Dark Moon編終幕 第189話 続く日々
ガンスロンによって、壊された学園内や周囲の住宅は、生き残った防衛軍によって、修繕された。
彼らが決戦の為に備蓄していた魔力の殆どが、民間の為に使われたのだ。
そして、それを指揮したのが、九鬼だった。
「生徒会長。学園の修繕は、殆ど終わりました。あとは、周囲の民間施設のみです」
屋上の端に立ち、一番被害が酷かった地区を見つめていた九鬼に、後ろから声がかけられた。
「周囲の方々を優先して下さい。学園は、なんとでもなりますから」
九鬼の言葉に、後ろに立つ美和子が頷いた。
「はい!」
九鬼に敬礼すると、屋上から出ていた。
「うん?」
美和子とすれ違い、カレンが屋上に姿を見せた。
突然の日差しに目を細めながら、九鬼に近づいてくる。
「このまま…ここの防衛軍の司令官になったら、どうなんだ」
カレンの言葉に、九鬼は苦笑した。
「あたしに、組織をまとめる力なんてありませんわ」
屋上の端から離れると、カレンのそばまで歩いて来た。
「お似合いだと思うけどな。こういうことは、本人は気付かないものさ」
カレンは、肩をすくめて見せた。
そんなカレンに、九鬼は自然と微笑んだ。
しばし、互いに見つめた後、九鬼が口を開いた。
「もう行かれるんですか?」
九鬼の残念そうな声に、カレンは視線を九鬼から外した。
「仕方ないさ。自分の無力さを知ったからな。早くこの街っていう空間から離れて、過酷な自然の中で修行しないとな…。強くなれない」
拳を握り締め、悔しさを噛み締めるカレンの気持ちは痛い程理解できた。
「…あたしは卒業まで、この地区のケアに努めます。勿論、修行はします。あたしも、強くならないと」
九鬼も拳を握り締めた。
2人とも、人間のレベルから見たら、上位にいるだろう。
だが、彼女達が戦う相手は、神レベルなのだ。人間が勝てる相手ではない。
そんな相手に、挑もうとする2人の勇者。
「また会おう」
カレンは、九鬼に右手を差し出し、拍手を求めた。
「はい。またお会いしましょう」
九鬼は、カレンの手を握り返した。
そこから、もう言葉はなかった。
繋がる手と、握り合う力が、互いを雄弁に語っていたからだ。
「じゃあな」
カレンから握手を解くと、すぐに背を向けて歩き出した。
九鬼は、そんなカレンの背中を無言で見送った。
「そうだ」
カレンは、屋上の扉の前で振り返った。
「あんたの戦い方は、あたしの師匠に似ている。ジャスティン・ゲイっていうんだ。あの人だったら、あんたをもっと強くしてくれるかもしれない」
「ジャスティン・ゲイ…」
九鬼は呟いた。なぜか…聞いたことのある名前だった。
「といっても、今はどこにいるのか知らないんだけどさ。なんせ放浪癖があるから」
カレンはため息をつくと、屋上の扉を開けた。
そのドアが完全に閉まるまで、見つめていた九鬼は、ふと空を見上げた。
「理香子…」
彼女は帰れただろうか。
そして、向こうの世界にいる仲間達。
里奈や夏希、蒔絵に桃子…そして…。
「加奈子…」
九鬼の脳裏に、浮かぶ1人の少女。
「おのれ〜!天空の女神!おのれ〜!九鬼真弓!」
すべての魔力を失い、消えそうになりながらも、タキシードの男は例の教会の中を、祭壇に向かって床を這っていた。
「最後に…我々を裏切った貴様に、呪いをかけてやるわ」
タキシードの男は、指で魔法陣を描き始めた。
「貴様にとっての災厄!そのような存在を!」
描き終わると、タキシードの男は引きつったような笑みを浮かべながら、消滅した。
と同時に、魔法陣が輝いた。
光の筒ができ、その中から....1人の茶髪の女が出てきた。
女は、辺りを見回した。
そして、祭壇の奥に飾られている肖像画に気づいた。
デスぺラードの姿が描かれている肖像画に向かって、女は何かを投げた。
デスぺラードの額に突き刺さったのは、出刃包丁だった。
「真弓!!」
苦々しく肖像画を睨み付ける少女の左手には、乙女ケースが握られていた。
大月学園から遠く離れた場所に、アルテミアはいた。
ガンスロンによって破壊された町が、修繕されていく様子を見つめながら、アルテミアは月影の力を集めた乙女ケースを握り締めていた。
「クッ」
アルテミアは顔をしかめた。
力を得る為とはいえ、アルテミアは人間を殺してしまった。
(あいつは…怒るだろうな)
アルテミアには、わかっていた。
しかし、綺麗事では強くなれない。
「例え…お前に嫌われ、お前と戦うことになったとしても…」
アルテミアは、乙女ケースを握り締めた。
「お前がいない世界なんて、堪えれない!」
頬に涙が流れた瞬間、アルテミアは翼を広げて飛翔した。
まるで、涙を隠すように。
月に向かって…ただ飛んでいった。
天空のエトランゼ
Dark Moon編
完。