第170話 救いは何処に?
「…」
未だに、世界を守る巨大な結界。
それは、世界を二分するほどに広い。
実世界でいう…ロシア、中国、東ヨーロッパが魔界と言われる魔王のテリトリーだった。
結界は、エベレストやアルプスなどの山脈を利用して、広大な距離を覆っていた。
いつからか…誰が張ったのかは、わからない。
ただ…一部剥き出しになった遺跡から、事実はわかった。遺跡から、結界が張られているのだ。
遺跡の数はわからない。
地下や、空中にあり、その姿を晒しているものは、少ない。
その内の1つを、女が見上げていた。
剥き出しになった外壁に、女は手を触れていた。
「この技術があれば…王国は滅びることは、なかった」
この世界で、この遺跡でしか使われていない鉱石は貴重であり、一部を切り取り…採取しょうとした学者がいたが、魔法を受け付けない特殊を材質の為、傷1つつけることができなかった。
女は目を瞑り…死んでいった者に哀悼の黙祷を捧げた。
女の名は、カルマ。
数ヶ月前に滅んだアステカ王国最後の生き残りである。
アステカ王国が、魔王に襲撃させた際、カルマだけが脱出させられたのだ。
その時、気を失っていた為に、カルマはなぜ助かったのかは…わからない。
たった1人生き残ったカルマはただ....悔いてきた。
アステカ王国の守護神として生まれ…特別に強力な力を与えられていたカルマ。
しかし結局、王国を守ることはできなかった。
肝心な時に、気を失った。
「クッ」
カルマは、遺跡の壁を叩いた。
本当ならば、喉をかき切って、死ぬべきなのだろうが…カルマは戸惑っていた。
普通の人間にはない超能力を使えるが、寿命が短い…アステカ人。
その種を守ることが、カルマの使命だった。
今、カルマが命を絶てば…アステカ王国の血は絶える。
それは、絶対にしてはいけなかった。
カルマは、日本の着物に似た服を来ていた。
いや、忍者装束に近い。
その帯に差し込んでいたものを抜き取ると、カルマはそれを握り締め、遺跡の壁に叩きつけた。
その瞬間、決して傷がつくことのない壁に、傷が走った。
カルマは傷を確認すると、手の平を開け、その中にあるものを見つめた。
それは、ピンクの眼鏡ケースだった。
「やはり…ここの材質と同じ」
カルマはその事実を確認する為に、遺跡に来たのだ。
「これは…一体?」
カルマは、眼鏡ケースを見つめた。
何度か力ずくで、開けようとしたが、開けることはできなかった。
アステカ王国が崩壊した日。
カルマは王国から遠く離れた無人島に、テレポートさせられた。
目覚めた時、カルマは砂浜に仰向けに倒れていた。
気が付き、目を開けた時…上空に月が輝いていた。
そして、なぜか…その手には、眼鏡ケースが握られていた。
カルマは、眼鏡ケースを握り締めると、もう一度遺跡に叩きつけようとした。
「やめてくれないかな?」
突然、後ろから声がした。
カルマは振り返るより速く、左手を突きだし、サイコキネッシスを放った。
遺跡の前に広がるジャングルの木々が、数本根元から引きちぎられた。
「チッ」
舌打ちしたカルマの右腕を、誰かが掴んだ。
「これは、乙女ケース。月の女神が作ったといわれる神器だ」
「ジャスティン・ゲイ!」
カルマは力任せに、ジャスティンの手を振りほどくと、再びサイコキネッシスを放とうとした。
しかし、ジャスティンの動きは速く、射程距離内から離れていた。
「ここの遺跡を傷つけるのは、やめてくれないか?1つでもなくなると、どうなるかわからないからな」
ジャスティンは、カルマに微笑んだ。
カルマはジャスティンを睨み付け、
「ジャスティン・ゲイ!なぜここにいる!」
「さあ〜どうしてかな?」
すっ惚けるジャスティンに、カルマはキレた。
「よくも、おめおめと私の前に、姿を現したな!ジェーン様を見棄てたお前を、私は許しはしない」
「ジェーンを見棄てた?」
カルマの言葉に、ジャスティンは表情は変えなかったが、無意識に拳を握り締めた。
そのことに気付くと、ジャスティンは白々しく…肩をすくめて見せた。
「それは、心外だな。助けようにも、自分の体を捨て、新たなる他人の体に寄生してしまったら…どうすることもできない」
「それは、アステカ王国の王女の宿命だ!」
カルマの体が消えた。
一瞬で、ジャスティンのそばまでテレポートし、膝蹴りを喰らわす。
しかし、ジャスティンの反応は速く、テレポートアウトと同時に、カルマの膝蹴りを足と肘でガードした。
「クッ!」
カルマはすぐにテレポートすると、上空に現れた。
そして、空からサイコキネッシスをジャスティンに向けて、放とうとしたが、
「キャッ!」
小さな悲鳴を上げて、カルマは空中で背中を曲げていた。
死角から飛んできたブーメランが、後ろからカルマの背中を強打したのだ。
そのまま…空中から落下し、地面に激突すると思った時、再びテレポートすると、両手を地面についた体勢で、カルマは着地していた。
「…」
そして、激しく息をしながら、無言でジャスティンを睨んだ。
ジャスティンの手には、いつのまにかブーメランが握られていた。
ジャスティンは涼しい顔をしながら、内心は痛みに堪えていた。
魔王にやられた傷はまだ、癒えてはいない。
先程ガードはした時、衝撃で痛みがぶり返していた。
その為に、アルテミアと戦った時から使っていないブーメランを使用したのだ。
そのことに、カルマは気づいていない。
どうやら、カルマはサイキッカーとして、攻撃力が異常に発達した戦士であるが、心を読んだりすることはできないようだ。
(訓練次第では…)
ジャスティンはじっと、カルマを見つめながら、カルマの生い立ちを思い浮かべてた。
(孤独の世界か)
ジャスティンは何とかして、話し合いたいと思った。
しかし、それを否定するかのように、唐突に…2つの黒い影が遥か上空から落下して来た。
カルマとジャスティンの間に…。
「!?」
その2つの異常な魔力に、カルマの顔色が変わった。
決して上を向くことなく、震えながら、テレポートした。
「逃げたが…どうする?」
3メートル近くある巨体が音もたてずに着地すると、同じ隣に着地した女に訊いた。
「捨て置け。今は、雑魚に構ってる場合ではない」
女はじっと、ジャスティンを見つめていた。
「しかし…あやつが持っていたものは…」
巨体の男は何か言おうとしたが、無駄であることを悟り、口を閉じた。
ジャスティンはその2人のやり取りを見て、口元を緩めた。
「久しぶりだな。ギラ…そして、サラ」
「フン」
サラは鼻を鳴らすと、ジャスティンの体を見つめながら、目を細めた。
二本の角を生やしたサラと、一本の太い角を生やしたギラ。
翼ある魔物を率いる…天空の騎士団長である。
「元気そうで何よりだ」
ジャスティンの言葉に、サラは笑った。
「貴様の方こそ、魔王の攻撃を受けて…生きているとはな」
「人間にしておくのが、惜しいな」
ギラも、クククと喉を鳴らした。
そんな会話を交わした後、ジャスティンは構えた。
ブーメランと、ブラックカードを手にして。
そんなジャスティンを見て、サラは視線を外すと、そばにある遺跡を見上げた。
「!?」
殺気のないサラに、ジャスティンは眉を寄せた。
「まあ〜急かすな」
ギラが、戦闘態勢に入ったジャスティンをなだめた。
「どういう意味だ?」
ジャスティンは気を張りながら、ギラにきいた。
騎士団長が2人だ。一瞬でも、油断したら…死ぬ。
構えを解かないジャスティンを見ずに、サラは言った。
「見くびられたものだな」
「!?」
ジャスティンは、ギラを見た。
ギラは頷いた。
サラは、遺跡についた傷を見つめながら、
「手負いの貴様を…騎士団長が2人がかりで、相手などするか!」
少し怒気がこもった声が、辺りを震わせた。
どうやら、サラのプライドを傷つけたようだ。
ジャスティンはその怒気を感じて、逆に気を少し緩めた。
天空の騎士団長であるサラとギラは、武人である。
どんな手を使ってでも、殺すという行為が普通のはずの魔物の中で、卑怯なことはしない。
正々堂々と、真正面から戦う…そんな戦士だった。
多勢に無勢で戦うことはしても、その逆もない。
魔神の中でも、最高峰である自負が、2人…特にサラには強かった。
ホワイトナイツ時代に、何度か戦ったが、つねに1人だった。
こちらは、ジャスティンとクラークの2人がかりだとしても。
圧倒的な力と、戦士としての誇り。
決して…相いれない敵だとしても、その精神は、ジャスティンも畏敬の念を持っていた。
戦闘態勢を解いたジャスティンに、ギラが笑った。
「それに…今、貴様を殺してしまったら、人間の中でまともに我らと戦える者はいなくなる。こちらとしても、張り合いがなくなるわ」
ギラの言葉に、ジャスティンは笑い返した。
「それはどうかな?もしかしたら、私以上の戦士が育っているかもしれないぞ」
「ふぉ〜。それは、楽しみだな」
サラは、自分の小指を見た。
ギラは、眉を寄せた。
「…」
ジャスティンは姿勢を正し、2人に向き直すと、改めて口を開いた。
「お前達がここに来た…目的は、何だ?」
それは質問している感じではなく、確認をしょうとしている感じだった。
ジャスティン自身も気付かない程の動揺を、サラ達が見逃すはずがなかった。
「フッ…」
サラは笑うと、ジャスティンに向かっていた。
「お前と…同じ理由だ」
サラの答えに、ジャスティンの体に衝撃が走った。
思わず、また…攻撃体勢に入ってしまいそうになる自分を、拳を握り締めて何とか踏ん張った。
そんなジャスティンの様子に気付いたが、サラは無視して言葉を続けた。
「だからと言って、どうこうしょうという訳ではない」
サラの言葉の後を、ギラが続けた。
「我らもまた…確かめたいだけだ!なぜならば、我らがお仕えするべき存在は、魔王ライ!そして…」
ギラは、ジャスティンを見下ろし、
「アルテミア様だけだ」
その視線から感じる…圧倒的な意志の強さに、ジャスティンはそれだけで、足元が地面にめり込んだのではないかと、感じる程のプレッシャーを感じた。
ジャスティンも気合いを入れると顔を上げ、ギラの目を見据えた。
「…だが!今の魔王軍は、新たなる王が君臨したと、聞いている!どういうことだ!!」
「!」
ギラは驚き、サラは鼻で笑った。
「フン!あれは、仮初めの王に過ぎない!それに…」
言葉の途中で、サラはジャスティンの視線に気付いた。
期待しているような目の色に、サラは片眉をはね上げた。
しかし、すぐに…サラは口元を緩めると、ジャスティンに真実を話した。
「デスぺラードは、自らの肉体を失っている。だから、封印が解け、自由になったとはいえ、本来の力を発揮できない」
最初は、何てことを話すんだと…目を丸くしていたギラも、肩をすくめた後、話に割って入った。
「先程…逃げた女が、持っていた物…。あれこそが、デスぺラード復活の鍵になるかもしれない」
「!?」
今度は、ジャスティンが驚いた。
「あくまでも…仮説だがな」
ギラは言葉を付け足した。
「馬鹿な…」
ジャスティンは思わず…呟いた。
月影の力は、月の女神が与えたものだ。
闇の女神デスぺラードの復活に対抗して…。
少なくても、ジャスティンはそう思っていた。
少し考え込んでしまったジャスティンに、サラの激が飛んだ。
「そんな小事は、どうでもいい!今は、我らにとっての大事は、魔王復活と!アルテミア様の行方だ!そして、魔王と同じ波動を放つ存在の確認だ!」
「そうだな」
サラの激に、ジャスティンは現実に戻った。
少し自嘲気味に笑ってしまった。
それは、魔神を前にして…考え込んでしまった自分の甘さに対してだった。
そして、ジャスティンは一歩前に出ると、サラとギラを見据え訊いた。
「お前達は、魔王と同じ波動を発している者を…どうとらえているんだ?」
ジャスティンの質問に、サラはフッと笑い、
「それは、こちらもききたいな。お前はどう思っている」
質問を返した。
ジャスティンも笑うと、言葉を発した。
「魔王であるはずがない。そして、アルテミアでもない。だとすれば…可能性は一つ!」
サラとギラは、ジャスティンをじっと見つめ、次の言葉を待った。
「アルテミアの子供」
ジャスティンの確信に満ちた言葉に、サラは目を瞑った。
「馬鹿な…アルテミア様の子供など…」
ギラは目を見開き、少し狼狽えてみせた。
彼も心の奥では、その可能性を考えていたが、他人に言われるのとは違う。
「やはり…その可能性が、高いか…」
サラは目を開け、ジャスティンを見た。
「ああ…」
ジャスティンは頷いた。
「だ、だとすれば…あ、相手は!?」
まだ狼狽えているギラに、冷たい視線をサラは送りながら、呆れるように言った。
「決まっているだろが」
「や、やはり…」
ギラは認めたくないのか…口ごもった。
「彼と、アルテミアの子なれば…その力は、もしかしたら、魔王をも上回るかもしれない」
「!?」
ジャスティンの言葉に、サラとギラはお互いの目を見合った。
そして、そのまま…2人はジャスティンに視線を戻した。
「そして…そこからが、問題だ」
ジャスティンは体の力を抜き、自然体で構えた。
「その子をどうするのかだ」
ジャスティンの雰囲気の変化に、サラは鼻を鳴らした。
「是非もない!我らが、育て!次の王として、お迎えする」
ギラは拳を突きだし、力説した。
拳を握りしめるだけで魔力が溢れ、並みの魔物ならすくみ上がってしまうだろうが、ジャスティンは違った。
「させるかよ」
さらに、前に出た。
「人間に、利用などさせるか!そのお方は、我らの王の血筋」
「いや、違うな!2人の勇者の血筋だ!」
ジャスティンはギラの言葉を否定すると、さらに前に出た。
2人の体がぶつかると思われた瞬間、サラの腕が間に割って入った。
「今日は、やる気がない。そう言ったはずだ」
サラはジャスティンを見、そしてギラに視線を向け、
「我ら騎士団長に、二言はない」
サラの剣幕に、ギラは思わず後退り、頭をかいた。
「と、当然だ!」
妙に胸を張るギラを無視して、サラはジャスティンと向き合った。
「この件は、互いに相いれることはできないだろう。しかし、我らは譲る気がない」
サラはそう言うと、ジャスティンに背を向けた。
「しかし…」
サラは歩き出しても、言葉を止めなかった。
「今の魔王より…そのお方の方が、人間にも都合がいいのではないか?」
「何?」
ジャスティンは眉を寄せた。
サラはフッと笑うと、
「魔王ライが復活なさったら…必ず、人間を滅ぼすぞ」
「!?」
驚くジャスティンが聞き返す前に、サラはテレポートした。
「じゃあな」
ギラもすぐに、テレポートした。
「チッ!」
ジャスティンは舌打ちした。
すぐに、言い返すことのできなかった自分に対して…。
遺跡から、遠く離れた山の天辺に、テレポートアウトしたサラとギラは、下界を見下ろした。
「また…気を見失ったな」
アルテミアの子供と思われる者の気は、たまにしか感じることはできなかった。
それも微弱であり、気を研ぎ澄まさないと見つけることができない。
だが、反応のあった場所を辿ると、確実に移動していることはわかる。
「…」
ギラはちらっと、無言のサラを見ると、
「しかし…そのお方は必ず、我らで保護しなければならない!アルテミア様のように、不幸にさせてはならない!」
拳を握りしめた。
「不幸…」
サラは呟いた。
そして、目を瞑った。
脳裏に、檻の中で鎖に繋がれたアルテミアと、サラ達の前に立つアルテミアの姿が浮かんだ。
サラはゆっくりと目を開けると、再び目を瞑った。
ギラもまた…サラの反応に気付き、口を閉じた。
山を囲むように、広がるジャングルから、獣や鳥の鳴き声だけが時折...二人の静寂を邪魔した。