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第187話 銀色の月

「ここは…?」


突然、視界が真っ黒になったと思ったら、九鬼は闇の中にいた。


何もない空間に立ち尽くす九鬼の前に、タキシードの男が立っていた。


タキシードの男は跪くと、


「時は満ちました。どれ程の意味のない時を過ごしたことか…」


九鬼に顔を向け、


「やっと…この時を迎えたのでございます」


懐から何かを取り出した。


それは、黒の乙女ケース。


いや、黒より黒い。


「さあ!これを手に取るのです!その時、闇の女神は完全に復活される!」


「どういう意味だ!」


興奮気味のタキシードの男に、九鬼は詰め寄った。


訝しげな表情を浮かべる九鬼に、タキシードの男は目を見開いた。


「そ、そうでしたね。今のあなた様の体には、いらぬ人格があるのでしたね」


タキシードの男は何度か頷き、自らを納得させると、


「だが、ご心配には及びません。これを受け入れれば…あなたはすべてを思い出します。もう神話の時代といわれる昔でも、鮮明に!」


タキシードの男は、乙女ケースを示し、


「さあ、早く!手に取るのです」


九鬼に差し出した。


しかし、九鬼が手に取ることはない。


「仕方がありません」


タキシードの男は頭を垂れると、乙女ケースを差し出したまま、


「あなたの頭の中に、直接話しかけましょう」


そう言って、頭を上げていく過程で、タキシードの男の姿が変わっていく。


「あなたが、何者であるか…あなた自身に、語って頂きましょう」


完全に顔を上げた時、タキシードの男の姿は変わっていた。


「な!」


九鬼は絶句した。


なぜならば、そこに…もう1人の自分がいたからだ。


「今は…九鬼真弓と呼ばれるあなたの真の名は、デスぺラード。闇の女神デスぺラードよ」


九鬼の頭の中に、直接声が届いた。


その声は、自分の声。


「教えてあげる。なぜ…こうなったのか。あなた自身の真実を」






月…。


謎の衛星。


皆既日食などを起こす月。


太陽と地球からの四百分の一の距離に浮かび、太陽の四百分の一の直径である月。


だから、地上から見る月は、太陽と同じ大きさなのだ。


月の誕生には、いろいろな説がある。


地球と一緒に創られた兄弟説。


別の場所でできた天体が、地球の引力に捕らえられた捕獲説。


地球の一部が、分裂して月になった親子説。


そして、他の惑星から来て地球の隣に落ち着いた人工天体説がある。


そのどれが…正しいかなど、たかが人間如きにわかるはずがない。


そう…わかるはずが…。


ただ…月がなければ、人は…夜に動けるはずがなかったのだ。



「人間は不憫なものよのう」


月無き夜に、音だけが聞こえてきた。


夜行性の動物が草木をかき分け、獲物を探していたのだ。


「人は…太陽が昇るまでは、闇を恐れ、ただ隠れるだけだったのに」


闇の中で話していた女が、笑った。


闇に灯りが灯ると、先程まで追われていた者の立場が逆転した。


「火を…与えたのか?人間に」


別の声がした。


「そうよ」


最初の声が笑い、


「いけなかったかしら?」


もう1人に訊いた。


「…」


だけど、こたえない。


「クスッ。心配しなくてもいいのよ。火は諸刃の剣だから」


松明を持った人間に、魔物達が襲いかかった。


「それに、あの子達も喜ぶわ」


火は消えた。


再び闇だけになった空間に、肉を食う音だけが聞こえてきた。


「火を得たことで、人間は愚かにも、闇に出てくるようになった。自分が餌になるとも知らずにね」


「…」


「だから、気にすることはないのよ。イオナ」


空も地面も意味のない空間に浮かんでいる二つの物体。


その姿を確認はできないが、人型をしていた。


「あの子達も喜んでいるわ。夜も餌にありつけてね。ハハハ!」


声を上げて笑う女に、イオナと言われた女が尋ねた。


「デスぺラード…。教えてほしい…。どうして…」


イオナは、骨まで食われている人間を見下ろし、


「どうして…人間は、あたし達に似ているの?」


イオナにとって、自分と似ている人間が食べられるのを見ることは忍びなかった。


顔を背けるイオナに、デスぺラードは言った。


「詳しくは知らないけど…人間は、あたし達になりそこねた存在らしいわ。力もない癖に、いつのまにか数だけ増えて…気持ち悪い!」


そんな説明をしていると、下から漂ってくる血の臭いに堪らなくなったデスぺラードは、空から下に降りると、逃げている人間の1人を捕まえ、首筋に噛みついた。


すると、そんな状況に気付いた魔物達がデスぺラードに襲いかかってきた。 獲物を横取りされたと思ったのだ。


しかし、デスぺラードが手刀を横に振るうだけで、魔物達は消滅した。


「あたしの邪魔をするな!下等動物が」


そんな様子を見ていたイオナの目から、無意識に涙が流れた。



また時は過ぎた。


そして、夜は闇だけではなくなった。


「イオナ!」


夜中でも、自分の形を主張できるようになった淡い光の下に、イオナがいた。


その前には、数えきれない程の魔物達がいた。


「イオナ!やめて!今なら、間に合うわ!」


デスぺラードの絶叫に、イオナは首を横に振った。


「どうして…どうしてだ!」


イオナを見て、投降する可能性がないと知ると、数万の魔物達が攻撃を開始した。


それを見て、イオナが手を上げた。


その手の上には、巨大な光る球体が。


それこそ、月であった。


今よりも地球との距離が近かった月は、赤い姿を晒していた。


イオナが手を下ろすと、彼女の後ろから人間達が飛び出してきた。


その手には、乙女ケースがあった。


月影に変身した人間達と、魔物達が激突する。


戦いを見守るイオナの前に、赤青黄緑黒ピンクの乙女ソルジャーが現れると、各々が月影達を従えて、戦線の前に飛び出していった。


イオナの体も、人間達と同じ戦闘服が包んでいた。


黄金の戦闘服。


そして、そのそばにはダイヤモンドとプラチナの戦闘服を着た人間が控えていた。


「イオナ!」


乙女ソルジャー達を蹴散らしながら、イオナに向かって来るデスぺラード。


ダイヤモンドとプラチナが道を塞ぐが、デスぺラードはものともしない。


「イオナ!」


飛びかかってくるデスぺラードとイオナの間に、誰かが飛び込んできた。


「き、貴様!」


デスペラードの飛び蹴りを、回し蹴りで受け止めたのは、銀色の戦士 。


「貴様が、イオナを!」






「うわああ!」


九鬼は頭を抱えた。


「そうよ!思い出すのよ!月の女神は、人間を愛した。そして、愛した男の為に、我々を裏切った。闇を照らす月を創り、我々と戦える力を与えた」


「そ、そんな…」


九鬼の頭の中で、戦う月影シルバーとデスぺラードは…同じ顔をしていた。



戦いは熾烈を極めた。


イオナは、自らが創った月を媒介して、時空の道を開き、元々ある世界に移るのではなく、新しい世界を創ったのだ。


ブルーワールドをコピーというか、ブルーワールドから枝別れさせたのだ。


イオナはその世界で、愛した人間の子供を育てることになる。



「許さない!」


そんな世界に、裏切り者を逃がす訳にはいかなかった。


イオナの創った世界を破壊しょうとしたデスペラードの前に、月影シルバーが立ちはだかった。


彼は、月の力を使う月影の宿命にからなのか...まるで、女のように見えた。


月影シルバーは、デスペラードと戦った。


しかし、善戦虚しく…デスペラードに敗れる寸前、戦いに割って入ったイオナと力を合わすことにより、デスペラードを倒すことができたのだ。


だが、その代償は大きかった。


イオナは、ブルーワールドを去る際に裏切り者として、父親である魔王の呪いをかけられた。


彼女は人のように寿命を持つようになり、次に生まれる時は、人からしか生まれることはできなくなった。


それに、女神としての記憶も十七歳をこえないと目覚めることはない。


しかし、彼女は、王の呪いがかかる前に、ほとんどの力を…戦いで残った乙女ケースに残した。


デスペラードと戦った月影シルバーは、彼女の魂を自らの乙女ケースに封印することに成功すると、息を引き取った。


そして、戦いに敗れたデスペラードも魔王の呪いがかけられた。


その呪いとは、魂とわけられた彼女の肉体を、人間の遺伝子の中に封印したのだ。



イオナが創った世界は、魔王により寸断され…数えきれない時空の糸の中に埋もれた。


デスペラードの肉体も、その寸断された世界の人間の中でさ迷うこととなった。


だけど、月だけは…魔王の力を避けるように…地球から離れた。


切断された世界と唯一つながりながら、輝き続けることとなった。


デスペラードの魂が封印されたシルバーの乙女ケースも、魔王に封印を施され…月に残された。


魔王の封印は、タキシードの男の罠で九鬼が解いてしまった。



イオナが創った世界に、魔王はいなかった。


しかし、ブルーワールドをコピーしたからだろうか…。


魔物はどこから…生まれた。 それだけではない。デスペラードの眷属も、彼女の仇を追ってイオナの世界に潜り込んだ。闇という存在になって。


殆どの魔力を失いながらも、イオナは寿命が尽きる前に残りの力で、自らの孫達を守る為に、新しい乙女ケースを創った。


それが、実世界で九鬼が使っていたものである。


時とともに、転生を繰り返していたイオナは、十七歳になる度に…絶望するようになった。


愛する人のいない世界に。


女神としての美しさが、変わらないイオナは、転生する度に数え切れない程の告白を受けた。


時の帝の時もあった。


だが、彼女は誰も好きになれなかった。


そんなイオナが、相原理香子として転生し…やっと好きになれたのだ。


中島は…イオナの愛した男と魂が似ていた。


神話の時代より待った男に。


しかし、この男は殺されたのだ。



「あたしとイオナは、双子だったの。まったく似てないけどね。属性も」


九鬼の前に立つ…デスぺラードは頭を抱えている九鬼を見下ろし、


「やっと見つけることができた…あたしの肉体」


にやりと笑った。


「九鬼真弓…。あなたが、人並み以上に鍛え、研ぎ澄ましたことにより…見つけることができたのよ。感謝するわ」


デスぺラードは、九鬼に手を伸ばした。


「あたし達が、融合すれば…すべてが上手くいくわ!この世界を手に入れることもできるはずよ!」


「クッ」


九鬼は顔をしかめた。


「さあ!あたし達に罰を与えたお父様も、先代の魔王に滅っせられた!今の魔王もいない!」


デスぺラードは興奮していた。


「幾多の時を経て、人間の闇を浴び続けたあたし!あなたの肉体を媒介にし、あたしと融合すれば!月の女神も、天空の女神も超える最強の女神になることができる!」


「断る!」


九鬼は、デスぺラードの手を払った。


すぐに立ち上がると、


「闇の力に頼ることはしない!」


デスぺラードを睨み付けた。


「そんなことを言っていいのですか?」


九鬼の後ろに、タキシードの男がいた。


「月の女神が殺されますよ。天空の女神に」


「何!?」


驚き振り返った九鬼に、タキシードの男はにやりに笑った。


「今の天空の女神に勝てるのは…あなただけです」


九鬼の頭に、アルテミアと対峙する理香子の姿が映った。


「どうされますか?九鬼真弓様」


タキシードの男は頭を下げると、九鬼に向かって手を差し出した。そこには、乙女ケースがあった。


「チッ!」


九鬼は舌打ちすると、迷いを断ち切るように、タキシードの男を奪い取った。


「そうです!それでいいのです!」


タキシードの男は、両手を広げた。


デスぺラードも笑うと、九鬼の体に後ろから重なった。


「うぐぅ!」


九鬼が嗚咽すると、手にした乙女ケースから闇が溢れ出し、全身を包んだ。


「ついに来たのだ!神話の時代より、待ち続けた…復活の時!今こそ!光は、闇に消されるのです!」


一度…ガクッと膝を落とした九鬼は、ゆっくりと立ち上がった。


乙女ブラックに似たその姿は、闇よりも黒く禍々しい色をしていた。


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