{Spear Of Thunder}
(だってさ…)
あんな美女だよ。夢の中としてもさ。『いっしょになって下さい』って、潤んだ瞳で迫られたら、男なら誰でも、はいって言うよ。
だけど…それが、罠だったなんて。
あの時、もっと…あの潤んだ瞳の奥を覗いていたら。
指輪とピアスなんて…受け取らなければ…。
「うおおおっ!」
薄暗い空間に、アルテミアの咆哮が木霊し、周囲の空間を震わせた。彼女の周りには、何百というゾンビ達が群がっていた。
「フン」
咆哮に動じないゾンビ達に、アルテミアは鼻を鳴らすと、周囲を確認した。
ここは、現在使われていない地下街の廃墟。かつては、人々の活気で溢れていたのだろう。店舗内の残骸が、過去を物語っていた。
だけど、今やゾンビの巣と化していた。ゾンビ達には、過去の遺産など何の価値もない。ただ朽ち果てていくだけだ。
「やるか」
呟くように言うと、アルテミアの身を包む革のジャケットが、赤く燃え上がった。
そして、両手に持つトンファーを合体させると、アルテミアはブーメランのように、ゾンビの群れに投げつけた。
炎を纏ったブーメランは、次々にゾンビを薙ぎ倒し、やつらの体を燃やし尽くしていった。
「上位進化!」
ブーメランの行方を見もしないで、アルテミアが虚空を睨みながら叫んだ。
「え!?」
僕は慌てた。進化できるだけのポイントがあると、思えなかったからだ。
「多分…足りないと…」
恐る恐る告げる僕に、
「足りなきゃー死ぬだけだ!」
アルテミアは一喝すると、両手を広げた。
すると、アルテミアの足下から風が発生した。風は渦を巻くと全身を包み、そのまま竜巻のように舞い上がり、地下鉄の天井を突き破ると、地上から更なる空へ移動した。
そして、太陽の下で、身を包んでいた風を吹き飛ばすかのように、白い翼を広げた。風の中から現れた…その姿は、まさに天使だった。
ブロンドの髪を靡かせ、自ら突き破ってできた穴に向かって、空から両手を突き出した。
「あのお…。何をなさるんですか…」
「黙っとけ!どうせ、ゴーストタウンだ!」
アルテミアの手のひらから、巨大な火の玉が放たれた。その数秒後、穴から地下に飛び込んだ火の玉による爆発で、地下街どころか…眼下に広がる町並みが、地面の中から崩れ落ち、消し飛んでいった。
町が穴を中心にして、すり鉢状に抉れていき、さらに奥からマグマが噴き出した。
一瞬にして、視界に映る範囲がすべて…火の海と化した。
「や、やりすぎだ!」
僕はその様子を見て、嘆きの声を上げた。
「ゾンビの大群やるだけで、町一つ破壊って…どこぞのクソゲーより酷い」
「何それ?てめえの世界のことなんて、知るか!」
アルテミアは、炎の海に一瞥をくれると、空中で背を向けた。
炎の海から、ブーメランが飛び出してきて、2つに分離すると、アルテミアの腕にトンファーが戻った。
「大したポイントにならなかったな」
アルテミアは胸の谷間から、カードを取りだし、残高を見た。
「まあ〜いいか」
すぐに胸元に差し戻すと、アルテミアは翼を広げ、一瞥もせずに空を疾走する。 その姿は、天使の姿をした…悪魔だ。
彼女の名は、アルテミア。 僕が住む世界とは違う世界に住む…人間だ。
夢の中で、彼女に告白という騙しにあった僕は…異世界に来ることになってしまったのだ。
その世界は、ブルーワールドと言われていた。
僕の世界よりも美しく綺麗な世界。
だけど、そこは…人間が支配する世界ではなかった。
人間の天敵…魔物がいたのだ。