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第19話 追っ手

「アルテミア…」


左手につけた指輪を見つめながら、僕は朝の喧騒の中を学校へと歩いていた。


アルテミアが暴走した…あの戦いから、数日たった。


僕がどんなに話しかけても、指輪に反応はなかった。


もし話されても、何を話していいのかわからなかったけど…一応、朝の挨拶をしても、応えてくれなかった。


それに、眠りについても、異世界に行くこともなかった。


「アルテミア…元気出してよ」


僕が、指輪に話しかけていると、


「おはよう」


後ろから、ポンと肩を叩かれた。


振り返ろうとしたが、叩いた人物はすぐに前に行き、くるっと半転した。


沢村明菜だった。


「おはよう」


僕が挨拶を返すと、明菜は微笑み、


「ありがとう」


頭を下げた。


「え」


驚く僕に、明菜は照れくさそうに、視線を少し外した。


「あたしが、寝込んでる時、見舞いに来てくれたんだって…」


「ま、まあ…」


「そ、それに…」


明菜は、真っ赤にして顔を伏せると…チラッと下から僕を見た。


「なんか…もっと、助けてくれたような気がする」


「え」


明菜は、僕の左手に目をやり、


「ありがとう」


また頭を下げた。


しばしの無言の後、


「じゃあ、またね」


明菜は手を振ると、学校に向かって走り出した。


どうやら、急いでいるみたいだ。


部活の朝練でもあるのだろうか。


僕は一度、足を止め、前方を見つめた。


学校へ続く一本道は、そのまま真っ直ぐ行くと、すぐに山道と繋がっていた。


山の麓にある学校。


それが、僕の通う大路学園だった。


一度、大きく深呼吸をすると、僕も悩みを吹き飛ばす為に走り出した。


明菜の元気な姿を見たら、自分も少し元気が出た。


アルテミアもきっと、すぐに元気になる。


と、僕は信じた。





「ったく!邪魔くさいなあ」


校門は、生徒達でごった返していた。


「はい。一列に並んで下さい」


5人の先生達の前に列ができ、生徒1人1人の持ち物検査をしていた。


「おはようございます!何してるんですか?」


列に並ばず、少し外れた場所で頭をかいている女生徒に、明菜は声をかけた。


女生徒は振り返り、しばらく明菜を見つめた後、


「沢村じゃねえか!元気になったのか!よかったな!」


ぶつかるように飛びつくと、ぎゅっと抱き締めた。


「ぶ、部長…。ありがとうございました。ご心配おかけしました」


「よかった。よかった」


明菜から離れると、今度は明菜の肩を何度も叩いた。


「我が演劇部のホープがいないと、寂しいからなあ」


女生徒の正体は、演劇部部長…中山美奈子であった。


この学校の三年だ。


「おはようございます!部長…あっ、明菜!元気になったの!」


明菜と美奈子は、後ろから声をかけられた。二人同時に振り返ると、背筋を真っ直ぐに伸ばした姿勢の美しい矢崎絵里がいた。


「絵里!」


今度は、明菜が絵里に抱きついた。


「心配かけて、ごめん」


「元気になって、よかったわ」


2人の様子を、美奈子は嬉しそうに見つめていた。


「ところで…部長?これは、何なんですか?」


絵里の問いに、美奈子は肩をすくめて見せた。


「持ち物チェックだよ。ほら、本田先生の事件があっただろ?あの事件のせいで、学校に危険物を持ち込ませないようにしてるのさ」


「本田先生の事件って?」


明菜は絵里から離れると、首を捻った。


「お前は、その間…学校、休んでたものな」


美奈子は、説明しだした。


臨時教師だった本田淳が、ナイフと自家製爆弾を使って、学校中で暴れまわったのだ。


「えー!」


明菜は、驚きの声を上げた。


「つい、一週間前の話だよ」


美奈子はため息をついた。


「みんな、大丈夫だったんですか?」


「何人か、怪我人は出たけど…まあ~みんな、大丈夫だ」


「如月先輩も、怪我したんですよね」


絵里が、話に入ってきた。


「えー!き、きさ、如月先輩が!」


明菜は、軽いパニックになった。


演劇部員の憧れである、如月里緒菜。美しい才女だ。


「心配するな。里緒菜は、怪我してないよ。里緒菜の友達が刺されたけど、もう退院している」


美奈子の言葉に、明菜は胸を撫で下ろした。


「しかし、あの事件は…生徒が起こしたんじゃなくて、先生ですよね」


絵里は列の前で、鞄の中身を調べられてる生徒達の方を見た。


「それなのに…どうして…」


絵里の言うことは、もっともだ。


しかし…。


「一応…影響を受けたやつが、同じことをしないように、防犯しなければならないらしいし…。マスコミへのパフォーマンスもあるだろ」


美奈子は、先生達の後ろを見た。


簡易カメラを担いだ…マスコミ関係だと思われるやつらが、数人いた。


美奈子は頭をかき、顔をしかめた。


「仕方ない…。今日の朝のミーティングはなしだな」


納得できないが、美奈子は列の順番を無視して、校門に向かって歩き出した。


それに…。


「部長?鞄は?」


手ぶらな美奈子に気づき、明菜は遠ざかっていく背中に声をかけた。


「教科書は、部室だ」


並んでる列の隙間をぬって、美奈子は歩いていった。


美奈子は決して、ずぼらではない。教科書の内容は、すべて把握していて、三年の中でトップクラスの成績であった。



「コラ!ちゃんと、並びなさい」


平然と通り抜けていく美奈子を止めようとした新任の先生を、他の先生が止めた。


「海童先生。あの生徒は、大丈夫ですよ」


「そうなんですか?」


「先生は、着任したばかりで知らないでしょうが…あの生徒は、優等生なんです」


海童は、美奈子の背中を見つめながら、心の中で鼻を鳴らした。


(まあ…いい。あいつではない)


フンと鼻を鳴らすと、海童は校門に並ぶ生徒達に、目を戻した。


(用があるのは…1人だけだ)


海童は、鞄のチェックに戻りながら、目的の人物が来るのを待った。


(早く来い!天空の女神の依り代…赤星浩一)





「何だ?この行列は」


訝しげに校門へ並ぶ列に気づいて、僕は足を止めた。


「ったく、ムカつくよな」


列の真ん中で校門にもたれ、大柄の岸本恵美が愚痴をたれていた。


「文句言わないの。仕方ないじゃない」


その隣で鞄を前で両手で持ちながら、小柄の中山祥子がすまし顔で立っていた。


「朝練なくなったじゃねえか」


まだまだ愚痴る恵美に、


「仕方がないわよ。それに、得した人もいるみたいよ」


祥子は呆れながらも、山道へと続く道の向こうを、列から顔だけだして見た。


「…」


僕は、一番後ろの列に並びながら、何となく…祥子が見ている方に目をやった。


誰かが、全力で走ってくる。


猛スピードだ。


息を切らしながら、横合いから飛び出してきた自転車を身軽に避け、まったくスピードを落とさずに、その誰かは校門へと辿り着いた。


「ま、間に合った…遅刻しなかった…」


止まった瞬間、肩で激しく息をする…女の人。


「おはようさん」


恵美が、声をかけた。


「お、おはよう…ショウちゃん…恵美…」


まだ息が整わない。


「おはよう。そんなに急がなくて、よかったのに」


「え」


女の子は、校門の状況に気付いた。


「何かあったの?」


きょろきょろと周りを見回し、校門の中を覗き込んだ。


「あの事件のせいだよ。速水」


女の子とは、反対の方向から、ゆっくりと歩いていてきた男子生徒が、僕のそばを通り過ぎた。


「あ」


僕は、思わず声を出してしまった。


学校ではあまり目立たず、地味な僕でも、この2人は知っていた。


走ってきた女の子は、速水香里奈。


歩いてきた男子生徒は、藤木和也。


有名な歌手の娘と、高校生にしてモデルで活躍している有名人。


和也や祥子に事情を説明されて、納得している香里奈。


和也と香里奈は、僕がいる列とは違うところに並んだ。


結構テンポよく、列は前に進んでいった。


さっさとしないと、授業が始まるからだ。


でも、学校側都合だから、大丈夫か。


僕はただ気楽にぼおっと、列に並んでいた。


(早く終わらないかな)


気を抜いていた僕の手を突然、誰かが掴んだ。


「え?」


驚き、掴んだ相手を見た僕の目に、知らない先生の顔が飛び込んできた。


やけに、にやにやと笑っている。


「いけないじゃないか…こんな指輪をしていたら」


「え…あっ…これは」


反論する間もなく、先生は僕の手を取り、指輪を抜こうとした。


その次の瞬間。


「ぎゃ!」


先生の叫び声と、肉が焼ける音と匂いがした。


「どうしました?海童先生」


思わず、飛び上がった海童に気づき、牧村優一が僕に近づいてきた。


「指輪が…」


海童は焼けた指を押さえながら、指輪を指差した。


「指輪?」


優一は、僕の左手を見、


「普通の指輪ですが?」


確認してから、海童の方を向いた。


「普通の指輪って…こ、校則違反でしょ!」


確かに、校則違反だが…普段なら、これくらい見逃していた。


しかし、今は…。


「すまない。放課後には、返すから…今は、先生に預けてくれるかな」


優一は、僕に小声で囁いた。


「でも…」


僕は、指輪を渡すのを渋った。


この前の苦労もある。


もう絶対、外さないと決めたのに。


でも、この状況では断れない。


「ごめんな」


優一は僕の腕を取り、指輪を一気に抜き去った。


先程の海童とは違い、指輪は簡単に抜けた。


「え!」


目を丸くした僕とは違い、海童は焼けた指を押さえながら、ほくそ笑んでいた。


指輪を取り上げた優一に、海童が近づいてきた。


「牧村先生。この指輪は、どうされるんですか?」


指輪を回収ボックスに入れようとした優一は、海童の質問にこたえた。


「放課後まで、職員室に保管しておきます」


「放課後までですか…」


海童は表情を抑えながら、わざとらしく呟くと、徐に空を見た。


今は日射しが眩しいが、昼からは雨が降ると、天気予報がいっていた。


軽く口元を緩めると、海童は一礼し、優一から離れ…校舎に向かって、歩き出した。


先生や生徒を離れると、海童は我慢できなくなってきた。


「今こそ…転機なり」


海童は、笑った。


そのまま、校舎の裏側にまわり、誰もいないことを確認すると、天に両手をかざした。


「我が眷属よ。今日は、宴だ」


海童の全身から、ポタポタと汗が流れ出した。


それも、尋常な量ではない。


まるで、滝のように。


流れ続ける汗は、水溜まりのようになり、やがて…地面に染み込んでいった。


そして、海童は手のひらを、校舎のコンクリートの壁につけた。


汗が、コンクリートにも染み込んでいく。


「我が主!水の女神よ!」


海童は興奮から、歓喜の声を上げた。


「あなた様に、アルテミアの終わりを捧げよう」


天は少し曇り出し…まるで笑みを讃えているように変化していった。



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