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第183話 最後の煌めき

優を連れて、戦線から離脱した九鬼。


乙女ブラックの足を最大限に使い、一気に町の端まで来た。


結界がある為、そこから向こうには行けない。


一応、結界に蹴りを叩き込んだが、ビクッともしない。


九鬼は、結界のそばに優をおろした。


胸に穴があいた優に手を当て、ムーンエナジーを流し込むが、穴を塞ぐことはできない。


「無駄ですよ」


後ろから声がした。


「彼女は負け…月影の力を失いました。それに、心の底で敗北を認めたのです」


九鬼はその声を無視して、ムーンエナジーを注ぎ続けた。


「この戦いに参加した者の運命は、勝利か…敗北のみ。そして、敗者には死を」


優の体が消えていく。


まるで、ムーンエナジーと同化するように…。


九鬼ははっとして、かざしていた手を離した。


しかし、優の消滅は止まらない。


「高木さん!」


九鬼の叫びも虚しく、優は…消滅した。


「クッ」


九鬼は顔を逸らした。


そして、ゆっくりと立ち上がると踵を返し、 再びもと来た道を引き返そうとした。


「どこにいく…おつもりですかな?今のあなたが行っても、乙女ブラックの力を奪われ、殺されるだけですよ」


先程から声をかけていたのは、タキシードの男だった。


「クッ!」


九鬼は唇を噛み締め、一度は足を止めたが、すぐに立ち去ろうとした。


そんな九鬼の背中に、タキシードの男が叫んだ。


「闇を受け入れるんです!」


九鬼はジャンプしょうとした体勢で、動きを止めた。


「闇を切り裂く刃ではなく…闇で切り裂く刃となるのです!さすれば、あなたは!」


「チッ」


九鬼は、動きを止めてしまった己に舌打ちすると、月に向かってジャンプした。


アルテミアと戦う為に。



「チッ」


今度は、タキシードの男が舌打ちした。


「どこまでも愚かな女よ」


もう見えなくなった九鬼の背中を睨み、


「おのれえ〜!九鬼才蔵!貴様に育てられた為にいい!」


タキシードの男は苦々しく、唇を噛み締めた。





最速のスピードで、九鬼は教会を目指す。


月の明かりに照らされて、乙女ブラックの戦闘服が淡く輝いた。


「アルテミア!」


九鬼は前を睨んだ。


今の自分では、勝てる相手ではない。


しかし、そんなことが…戦わない理由にはならない。


「例え!一撃でも!」


アルテミアに叩き込む。


それが、九鬼が向かう理由だ。


「とお!」


屋根や屋上をつたいながら、最短距離で来た九鬼は、教会の前に飛び降りた。


「うん?」


教会は半壊しており、戦いの凄さを物語っていた。


闇に憑依されていた人々の死骸が転がっていたが、 月の明かりを浴びている為、ゆっくりと蒸発していくのがわかった。


「全員…倒したのか?」


九鬼は気を探りながら、辺りを彷徨く。


「気を感じない…」


生きている人の息吹きも、闇の波動も感じない。


それよりも、アルテミアの圧倒的な魔力を感じない。


「遅かったか」


九鬼が悔やみながら、拳を握り締めていると、 教会の方から、がさがさと音がした。


「誰だ?」


一気にジャンプして、音がした方へ降り立った。


いつでも、蹴りが放てる体勢をとりながら、近づいていく。


音は、教会の横から聞こえて来る。


ムーンエナジーを右足に集中すると、九鬼は教会の横に滑り込んだ。


回し蹴りを放とうとしたが、九鬼は途中で足を止めた。


「ううう…」


教会の横にあるゴミ置き場のそばで、踞り…目をつぶって耳を塞いでいる少女がいた。


少女の着ている制服は、大月学園のものだった。


九鬼は、分厚い牛乳瓶の蓋のような眼鏡をかけた…女生徒を知っていた。


九鬼は足を下ろすと、女生徒がこちらを見ていないのを確認し、眼鏡を外した。


すると、変身が解け…女生徒と同じ制服姿になった。


「阿藤さん!どうして…ここに?」


踞っているのは、阿藤美亜だった。


仔猫のように震えている美亜の肩を、身を屈めた九鬼が掴んだ。


九鬼に体を揺らされて、美亜は恐る恐る目を開けた。


「九鬼様…」


九鬼の顔を確認すると、安心したのか…微笑んだ。


そして、


「ば、化け物が…」


気が緩んだのか…そのまま、意識を失った。


カクンと落ちた首を支えるように、九鬼は美亜を抱き締めた。


「阿藤さん!」


どこにも外傷がないことを確認すると、九鬼は安堵のため息をついた。


「これは…あなたがやったのかしら?」


突然、後ろから声をかけられ、 九鬼は絶句した。


まったく気配を感じなかった。


「何!?」


慌てて振り向こうにも、後ろから首筋に差し込まれた冷たいものが、九鬼の動きを封じていた。


「あまり見ないうちに…強くなったの.....それとも、弱くなったのかしら?」


九鬼はその声に、聞き覚えがあった。


「すぐに、殺したらどうですか?お姉さま」


九鬼の前に、リオが現れた。


「そうね〜」


後ろにいる者は、笑った。


首筋に差し込まれたものは、鋭い刃だった。


九鬼の首筋に触れるか…触れないかの距離を保っていたが、


「すぐに、殺すのもいいけど…。その前に、きかないとね」


刃が首筋に当たった。


「闇の女神について」


刃に力がこもった刹那、九鬼は力に逆らうことなく、中腰の体勢で回転した。


「な!」


美亜を抱き締めながら、刃の動きよりも速く、首を後ろに曲げながら回転することで、後ろにいた女の足を払った。


バランスを崩す女。


「お姉さま!」


九鬼は右腕で美亜を抱き締めながら、左手を地面につけると、それを支点にして、右足を突きだした。


「きゃ!」


リオには似合わない…かわいい声を上げて、ふっ飛んだ。


蹴りの体勢から、全身を曲げてジャンプすると、九鬼は立ち上がった。


「装着!」


ブラックの乙女ケースを突きだした。


「な、舐めるよ!」


思わず悲鳴を上げた自分を隠すように、リオは九鬼を睨んだ。


「装着!」



「フッ」


一瞬の内に、自分の刃から逃げて見せた九鬼の動きに、女は口元を緩めた。


「流石ね」


黒い鱗のような鎧を身に纏ったような姿をしていた女の姿が変わる。


防衛軍の司令官の制服を着た姿になった…女の名は、佐々木神流。


「装着…」


神流は、イエローの乙女ケースを突きだした。



「とお!」


変身と同時に、上空に向けてジャンプした九鬼は、気を失っている美亜を教会のそばにある民家の屋根に横たえると、そのまま飛び降りた。


「乙女ブラック!」


乙女ダイヤモンドになったばかりのリオに向かって、九鬼の膝が死角から襲い掛かる。


「後ろよ」


神流の声に、振り返ったリオの顔面に九鬼の膝が突き刺さった。


「うぎゃあ!」


蛙を踏み潰したような声を出したリオ。


九鬼は顔面に右膝を突き刺さしながら、左足でリオの腹を蹴った。


ダイヤモンドの硬度をもつ…リオの戦闘服は、踏み台にちょうどよかった。


九鬼はリオの体を利用して、神流へと飛んだ。


空中で、体を捻ると、


「ルナティックキック!」


鞭のようにしなった足が、神流に襲い掛かる。


「フン!」


神流は鼻を鳴らすと、両腕で首をカードした。


首筋を狙う…レッグラリアットであるルナティックキックの軌道を読んだ攻防だった。


「その技は、知っている!」


九鬼のすねを、腕で受けた神流が…にやりと笑おうとして、絶句した。


「な!」


なぜなら、ガードごとふっ飛ばされたからだ。


「パワーが上がっている!?」


前に戦った時とは比べものにならない蹴りの威力に、驚いている暇はなかった。


今度は、神流のガードしている腕を支点にして、九鬼は再びジャンプすると、回転した。


「ルナティックキック!」


そして、


「零式!」


再び蹴りを放ったのだ。


ふっ飛んだことで緩んだガードの隙間を、真っ直ぐに突きだされた足が貫く。


「ルナティックキック三式!」


さらに、体を回転することで、ドリルのようになった九鬼の体が隙間を抉る。


鋭さを増した足から脱出する為に、神流は体を横にスライドされた。


神流の横髪と頬を切り裂いて、回転する九鬼の足が神流の後ろの地面に突き刺さった。


「チッ!」


頬から流れる血を気にする暇もなく、振り向いた神流の目に、突き刺さった足を支点にし、回転力を利用してさらに鋭さを増した回し蹴りが映る。


ピシッ。


空気が破裂する音がした。


音速を超えた九鬼の蹴りが、神流の首筋に炸裂したのだ。


ガードする暇もなく、蹴りを喰らった神流は再びふっ飛んで、地面に転がった。


変身が解ける。


「お姉さま!」


リオが、神流と九鬼の間に割って入る。


「よくも〜お姉さまを!」


怒りに震えるリオが、九鬼に襲い掛かる。


「死ねえ!」


ダイヤモンドの拳が、九鬼に迫る。


しかし、冷静な九鬼はそれを片手でいなすと腰を下げ、リオの足を払うと同時に、体を内側に押し込んだ。すると、肩でリオを担ぐ格好になる。


そのまま、腰を上げると回転し、リオを頭から垂直に落とした。


「ぐわ!」


リオは頭から、地面に叩きつけられた。


一連の動きは滑らかで、九鬼はほとんど力を使っていない。


「お、おのれえ!」


受け身を取ることができなかったリオは、全体重を首を受けたことになった。


首を押さえ、立ち上がった時には、九鬼は目の前にいなかった。


「どこだ!」


リオが周囲を見回した。


「上だ!」


再び乙女ケースを掴んだ神流は、上空を見上げた。


「上!?」


神流の言葉に、見上げたリオの瞳に、猛スピードで落ちてくる光の玉が見えた。


「ヒイイ」


その迫力に、リオが無意識に後退ると同時に、光の玉は鼻先を通過し、地面に激突した。


光の玉の正体は、九鬼の足元だった。


地面に炸裂した瞬間、リオの周囲がひび割れ、さらに爆発し、飛び散った。


巨大なクレーターができた為、リオはバランスを崩し、その中へ落ちていった。


そばにある教会の地盤がゆるみ、建物が傾いた。


「こ、これ程の力…いつのまに…」


神流が驚いていると、目の前に飛び蹴りの体勢の九鬼が現れた。


「何!?」


変身している暇はなかった。


神流は、自らの肉体を硬化させた。


魔獣因子を持つ神流は、人間ではなくなることができた。


魔物となった神流の肉体に、九鬼の蹴りがヒットした。


首から下を覆う…黒い鱗が割れた。


「き、貴様は…一体?」


神流は、攻撃を終えるとすぐに距離を取って構える九鬼を見つめた。


神流の魔力を感じ、まだ底を見せていないと悟っていた九鬼は、ある程度のダメージを与えたことを確認すると、間合いを取ることにしたのだ。


それに、一番の狙いだった…乙女ケースを奪うことは半分成功していた。


九鬼の攻撃によって、イエローの乙女ケースが、神流の手から落ちていたのだ。


「チッ」


神流は、舌打ちした。


「…」


九鬼は、神流に注意しながら、横目で乙女ケースを見ていた。


少しの沈黙の後、2人は同時に動いた。


乙女ブラックのスピードが、九鬼を一瞬で乙女ケースのそばまで移動させた。


手を伸ばし、取ろうとした時、


「は!」


神流の爪が伸び、九鬼の手元を串刺しにしょうとした。


「チッ」


今度は九鬼が舌打ちすると、乙女ケースを掴む間もなく、後ろにジャンプした。


アスファルトに突き刺さる爪。


九鬼は地面に足がつくと同時に、神流に向かってジャンプした。


「何!?」


驚いた神流がもう片方の腕を突きだした。


爪が、九鬼を狙う。


しかし、空中で身をよじった九鬼は、伸びてくる爪をかわした。


「いくぞ」


九鬼は神流を睨んだ。


そして、回転すると、爪の上に乗った。


「ルナティックキック!」


爪の上で助走をつけると、九鬼はもう一度、飛んだ。


「ま、間に合わない!」


両手の爪を伸ばし攻撃した為、神流はカードすることができなかった。


九鬼のしなった足が、神流の首筋に叩き込まれた。


「ぐはっ!」


魔物化したとはいえ、一番皮膚の柔らかい首を強打され、神流は吐血した。


片膝をつき、倒れる神流から、九鬼は離れると、


「あたしは…自ら望んで人でなくなった者には、容赦しない!」


月に向かってジャンプした。


「喰らえ!」


空中で反転し、足を月に向けると、ムーンエナジーを吸収する。


「月影キック!」


その足を真下に向け、まるで流れ星のように、真っ直ぐに落ちてくる。


「お姉さま!」


誰もが、神流の頭上に蹴りが決まったと思った瞬間。


「何!?」


九鬼は驚愕した。


天から繰り出した月影キックが決まったのは、神流ではなかった。


神流の体に覆い被さったリオの背中だった。


「我が…ダイヤモンドの体に、傷を…」


月影キックが決まった辺りから、戦闘服にひびが入っていた。


「よくやったわ!リオ」


神流は口から血を垂らしながら、笑った。


「乱れ包丁!」


突然、九鬼の周りに無数の包丁が現れた。


「死ね!」


一斉に襲いかかってくる包丁。


「チッ!」


九鬼はリオの背中を蹴ると、前方にジャンプした。


「逃がすか!」


覆い被さっているリオを退けると、いつのまにか乙女ケースを回収したのか…乙女イエローが登場した。


「乱れ包丁!五月雨!」


包丁の数が増え、まるで雨のように上から降ってくる。


「串刺しになりな!」


神流は、大きく口を開けて、笑う。


しかし、次の瞬間…目を疑った。


「何!?」


すべての包丁が、空中で切り落とされたからだ。


「馬鹿な…この技は!」


驚く神流の死角から、回転する2つのリングが現れ、肩や背中を切り裂いた。


「は!」


驚いている神流の目の前に、巨大なリングを手にした九鬼が迫ってきた。


そして、顔面を切り裂いた。


眼鏡は切れなかったが、神流の頬に傷が走る。


「乙女スフラッシュ…グリーンの技!?」


神流の前で一回転すると、腕を十字に払った。


すると、リングは手から離れ、再び神流に襲い掛かる。


「なぜ…お前が!」


驚く神流の目は自然と、リングの動きを追う。


九鬼の狙いは、それだった。


九鬼は軸足に力を込めると、気合いを入れ、


「フン!」


回し蹴りを神流のこめかみに向けて、振り抜いた。


「な!」


視界の端…見えないところから、膝下を曲げ、鞭のように振り抜いたのだ。


普通の人間なら、風圧で鼓膜が破れているところだが、神流の場合は前のめりに倒れ、両膝をアスファルトにつけるだけだった。


「貰った!」


九鬼は、蹴り抜いた足を地面につけると回転し、別の足で下から上を蹴り上げた。


「お、お姉さま…」


神流がかけていた眼鏡が、宙に舞う。


九鬼はそれを掴むと、


「この力は、人を守る為にある。お前のような者が使うものではない」


イエローの眼鏡を握り締めた。


「クククク…」


顔から地面に落ちる寸前、神流の動きが止まった。


含み笑いをもらしながら、神流はゆっくりと顔を上げた。


「それは、違う!力は、持った者の自由!それをどう使おうが、あたしの自由だ!」


神流の姿が変わる。


全身の鱗が外れると、黒豹を思わすしなやかな体躯に変幻し、顔も口が伸び…人間のようではなくなる。


前だけでなく、左右も見れるように、横に広がった目は鋭さも増した。


「返せ!その力!」


神流は四つ足になり、九鬼に襲い掛かる。


「月影というヒーロー!そのヒーローに、殺される時の人間の顔!」


自分に殺された人々の表情を思い出す。


「安定者という…地位を得て、下の人間を処分する時の快感!」


耳まで裂けた口に、鋭い牙が並んでいる。


「弱き者をどうにでもできるのが、強者!力ある者は、力無き者よりも、自由がある!奪う自由がな!」


「違う」


九鬼はジャンプした。


「何が違うか!それが、力!それを否定するならば!お前はなぜ、力を使う」


神流は、空中に飛び上がろうとする九鬼の足を狙う。


「それは、弱き者を守る為だ!力ある者は、無き者を守る責任がある!」


「戯れ言を!金ある者が、金無き者に与えるか!そんな偽善!人間の本性の前では、崩れ落ちるわ!」


「だとしても!」


九鬼は、ジャンプの軌道を変えた。


上ではなく、前に飛んだ。


「な!?」


神流の下に潜り込む形になった九鬼は、両手を地面に付けた。


「人の本質が、善でなかったとしても!」


九鬼は腕を曲げ、倒立の形を取った。


「人は、善を知り!善に憧れる!それが」


そして、腕の力だけでなく、全身を曲げると、バネのように突き上げた。


「我々月影のようなヒーローをつくる!」


神流の腹に、九鬼の足が突き刺さった。


「ルナティックキックニ式!」


「ぐわああ!」


神流は、くの字に体を曲げて、さらに空中に飛び上がった。


九鬼は再び、手から地面に着地すると、反転し立ち上がった。


「力は…善にも、悪にもなる!しかし、力ある者は責任を背負う!」


九鬼は右足が輝いた。


「はっ!」


気合い一閃。


九鬼の回し蹴りが、落下してくる神流の顔面を蹴った。


「馬鹿な…」


吹っ飛んだ神流は、地面を抉りながら、転がった。


「あたしは…」


魔獣の体で、ふらつきながらも、立ち上がる神流。


「安定者…。そして、人間を超えた存在…。なのに!」


前を見た時、九鬼の右足が目の前にあった。


「こんな小娘に!」


「月影キック!」


九鬼の足が、神流の胸を貫く。


足だけではなく、九鬼の全身がムーンエナジーで輝いた時、九鬼の体は神流の体を通り抜けていた。


後ろに着地した九鬼に、小刻みに震えながら振り返った神流が訊いた。


「お前は…何者だ?」


その問いに、ゆっくりと立ち上がった九鬼がこたえた。


「闇夜の刃…乙女ブラック」


神流を見ずに、言葉を続けた。


「そして…責任を背負う者だ」


九鬼はもう振り返らなかった。


「お姉さま!」


リオの言葉も虚しく…土手っ腹に穴が開いた神流は、どこからかカードを取り出した。


「あたしは…安定者…」


それは、ブラックカードだった。


しかし、カードシステムは崩壊していた。


土手っ腹にカードを当てても、治癒魔法は発動しない。


「お、おのれ…」


神流はそのまま…前のめりに倒れた。


「よくもお姉さまを!」


ふらつきながらも、拳を握り締めたリオが襲い掛かる。


後ろから、ゆっくりと離れていく九鬼の背中を狙う。


「許さない!」


ダイヤモンドの拳が、九鬼の背中に突き刺さるより速く…リオの背中に、光のリングが突き刺さっていた。


先程、破壊された部分に突き刺さったリングが回転し、食い込む。


「い、いつのまに…」


あまりの痛みで、リオは気を失った。


と同時に、背中のリングは消えた。


九鬼は決して、振り返ることなく…教会のそばから離れていった。






「あれが…九鬼真弓…」


屋根の上から、美亜が飛び降り、神流のそばに降り立った。


「フン」


鼻を鳴らすと、九鬼の消えた方を睨み、


「甘いな…。それに、まだ未熟。まだ…熟してはいない」


と言うと、口許をゆるめた。


「それにしても…」


ゆっくりと視線を下ろすと、倒れている神流を見た。


「役立たずね」


神流の体を蹴り起こした。


土手っ腹に開いた穴が、少し小さくなっている。


「折角…助けてやったというのに」


美亜が穴に向かって、手を伸ばすと、 再生能力が止まり…逆に、崩壊していく。


「まあいい…。お前の役目は終わった。月影のイメージを変え、人々に恐怖を植え付けた」


消滅していく神流から、顔を見上げ、上空の月を見た。


「美しき…月。しかし、そなたが、闇に染まる時…巨大な力が生まれる」


美亜は、手を月にかざし、


「その力は…あたしが貰う!誰よりも強くなる為に」


「うん?」


月に手をかざした後、倒れているリオのそばに行こうとした美亜は、足を止めて顔をしかめた。


「チッ」


軽く舌打ちすると、再び屋根に向けて、ジャンプした。





「阿藤さん!」


慌てて戻ってきたのは、変身を解いた九鬼だった。


少し戦いに集中し過ぎて、美亜のことを忘れていた。


戦いの場に戻ってきて、九鬼は眉を寄せた。


気を失っているリオに変化はないが、神流の体が粒子化し、消えていっているのだ。


「こいつも…闇と同じで、消滅するのか…」


魔獣因子を発動させた神流の最後を、九鬼はこう理解した。


消えていく神流の体に、手を合わすと、九鬼は乙女ブラックに変身して、屋根に向かって飛んだ。


瞬き程の速さで、美亜を抱えて着地すると、眼鏡を外し変身を解いた。


ゆっくりと歩き出す九鬼は、リオのそばで足を止めた。


リオの手元に転がる…ダイヤモンドの乙女ケースに気付いた。


しばし見つめた後、九鬼は美亜を抱えたままでしゃがみ、乙女ケースに手を伸ばした。


しかし、乙女ケースは突然、何かに引き寄せられるように、九鬼の手から逃げた。


飛んでいく乙女ケースの先を、九鬼は睨んだ。


「理香子!」


いつのまにか、教会の前に理香子がいた。 じっと九鬼を睨んでいた。


「装着」


理香子が呟くように言うと、乙女ダイヤモンドに変身した。


「理香子!」


ダイヤモンドの拳を突き出し、襲い掛かかろうとする理香子と九鬼の間に、誰かが割って入った。


「早まるな」


九鬼に背を向け、理香子の前に立ちはだかるのは…兜だった。


「まだ…満ちていない」


理香子の拳が、兜の鼻先で止まる。


「月が満ちていない」


兜と理香子の上空にある月は、まだ満月ではなかった。


「クッ」


理香子は顔をしかめると拳を下げ、後ろに下がった。


すると、変身が解け、学生服の理香子に戻った。


理香子は無表情になると、踵を返し、兜や九鬼に背を向けて歩き出した。


「理香子!」


後を追おうとする九鬼に、振り返った兜が制した。


「やめておけ!」


妙に迫力のある兜の声に、九鬼は足を止め、構えた。


そんな九鬼の動きに鼻を鳴らすと…兜は前を向き、歩き出した。


「まあ…どちらかが死にたいなら…別にいいがな。折角、戻れるかもしれないのに」


「どういう意味だ」


九鬼は構えを解いた。


兜は足を止めず、


「私達の世界に戻れるかもしれないと言っている」


「何?」


兜はフッと笑い、


「お前と相原の決着は、向こうの世界でも構わないだろう?」


「も…戻れるのか?」


九鬼がいた実世界に。


しかし、九鬼は複雑だった。


この世界から、消えていいのか。


月影…乙女ブラックである自分にやることはないのか。


一瞬の間で、そこまで自問自答した九鬼に、兜は言った。


「明日だ」


兜は足を止めた。


「明日…月の道が開く」


「月の道?」


「その為には、すべての乙女ケースが同じ場所に揃わなければならない」


「待て!すべての乙女ケースだと!」


「心配するな」


兜は九鬼に見られないように、にやりと笑った。


「揃うよ」


「待て!」


美亜を抱いたまま、兜を捕まえようと手を伸ばした九鬼の目の前で、唐突に兜が消えた。


虚空を掴んだ九鬼は、絶句した。


しかし、兜はもう…どこにもいなかった。


「くそ!」


九鬼は、掴み損ねた拳を握り締めた。


「すべての乙女ケースだと!」


九鬼は、先程奪ったイエローの乙女ケースを確認した。


握り締めた拳の中に、イエローの乙女ケースが現れた。


九鬼のもとには、ブラックとイエロー。


そして、理香子には…プラチナとダイヤモンド。


カレンは、レッド。


行方不明になったのが、グリーンとブルーとピンク。


あと見つかっていないのが、ゴールドとシルバーだ。


「すべて…集まる」


信じられなかったが、兜がいうからには、確信があるのだろう。


そして、


「月の道…」


それが一番…謎だった。

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