第188話 他が為に
「でしゃばるな!」
理香子とアルテミアに襲いかかった魔物達は、一撃で全滅した。
アルテミアが、手刀を振るっただけで…。
「何!?」
その魔力を目の当たりにした理香子は思わず、後ろにたじろいだ。
そんな理香子を、アルテミアは横目でただじっと見つめた。
「あり得ない…。今の力は」
理香子の足が震えた。
アルテミアはそんな理香子の様子を見て、一度目を瞑ると…ゆっくりと開いた。
それから、理香子に体を向けると、おもむろに歩き出した。
「あり得ない!」
唇の端をきゅっと結ぶと、理香子は踏み留まった。
足に力を込めると、ダイヤモンドの剣を突きだした。
アルテミアはダイヤモンドの剣を避けることなく、その刀身を左手で掴んだ。
手から血が流れ落ちたが、アルテミアは気にせずに、理香子の目を見つめ続けた。
「くそ!」
びくともしないダイヤモンド剣を諦め、プラチナのブーツで神速をこえようとする前に、アルテミアの手から放たれた雷撃が、剣を伝い…理香子の体を痺れさせた。
「きゃあ!」
崩れ落ちそうになる理香子を、アルテミアは掴んでいる刀身を上げることで無理矢理立たせた。
「月の女神よ。お前は、あたしに似ている」
アルテミアは、理香子を見つめ続け、
「だけど…根本的に違う」
さらに刀身を握り締めた。
「お前は、愛する者を失った悲しみで狂っているだけだ。あたしは、違う!」
アルテミアの右手が輝く。
「あたしは、愛する者を取り戻す為に!戦っている!」
アルテミアの右手が、理香子の心臓を貫こうとする。
「例え!あたしの行為を、あいつが許さないとしても!」
正確に、心臓を貫いたアルテミアの右腕。
「な!」
「え」
しかし、貫いたのは…理香子の体ではなかった。
「間に合った…」
口から血を流しているのは、乙女ダークとなった九鬼真弓だった。
「ど、どうして…」
突然、空間を破って現れた九鬼は、理香子の前に飛び込んだのだ。
「あなたは…勘違いをしている」
九鬼は笑った。
「チッ」
アルテミアは舌打ちした。
しかし、貫いた腕を抜くことなく、逆に力を込めると、
「順番は変わったが…闇の女神の力を先に頂く」
アルテミアは剣を離すと、血塗れの手で、九鬼の首を掴み、自らに引き寄せた。
すると、九鬼の体がぶれて、2つに別れた。
学生服の九鬼は、背中から地面に倒れた。
「ど、どうしてだ…。乗っ取ったはずなのに…。なぜ意識を保ち、体を動かすことができたのだ」
アルテミアに胸を貫かれ、首を掴まれているのは、乙女ダークとなっていたデスぺラードだった。
「どうしてだ!どうしてだ!」
デスぺラードの顔が、タキシードの男に変わる。
「折角…世界を手にできるのにい!」
「それは、残念だったな」
アルテミアは笑った。
「真弓が2人!?」
理香子は戸惑い、デスぺラードと九鬼を交互に見た。
「理香子…」
九鬼の胸元も、血が溢れていた。
「真弓!」
理香子は走り出していた。
あれだけ憎んだ相手だったが、気づいた時には駆け寄り、手当てをしていた。
幸いにも、アルテミアの拳は心臓を外れていた。
理香子は、九鬼の傷口に手をかざした。
温かい光が、九鬼の傷を癒していく。
「理香子…」
九鬼は理香子を見上げ、
「中島を襲ったのは、あいつだ」
アルテミアに力を吸い取られまいと、必死に抵抗しているデスぺラードの方に顔を向けた。
デスぺラードの抵抗も虚しく、彼女の体を覆う戦闘服が消え、乙女ケースが九鬼のそばまで転がった。
「それに…」
九鬼がもう一度、理香子の顔を見ようと上を見上げた。
そして、九鬼ははっとした。
ガンスロンによって破壊させた結界が閉じだし、実世界と繋がった道も消えようとしていた。
「理香子!」
九鬼は治療の途中、上半身を上げた。
「あなたは…帰らなくちゃいけない!」
そして、理香子の戦闘服の首許を掴むと立ち上がり、九鬼は天に向けて理香子を投げた。
「真弓!」
理香子ははっとした。九鬼の顔が、思い出の中の顔と重なった。
銀色の戦士に。
「あなたは...ま、まさか!あなたが!」
空中に浮かぶ理香子が、絶叫した。
しかし、その叫びを九鬼の叫びが遮った。
「中島は生きている!瀕死の重症を負ったけど!」
「え?」
「だけど!中島はもう…人間じゃない!それでも、愛しているんなら!帰れ!」
理香子の上にある実世界への道が閉じていく。
「真弓!」
「行け!」
九鬼の叫びに、理香子は頷くと、戦闘服の背中に翼が飛び出した。
「せめて!あたしの力を!」
理香子は地上に向けて、手を差し出した。
九鬼のそばに落ちている乙女ケースに向かって。
「理香子…」
理香子の姿が、天に上がると…やがて、見えなくなった。
すると、空はこの世界の空になり、結界はもとに戻らずに、すべて砕け散った。
「月の女神は逃がしたか…」
理香子を見送っていた九鬼は、振り返った。
「まあ…いい。闇の女神の力は手に入れたしな」
結界が消えた為に周りから吹き込んでくる新しい風が、ブロンドの髪をなびかせた。
九鬼の前に立つアルテミアは、じっと見つめていた。
「アルテミア…」
九鬼は唇の端をきゅっと引き締めると、そばに落ちている乙女ケースを掴んだ。
「赤星綾子の敵!討たしてもらう」
「赤星…綾子…」
アルテミアはその言葉に、目を見開いた。
九鬼は、乙女ケースを突きだした。
「装着!」
九鬼の体を、黒い光が包む。
そして、黒い戦闘服は九鬼を包むと、色を変えた。
輝くシルバーの姿に。
まるで、酸化していた銀が磨かれたように。
「月夜の涙!乙女シルバー見参!」
九鬼は変身と同時に、ジャンプした。
月に向かって。
赤い月の下で、九鬼の体が舞う。
それも数え切れない程。
「月影!流星キック!」
分身した無数の九鬼が、蹴りの体勢で、アルテミアに向かって落ちていった。
アルテミアは目を瞑ると、両手を下ろした。
防御をまったく取らない。
無数の蹴りをすべて受けた。
「何!?」
アルテミアの後ろに着地した九鬼は、絶句した。
今放てる最強の技を放った。
それをまともに受けたのに、アルテミアは微動だにしなかった。
「クッ」
九鬼は立ち上がり、アルテミアの背中に向かって構えた。
「お前は、赤星の妹の知り合いなのか?」
アルテミアは振り返った。
「そうだ!友達だ」
九鬼は、蹴りの体勢に入る。
「そうか…」
アルテミアは振り向いた。
「!?」
九鬼は目を見張った。
その優しげな笑顔は、今対峙している九鬼の心も奪う程だった。
アルテミアはフッと笑うと、 九鬼を見つめ、
「月影に関わる人間は、すべて…己の欲望の為に、力を得ようとしている者ばかりだと思っていた。しかし」
アルテミアは、九鬼に背を向けた。
「お前のような者がいたとはな」
ゆっくりと歩き出すアルテミアの背中を見ていると、九鬼は攻撃することを躊躇ってしまう。
とても悲しく…切ない背中。
「他が為に戦う....最後の月影よ。またどこかで、会おう」
アルテミアの姿が消えた。
「…チッ…」
しばらくアルテミアの消えた空間を、見つめてしまった九鬼は、舌打ちしてみた。
しかし、なぜだろうか…悔しくはなかった。
それに、逃げられた訳ではなかった。
見逃してくれたのだ。
九鬼は銀色の眼鏡を外した。
空を見上げると、赤い月は消え…灼熱の太陽がグラウンドを照らしていた。
「え!」
「何だ…」
「何があったの?」
意識を失っていた生徒達が、目覚めた。
彼らはすぐに、目にすることになる。
戦いの跡を、傷跡を。
死んだ人達は、戻らない。
そして、生き残った者は、何があっても生きていかなければならない。
それが、誰もが持つ…平等の宿命だから。