第195話 謎めく真実
太平洋に浮かぶ島の最北端の岬に、ジャスティン・ゲイは佇んでいた。
この星の大半をしめる海を見つめながら、ジャスティンは物思いに耽っていた。
脳裏に浮かぶのは、魔王との戦いばかり。
何もすることができずに、一撃で沈んだ自分が、どんなに無力かを確認していた。
魔王はまるで…海のような存在だった。
人間1人の力では、どうしょうもない相手。
そんな相手だからこそ、人間は一丸にならなければならなかった。
しかし、人間が一つにまとまることはないのかもしれない。
力を得る為ならば、魔とも交わる人間もいる。
己1人が、助かればいいと思う人間も多い。
集団社会を形成しながらも、個が強い人間のすべてが…一つになることは、夢のまた夢かもしれない。
だが、夢に向かって突き進むのも、人間である。
ジャスティンは海を見つめながら、拳を握り締めた。
「少し待たせてしまったようだな」
後ろから声がした。
「!?」
ジャスティンの全身に、緊張が走った。
わかっていたとはいえ、まったく気配を感じさせないその物腰に、ジャスティンは感嘆のため息をつきながら、振り向いた。
「いえ…大した時間ではありませんでしたよ」
ジャスティンの後ろに立っていたのは、青い甲冑に身を包み、顎に髭を蓄えた屈強の魔神…カイオウである。
「本来ならば、兄弟子である貴殿のもとには、我から会いに行かねばならないところであるが…。いらぬ…ご足労を」
頭を下げるカイオウに、 ジャスティンは困った。
「兄弟子などと…。あなたの方が遥かに年上ですし…」
ジャスティンは鼻の頭をかき、
「あなたが、こちらに来たら…大パニックになりますよ」
「!」
ジャスティンの言葉に目を見張ったカイオウ。
しばし見つめ合った後、2人は声を出して笑った。
「そうであるな!かりにも、騎士団長である我が人間界に来たら、騒動になるな」
「はい」
ジャスティンは頷いた。
しばし海を見つめた後、カイオウはおもむろに話し出した。
「今回、貴殿を呼んだのは他でもない。我が主…ライ様と」
「赤星浩一君のこと…」
ジャスティンは、カイオウに真剣な顔を向け、
「ですかね?」
優しく微笑んだ。
「有無」
カイオウは頷き、岬の端…海へと落ちる崖に近づいた。
下を覗くと、剥き出しの岩場を波が、絶え間なく打ち続けていた。
「海の底に封印された魔王は、我ら騎士団長が力を合わせれば、お助けることができるであろう。しかし!」
カイオウは波を睨んだ。
すると、すべての波は押し返され、激しくうねる海は静かな浅瀬になった。
「復活された魔王は必ず、人間を滅ぼす!」
さらにカイオウが睨むと、視線の先の海が避け、海底に道ができた。
その様子を静かに見つめていたジャスティンは、ため息とともにカイオウに訊いた。
「それだけではないでしょ?魔王の封印が解かれれば、赤星君も復活するはずですが?」
「復活してどうする?」
カイオウは、ジャスティンに目を向けた。
海を裂く眼光を浴びても、ジャスティンはびくともしない。
気を後ろに流しているのだ。
ジャスティンの後ろにある木々が、激しく曲がっていた。
「彼は自らの肉体を燃やして、魔王を封印している」
カイオウの言葉に、ジャスティンは眉を寄せた。
「つまり…復活しても、肉体がないと?」
カイオウは頷き、
「魂だけの存在になるだろう」
「!」
ジャスティンは驚いた。
だが、心に引っ掛かることがあった。
顎に手を当て、自分の中に生まれた引っ掛かりを探す。
「そして、もう一つの問題…いや、心配事がある」
じっと自分を見つめるカイオウの視線を見て、ジャスティンははっとした。
「アルテミアか」
「有無」
カイオウは、深く頷いた。
「今や、魔王に次ぐ力をお持ちになりながらも、赤星浩一殿を守れなかった悲しみにより、修羅の道を歩もうとされておる。アルテミア様の動向こそが、今もっとも危険なことの一つじゃ」
「アルテミア…」
ジャスティンが最後に会ったのは、自分とともに魔王にやられた時である。
いつも自信と強さに溢れていた少女が、魔王の一撃で倒された姿を…ジャスティンは目にしていた。
「だとすれば、彼女と…融合すれば…赤星君は復活できるのでは?」
ジャスティンは、2人でモード・チェンジしていた姿を思い出していた。
しかし、なぜだろうか…今、自分で言った考えを否定したくなった。
アルテミアとともに、アステカ王国から脱出した時の…彼女の表情を思い出すと、すべてが否定的になってしまう。
何とも言えない表情に、ジャスティンは心を読むことができなかった。
それは、魔王の子を産み…人類の裏切り者と言われたティアナの最後に見た表情に似ていた。
(俺は…彼女達の悲しみを…決意もいつも理解できない。あとになって、結果として知るだけだ)
そんなジャスティンの葛藤を見抜いたのか…カイオウは再び海を見た。
「アルテミア様のお考えは、わからんよ。だが、今…我らの間で話題になっておることは、ご存知かな?」
「え、ええ…」
ジャスティンは一旦、気持ちを切り替えた。
「アルテミアと赤星浩一君の間にできたといわれる…赤ん坊のことですね」
「そうじゃ」
カイオウは再び、海を睨んだ。
だけど、今度は気を放つことはしない。
「新たな…人類にとっての希望となるでしょ」
「果たして、そうかな?」
カイオウは目を細めた。
「え?」
「貴殿は今、赤ん坊と言ったが…その子が、大きくなっているのをご存知かな?我らの兵士と戦える程に」
「馬鹿な!あり得ない!」
ジャスティンは思わず、大声を上げた。
「我らの一個小隊を全滅させただけではなく…魔神をも倒した。それも、かつての炎の女神の武器を使って!」
「な!」
ジャスティンは絶句した。
「この事実は、魔王軍の中でも、隠蔽されておる。何者かによってな」
カイオウは、ジャスティンに顔を向けた。
「このような事態の中で、我が…貴殿ら人間の為にできることは、魔王復活を遅らせること!止めることは、できぬ!」
カイオウの鋭い眼光が、ジャスティンを射ぬいた。
さっきのように、流すことができず、ジャスティンの体に衝撃が走った。
しかし、ジャスティンには、それがカイオウの檄のように思えた。
「その間に、アルテミア様のご子息といわれる者の正体を探ってほしい」
カイオウはまた、視線を外した。
「この情報は、我が知っていてはいけないこと。もし知っていることがバレれば…騎士団長同士の争いに発展するであろう。さすれば…貴殿ら人間も巻き込んだ戦いになる」
「…」
ジャスティンは何も言えなかった。
別に話せない訳でない。
カイオウの気持ちが痛い程わかったから、余計な言葉は無用だった。
ただ…カイオウの目を見て、力強く頷くだけだ。
「有無」
カイオウも頷くと、
「頼んだぞ。兄者よ!」
カイオウの姿が消えた。
と同時に、一際大きな波が、岬にぶつかった。
「兄者か…」
ジャスティンとカイオウは、ティアナ・アートウッドの弟子であった。
人間であるティアナに負けたカイオウが、その剣技を学ぶ為に弟子入りしたのだ。
だからこそ、カイオウは人間という存在を認めていた。
人間側に立つことはないが、気にはかけてはいた。
「それにしても…」
赤ん坊の成長は、知らなかった。
カイオウの話をきいた限りでは、普通の人間ではない。
もし、アルテミアと赤星浩一の子供だとしたら、普通の人間であるはずがなかった。
しかし…それが、正しいのか。
どうして、アルテミアは側にいない。
自分の子供…赤星浩一の子供ならば尚更だ。
ジャスティンの脳裏に、再び赤ん坊のアルテミアを抱くティアナの姿が浮かんだ。
表情は悲しげであるが、アルテミアを抱く腕に…躊躇いはない。
(それが…母親のはずだ)
ジャスティンはまた…わからなくなってしまった。
「先輩…」
ジャスティンは、空を見上げた。
そして、拳を握り締めると、無理矢理でも歩き出した。