第178話 生き急ぐ理由
「…ここは?」
意識を取り戻したカルマは、質素を簡易ベッドの上にいた。
その周りで跪く者達。
「!?」
カルマは、その者達から異様なる雰囲気を嗅ぎ取り、ベッドの上で身構えた。
しかし、跪く者達は微動にしない。
「驚くことはありませんよ」
「!?」
後ろから声がして、カルマは驚いた。
右手を突きだしながら、振り返ると、タキシードの男が立っていた。
タキシードの男は頭を下げると、
「彼らは、あなたに救いを求めているだけですから」
ゆっくりと頭を上げ、カルマに向かって、微笑んだ。
「救いだと?」
カルマはタキシードの男の反対側に降りると、ベッドを挟んで対峙した。
いつでもサイコキネッシスを放てるようにして。
そんな警戒するカルマに、微笑みを絶やさずに、タキシードの男は見つめていた。
「救いとは何だ!なぜ…あたしはここにいる!」
カルマには、状況がわからない。まずは、それの確認をしなければならない。
「ここは教会です。あなたに、救いを求める者の集う場所。救いとは、あなた自身」
「どうして、ここに連れて来た!」
「月影でなければ、彼らを救えないからです」
「…」
「乙女ブラックとの戦いで、あなたを庇い…ここに連れて来たのは、あなたこそが、ここにいる者を救えるからです」
タキシードの男も跪き、
「月こそが、闇を照らす唯一の光。月影の頂点に立ち、月の女神の力を得ることができるのは、あなたをおいて、他にはいません」
そこまで言うと、タキシードの男は床に額がつく程に、深々と頭を下げた。
「我々に、光を!闇に侵されし、我々に浄化の光を!」
「我々に光を!浄化の光を!」
周りで跪く者達も、タキシードの男に呼応して、連呼し出した。
その迫力に、少し戸惑い始めたカルマに気付き、タキシードの男は顔を上げると、
「もうすぐここに、乙女ブラックが来ます。しかし、彼女は変身できない。さらに、傷ついています。今なら、簡単に倒せます」
深々と頭を下げ、左手で後ろにある扉を示した。
「さあ!我々に救いを!そして、あなたの祖国、アステカ王国の再建の為に!」
「…」
カルマは、タキシードの男が指差す扉を見つめながら、ゆっくりと立ち上がった。
「アステカ王国…」
ベッドから降りると、カルマは乙女ケースを取り出した。
跪く者達が後退り、扉への道を開けると、カルマは歩き出した。
「装着」
ピンクの光がカルマを包み、乙女ピンクへと変身した。
そして、
「フン!」
一気に道を駆け抜けると、カルマは扉を蹴り開けた。
そのまま、部屋から消えたカルマを見送っていたタキシードの男は、鼻で笑った。
「これで、よろしいのですか?」
跪いていた者の中にいた赤毛の女が立ち上がり、タキシードの男に訊いた。
「九鬼様は、傷付いております。今、戦えば…」
「フッ」
タキシードの男は軽く笑うと、意見した女を冷ややかに見つめた後、
「構わんよ」
カルマが消えた方に目をやり、
「どうなろうが、導く結果は変わらない。それに」
今度は女を睨むと、
「敗北、絶望こそが、闇を生む!わかるか?」
にやりと口元を緩めた。
「…は!」
女は慌てて、また跪いた。
タキシードの男は、カルマが歩いた道を歩くと、
「お前達は、闇の貢ぎものだということを忘れるな。それが、運命だと」
「は!」
部屋にいる全員が、さらに頭を下げた。
「運命は、変わらない」
タキシードの脳裏に、九鬼の姿が浮かぶ。
足を引きずりながら、教会までたどり着いたようだ。
「どんなに、あがこうがね」
タキシードの男は、破壊された扉の向こうに広がる闇に頭を下げた。
巨大な木製の扉を、肩で押すようにして開けた九鬼は、教会の中に入った。
聖なる空間と言われる礼拝堂も、今夜は闇で包まれていた。
灯りがなく、真っ暗な空間に目を凝らしていると、突然灯りがついた。
左右の壁に、並んだ蝋燭に、一気に火がついたのだ。
その瞬間、構えた九鬼の前に、乙女ピンクが立っていた。
かけている眼鏡のレンズが、蝋燭の灯りに反射していた。
九鬼は深呼吸をすると、腹から息を吐き出した。
そして、ゆっくりと右手を乙女ピンクに向かって差し出し、指でかかってくるように威嚇した。
次の瞬間、九鬼な足下の床が破裂した。
乙女ピンクが持つマシンガンから、弾丸が放れたのだ。
何とか転がるように弾を避けたが、次々に放たれる銃弾が、九鬼に回避しかさせなかった。
「チッ」
回転し過ぎて、教会の壁にぶっかってしまう。
その前にジャンプし、壁を蹴り、角度を変え、攻撃に転じようとした。
しかし、壁を蹴ろうとした瞬間、足首に激しい痛みが走り、九鬼は攻撃に移ることができなかった。
再び後転の形で床を転がり、弾丸を避けた。
その違和感のある九鬼の動きに、カルマはにやりと笑った。
マシンガンを手から消すと、今度は巨大なハンマーを召喚した。
「チッ」
九鬼は片膝を地面につけながら、舌打ちした。
その次の瞬間、九鬼は飛ぶように前転した。
九鬼のいた場所に、ハンマーが突き刺さると、教会の床を破壊した。
「テレポートか」
九鬼が構えようとするよりも速く、後ろに現れるカルマの攻撃を何とか…紙一重でかわしているが、このままでは、いずれやられる。
九鬼は意を決して、立ち上がると、目をつぶった。
そして、また後ろにテレポートしてきたカルマの動きを読み、後ろに向かって肩から飛び込むと、ハンマーを振り上げているカルマの間合いに入った。
「は!」
気合いを入れ、痛む足を庇うことなく、カルマの顎先に向かって、掌底を突き上げた。
地面から突き上げるように、全身をバネにした掌底は、カルマの顎先を突き上げた。
普通の人間なら、脳が揺れるはずだ。
しかし、乙女ソルジャーになっているカルマは....平然と笑うと、攻撃直後の無防備な九鬼の腹に、膝蹴りを喰らわした。
「クッ!」
全身が浮き上がる程の蹴りを受け、一瞬...九鬼の意識が飛んだ。
そんな無防備な状態の九鬼に、振り上げたハンマーの軌道を変えると横合いから、九鬼の脇腹目掛けて叩き込んだ。
くの字に曲がった九鬼の体が、礼拝堂の端から端までふっ飛んで、反対側の壁に激突した。
「うう…」
一瞬、壁にへばりついたようになった九鬼が床に落ちると、血がべったりと、へこんだ壁についていた。
「終わったな」
カルマはハンマーを消すと、今度はライフルを九鬼に向けながら、ゆっくりと近寄っていく。
「後は、乙女ケースを回収すれば」
ライフルを九鬼のこめかみに向け、気絶したと思われる九鬼の体から、乙女ケースを探そうとしたが、カルマは眉を寄せ、
「やはり、とどめをさしてから」
しゃがむ前に、引き金を引いた。
銃声が、礼拝堂に響いた。
しかし、ライフルから放たれた銃弾は、九鬼に当たることはなかった。
弾丸は、天井近くの壁を撃ち抜いていた。
突然、頭を反らしながら起き上がった九鬼は肩を突きだし、ライフルの銃身を跳ね上げると同時に、痛めてるはずの足で、カルマを蹴り上げた。
「ククク…」
その様子を、いつの間にか礼拝堂の奥に現れた…タキシードの男が見ていた。
「ついに、始まる」
立ち上がった九鬼の目には、生気がない。
しかし、ぞっとするような鋭さを放っていた。
そして、九鬼は右手を突きだした。
そこには、黒い…乙女ケースが。
いや、黒よりも黒い…闇色のケースが、握られていた。
「装着…」
覇気のない声を九鬼が発すると、彼女の後ろに....もう1人の九鬼が出現した。