。


「闇の女神だと!?」


目を見開く九鬼をせせら笑うと、アマテラスは九鬼に再び蹴りを仕掛けた。


「そうよ」


筋肉の動きで、蹴りを読んだ九鬼が防御の為に腕を出した。


しかし、防御した腕をすり抜けた足は、九鬼の首筋にヒットした。


「ど、どうして…」


防御した腕はすり抜けたのに、首には当たった。


どういうからくりがあるのか…九鬼には理解できなかった。


ふっ飛んだ九鬼が、再びグラウンドを転がった。


「ほお〜」


それを見て、アマテラスは感心した。


「首をふっ飛ばすはずだったが…当たる瞬間、自分から飛んだのか…。それに」


転がっていた九鬼が、何とか止まり、立ち上がろうとするのを見て、


「普通の人間よりは、頑丈のようだな。デスぺラード」


腕を組んだ。


「あ、あたしは…」


今度は、膝をつくことなく、立ち上がった九鬼はアマテラスを睨んだ。


「デスぺラードではない!」


あまりの剣幕に、アマテラスは肩をすくめて笑った。


「確かに、お前は完全な女神ではない。魂と肉体は、わけられた。そして、単なる肉体であったはずのお前が…いつのまにか、自我を持ち…肉体も普通の人間と変わらなくなった…はずだが…」


アマテラスは、九鬼を見つめ、


「人間よりは、少しは上」


九鬼の能力を探り、


「そうね」


ため息をつき、


「女神とは…言い過ぎたわ」


九鬼に近づくと、顔を近づけ、


「単なる虫けら。人間という虫けらよ」


楽しそうに、そう言った。


「な、舐めるなあ!」


九鬼が叫ぶと、先程の蹴りで乙女ケースに戻っていた眼鏡が飛んできて、勝手にかかると…乙女シルバーへと変身させた。


「人間は、虫けらではない」


怒りから、乙女シルバーの全身が輝き、ムーンエナジーを纏った拳が…アッパーカットのように、アマテラスの顎を突き上げた。


「え!?」


「こ、小娘が」


アッパーカットは、顎を上げただけで、大したダメージを与えることはできなかったが、 初めて拳が当たったことに、九鬼は驚いていた。


しかし、人に当てられたことが、アマテラスのプライドを傷付けた。


怒りに燃えるアマテラスと逆に、九鬼は冷静になっていた。


(まさか…)


距離をとるために、後ろにジャンプした九鬼は、月を見上げた。


「月…」


闇を照らす月。


闇を照らす…光。


九鬼は、自らの拳を見つめた。


ムーンエナジーに包まれた拳を見て、九鬼ははっとした。




「成る程…」


アルテミアは、腕を組んだ。


「月の力に、そんな効力があったのか」


昔…アルテミアが戦った時も、当てることのできないアマテラスに苦戦した。


しかし、空間を斬り裂けるライトニングソードを使い、斬ることができた。


「斬るだけでは…アマテラスを無力化することはできた。しかし、月の光ならば…」


アルテミアは白い乙女ケースを、どこからか取り出し、 にやりと笑った。


「もう…終わりだな」





「はあ〜!」


九鬼は、全身に気を巡らせた。


すると、ムーンエナジーが全身を包んだ。


「く!」


アマテラスはその様子を見て、一歩だけ後退りした。


九鬼の脳裏に、加奈子の言葉がよみがえる。


神を殺す力。


乙女ブラックの時とは比べ物にならない程の力と、光が宿る。


九鬼はゆっくりと、右手をアマテラスに向け、人差し指で指差す。


「お前は、人間を虫けらと言ったな」


アマテラスを睨みながら、人差し指以外の指を突きだし、手刀をつくる。


「ならば!」


手刀が、月の光で輝いた。本物の刃物以上に。


「その虫けらの力を味わえ!」


ゆっくりと深呼吸をした後、


「参る!」


突然、九鬼の姿が消えた。


「こ、こんなところで!」


アマテラスは、消えた九鬼を探す。


「折角!ここまで、復活したのに!」


逃げようとするアマテラスの耳元に、声がした。


「死ね」


低く殺気のこもった声とともに、光が走ると、


「ぎゃああ!」


アマテラスの左腕が、切り裂かれ…宙に舞った。


「おのれえ!虫けらが!」


切られた腕を庇うことなく、九鬼を睨んだアマテラスの目が輝いた。


すると、無数のアマテラスが現れ、九鬼を囲むと、一斉に攻撃を仕掛けて来た。


「!」


九鬼は怯むことなく、四方八方からの攻撃をかわし、凌いでいく。


ムーンエナジーを纏った腕に弾かれると、アマテラスの攻撃が別のアマテラスに流れていく。


いつのまにか…九鬼に攻撃しているのではなく、アマテラス同士で殴り合っている形になった。


「どういうことだ!」


九鬼の動きに流され導かれているのだ。


「クソ!」


アマテラスの1人が攻撃をやめると、それに連動して、すべてのアマテラスが動きを止めた。


「いない!」


いつのまにか、輪の真ん中にいるはずの九鬼がいない。


「!」


アマテラスの1人が、顔を上げた。


「上!?」


月下の夜空に、銀色の戦士が舞っていた。


「何!?」


それに、戦士は1人ではない。


アマテラスの数に合わせて、分身した九鬼が、ムーンエナジーを纏う。


「月影流星キック!」


空から、流星のように蹴りが降り注ぐ。


「ば、馬鹿な!」


光速を超えた九鬼の蹴りを、回避するのは不可能だった。


「虫けらごときに!」


しかし、地上に降り注いだ流星は、地表に辿り着くことはなかった。


「な!」


アマテラスの囲みの外に着地した九鬼は、絶句した。


流星キックは、アマテラスにヒットする前に消滅していたのだ。


「フフフフ…」


アマテラスは、空を上げた格好のまま固まっていたが…やがて、笑い出した。


「ハハハハハハハハハハハハ!」


腹がよじれるかと思う程、大笑いし出すアマテラス達。



「な、なぜ…」


九鬼は着地の体勢から、呆然と立ち尽くしていた。


わなわなと震えだす九鬼の背中に、振り向いたアマテラスが笑いかけた。


「やはり貴様には、その色がお似合いだ」


「クッ」


九鬼は顔をしかめた後、アマテラスの方に体を向けた。


その姿は…乙女シルバーではなく、乙女ブラックに戻っていた。


「どうして…」


乙女ブラックに戻ったことに、唖然としてしまう九鬼。


しかし、そんな暇はなかった。


真後ろに出現したアマテラスの回し蹴りが、九鬼の脇腹にヒットしたからだ。


「な!」


地面に転がる九鬼。


その様子を見下ろしながら、アマテラスはクククと笑った。


「色が変わっただけではないな!忌々しい月の力も、使えぬようだな」


「ク!」


すぐに立ち上がった九鬼は、ムーンエナジーを拳に練ろうとしたが、光が発生しなかった。


「どうして!」


乙女ブラックになったからと言って、ムーンエナジーが使えないことはない。


九鬼は空を見上げたが、月は出ていた。


「ハハハハ!」


アマテラス達は高笑いをし、再び九鬼を囲んだ。


「所詮!闇が、光を纏うことは不可能なのだよ」


笑いながら、一斉に九鬼に襲いかかる。


ムーンエナジーを纏っていない為、アマテラスに触れることができない。


九鬼は、攻撃をいなすことができない。


仕方がなく、光速で避けるが…数が増していくアマテラスの攻撃に、避けるスペースがなくなっていく。


空に逃げようとしたが、空中にもアマテラスがいた。


「馬鹿目!」


数十人のアマテラスが空中で足を上げ、九鬼に向けて落とした。


背中にかかと落としを喰らった九鬼が、地面に落ちると、再びアマテラス達に囲まれた。


「終わりだ!」


アマテラス達は、笑った。


そして、1人のアマテラスが月を見上げ、


「終わりだよ!月の女神!貴様の力も、やつを助けることはできない!」


タコ殴りにあっている九鬼を視線を移すと、他のアマテラスに言った。


「殺せ!しかし、体の形は、残しておけ!」


ゆっくりと、アマテラスの群れに近づいていく。


「その体は…我の新しい肉体になる!同じ闇の属性!これ以上の媒介はない!」


「き、貴様!」


一斉に蹴られて、囲いの中から飛び出してきた九鬼を、アマテラスは踏みつけた。


「くだらない人間の女を、媒介にするよりも!デスぺラードの入れ物の方がよいわ!」


踏みつけているアマテラスとは、別のアマテラスがしゃがみこむと、九鬼の髪の毛を掴み、顔を上げさせた。


「貴様の肉体を使い!我は復活する!魔王ライ様の側近としてな!」


「魔王…ライ…」


九鬼は、髪の毛を掴むアマテラスを見た。


「2人の女神が亡き後、魔王の片腕になるべき存在はいないはず!」


アマテラスは、屋上に目を向けた。


「忌々しい裏切り者も、今度は確実に殺してやる」


屋上で佇み、戦いを見つめていたアルテミアは、鼻を鳴らした。


「できるか?貴様ごときに」




「貴様の肉体を貰うぞ」


アマテラスが、九鬼の首筋に手を入れると、踏みつけていたアマテラスが足をどけ、そいつも後ろから首を掴んだ。


「偉大なる女神の復活の為に!ハハハハ!」


歓喜の笑い声を上げるアマテラスを、持ち上げられ首を絞められている九鬼が鼻で笑った。


「フッ」


「何がおかしい!」


九鬼の笑いに気付いたアマテラスが、怒声を上げた。


「フッ」


九鬼はさらに笑うと、言葉を続けた。


「人を虫けらと言いながら、その虫けらの肉体にすがるとはな」


「だ、黙れ!」


アマテラスはさらに、首を絞め上げた。


首の骨が軋み音がした。


だけど、九鬼は笑いを止めない。


「フッ…。真の虫けらは、お前だよ」


「き、貴様!」


アマテラスは首を掴んだまま、地面に九鬼を叩きつけた。


「我が、虫けらだと!ライ様の側近である我が!」


砂埃が上がり、地面にくい込む程の衝撃を受けながらも、九鬼は真っ直ぐにアマテラスを見上げ、


「言い間違えた」


笑みをつくると、


「虫けら以下だ」


「貴様!」


数人のアマテラスが現れ、九鬼を踏みつけた。


「ぐわっ!」


九鬼は血を吐いた。


「我を虫けら以下だと!」


足に力を込めるアマテラス達。


九鬼はそれでも、アマテラスを笑った。


「その通りだ…。貴様はな」


「虫けら以下だと!」


鬼の形相で、アマテラスは足を上げると、再び力を込めて、踏みつけた。


九鬼の身を包む乙女スーツにヒビが走った。


「人程の虫けらは、いない!」


アマテラスは、ヒビにかかとを押し付けた。


「我が、先程まで利用していた人間は!自らが人間である為に、他の人間から体を奪って生きてきた!」


他のアマテラスが、順番に口を開いていく。


「亜空間に飛び込められていた我と!」

「子宮の中で、殺されようとしている胎児と空間がなぜか…繋がった!」

「あの女が、生きたい!産まれたいという意志が、我を呼び寄せたのだ!物言えぬ子宮の中でな!」

「しかし、まだ肉体が形成されていなかった為!」

「人として、産まれる為には!」

「肉体が必要だった!」

「だからこそ!」

「我々は、胎児を殺そうとした医師と、その場にいた看護婦の肉体を頂いた!そして!」


アマテラスの1人が、九鬼に顔を近づけた。


「この顔だがな」


アマテラスはにやりと笑った。


「やつを殺そうとした母親の顔をモチーフにしている!」

「滑稽だろ?やつは、母親の顔を!自分を殺そうとした女の顔で、生きてきたのだからな!」


「き、貴様!」


九鬼の戦闘服の全身に、ヒビが走った。


「お笑いだろ?」

「だけど!あの女は、知らない!本当は、母親がこいつを産まそうとしていたことを!しかし、母体が弱かった為!子供を産めば、自分が死ぬかもしれない!」

「しかし!母親は、自分の命よりも、子供を取ろうとした!だがな!周囲が反対した!」

「だから!母親を騙して!殺そうとしたのさ!」

「その人々の殺意を、胎児は知った!」

「だから!生きたいと願った!」

「だから!我は、助けてやった!やつの願いをきき!産ましてやったのだ!」

「まだ成熟していない体で、無理やり!母親の体を引き裂いてな!」


アマテラスは楽しそうに、笑った。


「本当ならば、数ヶ月後には、ちゃんとした肉体で産まれたはずなのにな!」


「げ、外道があ!」


九鬼は、アマテラスを下から睨み付けた。


「外道?違うな」


アマテラスは、さらに踏みつけながら、


「それこそ、闇だ!人間という闇だ!」


両手を広げ、


「その闇が、我を復活させた!」

「生きる為に、他人の肉体を奪い!」

「拒絶反応が出る為に、移植はできない!だから、腐れば…新しいものに変えた!」

「顔だけは、自分を保つ為に!奪う度に、整形した」

「自分が、殺した母親の顔にな!」



「違う!」


九鬼は否定した。


「殺したのは、お前だ!」


九鬼の言葉を、アマテラスは鼻で笑い、否定した。


「最初はな!しかし、今日までは、やつの意志だ!」


「き、貴様!」


九鬼は何とか立ち上がろうと、全身に力を込めた。


「無駄だ」


その瞬間、戦闘服の一部が砕けた。


「ぐわっ」


生身で喰らったアマテラスの踏みつける力に、内臓が破裂した。


「ククク」


アマテラスは嬉しそうに笑い、


「次で終わりだ!」


再び足を上げた。



その時、突然…夜が明けた。


「何!?」


眩しい日射しが、アマテラスの背中を照らした。


「何が起こっている?」

「夜が明けるには、早すぎるぞ!」

「そ、それに…この光は!」


学園の向こう…町並みの先、さらに向こうから、日が昇ってくる。


「そ、そんな馬鹿な!」


振り向き、光を直視したアマテラス達が、消滅していく。


「こ、この光は!」


太陽に背を向け続けているアマテラスだけが、残っていた。


しかし、九鬼を踏みつける足が震え、背中が燃えていた。


「ま、まさか…まさか…この光は!」


アマテラスは、九鬼から足を離すと、よろけながら、後ろに下がった。


「あ、あああ!」


声にならない声を上げながら、上がっていく太陽に近づいていく。





「うん?」


戦いを見下ろしていたアルテミアは、顔を上げ…光を凝視した。


その光は眩しいが、目には優しく…全身に温かさをくれた。


まるで、人の温もりに包まれているような感覚に…アルテミアの瞳から、涙が流れた。


「これが…」


アルテミアは光の中で、こちらに近づいて来るものを見つめた。


「太陽のバンパア…」





「そんな!そんな!」


アマテラスも涙を流し、頭を抱えた。


「どうしてですか!」


アマテラスの体の真ん中に走る巨大な口から、闇が放たれると全身を包んだ。


すると、闇そのものが…実体のない魔物が現れた。


「ライ様!」


魔物は、絶叫した。


「わたくしです!あなたの影!ラルでございます!」


ラルは、闇の体を光に向けた。


「あなた様の忠実なる僕でございます!」


ラルは、涙を流せないが…泣いていた。


「そのわたくしを!なぜ!滅せようとなさいますか!」


ラルの全身が、燃え上がる。


「ライ様!」




「な、何だ?」


上半身を上げた九鬼の体に、光が戻った。


それも、先程よりも強力な光を纏っていた。


戦闘服の一部は剥がれていたが、九鬼の全身に力が戻っていた。


剥き出しの肉体に光が当たり、破裂したはずの内臓が治っていく。


「いける!」


九鬼は、燃え盛っているラルの後ろ姿を睨んだ。


「とおっ!」


気合いとともに、上空に飛び上がった。


空一面が光で包まれ、学園が昼間よりも輝いていた。


月が光で見えないが、九鬼の体は輝きを増していく。


上空から見ると、照らされているのは、九鬼がいる側だけだとわかった。


それに、光が近づいてくるのが理解できた。


なぜならば、光の向こうはまだ夜だからだ。


(太陽が昇った訳ではない)


しかし、光の元は…乙女レンズを通しても見ることはできなかった。


(今は、それどころではない!)


九鬼は、光輝く地表を見た。


足を、豆粒のように小さくなったラルに向けると、落下していく。


「月影キック!」


数秒後、ラルの体を貫き…九鬼はグラウンドに着地した。


「ラル様あ!」


絶叫を上げ、近づいてくる光に手を伸ばしながら…ラルは消滅した。



「やったか…」


着地と同時に、九鬼の戦闘服も砕けて、学生服姿に戻った。


変身が解けた九鬼は、光の放たれる方を見つめた。


太陽のように輝いていた光は、こちらに近づく程に収束して小さくなっていくのが、わかった。


グラウンドを囲むフェンスが邪魔して見えなくなった時、九鬼ははっとして、走り出した。


グラウンドを飛び出し、正門までの一本道に身をさらした九鬼は、近づいてくる光を凝視した。


あれほど眩しかった光が、車のヘッドライトくらいの輝きになった時、 光の中から…1人の人間が姿を見せた。


(男?)


正門を潜る頃には、光は消え…顔はわからないが、学生服を着た人間であることが肉眼で確認できるようになった。


九鬼は息を飲んだ。


魔力も、強い気も感じないが…九鬼には、その存在が神に見えた。


ゆっくりとこちらに近づいて来る男は、九鬼に気付くと、小走りになった。


「すいません」


男は、満面の笑顔を浮かべていた。


不覚にも、その屈託のない笑顔を見た時、九鬼はキュンとなった。


神と思った男が、あどけない少年だったからだ。



「あのお〜」


少年は鼻の頭をかき、


「今日から、ここに通うことになった者何ですが…」


周囲をキョロキョロと見回すと、


「少し早すぎましたかね…」


確かに…まだ真夜中だ。


加奈子と戦ってから、数時間しかたっていない。


「そうね…」


九鬼は、少年を下から上まで確認すると、


「でも…助かったわ」


右手を差し出した。


なぜだろうか…。


初対面なのに、そんな感じがしなかった。


何の警戒もせずに、握手を求めた自分に、心の底では驚いていた。


そんな行動をしてしまっ理由を、九鬼はすぐに知ることになる。


九鬼が差し出した腕を、素直に握った少年に、九鬼は笑いかけた。


「ようこそ…大月学園に。あたしは、ここの生徒会長九鬼真弓です」


少年も笑顔で返し…こう言った。


「赤星浩也です。よろしくお願いします」


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