第17話 人
三方向から放たれた雷撃は、真ん中で交わり、スパークした。
しかし、当たるべき目標物は、遥か上空に逃れていた。
フラッシュモード。
スピードと俊敏さを増したアルテミアは、なんとか空中に逃れたが…舌打ちした。
「あたしが、逃げる?」
雷撃を恐れた自分自身への歯痒さに、歯を食いしばったアルテミア。しかし、その後方に、アルテミアより速い影が…。
「アルテミア!」
気配に気づいた僕が、叫んだ。
「なっ」
驚きながらもアルテミアは体を一回転し、体勢を変えると、
「モード・チェンジ!」
パワーを増したストロングモードにスイッチした。
短髪に、黒革のボンテージ姿の肉弾戦用の姿になったアルテミアは身を捩ると、拳を突き出した。空中で放った右ストレートは、突然現れたサラに届く前に、2人の間に現れたギラに、軽く片手で受け止められた。
「おいたわしや」
ギラの目に涙が、浮かんだ。
「な…な、なめるなあ!」
絶叫したアルテミアの体がまた、変わった。
「モード・チェンジ!」
赤いジャケットを羽織った…ファイヤーモード。
炎の蹴りが、ギラの脇腹に叩き込まれる。
しかし、ギラは平然と蹴りを受け、アルテミアをただ…涙して見つめた。
「今のあなたのモード・チェンジは、魔神クラスには、通用しない」
いつのまにか、後ろに回ったサラは、手のひらを開いて、アルテミアに向けた。
「サラ・ブレイク」
サーシャに付けられた傷痕が残る手のひらから、雷撃が放たれた。
「しまった」
アルテミアは反転しょうとしたが、ギラも構えた。
「ギラ・ブレイク!」
至近距離からの同時攻撃。
「アルテミア!」
直撃は、免れない。
僕は、叫ぶことしかできなかった。
「何!?」
「チィ」
ギラとサラの放った雷撃は、アルテミアの前と後ろに、割って入ったものに弾かれた。
「チェンジ・ザ・ハート!」
僕は、喜びの声を上げた。
回転する2つの物質は、雷撃を防いだ後、合体し、大きな足場となった。
「だったら!」
アルテミアは、チェンジ・ザ・ハートを両足で弾き、さらに上空にジャンプした。
「モード・チェンジ!上位進化!」
ジャンプしながら、アルテミアの姿が変わった。
白い翼を広げたエンジェル・モード。
「それから!」
差し出したアルテミアの手に、槍タイプに変わったチェンジ・ザ・ハートが、飛び込んできた。
「A Blow Of Goddess!」
必殺の女神の一撃の体勢に入った。
「翼を捨てたあなたが、今更…」
アルテミアは技の発動寸前に、耳元で声が聞えた為、絶句した。
思わず、動きの止まったアルテミアの二枚の翼が、一瞬にして切り取られた。
「このような…偽りの翼」
アルテミアは翼を失い、地面に向けて落下していった。
上空で、その様子を見つめるのは、バイラだった。
バイラの手刀が、翼を斬り裂いたのだ。
落下の瞬間、チェンジ・ザ・ハートを地面に突き刺した。しなったチェンジ・ザ・ハートで、落下の衝撃を吸収し、アルテミアは地面に着地した。
エンジェル・モードは解かれ、激しく息をしながら、アルテミアは片膝を地面につけた。
胸元から、カードを取り出し、回復系の魔法を発動させた。
「哀れなり」
アルテミアの後ろにギラが、右斜め前にサラが、左斜め前にバイラが、下り立った。
「そのようなもの…。あなたが、天空の女神であり続ければ、無用だったものを」
「うるさい!」
アルテミアは、立ち上がった。
肉体的ダメージは回復したが、精神的な疲労感が取れない。
「そう言えば…このカードシステムは、あなたのお母上…ティアナ様が、お作りになったものでしたな」
バイラは、アルテミアの持つカードを見つめた。
「ライ様を裏切り、人にこのようなものを与え」
サラが、カードを蔑むように見つめ、
「最後は…裏切り者の末路…哀れなり」
ギラが嘆いた。
「お母様の悪口!許さない!」
アルテミアは、バイラに飛びかかろうとした。
「フン」
バイラは手のひらから気合いを発し、アルテミアを吹き飛ばした。
地面に転がるアルテミアを、魔神達は悲しげな表情で見下ろした。
「母のように、なりたいのですか?」
「女神の力を捨て」
「非力な人間に成り下がり」
「黙れ!」
アルテミアは、フラフラと立ち上がった。
「モード・チェンジ!」
「無駄です」
サラの雷撃が、アルテミアを捉えた。
「きゃ!」
「アルテミア!」
僕は、初めてアルテミアの悲鳴をきいた。
「母のようになり…最後は、死にますか?」
ギラも雷撃を放った。
「なぜ…人になりたい?」
バイラも雷撃を放つ。
魔神達が放つ雷は、ピラミッド状の結界となった。
アルテミアの体が、真ん中に浮かび、雷を浴び続けていた。
「魔王の娘でありながら…」
「せめて…天空の女神の餞に」
「我らの雷の中で、死んでください」
「アルテミア!」
僕の声も、アルテミアには聞こえなくなっていた。
「あたしは…」
アルテミアの瞳から、大粒の涙が流れた。
「お母様の娘…。お母様と同じ…人間…」
涙が、頬を流れ落ちた時…アルテミアの意識は、なくなった。
瞳の輝きはなくなり、首がガクッと下に落ちた。
「アルテミア!」
「さらば、女神よ」
魔神達が、止めをさそうとしたその時。
「アルテミア?」
いきなり、アルテミアが顔を上げた。
輝きを失ったはずの目が、赤く輝いていた。妖しく、血よりも赤く。
その瞳を見て、魔神達は、自らの目を大きく見開いた。
「な!」
雷撃を浴びながらアルテミアはニヤリと、口元を緩めた。唇の端から、鋭い牙が覗かれた。
「魔王…」
アルテミアから、発する圧倒的な魔力に、魔神達は震え出した。
次の瞬間、アルテミアは、声にならない叫び声を上げた。
そして……………………………。
「何だ?」
ドラゴンナイトの死体を踏みつけながら、サーシャはロバートに戻った。
少し汗を拭い、安堵の息を吐いた時に、それは起こった。
赤星がいると思われる場所に、凄まじい雷が、落ちたのだ。
まるで、世界中の雷を一カ所にまとめて、落ちたような輝きと、大地と大気を震わす…衝撃。
ロバートは、魔物探知レーダーをスイッチを入れた。
あれほどあった魔物の反応が、一つもなくなっていた。
いや、一つだけ反応があった。
それは、どんな魔物よりも大きく、強力な魔力を示していた。
「神クラス以上!?何があった…」
ロバートは、レーダーをしまうと、カードを取り出した。
「赤星君は、無事なのか?」
高速バイクを召還したロバートは、バイクに跨りながらも、冷や汗を流した。
「多分…俺達が行っても…駄目かもしれない…」
ハンドルを握る手に、汗が滲んだ。
「しかし」
ロバートは、バイクの鍵穴代わりの収納口に、カードを差し込んだ。
バイクはタイヤをたたみ、空中に浮かび上がった。
「何とか助けないと!彼らは、希望だ」
スロットをふかすと、バイクは猛スピードで、草木の少ない草原を疾走した。
「アルテミア…」
先程まであった崖はなくなり、海岸さえも消えていた。
半径数百メートルに及ぶクレーターができ…そこに、生きるものの反応はなかった。
アルテミアの瞳は、もとに戻り、牙も消えていた。
「あたしは…」
アルテミアはその場で、ゆっくりと崩れ落ちていった。
「アルテミア」
「人間だ」
クレーターに、海から大量の海水が流れ込んできた。凄まじい水飛沫と濁音を上げながら。
「お母様と同じ…人間だ」
止めどもなく流れる涙は、やがて…海中でかき消された。そして、アルテミアも波にのまれ、水と渦の中に消えていった。
第一部完。