第203話 希望の種
「!」
リンネを斬った瞬間、浩也は気が付いた。
自分の手に見知らぬ剣が、握られていることに。
「お母様!」
そして、フレアがいなくなっていることに。
「お母様!どこにいるの!」
浩也の目には、もうリンネは映っていない。
「まさか!さっきの攻撃で!」
だけど、周囲に攻撃により吹き飛んだ形跡はない。
「お母様!」
浩也は、走り出した。
フレアの姿を求めて、魔物の黒こげになった死骸が転がる森の中を。
走るのに邪魔だから、浩也はシャイニングソードを投げ捨てた。
シャイニングソードは、浩也の手から離れると二つに分離し、どこかに飛んで行ったが、その姿を様子を浩也は見ることはなかった。
「お母様!」
ただ森の中を、フレアを求めて走り続けた。
「く、くそ」
流した涙を拭う力もなかった。
それどころか…自分の体が急激に冷えていくのがわかった。
「アイリ!ユウリ!」
2人の従者を呼んだが、現れない。
「く!炎が消えた為、実体化できないのか!」
どうやら、シャイニングソードに力を吸い取られただけでなく、リンネの弱点であるコアを傷付けられたようだ。
このままにしておけば、リンネは死んでしまう。
「こ、こんな形で…」
リンネは口惜しかった。
自分の涙を知り、フレアの正体を知った今からが、真の戦いの幕開けだからだ。
「ライ様…が復活なさる前に、やらねばならぬことができたのに…」
リンネの体に、微かに残っていた命の炎も消えようとしていた。
その時、体に温かさが戻った。
「何!?」
気を失いかけていたリンネは、目を見開いた。
「ど、どうなっているの?」
急激に、熱が戻ってきている。
「借りは返したぞ」
頭上から聞こえる声に、 リンネは顔を上げた。
木々の隙間から零れる光が、逆光になってしまい、表情はわからなかったが、翼を広げた天使が浮かんでいた。
顔がわからずともその声で、相手が誰であるか理解できた。
苦々しく、リンネはその天使の名を口にした。
「アルテミア!」
「フッ」
口許に不敵な笑みを浮かべながら、アルテミアはリンネの前に着地した。
「あんたがどうして、あたしを!」
リンネは立ち上がったが、まだ足元がふらついていた。
そんなリンネを顎を上げて見下しながら、アルテミアはこたえた。
「お前は昔、赤星を助けたことがあったからな。その借りを返しただけだ」
「何いい!」
自分に救われた屈辱に震えるリンネを見て、 アルテミアは鼻を鳴らした。
「フン」
そして、再び空中に舞い上がった。
「心配するな!助けるのは、今回だけだ!」
白い翼を広げ、 アルテミアはリンネを見下ろし、言葉を続けた。
「それともう一つ!お前に、忠告しておく!今さっきのガキには手を出すな!」
「き、貴様!」
リンネはアルテミアを見上げながら、炎を放とうとしたが、まだ撃てなかった。
「いいか!もう一度言う!あのガキには、手をだすな!だしたら…」
アルテミアは、リンネを見つめ、
「殺すぞ」
睨み付けた。
「!」
その瞬間、リンネの体に戦慄が走った。
(な、なんという…魔力!?)
明らかに、力が上がっていた。
それに、射ぬくような瞳の冷たさは、魔王ライを思わせた。
(や、やはり…魔王の娘…)
知らぬ間に、畏縮してしまっているリンネを睨みながら、アルテミアは上昇すると森を突き抜け、一気に見えなくなった。
「く!」
リンネは唇を噛み締めながら、崩れ落ちた。
片膝を付き、何とか倒れることは防いだが、全身に汗が滲んでいた。
「汗だと?」
リンネは、自分の変化に笑った。
汗といい、涙といい…こんなにも、自分が弱い存在とは思ってもみなかった。
「フフフ…」
自然と声が出た。
「ハハハハハハハハ!」
大声を出して笑う頃には、リンネの体に炎が戻ってきた。
ひとしきり笑った後、リンネは虚空を睨んだ。
「わかったわ!今回はあなたの言う通りにしてあげる!」
リンネの全身を炎が包む。
「いずれ…魔王が復活なさった時、お前と!お前達の愛しい男を!」
リンネは拳を突きだし、握り締めた。
「この手で、殺して上げる!」
流した汗も、流れた涙も…すべてが、蒸発した。
「お母様!」
フレアを探す浩也の声が、ジャスティンの耳に飛び込んできた。
「この声は!」
ジャスティンが何かに、気付きかけた時、彼は足を止めた。
「!?」
圧倒的な魔力を感じたからだ。
自分でも無意識の内に、ジャスティンは攻撃を仕掛けていた。
「ほう」
無数に分身したブーメランが、突然現れた人物を囲んだ。
「この技…。懐かしいな」
「お前は!?」
空を見上げたジャスティンは、目を見開いた。
空中に現れたのは、アルテミアであった。
アルテミアはゆっくりと、ジャスティンの前に着地した。
右手の人差し指と薬指で、ブーメランを掴みながら。
「久しぶりね」
アルテミアは笑顔を作ると、ジャスティンに向けてブーメランを投げ返した。
「アルテミア…。今まで、どこに?」
ブーメランは、ジャスティンの右手の甲にくっ付くと折り畳まれ、服の袖口から中に収まった。
アルテミアは、ジャスティンの質問に答えずに、ただ笑顔で返した。
「…それに、どうしてもここにいる」
ジャスティンの意識は、アルテミアを気にしながらも、遠ざかっていく浩也の気配をとらえていた。
「やはり…」
ジャスティンはアルテミアを見つめ、姿勢を正した。
「あの子が気になるのか?」
「…」
「あの子は…やはり」
ジャスティンが核心を口にしょうとすると、アルテミアが遮った。
「ジャスティン・ゲイ」
真剣な目で、ジャスティンをじっと見つめた。
透き通ったブルーの瞳が、ジャスティンに向けられていた。
ジャスティンは思わず、息を飲んだ。
アルテミアは、表情を柔和にし、 ジャスティンに微笑んだ。
「あなたに、頼みがあるの」
「頼み?」
ジャスティンは訝しげに、眉を寄せた。
アルテミアは頷き、遠ざかっていく浩也の声が聞こえる方に、顔を向けた。
「あの子に、教えてほしいの。この世界の人間について」
「何?」
「…」
アルテミアははにかみ、 静かに目を閉じた。
「多分…魔物のことは、わかったと思うの。後は…この世界の人間について、知ってほしい。この世界に、生まれた者として」
「アルテミア!」
今度は、ジャスティンがアルテミアの話を遮った。
一歩前に出て、
「お前は、何を考えている!あの子は、お前と赤星君の……!?」
ジャスティンの話の途中で、アルテミアは翼を広げ、空中に浮かび上がった。
「ア、アルテミア!」
突然沸き起こった風の圧力で、ジャスティンは後ろに押し戻された。
「頼んだわよ」
アルテミアは微笑みながら、ジャスティンの前から消えた。
「アルテミア!」
風が止んだ時、アルテミアの姿は消えていた。
反応もない。
「く!」
唇を噛み締めたジャスティンは、すぐに行動を起こした。
もうアルテミアを追うことは、不可能だ。
ならば、不本意であるが、彼女の頼みをきくしかない。
それに、パニックになっている浩也が、母恋しさに暴走する可能性もある。
ジャスティンは、プロトタイプブラックカードを取り出すと、テレポートした。
「お母様!お母様!」
フレアを探しながら、森の中を走る内に、浩也の体は熱を帯びてきていた。
不安から、パニック状態になり…不安定な心が、浩也の中にある炎の魔力を抑えることができなくなっていた。
このままほっておけば、暴走して、森を焼き尽くすだろう。
「待ちたまえ」
浩也は突然、後ろから声をかけられて、足を止めた。
振り返ると、ジャスティンが立っていた。
「君のお母さんから、伝言がある」
「お母様から!」
浩也の目が輝いた。
「そうだ」
ジャスティンは頷きながら、初めて見る浩也に戦慄を覚えていた。
(この子は!?)
浩也が発する熱により、周りの空気が揺らいでいた。
「おじさんは、お母様の知り合いなの?」
(おじさん!?)
心の中でショックを受けながらも、ジャスティンは優しい笑顔を浮かべながら、頷いた。
「ああ」
「お、お母様はどこにいるの!」
浩也の顔にも笑顔が戻り、熱も冷めていく。
「君のお母様は....」
浩也が言うお母様が、アルテミアなのか.....フレアなのかは、わからなかった。
しかし.....。
(今は、どちらでもいい)
ジャスティンは、笑顔のまま、
「君のお母様から頼まれた」
浩也に手を差し出し、
「これからのことを」
じっと彼を見つめた。
(彼は...)
ジャスティンは唾を飲み込んだ。
(人類の希望だ)
浩也は、少し躊躇っていた。
「お母様は...いないの?」
「また...すぐに会えるさ」
ジャスティンは、浩也を見た時、確信した。
アルテミアのやろうとしていることを。
そして、自分がやらねばならないことを。
「いずれ....必ず会いに来るよ」
力強く頷くジャスティンを見ていると、なぜか......自然を浩也は手を差し出した。
なぜだろう....この人を知っている気がした。
「行こう!」
繋がった手を握り締めると、ジャスティンは頷いた。
「ったく!置いて行きやがって」
何とか動けるようになり、追いついたカレンの目に、二人の姿が映った。
「誰だ?」
カレンは、木漏れ日に照らされた浩也に目を細めた。