第181話 うたた寝
「嫌われたものだな…」
理香子が去った後、屋上でしばらく煙草をふかしていた兜はため息とともに、火を消した。
「まあ…構わんよ」
空に浮かんだ月を見上げると、
「君の存在と月があれば…それでいい」
フッと笑った。
そして、消した煙草を携帯用灰皿にねじ込むと、兜は歩き出した。
「この世界で、気に入ったのは…煙草の味くらいか」
さっきのが、最後の一本だった。
空になったケースを握り潰した。
「この世界に未練などない!あるとすれば…」
そして、屋上の鉄の扉を開け、
「懺悔だけだ!」
夜の階段を駆け降りた。
「今から、最終チェックを行う!」
兜の口に、笑みが張り付いていく。
「月下作戦発動の時は、近い!」
その頃…大月学園のグラウンドの端にあるプールの下で、巨大な何かが蠢いた。
それは、生物ではなかったが、すすり泣き…嗚咽していた。
その声に気づく者はいないのに。
「月が…泣いている?」
かつてのアメリカ合衆国は、滅んだが…その国を象徴する自然は残っていた。
グランドキャニオンの岩一色の壮大な風景の中、腕を組み…まったく周りに負けない程の迫力を醸し出す1人の魔神。
「また…わからんことを」
岩場の狭間に浮かび、谷間の底から吹き上がる風を感じながら、頭をかいているのは、ギラだった。
訝しげに…月を眺めているサラに肩をすくめると、ギラは欠伸をした。
「こんな…生命の息吹きを余り感じないところは、好かんな」
多少…生物はいるようだが、草木のむせかえる匂いがするジャングルの方が性に合っていた。
(知ってた?人の歌には、種類があるのよ)
今のように、魔王城のテラスで月を眺めていたサラに、リンネが後ろから話しかけてきた。
微笑をたたえながら、リンネは説明した。
(こういう月の下で、愛する者に思いを告げる為、捧げる歌をセレナーデというのよ)
サラは、ちらりと後ろにいるリンネを見た。
月を見上げるリンネの表情に、サラは視線を外した。
「気にくわない…女だ」
サラは下唇を噛み締めると、月に向かって羽を広げた。
そして、飛び上がっていくサラを、ギラは横目でちらりと目をやった。
「?」
月の中に隠れる程、飛び上がったサラとは逆に、ギラは谷間に落ちていった。
「やはり、わからん…」
落下しながら、首を傾げたギラは、地面が迫ってきても焦らずに…欠伸をした。
そして、巨大な羽を広げると、一瞬で月の下まで飛翔した。
「それが…女というやつか」
自分の横に来たギラに、サラは鼻を鳴らすと、
「わかったような口をきくな」
ギロリと睨み、そんなどこかへ飛び去っていた。
ギラは空中で、さらに首を捻り、
「あやつは…女ではないのか?」
サラの反応が理解できなかった。
「う〜ん」
首を捻りながら、ギラはサラの後を追った。
「チッ」
周りを確認した九鬼は、飛び散り潰された頭や脳髄が、カルマのものであると断定した。
しかし、自分がやった記憶がない。
スカートのポケットから、乙女ケースを取りだした。
ある程度、ムーンエナジーは回復していたが、変身した形跡はない。
「だとしたら…誰が、この人を…」
首のない胴体を見下ろしていた九鬼は、はっとなった。
「この人の乙女ケースがない!」
九鬼は舌打ちした。
と言うことは…ピンクの乙女ケースを奪ったやつがいるはずだ。
周囲を警戒しながら、
「他に…月影がいる!?」
乙女ケースを握り締めた。
神経を研ぎ澄まし、気配を探す。
だけど、礼拝堂の中には…誰もいない。
それでも、詮索をやめない九鬼の耳に、ギターの物悲しい音が流れてきた。
「ま、まさか」
九鬼はそのメロディに聞き覚えがあった。
音楽に疎い、九鬼でも知っている大ヒット曲。
その音は、礼拝堂の扉の向こう…つまり、外からした。
九鬼はダッシュで扉を開けると、警戒しながら路面にジャンプした。
距離を取った九鬼は、目の前にいる人物を睨んだ。
教会の前に、路駐違反をしている車のボンネットに座る優を発見した。
「高木さん!?」
思いがけない相手に、九鬼は躊躇いながら、戦闘体勢に入っていた。
「九鬼真弓…。いや、乙女ブラック!」
優は弾いていたギターの弦を、手で止めた。
そして、ボンネットの上から降りると、
「その力…頂く」
ギターを突きだすと、緑の乙女ケースに変わった。
「装着!」
乙女グリーンに変身する優の様子に目を細めると、九鬼はゆっくりと乙女ケースを突きだした。
「装着」
乙女ブラックに変わる九鬼。
優は、九鬼を指差すと、
「あたしの歌の為…その力貰う」
光の輪を作り出し、九鬼に向かって投げた。
ドリル状に回転する二つの光の輪は、まるで風に舞う紙切れのように、無軌道に九鬼に向かって、襲いかかる。
「乙女ブラック!あたしがつくる新しい歌の為に、死ね!」
九鬼の目の前で、光の輪は一気にスピードを上げた。
九鬼は目を瞑ると、目にも止まらない動きで腕を交差させた。
「な!」
驚く優の目に、二つの光の輪を指先で挟んで持つ…九鬼の姿が映った。
「乙女スプラッシュを…掴んだだと!」
九鬼はゆっくりと、目を開き、
「どんなに速くても、空気を切り裂く音で軌道が読める。それに、このリングは…ムーンエナジーでできている。ならば!」
九鬼はつまんだ光の輪を、グリーンに見せ、
「ムーンエナジーを手に集中させれば、取ることは可能」
「ば、馬鹿な!」
優の手のひらで、無数の光の輪が作られ、 一斉に九鬼に向かって、投げた。
「なめるな!」
自分のムーンエナジーを流し込み、肥大させたリングを振うと、九鬼は襲いかかる光の輪達を切り落とす。
「そ、そんな…」
唖然とする優に向かって、九鬼はリングを投げた。
巨大化したリングに唖然となる優に向かって、九鬼は飛んだ。
接近するリングに気を取られた優。
「じ、自分の技で!」
優の眼鏡が光り…放たれた光線が、二つのリングを破壊した。
にやりと笑った優の目の前に、飛んだ九鬼が迫ってくる。
「ルナティックキック!零式!」
光の破片が飛び散る隙間を縫って、インパクトの瞬間伸ばされた足が、 優を蹴った。
「うぐあ!」
吹っ飛んで、背中から地面に倒れた優。
間髪を入れずに、蹴ると同時に後方へ回転し、地面に着地した九鬼は足を曲げ、再び飛翔する。
膝を曲げ、倒れている優の鳩尾辺りに突き刺した。
「う!」
体がくの字に曲がった優から、九鬼はすぐに離れ、再び構えた。
「あ、あたしは…」
優はよろけながらも、何とか立ち上がろうとするが、片膝をついた体勢で息を整える。
前に立つ九鬼を睨み、
「負ける為に、この力を得たんじゃない!」
乙女ケースを突きだした。
「兵装!」
乙女ケースが光り輝くと、武器に変わる。
優にまとわりつくと、両肩についた巨大な砲台に変わる。
「あたしは、新しい歌を作るんだ!人々を救う歌を!」
砲台の照準が、九鬼に向く。
「誰も作ったことのない…歌。咎人の歌を!」
砲台の先が光り、高濃度の光の粒子が集まっていく。
「真に救う為には、人のすべての罪を知らなければならない。その為には、人を殺さなければいけない!だから、あたしは月影になったんだ!!」
優の叫ぶに呼応して、二本の砲台から分厚い光線が放たれた。
「チッ!」
九鬼は上空へとジャンプした。
「無駄だ!」
二本の光線は螺旋状に絡み合うと、軌道を変え、上空に飛んだ九鬼に向かって飛んでいく。
「乙女キャノンからは、逃げれるか!」
光線は、九鬼の跳躍より速かった。
「この世界では、人を殺すことは大罪!だけど、月影になれば!月影同士ならば!殺せる!」
「愚か者め!」
優の言葉を聞いた九鬼は、怒りの表情に変わった。
空中で反転し、足の裏を月に向けた後、今度は下から上がってくる光線に足を向けた。
「月影キック!」
足許から輝き、光の矢と化した九鬼が落下する。
「何!?」
優の放った光線を貫きながら、九鬼は地上にいる優目掛けて、加速する。
「人を殺して、作った曲などに!誰が救えるものか!」
「それでも、他にない曲になる!」
「そんなものは!自己満足だ!!」
月影キックが、優のお腹の辺りに炸裂した。
「うわああ!」
一瞬で変身が解け、優は地面に転がった。
グリーンの乙女ケースも、優の手からこぼれ落ち、道端に転がった。
乙女ケースよりも、倒れている優を見下ろす九鬼。
「畜生…」
何とか立ち上がろうしたが、体がまったくいうことをきかなかった。
「お前にはわからないんだ!」
優は地面の上で、何とか立ち上がろうともがいていた。
「ありふれたヒット曲よりも!未来の人間が、感心する曲を残すことが!真のアーティストなんだ!」
優の叫びに、九鬼は目を細め、
「人を殺した者は、アーティストではなくなる。何かを生み出す者ではなく、奪う者に変わるからだ」
「そ、それでも…平凡な人間の生活は、人間の価値観を変えない!誰も救えない!」
「ならば、町を出ろ。さすれば、魔物がいる」
「魔物を殺したところで!何になるか!」
優は何とか手だけを伸ばすと、地面に落ちている乙女ケースを探した。
そして、グリーンの乙女ケースを偶然掴んだ。
にやりと笑うと、
「すぐに、トドメを刺さなかったことを後悔しろ!」
ケースを握り締めた。
「装着!」
グリーンの光が、優を包み…再び乙女ソルジャーに変身させた。
変身ともに、強化される肉体の影響で、優は立ち上がった。
ダメージは完全に抜けていないが、戦える。
「今度こそ…殺してやる!」
優の眼鏡が光った瞬間、
「殺すより〜殺される方が、いい曲ができるかも」
優の耳元で声がした。
「な…」
優は目を見開き、自分の胸元を見た。
背中から、何かが貫通していた。
それは、血塗れの腕。
「高木さん!」
九鬼は絶句した。
いつのまにか、優の後ろに人が立っていると思った時には…優の体は貫かれていた。
「そ、そんな…」
「まあ〜書けたら、だけど」
腕を体から抜かれると同時に、変身は解けた。
前のめりに、地面に倒れた優の後ろに、血塗れの腕から血を垂らす…女がいた。
その姿は。
「白い…乙女ソルジャー」
乙女ホワイト。
そんな色の乙女ソルジャーを、九鬼は知らない。
乙女ホワイトは九鬼に笑いかけた。だけど、その笑顔とは裏腹に、眼鏡の奥の鋭い眼光が、反射的に襲いかかろうとした九鬼の動きを止めた。
不用意に近づくと殺されると、九鬼の本能が告げていた。
乙女ホワイトが、鮮血で真っ赤に染まった腕を一振りすると、すぐに真っ白な純白の姿に戻った。
透き通った真珠のようなボディは、乙女ブラックとは対照的だった。
何とか攻撃をしかけようとするが、九鬼の体は動かなかった。
「少しは、理解できているようね」
乙女ホワイトは、そんな九鬼を見て笑い、
「レベルの差を」
腕を突きだした。
その手には、グリーンの乙女ケースが。
「手加減して、相手してあげる」
乙女ホワイトの色が変わる。
「乙女グリーン!?」
驚く九鬼の背中に、激痛が走った。
「何!?」
いつのまにか放たれた光の輪が、背中を切り裂いていた。
「馬鹿な!」
今度は、頭上から一気に落ちてくる光の輪を、九鬼は紙一重でかわした。
「速い!」
明らかに、優の時より速い。
(どうする!)
このまま逃げていても、仕方がない。
攻めるには、前に出るしかない。
(それに!)
九鬼は、倒れている優を見た。
早く治療しなければならない。
「ならば!」
九鬼は唇を噛み締めると、スピードを加速した。
乙女ブラックの特色である神速で、光の輪を避けると、一気に乙女ホワイトへと近づく。
半転し、回し蹴りをホワイトの首筋に叩き込もうとした九鬼の目に、 妖しく微笑むホワイトの顔があった。
「え」
蹴りを放つ体勢のままの九鬼の左肩から、腰までに線が走り…そこから鮮血した。
「お、乙女…ブルー」
巨大な青竜刀を振りおろした乙女ブルーになったホワイトがいた。
そして、背中に光の輪が突き刺さると、 九鬼の変身は解けた。
「こんなものか…」
落胆のため息をつくホワイト。
「まだだ!」
変身が解けた為、転げ落ちようとする黒の乙女ケースを空中でキャッチすると、よろけながらも…叫んだ。
「装着!」
再び、乙女ブラックになった時、 九鬼とホワイトの周りを黒い影が囲んだ。