第2部 天空の女神 第18話 奇跡の代償
ただ薄暗く、だだっ広い空間。その広さは、わからない。東京ドーム何個分とか、そんなレベルではない。国レベル…一国分くらいの広さは、十分にあった。
実世界でいうと、アラブ諸国を足したくらいの大きさ。
その実世界では、地下に大量の石油が埋蔵されているが、この世界では…。
「何を見ている?」
左右にどこまで続いているのか、わからない手摺りにもたれ…闇を見つめていたジャスティン・ゲイは、近づいて来る特徴的な足音に、声をかけられる前から、その正体に気づいていた。
「やぁ~。クラーク」
振り返らず答えたジャスティンに少し呆れながら、クラーク・パーカーはジャスティンの隣で足を止めた。
「ここは…立ち入り禁止のはずだが」
クラークは目を細めて、広い闇を凝視した。
「俺達に、関係あるのか?」
ジャスティンは、闇の一点を見据えたまま、動かない。
「まあ…そうだが…」
クラークは、横目でジャスティンの表情を見つめながら、軽く肩をすくめた。
「だけど…長老達は、あまりいい感情を抱かないだろ?」
クラークは、右手の人差し指を立てた。種火のようなものが、指先についたと思ったら、それを闇に向けて放った。
すると、闇に明かりがついた。そこは、巨大な倉庫のような場所だった。
ずらっと並んだ数多くの車や、バイク…飛行艇に、フライング・アーマー…etc。
「民衆に、死ねというのか…」
ジャスティンは、呟いた。
クラークは手摺りを握り締め、なぜかその固さを確かめた。
「お前は…」
クラークは、言いかけた言葉を飲み込んだ。
これは、正しくない。
「しかし………」
言葉を選びながら、口を開いた。
「お前は、何故…ここまできた?」
「ここまで?」
クラークの口調のトーンが変わったことに気づき、ジャスティンは彼の方を見た。
言いたいことは、分かっていた。
だけど、きいた。
2人は、詭弁を話そうとしていた。
クラークは答えず、ジャスティンも視線を正面に向けた。
5分程、時が過ぎた。
2人は、口をつむんだままだ。
「ティアナ…先輩が好きだったものな…」
クラークは、ジャステンに建て前を話すのではなく、かと言っていきなり、確信をつくのを躊躇うように呟いた。
友としての本音。
「…」
無言で答えると、ジャスティンは手摺りから離れた。そして、ゆっくりと歩き出すと、倉庫の闇に背を向けながら、思い出していた。
ティアナという女性のことを。
「先輩…」
「…」
残ったクラークは1人…手摺りにもたれ、黒の上下のスーツのポケットに手を入れ、タバコを探した。
出てきたタバコケースには、中身がなかった。
苦笑すると、内ポケットからカードをつまみ出した。
ブラックカード。
「召還」
数秒後、クラークは、煙草を吹かしていた。
ブラックカードとは、安定者の証だ。
「ふぅ」
クラークは、煙草の先から立ち上る煙を見つめながら、
「くだらん…」
自傷気味に笑った。
歩き続けているジャスティンも、内ポケットからブラックカードを取り出すと、ただ見つめていた。
カードシステムを創ったのは、ティアナだった。
安定者随一の開発者であり、才女だった彼女。
精霊や自然の力を使う魔法。それは、人が使う魔法の基本だった。
しかし、魔王ライはその恐るべき魔力により、精霊や自然の力をシャットアウトする元素を作り出し、魔界より世界中にばら撒いた。
突然、魔法が使えなくなった人は、魔物に殺されるだけであった。
その状況を打破する為に、ティアナが開発したのが、カードシステムだった。
精霊や、自然に力を貰うのではなく、魔物から魔力を搾取する。魔物は生まれながらに、魔力を使える。それを奪うのだ。
人間が。
奪った魔力により、魔法を使ったり、武器を召還する。
召還する武器や兵器やその他、基本的な生活用品を供給する場所として、今ジャスティン達がいる倉庫が作られたのだ。
しかし、魔王に黙ってこのシステムを創り、完成させたティアナは、粛正された。ティアナを支援した3人の当時の安定者達も、殺された。
1人、ラン・マックフィールドという安定者だけが、逃げれたという話だが…。
あれから、十数年…。
カードシステムは瞬く間に、人々に広がった。
そして、人々は何とか…魔物と戦えるようになった。
欠員になった安定者の席には、ジャスティンやクラークが座ったのだ。
「安定者なんて…」
ジャスティンは、カードを握り締めた。
そして、ある部屋の前で、ジャスティンは足を止めた。
「先輩」
ジャスティンは、部屋のノブに手をかけようとした。
しかし、凄まじい魔力に弾かれた。
魔王が差し向けた魔神達に囲まれたティアナは、まったく抵抗することなく捕まった。
魔神に連行される彼女の体に、力は残っていなかった。あれ程凄まじかったレベルが、ゼロに近くまで落ちていた。
なぜならば、彼女はすべての力をこの部屋の中に残し、結界を張ったからだ。
この部屋に、何があるのか…わからない。
ティアナは、何を封印したのか。
誰に残したのか。
わからないが、答えはわかっていた。
ジャスティンは、ドアに一礼した。
「あなたの娘…天空の女神の為」
しばらく礼のまま、じっとしてから、ジャスティンはまた…廊下を歩き出した。
他の安定者は、ここにあるのは、ヴァンパイア・キラーではないかと思っている。
老獪な安定者は、言った。
「もし!ここにあるならば!魔王との交渉の切り札になる」
ニヤリと笑う老人達と違い、ジャスティンには、そう思えなかった。
もし、ここにあるなら…魔王は、奪いに来たはずだ。
それに、遮断する結界は、どこか暖かい。
「これは、女神しか使えないものだ」
ジャスティンはそう確信すると、ただ歩き続けた。
「しかし…女神は、これを手にできるのだろうか?」
ジャスティンは、まだ見ぬ天空の女神…アルテミアのことを思った。