第201話 相容れないのに、その底は多分同じ思い
「く、くそ!」
カレンは焼け焦げた魔物の死骸が転がる中、地面に倒れていた。
全身が痺れていた。
突然、晴天の空から落ちてきた雷鳴は、すべての魔物を貫いた。
カレンは、咄嗟に投げたピュアハートが避雷針となり、 直撃は免れていた。
しかし、帯電した電流が地面を這い、離れた位置にいたカレンの足から頭までを痺れさせた。
それに、ただの電流ではなかった。
体の気の流れさえも狂わし、カレンは立ち上がることができなかった。
「何だ…攻撃は」
木々に囲まれ、太陽の光があまり届かない地面は少し湿っていた。
その泥のような土を指先でかきむしり、立ち上がろうとするが、無駄な足掻きだった。
「相変わらず、よく倒れているな」
何とか目だけを動かせるカレンの視線の端に、 黒いブーツの先が映った。
いや、正確には黒いブーツではない。
全身を黒い結界で覆っていたのだ。
勿論、カレンには上まで見ることはできない。
「でも…仕方ないかな?今のは、魔王の雷撃と同じ性質のもの。すばやく結界を張らないと、少しでも感電すれば、動けなくなる」
「あ、あんたは…」
カレンは耳に入ってくる声だけで、そばに立つ人物を特定できた。
「ジャスティン・ゲイか…」
「ご名答」
ジャスティンは、身を包んでいた結界を解いた。
そして、地面に倒れているカレンに笑いかけた。
「そうか…。君にはまだ教えてなかったね。digシステムの発動プログラムを」
ジャスティンは、自分のプロトタイプブラックカードを見つめた。
「直接的な魔王の攻撃には、無意味だったけど…大抵の攻撃は防ぐことができるから」
プロトタイプブラックカードの一部が、赤く点滅し、危険を告げていた。
「一体…何が起こっているだ?」
カレンは、顔だけでも上げようともがく。
そんなカレンよりも、ジャスティンはカードが告げる危険人物がいる方向に、目を向けた。
「人類の希望になるのか…絶望になるのか…。2人の姉妹が久々に顔を合わしているのさ」
ジャスティンは、目をゆっくりと細めた。
「フン!そう…。わかったわ」
ブルードラゴンが一撃でやられたのを見ていたリンネは、鼻を鳴らした。
腕を組み、ファイやムゲがいた山よりも離れた山頂で、すべてを見ていたリンネは、すべてを悟った。
「アルテミア…あなたが、やろうとしていること……フフフ……ハハハハハハ!」
リンネは、笑いが止まらなくなった。
「あの力任せの小娘が、よく思い付いたこと」
リンネは、山頂から助走もつけずに飛び上がった。
「そして!」
リンネは、浩也が下りて行った付近を睨んだ。
「フレア!」
リンネの感情を表すように、全身が燃え上がった。
「どこまで、愚かなの!」
流星と化したリンネは瞬きの時間より速く、森の中に着地した。
その全身を覆う炎は一瞬で、森のすべてを焼き尽くすかと思われたが…なぜだろうか。
目の前にいるフレアを見た時、リンネの炎は消えた。
鎮火した訳ではない。
憎しみを越えて、憐れみさえ覚えていた妹の前に、立ちはだかる浩也を見た時、リンネの炎は消えた。
まるで、母親を守る…本当の息子のように見えた。
そして、そこには…傷つきながらも、確かな幸せがあった。
愚かと罵りたかった相手は、自分が到底手に入れることのできないものを得ていたのだ。
「な、何…」
リンネの肩が震えた。
「お母様!」
ダメージを受けて動けないフレアを庇うように、浩也は両手を広げた。
「浩也…」
フレアは何とか立ち上がろうとするが、ブルードラゴンが放った特殊な水が、彼女の力の素である炎を抑えており、力が入らない。
「お母様?」
浩也の言葉で、リンネの震えは全身に広がった。
「炎の魔物である…お前がお母様だと!」
リンネの体が、再び燃え上がった。
「そんな茶番を!」
リンネの両腕から、炎が噴き出すと、刃の形を取る。
「死んでもなお!どこまでも!見苦しい女なことよ!」
フレアに向かって、伸びた刃が鞭のようにしなった。
「フレア!」
リンネは絶叫した。
「お母様!」
浩也は咄嗟に、フレアの上に覆い被さった。
「浩也!」
「何!?」
浩也の背中に、十字の傷が走り、鮮血とともに…背中の肉が燃え出した。
「うわあ!」
痛みから背中を反らしたが、 浩也はフレアから離れることはない。
「どうやら…先程の状態は、無意識のようね」
炎が立ちのぼっている浩也の背中を見つめ、リンネは呟いた。
魔神ムゲ達を倒した時の浩也は、明らかに炎の属性だった。
それに、レベルは魔神を超えていた。
例え、リンネの炎であろうと、こんな簡単に燃え上がることはないはずだ。
「お前は、あとで相手してあげる」
リンネは2人に近付くと、浩也を蹴り離そうとした。
ゆっくりと蹴りの体勢に入ったリンネの足を、フレアのか細い腕が止めた。
「フレア!」
浩也の体の下から抜け出したフレアは、右腕でリンネの足を押さえながら、左手は浩也の背中にかざし、炎を吸収した。
浩也の炎が消えると同時に、フレアは力を込め、リンネの足を押し戻した。
「あ、あたしの炎を吸収した!」
リンネとフレアは元々、同じ魔神であった。それを、魔王ライが2人にわけたのだ。
例え、レベルが違おうと、もとは同じ炎。フレアの体を回復させることができた。
思わずよろけたリンネは、何とか踏み止まると、
「例え!お前とあたしが、同じ炎だとしても」
全体を炎そのものと化した。
「吸収すればいいこと!お前の自我を焼き切り!あたしの一部にしてやるわ!」
「お姉様…」
フレアは、両手を広げ、
「あたしは、あなたと一緒になることはありません。あたしの体は、いつも…あの人とともに…」
リンネに微笑みかけた。
「フ、フレア!」
リンネの顔が、怒りの形相に変わる。
「お姉様」
「どこまでも、馬鹿な子…。お前がそこまで思う男は!お前以外の女を愛しているというのに!」
リンネは攻撃対象を、フレアから浩也に突然変えた。
「坊や!」
リンネの炎が、浩也に向かって放たれた。
「!?」
まだ痛みで、顔をしかめていた浩也に向かって、無数の火の玉が襲いかかる。
「坊や!」
フレアは、浩也の前に飛び込むと、盾となった。
「お、お母様!」
はっとした浩也は慌てて、痛みをこらえ立ち上がった。
「坊や…」
すべてを受け止めたリンネは振り返り、浩也に向けて微笑んだ。
「大丈夫だからね」
そして、前を向くと、リンネを睨んだ。
「お前が…あたしに勝てて?」
リンネは笑い、両手を突きだした。すると、両手が赤く輝き出した。
「終わりよ」
リンネは、フレア達を睨んだ。
「お母様!」
信じられない程の魔力を感じ、浩也は走り出した。
「浩也…大丈夫よ。あたしが、あなたを守るからね」
「フレア!」
赤い光が放たれようとする。
「愛しい…あたしの坊や…。今こそ、あなたの為に封印を一つ解きます」
「お母様!」
浩也は、フレアの前に出て、光の攻撃を受け止めようとする。
そんな浩也の行動に、フレアは嬉しさから涙を流した。
「大丈夫。どうなろうと…どんな姿になろうと…あたしは、あなたとともにいます」
「お母様!」
「死になさい!」
リンネの手から、光が放たれた。
その赤い光は、太陽の輝きさえも打ち消した。
「さよなら…浩也」
フレアは浩也の背中を見つめながら、涙を拭うことはなかった。
「だけど…いつまでも、あなたのそばに…」
「うおおおっ!」
浩也は咆哮した。
次の瞬間、視界は光で真っ白になった。
すべてが消滅した。
そうリンネが確信した瞬間、光に亀裂が走った。
まるで…光のスクリーンが真っ二つに裂かれたように。
「な!」
次の瞬間、リンネの体にも亀裂が走った。
「ば、馬鹿な…」
リンネは信じられないものを目にして、思い切り目を見開いた。
「そ、それは!?」
リンネの攻撃は、すべて吸収されていた。
「シャイニングソード!?」
斬られたリンネの体から、炎が消え…透き通った肌をした裸体を晒した。