第16話 復活のアルテミア
「寝てる場合じゃないつうの!」
僕は、倒れ込んだベットから……そして、砂浜から起き上がると、激しく息をして、何とか立ち上がった。
無理やり起きたから、頭がぼおっとする。
一呼吸おくと、波打ち際から、歩き出した。
どうやら、この海岸は普段、人の出入りがないようだ。
砂浜の幅も、50メートルくらいと小さい。
目の前は、崖になっていた。
ちょっと前なら頭を抱え、途方に暮れたことだろう。
だけど、今は違う。
僕は、学生服の内ポケットから、カードを取り出すと叫んだ。
「召還!」
空間を切り裂いて、フライングアーマーが現れ、僕の肩と背中に装着された。
「トオ!」
掛け声とともにジャンプし、一気に崖の上へと飛び上がった。
僕の遥か右手に、防衛軍の結界が確認できた。
そして次の瞬間、僕は唖然となった。
崖の上は、ひたすら広い高原になっており、辺り一面に草花が咲いているはず…だった。
いや、確認なんてできない。
地面が見えない程の、夥しい魔物の群。
目の前には先日、僕を襲った鴉天狗と同種の翼を広げた魔物達が、数千は浮かんでいた。
空中に浮かぶ僕の足下には、何百もの旗印が風に靡いていた。
天空の騎士団の旗だ。
「待っていたぞ。人間の少年よ」
一際目立つ巨大な馬…いや、角があるからユニコーンか…に跨り、同じく一本の角を生やし、熊を思わす体躯をした魔物が、群をかき分けて、一番前に出てきた。
僕は空中から、崖ギリギリに着地した。
それくらいしか、スペースは空いていなかったのだ。
僕は、ユニコーンに跨った魔物と数メートルの距離を開けて、対峙した。
魔物は、物怖じしない僕の様子に感心した。
「報告とは、違い…なかなか、肝が座っているようだな」
魔物はユニコーンから降り、さらに僕に近付いた。
「我が名は、天空の騎士団長ギラ。そなたの名前は?」
ギラは、ただそこに立つだけで、物凄い威圧感があった。
一目でわかった…今まで出会った魔物の中でも、トップクラスの強さだと。
昔なら、それだけで押し潰されただろう。
僕は、ギラの目を見据え、
「赤星浩一」
フライングアーマーについたミサイルポットを、開けた。いつでも、発射できるように。
「お主は、この状況が…わからないのか?」
ギラは呆れたように、僕を見た。
「あ、明菜を…アルテミアを返して、貰おう」
強気な僕の態度に、ギラはせせら笑った。
「馬鹿か」
ギラの周りの魔物達が、殺気立った。
すると、ギラは横目で軽く、後ろを睨んだ。
それだけで、魔物達はすぐに静まり返った。
「少年よ」
ギラは再び、視線を僕に向けた。
「赤星だ」
僕の言葉に、ギラは目を見張り、やがてにやりと笑った。
「そうか…やってみるがいい」
ギラは、手を上に上げた。
その瞬間、地上から空から、魔物達が一斉に、僕に襲いかかってきた。
「いけーっ!」
僕は、数十発のミサイルを発射した。
「フン」
ギラが手を突き出すと、ミサイルは気にやられたのか、見えない力に押し戻された。
そして、全弾が僕に戻ってきた。
「くぅ!」
僕は手をクロスし、顔を防御した。
ミサイルは全弾、僕に命中し、凄まじい爆音と光、硝煙が上がった。
装着していたアーマーが砕け、飛び散った。
魔物達は動きを止め、様子を確かめた。
煙が消える前に、
「うわあああ!」
煙を切り裂いて、僕がその中から飛び出して来た。手には、槍状態のチェンジ・ザ・ハートを持って。
「チェンジ・ザ・ハートだと!」
驚くギラに対して、僕は走りながら構えた。
「見よう見まねで、覚えた」
槍を左右に振り回し、
「A Blow Of Goddess!」
女神の一撃を放とうとした。
「どこだ?」
召還した魔物探索レーダーが、数え切れない程の魔物の反応を示していた。
多分、そこに赤星がいる。
ロバートは、確信していた。
しかし、彼の前にも、ゴブリンの群が道を塞いでいた。
「雑魚が」
ロバートは、左手にはめた指輪を突き出した。
「モード・チェンジ」
指輪から、エメラルドグリーンの光が溢れ、光の中から、サーシャが姿を現した。
右手を一振りすると、ドラゴンキラーが装着された。
ゴブリン達が、女であるサーシャを見て、興奮の雄叫びを上げた。
「フン」
サーシャは鼻を鳴らし、軽くステップを踏むように回転すると、風圧で雄叫びを上げたゴブリン達の首が飛んだ。
倒れる仲間達に驚き、ゴブリン達は少し後退りした。
サーシャは、空を見上げた。
この世のものとは、思えない…紫の空を睨み、呟いた。
「赤星」
しかし、サーシャに感傷の暇はなかった。
「ぐぇぇ!」
魔物の群の奥から、怖じ気づいたゴブリンを切り裂きながら、十人の鎧を纏った騎士が現れた。
体つきは、人に似ているが、顔がドラゴンだ。2本の長い髭が、怪しく動いていた。
ドラゴンナイト。竜を人型にし、パワーアップした化け物だ。
「やれやれ」
サーシャは肩をすくめ、ドラゴンキラーを構えた。
「馬鹿が…」
ギラは避けることもせず、僕の振るった槍を横腹で受け止めた。
「あれ?」
雷鳴の爆発と、風の切り裂きをミックスした…アルテミアの女神の一撃。
僕が振るったチェンジ・ザ・ハートは、何も起こすことなく…単に、槍を突き出しただけに終わった。
「この技は、天空の女神にしか使えない…。それに」
ギラは、チェンジ・ザ・ハートを握った。
「お主は、空の属性ではあるまいて」
ギラの手から電流が流れ、チェンジ・ザ・ハートを伝って、僕に流れた。
体が痺れ、思わず手を離した。
尻餅をついた僕を見下ろしながら、ギラはチェンジ・ザ・ハートを掴んだ。
「これは、女神専用の武器。お主には、扱えん」
そうギラが言った瞬間、チェンジ・ザ・ハートは弾け、ギラの手から離れると、トンファータイプになり、僕の両腕に装着された。
「な、なぜだ?なぜ、そやつのもとに、戻る!」
両腕についたチェンジ・ザ・ハートを確認しながら、僕は立ち上がった。
「お、お主は、何者だ?」
ギラの戸惑いが、伝わってきた。
鴉天狗やゴブリン達が再び一斉に、僕に襲いかかてきた。
「僕は、赤星浩一!異世界から来た戦士だ!」
そう名乗ると、僕はゆっくりと構えた。
迫り来る魔物達の動きが、スローに見えた。
よく…集中すると動きが止まって見える時があるって、アスリート達がテレビで言ってた。
僕は、そんな感覚を初めて、経験していた。
目の前に、大群が襲いかかってきているのに、冷静に動きが見えた。
(創造しなさい)
突然、頭の中に、声が響いた。
「え?」
僕は思わず、声を出した。
集中力が切れたのか…魔物の動きがもとに戻った。
(あなたの力を、創造するのです)
また、声が響いた。
なぜか分からないけど、僕には声の主が分かった。
自分を疑ったが、間違いない。
「チェンジ・ザ・ハート!?」
僕は、両腕についたチェンジ・ザ・ハートを見た。
「きぇぇー!」
第一弾として、鴉天狗の爪が、僕に迫った。
「くっ」
右手を突きだし、炎の剣を作り出すと、鴉天狗の胸に突き刺した。
「創造って!」
もう攻撃は、止まらない。
次々に、襲いかかってきた。
後ろは崖だ。
フライングアーマーを、召還する余裕がない。
少し後退ると、もう地面の感覚はない。
「どうした!異世界の戦士よ」
魔物の群の向こうから、ギラの声が聞こえた。
「くそ…」
僕は、泣きそうになった。
だけど、泣いてはいけない。
今は、戦士だ。
だから、僕は決意した。
ゴブリン達が手に持っていた斧を一斉に、僕の足元向けて投げた。
斧が地面に突き刺さるより速く、僕は後ろに向かって背中から、ジャンプした。
崖の上から、落ちていく僕の背中に空気がぶつかった。
(創造しなさい)
鴉天狗達が僕を追って、落ちるように飛んできた。
「召還!」
砂浜に、激突する寸前のギリギリの隙間に、フライングアーマーは飛んできた。
背中に装着された感覚を確かめると、上昇する為に円をつくるように飛びながら、ミサイルポットを開いた。
砂浜から、浅瀬の海を水飛沫を上げながら、仰向けの状態で、僕は飛んでいた。
「いけえー!」
追いかけてくる数10匹の鴉天狗達に、ミサイルを叩き込みながら、僕はミサイルより速く、魔物とすれ違い、猛スピードで空へ飛び立っていった。
ミサイルは全弾命中したみたいで、鴉天狗の断末魔の声と、火花が散った。
僕はさらに空に向かって上昇しながら、アルテミアの言葉を思い出していた。
(チェンジ・ザ・ハートは、持ち主の意志を感じて、形態を変えることができる)
「だったら!」
僕は遥か上空から、天空の騎士団の多さを改めて確認した。
僕の思いは、決まった。
「すべてをなぎ倒す力を!」
僕の叫びに呼応するかのように、両手についていたチェンジ・ザ・ハートが外れ、トンファータイプから槍へと形を変えたように見えたが…違った。
「これは…」
空中に浮かぶ僕の手に収まったものは、巨大な砲台だった。
いや、砲台のような銃だった。
チェンジ・ザ・ハートのバスター・モード。
「いけえ!」
僕は地上に群れる魔物達に、銃口を向け、引き金を弾いた。
凄まじい炎と雷鳴の光の束が、ドリルのように回転しながら、天空の騎士団に襲いかかった。
「何!」
ギラは反射的に手のひらを突き出し、バリアを張った。
しかし、そのバリアを突き破ると、地面を蒸発させる程の威力のある光線は、ギラの後にいたゴブリンの群を消滅させた。
そのまま、光のドリルは、天空の騎士団の魔物を次々に消滅させながら、隊の遥か後ろまで突き抜けていった。
「チッ」
サラが、迫ってくる光の前に立った。
サラのバリアも簡単に破られようとした時、その隣に明菜を抱えたバイラが立った。
「サラ」
バイラはちらっと、サラを見た。
サラは頷くと、バリアを張っていた右手に、左手を添えた。
「サラ・ブレイク」
「バイラ・ブレイク」
2人は同時に、雷撃を放った。
光がぶつかり合い、まともに見たら、目が潰れるのではないかと思う程の輝きが生まれ、周囲に四散し…やがて、消えた。
僕はバスター・モードのまま、崖の上に下り立った。
僕から、バイラ達までの数百メートルは、何もなくなっていた。
魔物も、草木も。
「馬鹿な…」
黒こげになりながらも、ギラは片膝をつき、まだ生きていた。
「これ程とは…」
サラの手のひらから、煙が上がった。肌が、焼け爛れていた。
「女神の一撃に、匹敵するか…」
バイラは素直な感想を述べ、前方に立つ僕を見つめた。
「それに…連射できるようだ」
バイラは、チェンジ・ザ・ハートを見、フッと笑った。
「人間の身でありながら、大したものだ」
バイラの妙な動きを感じ、チェンジ・ザ・ハートをバイラに向けて構えた僕の右頬に、風が吹いた。
「だが…君に用はない」
耳元で、声がした。
慌てて、銃口を横に向けたが、チェンジ・ザ・ハートは、軽く片手で押さえられてしまった。
「この巨大さ。接近戦向きではない」
いつのまにかそばに来ていたバイラは、焦る僕に微笑んだ。
チェンジ・ザ・ハートは弾け、トンファータイプに変わった。
僕は後ろにジャンプし、バイラから距離を取った。
「逃げなくてもいい」
バイラは微笑み、明菜を片手で差し出した。
「明菜!」
眠っている明菜は、死んだようにピクリとも、動かない。
「心配しなくていい。彼女は無理やり、この世界に連れて来られた為、意識を失っているだけだ」
「明菜を離せ!」
「離すさ」
バイラは、明菜を僕に投げた。
「うわああ」
ブレザー姿の明菜の体が、宙に舞った。
落とす訳にはいかない。
何とか両手でキャッチした僕は、バイラを睨んだ。
「危ないじゃないか!」
バイラは僕の言葉を無視し、明菜の左手を見た。
「最初から、お前達に用はない」
バイラは、明菜の薬指についた指輪を指差した。
「さっさと、指輪をつけろ」
僕は驚き、バイラと指先を交互に見た。
「我々が、用があるのは、アルテミアだけだ」
「指輪をつけろ」
サラは、もとの位置から僕を睨んだ。
「言われなくても」
僕はしゃがみ、土の上に、優しく明菜を横たえた。
ゆっくりと明菜の腕を取り、指輪を外した。すると、明菜の体が、透けるように消えていった。
「え!」
戸惑う僕に、バイラは言った。
「安心しろ。もとの世界に、戻っただけだ」
「よ、よかった...」
僕は胸を撫で下ろすと、改めてバイラ達を睨みながら、ゆっくりと立ち上がった。
「言われなくても、あんたらの望み通りにしてやるよ」
僕は、左手の薬指に指輪をつけると、大声で叫んだ。
「モード・チェンジ!」
指輪から、光が溢れ、僕を包んだ。
光の中から、ブロンドの美女が姿を現した。
「て、てめえら…全員、ぶっ殺す!」
バイラや、まだ周囲に残った天空の騎士団を見回し、アルテミアはガンを飛ばした。
「女神…」
バイラが、嬉しそうに呟いた。
「赤星、てめえも、だからな!下手うちやがって!」
ピアスの中で、僕は怯えた。
「天空の女神よ」
一歩前に出たバイラは両手を広げ、やがて…腰を屈めると、深々と頭を下げた。
「お久しぶりです」
サラやギラも腰を屈め、頭を下げた。
「バイラ…。サラ、ギラ…」
アルテミアは、騎士団長達を目だけで、確認した。
「我ら天空の騎士団は、あなた様の護衛として創られた」
頭を下げたままのバイラに、アルテミアは鼻を鳴らした。
「あたしには、関係ない」
「そう…あなたには、関係ない」
バイラは、顔を上げた。
「しかし!我ら、天空の騎士団は、わが主への!最後の勤めをいたしたく、参上致しました」
「何?」
アルテミアは、一歩前に出た。
立ち上がったバイラは、アルテミアを見下ろした。
3メートル近くあるバイラの体は、173センチのアルテミアの身長より、遥かに高い。
「我らは、せめて…マリー様やネーナ様に、殺される前に、下僕としての最後の勤めを」
殺気を感じ、アルテミアは構えた。
「せめて、我々の手で、あなた様を!殺してさし上げましょうぞ」
バイラ達の動きが、変わった。
「てめえら如きが、あたしを!」
一瞬にして近づき、攻撃してきたサラの手刀をかわすと、アルテミアはバイラとの間合いを、一気に詰めた。
「寝言は、あの世で言いやがれ!雑魚が」
雷を帯びた蹴りが、バイラの首筋に叩き込まれた。
「な」
アルテミアは絶句した。
蹴りは、人差し指一本で止められていた。
「今…雑魚は、あなただ」
バイラは、悲しげな目をアルテミアに向けた。
「天空の女神でありながら…翼を捨て…地を這う人間に、憧れた時から…」
バイラの指先から、流れた電流に痺れ、アルテミアは、後方に逃げた。
「電気が…あたしに…」
痺れる自分に驚くアルテミア。
「あなたは、弱くなった…。我々が、殺せるぐらいに」
バイラ達は、アルテミアに向けて、手をかざした。
「バイラ」
「サラ」
「ギラ」
三人の叫びは呼応した。
「ブレイク!」
そして…圧倒的な雷撃が、アルテミアに放たれた。