第182話 ブロンドの悪魔
「これは!?」
九鬼は、自分とホワイトを囲む者達を見回した。
見た感じは人であるが…中身が違う。
「闇か…」
闇の粒子に、侵された者達。
構える九鬼とホワイトの間に、1人の女が姿を見せた。
「闇ではあるが…我々は、少し違う」
腰まである黒髪を靡かせ、九鬼に顔を向けた女は笑った。
体のラインを妙に強調する真っ赤なドレスが、夜でありながら際立っていた。
「我々はかつて、この世界を支配していた…魔王レイ様の眷族!」
女は九鬼に微笑むと、ホワイトの方に顔を向けた。
「忌々しきライの娘よ!貴様如きに、我々の計画を邪魔される訳にはいかない」
「ライの娘?」
ホワイトの眉が跳ね上がる。
そして、女を睨むと、
「その言い方が、一番むかつくんだよ!」
ホワイトが叫んだ瞬間、全身から溢れた魔力が、周りにいる者達を直撃した。
「うぎゃあ!」
その瞬間、周りを囲んでいた闇の者達の中で、レベルが低い者は消し飛んだ。
「く」
九鬼は、数メートル地面を削りながら、押し戻された。
「な、なんという…魔力!?」
女は両手をクロスさせて、ホワイトの気を受け止めた。
叫びだけで、痺れる腕を見て、女は笑い、
「流石は、ブロンドの悪魔…アルテミア!」
ホワイトを見つめた。
「あ、アルテミアだと!?」
九鬼は驚愕した。
この世界に来た…最初の目的は、アルテミアを倒すことだった。
「あいつが…綾子さんを殺した…アルテミア」
知り合いであった赤星綾子を殺した女神。
「あたしを…その名で読んだな…」
ホワイトは、白い眼鏡を外した。
その瞬間、長いブロンドの髪をたたえた…絶世の美女が現れた。
「!?」
九鬼は、その美しさに目を奪われた。
「遊びは、終わりだ」
アルテミアは、拳を鳴らし、
「ここにいる者は、すべて…皆殺しにしてやる」
青い瞳で周囲を睨むと、ゆっくりと歩き出した。
「アルテミア…」
九鬼は....その姿を見た瞬間、勝てる勝てないのレベルでないことを悟った。
多分、自分は蠅くらいの力で…それなのに、巨大なダムに穴を開けようとしているみたいなものだと。
それでも、戦わなければならない。
「九鬼真弓!」
赤いドレスの女が、九鬼に話しかけた。
「お前は、逃げろ!」
「な」
構え直した九鬼は、女の背中を見た。
アルテミアと対峙する女は、振り向かずに言った。
「ここで、お前を失うわけにはいかない」
「どういう意味だ!」
「それを…」
女は目を細め、
「説明するつもりはない」
「何!?」
九鬼と女が、会話をしている間、闇の者達がアルテミアに襲いかかる。
「ぐずぐずしている暇があるのか?」
女は、倒れている優に目を向け、
「その女が、死ぬぞ」
「!」
その言葉にはっとした九鬼は、優に目をやり…アルテミアをもう一度見た。
指先一つで、闇の者を消滅させる圧倒的な力に、 次第にアルテミアから距離を取り、持久戦のようになってきた。
「やつが、本気になれば…すぐに終わる!」
女は、どこか遊んでいるアルテミアを見て、冷や汗を流した。
「チッ」
九鬼は舌打ちすると、優に向かって走った。
「早くしろ…カスが」
九鬼が優を背中に乗せると、その場から神速で逃げたのを確認した後、女は一歩前に出た。
「退け!お前達!」
アルテミアを囲んでいた闇の者達が一斉に、離れた。
「アルテミア…。かわいい姪の相手は、このあたしがしょう!」
女はゆっくりと、アルテミアに近づいていく。
アルテミアは腕を組み、口許を緩めた。
女は顎を上げ、アルテミアを見下すと、自らの胸元に手を開け、ドレスを引き千切った。
「魔王レイの娘…死の女神デティーテェがな!」
人間の女のまったく毛のない裸体から…全身毛むくじゃらの豹を思わす肢体に変わった。
「メタモルフォーゼか」
アルテミアは、にやりと笑った。
「人間に憑依し、さらに無理矢理…バンパイアへと変化させたか」
アルテミアは、デティーテェの姿を分析した。
「人間など腐る程いるからさ」
魔神形態となったデティーテェは、アルテミアを睨み、
「貴様の父!ライによって殺され、我々は肉体を失い…魂は、月へと幽閉された!」
上空の月を仰ぎ見た。
魔王レイから、王位を奪ったライは…レイをロストアイランドに幽閉した。
さらに、配下の者達を殺した後…肉体と魂を分離させた。
魂は月へ封印し、肉体はロストアイランドに放置した。
赤星浩一が、ロストアイランドで戦った骸骨の兵隊達は、放置され腐った肉体の成れの果てであった。
「フン!」
アルテミアは鼻を鳴らすと、顎を上げ…デティーテェを見下した。
「お前は、ライに殺されたのではないだろう?マリーに、抵抗する間もなく殺されたと聞いているぞ。死の女神さん」
最後の馬鹿にしたような言葉に、デティーテェはキレた。
「貴様!」
バンパイアの解放状態であるデティーテェは、一瞬で間合いを詰め、死角から鋭い爪をアルテミアの首筋に突き刺そうとした。
「死ね!天空の女神!」
ナイフよりも鋭利な爪は、アルテミアに突き刺さった…はずだった。
「な!」
アルテミアの肌に触れた瞬間、爪は折れた。
「フッ…。お前如きの爪で、あたしを傷つけれるかよ」
アルテミアは体を捻ると、爪が折れて唖然としているデティーテェのボディに膝を突き刺した。
「うぐぅ!」
体をくの字に曲げて、空中に飛び上がるデティーテェ。
「ば、馬鹿な…」
遥か上空まで飛ばされたデティーテェは、唖然とした。
地面が遠い。
「か、解放状態でなかったら…」
お腹を押さえながら、羽を広げたデティーテェの口から、鮮血が溢れた。
「こ、これほど…なのか」
地上のアルテミアを探すデティーテェの耳元で、囁く声がした。
「お前が…弱いだけだ」
「え?」
驚いたデティーテェが振り返った瞬間、拳が頬にヒットした。
顔を歪ませながら、地表に落ちていくデティーテェが見たものは、 空で腕を組み欠伸をしているアルテミアだった。
「そんな…あり得ない」
羽を開き、落下速度を落とそうとしたデティーテェの目の前に、いつのまにかアルテミアがいた。
「フン!」
空中で回し蹴りを放ったアルテミア。
羽を破り、デティーテェの脇腹を強打した。
「ぎゃああ!」
蹴られた勢いで、一瞬にして地面に激突したデティーテェは、アスファルトを抉りながら転がった。
そのまま、先程まで九鬼がいた教会の扉を突き破ると、祭壇の前で止まった。
アルテミアは地面に着地すると、首を回した。
「こんなものか…所詮」
落胆のため息をつき、ゆっくりと教会へと歩いていく。
「あ、あり得ない…。こ、これが…天空の女神」
祭壇に手をかけ、よろながら立ち上がったデティーテェは、祭壇の向こうにあるものを見上げた。
壁一面を占領する…巨大な絵。
「我が姉君…デスぺラードよ!我に力を!」
デティーテェは、絵に手を伸ばした。
「フン!」
アルテミアは穴が開いた扉を蹴り外すと、教会の中に入った。
薄暗かった礼拝堂に、月と街灯の光が差し込んだ。
光が一瞬、飾られた絵を照らした。
豪華な装飾を施された椅子に、座る女の姿が描かれていた。
その顔は、九鬼に似ていた。
アルテミアはあまり絵には、興味がないのか…ちらりと見ただけで、表情も変えない。
「天空の女神!」
祭壇にもたれ、絵に向かって手を伸ばしていたデティーテェが、振り向いた。
「ここからが、本番だ!闇の力!味あわせてやる!」
デティーテェの手には、黒い乙女ケースが握られていた。
「装着!」
乙女ケースが開き、その中から闇が放たれた。
デティーテェの全身を包むと…乙女ダークへと変わった。
「ハハハハ!」
デティーテェは、高笑いをし、
「お前の偽物と違い、この服を身につけた者は、数倍の力を得ることになる」
「解放状態である我の…さらに数倍!」
デティーテェはにやりと笑うと、
「勝てるか?小娘が!」
デティーテェの姿が消えた。
「…」
無表情のアルテミアは回転し、真後ろに蹴りを放った。
神速で移動したデティーテェをとらえたと思われた蹴りは、 乙女ダークの体をすり抜けた。
アルテミアが蹴ったのは、残像だったのだ。
「遅い!」
デティーテェは身を屈めると、アルテミアの足を払った。
バランスを崩したアルテミアに、上からデティーテェが飛びかかる。
表情を変えないアルテミアが、両手を突きだすと、
「面白い!」
デティーテェはその手を掴んだ。
力比べの形になった。
「無駄だ!」
力任せに、一気にアルテミアの腕を押し返す。
「所詮!この程度よ」
一気に、アルテミアの腕をへし折ろうと力を込めた瞬間、逆に力を抜かれた為、今度はデティーテェが体勢を崩した。
その隙に、アルテミアは手を離すと、デティーテェから離れた。
「逃がすか!」
デティーテェは変な体勢のまま、片足でジャンプすると、何もない空中で加速した。
「ルナティックキック!」
デティーテェのレッグラリアットが、アルテミアの首筋に向かって炸裂した。
両腕でガードしたが、アルテミアはふっ飛んだ。
間髪を入れず、着地したデティーテェはアルテミアの前に移動すると、ガードした為に痺れている腕を蹴り上げた。
無理矢理ガードを開けられて、がら空きになった顎先に、デティーテェは飛び膝蹴りを叩き込んだ。
首が跳ね上がったアルテミアに、デティーテェは楽しいそうに笑いながら、掌底を叩き込んだ。
倒れることはなかったが、アルテミアは後ろに数メートル地面を抉りながら、 後退させられた。
「アハハハ!」
デティーテェは笑い、 アルテミアを指差した。
透き通った肌をもつアルテミアの両腕だけが、赤く腫れ上がっていた。
「天空の女神と言われても、力無き神は神であらず!」
デティーテェはにやりと、口許をゆるめた。
「なるほど…」
自分のダメージを確認したアルテミアは、頷いた。
「数倍になるというのは…本当らしいな」
「そうだ!お前に、勝ち目はない」
デティーテェはじりじりと、間合いを詰めてくる。
「だったら…」
アルテミアは腕を突きだした。
「なっ!」
デティーテェは目を開いた。
アルテミアの手には、グリーンの乙女ケースが握られていたからだ。
「き、貴様…」
デティーテェは震えだし、無意識に後ろに下がった。
「フン!」
アルテミアは鼻を鳴らすと、腕を下ろした。
そして、
「モード・チェンジ!」
アルテミアの姿が変わる。
黒いボンテージに、短髪になった…ストロングモード。
「な」
月影になると思っていたデティーテェは、アルテミアの姿を見て、拍子抜けした。
「何だ、それは!モード・チェンジ?アハハハ!」
大笑いすると、アルテミアを指差し、
「折角の月影の力を使わないなんて、馬鹿か!」
「…」
デティーテェになんと言われようが、気にもしないアルテミアは指を鳴らすと、ゆっくりと右手を突きだした。
そして、指を動かし、かかってこいと促した。
「面白い!」
デティーテェとアルテミアは、お互いの手を握り合わせると、再び力比べの形になる。
「今度こそ、腕をへし折ってやるわ」
デティーテェは思い切り力を込めたが、 今度はびくともしない。
それどころか、デティーテェの体が宙に浮き、いつのまにか持ち上げられていた。
アルテミアの上で、逆立ちの格好になるデティーテェ。
「どうなっている!?」
訳がわからないデティーテェは、そのまま後ろに投げられた。
背中から地面に激突することはなく、足から着地はできたが、そんなことより…全力の自分を簡単にあしらったアルテミアの力に驚いていた。
「パワーが上がっている」
アルテミアの変化を認めかけた時、突然目の前にアルテミアが現れた。
アルテミアの拳を避ける為、慌てて上空にデティーテェは逃げた。
しかし、空も安全ではなかった。
「モード・チェンジとは、何だ?」
アルテミアの変化が理解できないデティーテェは、目で周囲を警戒した。
「いない!」
アルテミアの姿がどこにもない。
「後ろか!」
空中で、振り返ったデティーテェの耳元で声がした。
「教えてやるよ」
「え」
再び前を向こうとしたデティーテェの脇腹に、アルテミアの拳が叩き込まれた。
「ぐわあ!」
くの字に曲がったデティーテェは、苦悩の表情を浮かべた。
「フン!」
アルテミアは足を上げると、かかと落としをデティーテェの肩に決めた。
物凄いスピードで、地面に落下するデティーテェ。
「な、何だ…」
デティーテェの全身が突然輝くと、地面に激突したが、ダメージを拡散した。
すり鉢状の穴が道路にできたが、デティーテェは何とか立ち上がった。
「あり得ない…」
戦闘服の脇腹や肩口が、破損していた。
闇を纏っていると同じである乙女ダークの戦闘服は、あらゆる物理的攻撃を、異次元に直に転送することができる。
つまり、パンチや蹴りで破壊できるものではない。
「や、やつも…神か」
デティーテェは、苦々しく頭上を見上げたが…アルテミアの姿はなかった。
「チッ」
舌打ちすると、デティーテェは視線を前に向けた。
ストロングモードを解いたアルテミアが、腕を組んでいた。
「アルテミア!」
デティーテェは睨み付けた。
「残念だけど、あんたが言う…神の力を、あたしは使っていない」
アルテミアは、拳を突きだした。
拳は真っ赤に腫れあがり、血が滲んでいた。
「人間の肉体で、女神を圧倒する。それだけの力がないと、今のあたしには意味がない」
「人間の肉体…!?」
デティーテェは、はっとした。
アルテミアの全身を改めて、まじまじと見つめた。
「き、貴様も…人間とのハーフか!?」
デティーテェは後ずさっり、
「な、なぜだ…。人間とのハーフは、こんな力を持つんだ!」
狼狽えた。
「たかが…家畜から生まれただけで!」
「知るかよ!」
愕然とするデティーテェに、アルテミアは襲いかかる。
地面を蹴り、一気に飛び込んでくるアルテミアの攻撃を、デティーテェはかわした。
「だとしても、本気の乙女ダークの神速はとらえられるものか」
さっきまでとは比べものにならないデティーテェの動きを、アルテミアは見ることができない。
「モード・チェンジ」
しかし、アルテミアは動じることはなかった。
黒のスーツ姿になったアルテミアの姿も、消えた。
「ぎゃああ!」
誰もいないように見える空間から、叫ぶ声がした。
フラッシュモードになったアルテミアの蹴りが、デティーテェに炸裂していた。
地面を普通の速さで、転がるデティーテェ。
「神速だったか?」
小馬鹿にいたようなアルテミアの言葉に、デティーテェは立ち上がりながら、睨み付けた。
「おのれえ〜!アルテミア」
デティーテェは両手を広げると、足を開けた。
「乙女ダークの真髄を見せてやる!」
デティーテェの右足が、輝き出した。
「女神の一撃をくらえ!」
足に力を込めると、デティーテェはジャンプした。
「月影キック!」
九鬼が優に決めた月影キックとは、比べものにならないほどのムーンエナジーを集束した足が、アルテミアに向かってくる。
「確かに…女神の一撃に近いな」
アルテミアは一瞬で、蹴りの威力を悟った。
よければ、後ろの町が吹き飛ぶだろう。
アルテミアはにやりと笑った。
「死ね!」
それは…デティーテェがジャンプしてから、ほんの数秒だった。
アルテミアは右足を、正拳突きのように、真っ直ぐに突き上げた。
互いの足の裏が重なった瞬間、アルテミアは軸足で地面を蹴り上げた。
「何!!」
今度は重なっている右足を軸足にして、アルテミアは腰の捻りを加えながら、浴びせ蹴りのような攻撃を、叩き込んだ。
「ぎゃあ!」
思いも寄らないアルテミアの攻撃に、空中で撃墜されたデティーテェに、もう力は残っていなかった。
地面にめり込んだデティーテェから、戦闘服が消えた。
「そ、そんな…」
デティーテェは何とか腕に力を込めると、めり込んだ体を動かした。
這うように、アルテミアから離れていく。
「われを見捨てたのか…デスぺラードよ」
デティーテェの姿は、人間体になっていた。
「もう一度…われに、力を…」
デティーテェは、虚空に手を伸ばした。
「フン!」
アルテミアは腕を組みながら、後ろからデティーテェに近づくと、背中を踏みつけた。
「見苦しいな。お前の負けだ。大人しく、滅しろ」
アルテミアは血だらけの拳で、手刀をつくると、背中に突き刺した。
「うぐう」
デティーテェの口から、鮮血が噴き出した。
アルテミアは、心臓を一突きすると、腕を背中から抜いた。
アルテミアの顔に、飛び散った鮮血がついた。
しかし、アルテミアは冷静だった。
バンパイアの本能を抑えている為、血がついたくらいでは動じない。
ゆっくりと、デティーテェから離れると、背を向けようとするアルテミアの耳に、笑い声が聞こえた。
「ハハハハハ!」
心臓を突かれたのに、デティーテェは首を回転させ、アルテミアを見上げた。
「われは、死なない!魂があるかぎりな」
心臓が止まっても、動く出したデティーテェの体が立ち上がった。
先程よりも、動きが速い。
「この肉体を棄て、新しい…」
にやりとアルテミアに笑いかけた瞬間、黄金に輝いたアルテミアの手刀が、一刀両断に頭の先から、股下までを切り裂いた。
「だったら…魂を切っておこう。まだ…その体にあるうちにな」
アルテミアは一瞥をくれると、デティーテェに再び背を向けた。
黄金に輝いていた体がもとに戻ると、アルテミアの傷付いた拳も治っていた。
「こ、これが…天空の女神…」
デティーテェの体が、左右に裂けていく。
「これが…」
別れた2つの体が、地面に落ちた。
「死か…」
アルテミアは、鼻で笑った。
「知るかよ」