追憶
「あ、あかほしいいいい!!」
一瞬だった。
実世界からブルーワールドに戻ったあたしと赤星を襲った刃は…胸を貫き、命を奪った。
「赤星!」
精神を交換していたあたしは、為す術もなく…彼が殺されるのを、部外者として見ていた。
刺される寸前の彼の目は、絶望と懺悔をやどし…凍りついていた。
彼は…死んだことすら知らないかも知れない。
殺される前に、彼は死んでいた。
「モード・チェンジ!」
ピアスの中から叫んだあたしは、彼を刺した目玉の魔物を一刀両断で斬り裂いた。
「妖魔!?」
そいつは、精神攻撃を得意としていた。
妖魔は、彼に何を見せたのか。
あたしには、それが…わかっていた。
彼に断末魔の叫びは、なかったが…断末魔の囁きはあった。
「綾子…」
その名を聞いた瞬間、あたしはたった一秒…固まってしまった。
その遅れが…まだ完治していなかった心臓を貫き、彼を殺したのだ。
「くっ」
あたしに戻っても、心臓の痛みは残っていた。
しかし、死ぬ訳にはいかなかった。
何故ならば…本当に死ぬべきは、あたしだったから。
彼の死から数週間後、魔王軍は人類に向けて総攻撃を開始した。
「赤星…」
アルテミアは、中身のないピアスを握り締めた。
風が強い海岸線の岬に、アルテミアは立っていた。
小さな島の周りに、安全な空間はない。
空も海も…数億…数兆の魔物が埋め尽くしていた。
最後の刻は、近い。
「て、天空…女神…」
アルテミアの足許に、血だらけの兵士が横たわっていた。
「お前の言う通り、生き残った人々は、この島に集めることができた。しかし、防衛軍は全滅!皆、勇敢に戦い、戦死した!我々は!」
「もう…いい」
アルテミアは、兵士を見ることなく呟くように言った。
「我々は!人間を守る為に!」
「…」
「頼む…人間を…」
「ああ…」
アルテミアが頷いた時には、兵士は絶命していた。
「いくぞ…」
アルテミアは兵士を見ることなく、一歩前に出た。すると、回転する二つの物体が、どこからか飛んできた。
それを掴むと、二つを合体させ…一本の槍とした。
「A Blow Of Goddess…」
槍を脇に挟むと、アルテミアは腰を屈めた。
女神の一撃。
それは、戦いの始まりを告げた。
数日後、アルテミアは敗北する。
(赤星…)
最後の力を使い、人間を集めた島を封印すると、アルテミアはそのまま…息絶えた。
「おいたわしや」
そんなアルテミアに近付き、彼女の亡骸を葬ったのは、カイオウだった。
赤星が死に、アルテミアが亡くなった時間の流れとは別の世界。
三百年かけ、赤星の魂を死ぬ前に戻したアルテミアは、再び刻の中を歩んでいた。
しかし、その刻の中でも、アルテミアは彼を失っていた。
(あたしは、弱い)
アルテミアに、終わった刻の記憶はない。
だけど…どちらのアルテミアも抱いている思いはいっしょであった。
喪失感。
そして、無力感。
だからこそ、彼女は動く。
後悔のないように。
阿藤美亜と名乗りながら、彼女が求めるのは、強さ。
そして、最終的には…彼である。
(例え…今のあたしを、お前が否定しょうと…)
アルテミアは廊下を歩きながら、前を睨んだ。
(あたしを否定するお前が、いる世界がいい)
アルテミアは歩みを止めない。
目的を遂げるまで。