第200話 戦士になれと
「く!」
信じられないプレッシャーを受けながらも、カレンは再びピュアハートを召喚させた。
遥か上空にいるドラゴンの気を感じて、ピュアハートが脈打っているのがわかった。
カレンはピュアハートを握り締めると、何とか真っ直ぐ立ち上がった。
心を落ち着け、呼吸を調え、プレッシャーを受けるのではなく、受け流す。
カレンは顔を上げ、キッとドラゴンを睨んだ。
「この大きさは…普通のドラゴンじゃない!まさか…七匹の竜王のどれかか!?」
カレンはプロトタイプブラックカードを取りだし、ポイントを確認した。
「先程の…炎で結構使ってしまった」
大木の魔物から奪った魔力は、消費した魔力の三分の一にも満たなかった。
「調子に乗りすぎた…」
今、カレンにあるものは…ピュアハートだけである。
「あの巨体を斬れるか?」
小さな町くらいの大きさがあるドラゴンを、ピュアハートでぶった斬るのは至難の技であった。
「しかし…チッ!」
カレンはドラゴンを見上げながら、舌打ちした。
明らかに、ドラゴンはカレンよりも他の何かに意識を向けていた。
焼け野原になった村に立つカレンのことを、気にかけてもいない。
「そういえば!」
カレンははっとした。
プレッシャーに押し潰されている時…ドラゴンは、口から何を放っていた。
慌てて、周りの状況判断に意識を向けると、カレンは絶句した。
「な…」
ドラゴンが攻撃した方角に、おびただしい程の魔物達が飛び回っていたからだ。
「なんだ…あの数は!?」
今まで見たことのない程の大群である。
その中でも、ドラゴン以上の気を2つ感じた。
「何がどうなっているんだ!」
カレンがいる場所から、数十キロは離れている為、詳しいことはわからないが…この前代未聞の大群は、あることを意味していた。
「こ、これ程の…大群を投入しないといけない相手がいるのか…それとも」
カレンはピュアハートを握り直した。
「大事な…何かを探しているか」
カレンは、一歩前に出た。
「どちらにしても…確かめないといけないな」
カレンはふうと息を吐くと、
「さあ…どうする?」
自分に問いかけた。
空中のドラゴンに斬りかかるか…向こうの大群に向かうか。
ドラゴンの意識は、こちらにない。
確実に先手を打てる。
しかし…戦うにしても、時間がかかる。
向こうの大群に向かって、やつらの目的のものを見つけるのも、時間はかかる。
「クソ!」
戸惑いが、カレンの足を止めた。
その時、風が切り裂かれた。
いや、風だけじゃない。
空気が、空間が…裂けたのだ。
「え」
それは、一瞬だった。
空を飛び回る魔物の群れに向かって、下から赤い炎の柱が三本立ったと思ったら…その柱が倒れるようにしなった。
次の瞬間、カレンの頭上にいたドラゴンの体に三本の亀裂が走り、燃え上がった。
ドラゴンは断末魔の悲鳴を上げることなく、三つの肉片に変わった。
「何!?」
カレンは、燃えながら空から落ちてくる巨大な肉片に目を見開いた。
「く、くそ!」
プロトタイプブラックカードを発動させ、カレンは慌ててテレポートした。
一瞬で、一キロ程テレポートしたが、それによりポイントは零になった。
それでも、ドラゴンの肉片をよけれたのは、ぎりぎりだった。
周囲の木々を薙ぎ倒し、落ちた衝撃で突風が発生し、カレンをふっ飛ばした。
「な、何が!何が!起きている!」
森の中を転がるカレンの目が、空に昇っている2つの太陽を映した。
一つは、勿論…地球を照らす恒星である。
そして、もう一つは…全身を赤い炎で包み、両手に鉤爪をつけた…人間だった。
いや、人間と呼べるのかは、わからない。
「ああ…」
カレンは、その人間を見た時…恐怖で嗚咽した。
「馬鹿な!あり得ん!」
ファイは、フレアが落ちた辺りから立ち上った火花が刃と化し、ブルードラゴンを切り裂いたことに絶句した。
「今のは、正しく…ネーナ様の斬撃!?女神の技を使えるのか!!」
無残にも、肉片となり…地上に落ちていくブルードラゴンは、その巨体故に…肉片でも落ちるだけで、大惨事となった。
四国くらいの広さがある森林の一部が、穴が空いたように吹き飛んだ。
だが、不思議と…ブルードラゴンの死骸は燃えているのに、森に炎が燃え移ることはなかった。
「炎の種類が、違うのか!?」
炎の属性である魔神ファイは、ブルードラゴンを燃やす炎に目を奪われてしまった。
森の中や、空にいた魔物達がパニックになっている中…1人冷静に、戦況を見ていたムゲは、突然空に出現した太陽を見つめ、動けなくなっていた。
「な、なんという…魔力…」
思わず呟いたムゲの言葉にはっとして、ファイは視線を空に向けた。
「あ、ああ…」
空に浮かぶ二つ目の太陽に気付いた時…ファイの頭に、ある映像が甦った。
玉座に座るライに、向けて剣を突き出す…人間の男。
その指には、光輝く指輪がはめてあった。
「モード・チェンジ!」
人間の男は叫んだ。
「あ、あ、あ、あ」
ファイの目に、空中に浮かぶ太陽の中にいる人間に似た者が、ゆっくりと顔を向ける動きがスローモーションで映る。
「あ、あ、あ…ああ!!」
目があった瞬間、ファイは絶叫した。
「あ、赤の王!」
その言葉が、ファイの最後の言葉になった。
太陽から伸びてきた三本の爪が、ファイの体を貫いた。
そして、次の瞬間…ファイの体は消滅した。
「な…なんだ!!」
ファイがやられた一瞬の間に、ムゲは全身を包んでいた翼を広げ、今いた場所から高速で退避していた。
その行動は、無意識であった。
でないと、ムゲも一瞬でやられていたであろう。
「あ、赤の王だと!?」
辺境の地に飛ばされていたムゲは、彼の顔を知らない。
「な、なぜ!ここにいる!?」
空中に浮かぶ太陽は、ムゲに視線を向けた。
「!?」
赤の王といわれた男の目に射ぬかれると、ムゲは逆らうことができないような感覚に襲われた。
まるで、魔王に見られているように思えた。
今すぐ地に降りて、跪きたくなる。
「阿呆が!」
ムゲは、唇を噛み締めた。
口の端から、一筋の血が流れた。
「こやつは、我の主ではないわ!」
ムゲが翼を広げると、そこから数え切れない黒き羽毛が硬化して、放たれた。
男は、その近づいている羽毛を見ても、避けることをしない。
「貴様のその炎で、燃やすことができるならば!やってみせろ!」
ムゲの翼が羽ばたくと、硬化した羽毛のスピードは増し、数も増えていく。
しかし、無数の羽毛は、男に刺さることはなかった。
炎にすら…触れることはなかった。
どこからか飛んできた2つの回転する物体が、すべて跳ね返したのだ。
「なにい!」
羽毛は、ムゲと男の間で虚しく…地上へと落ちていった。
「こ、これは!」
しかし、ムゲが驚いたのは、羽毛がすべて当たらなかったことではなかった。
羽毛を弾いた後、ムゲの周りを威嚇するように飛び回る2つの物体にあった。
「ま、まさか…」
目で、その物体を確認しながら、ムゲは息を飲んだ。
「チ、チェンジ・ザ・ハート!?」
2つの物体は、ムゲの後ろを回るとすれ違い…男の方に飛んでいく。
「そんな馬鹿な!チェンジ・ザ・ハートは、天空の女神専用の武器!」
男は、2つの武器に向かって、手を突きだした。
「どうして!貴様が!!」
ムゲが叫んだ時には、すべてが終わっていた。
いつのまにか、目の前まで接近した男の手に握られたものが、ムゲの胸から背中までを貫いていたからだ。
「ラ、ラ…ライトニングソード…。ティアナ・アートウッドの…武器…」
意識が遠退いていくムゲは、自らの力が吸いとられていくのを感じた。
(こ、これが…赤の王)
消滅する刹那、ムゲはフッと笑い、
(確かに…王の力が…備わっている)
納得した。
そして、ムゲが消滅した後、男はライトニングソードを天に向けた。
すると、晴天の青空なのに、雷鳴が轟いた。
「うぎゃああ!」
まだ残っていた数百匹の魔物のすべてが、悲鳴を上げた。
差別することなく、すべて魔物に雷が落ちたのだ。
そして、数秒後…魔物の群れは全滅した。
男の手にあるライトニングソードは、2つに分離し…チェンジ・ザ・ハートに戻ると、どこかに消えていった。
男はゆっくりと、地上に向けて下りていった。
地面につく前に、身を包んでいた炎は消えていた。
爪先が、地面についた瞬間、男は目を見開いた。
「え!」
一瞬…状況が理解できない。
(確か…僕は…)
頭を押さえ、記憶を探る。
そして、思い出した。
「お母様!」
炎に包まれて、魔神達を倒したのは…浩也だった。
「お母様!」
浩也は、魔物の死骸が所々に転がる森の中を駆け出した。
どうして、魔物達が死んでいるかは、わからない。
だけど、そんなことを考えている暇はない。
今は、ドラゴンにやられて、傷付いたフレアのことが気にかかった。
「お母様!」
森の中で、そばに生えていた木にもたれて、フレアは浩也の自分を呼ぶ声を聞いていた。
木々の隙間からこぼれる木漏れ日の中から、姿を見せた浩也に、フレアは自然と微笑んだ。
その姿は、ブルードラゴンと2人の魔神の力を吸収したことにより、さらに成長していた。
(もう…すぐ終わる)
フレアの目から、一筋の涙が流れた。
それは…とても嬉しいことのなのに、とても悲しいことに思えた。
「お母様!」
自分に駆け寄る浩也を見つめていたフレアの目に、驚愕の色が浮かんだ。
魔物達との戦いで、地面に落ちた枝を踏み折る音がした。
折れた枝は、すぐに燃え上がった。
その炎に、優しさはない。
「憐れな妹に、せめて…永遠の安らぎを」
「あああ…」
浩也の後ろから現れた人物に、フレアは絶句した。
浩也とフレア…血の繋がりのない親子に、最後の時が突然訪れた。