第176話 補完
「リンネ様」
ツインテールのユウリと、ポニーテールのアイリは、主が不在の城のテラスで佇むリンネの後ろに控えていた。
魔王ライが封印された為、城の周りを覆う向日葵も枯れかけていた。そんな状況であっても炎の魔神であるリンネには、どうしょうもできなかった。
なぜなら、近づけば、燃やしてしまうからだ。
「リンネ様…」
睫毛を落とし、そんな向日葵を見下ろすリンネの表情を、側近であるユウリもアイリも、見たことがなかった。
「リンネ様!」
そんなリンネの様子に堪らず、ツインテールのユウリが立ち上がった。
「デスぺラードをどうされるおつもりですか?お言葉ですが、あやつは魔王亡き今を狙い、我ら魔王軍を掌握しょうとしているのです!」
ユウリの言葉に、リンネは向日葵を見下ろしながら、答えた。
「それは、無理だろうな」
「どうしてですか!」
声を荒げるユウリを、隣にいるアイリがたしなめた。
「ユウリ」
「よい」
しかし、リンネはそれを遮った。
フッと口元を緩めた後、リンネはユウリの方に体を向けた。
「理由は、簡単。デスぺラードよりも、危険な女がそばにいるからよ」
「危険な女?」
ユウリは眉を寄せた。
「そう…」
リンネはまた、向日葵に目を向けると、呟くように言った。
「愛する男を、自分のせいで失った女…」
「そ、それは…」
クスッとリンネは笑うと、ゆっくりと目を細めた。
「あの女が、やろうとしていることは、赤星浩一の復活。それは同時に、魔王ライ様の復活を意味する」
「…」
ユウリとアイリは、無言になった。
「アルテミアが、やろうとしていることはわかっている。赤星浩一が、自らを犠牲にした理由。それを変えたいのよ」
リンネは、テラスの手摺を握り締めた。
「しかし、それでも、赤星浩一は変わらない。それを、アルテミアも気付いている。だけど…もしかしたら…その思いだけで、あの女は動いている」
手摺から、煙が上がる。
「だけど!そうはならない」
リンネの感情の高ぶりが、視線の先にある…向日葵を燃やした。
「互いを思うが故に、2人はぶつかり…戦う」
リンネの脳裏に、未来が映る。
シャイニングソードを構える赤星浩一と、その前に、立つアルテミアの姿が。
「2人の戦いで、どちらが勝とうが、それが導く結果は同じ。我が魔王軍の勝利。そして、今度こそ…ライ様によって、すべてを統治する世界が始まる!」
手摺を握り潰す程、興奮したリンネは、突然....目を見開いた。
(そうかしら?御姉様)
リンネの眼力で、燃えている向日葵畑の炎の中に、フレアが立っていた。
「フレア!」
リンネの言葉に、ユウリとアイリは顔を見合わせた。
炎の中にいたフレアは、リンネに微笑みかけると、そのまま消えた。
と同時に、向日葵畑の炎も鎮火した。
リンネは、フレアが立っていた灰と化した部分を見つめながら、わなわなと震えだした。
「あんたと…いう子は、どこまでお人好しなの!」
フレアの愛する赤星浩一は、決して...彼女に振り向かない。
なのに、命をかけ、命を失っても、尽くす妹を....リンネは哀れと思った。
だけど、フレアは哀れだと思っていない。
それも、わかっていた。
だから、だからこそ…。
「いずれ…殺さなければならない」
リンネは手摺から離れ、向日葵畑に背を向けた。
「赤星浩一を!あたしの手で」
歩きだしたリンネの邪魔にならないように、ユウリとアイリは道を開けた。
そして、互いに目で頷きあうと、リンネの後ろについて歩きだした。