第168話 たれそれ
「…」
夕陽の木漏れ日が廊下を照らす中、九鬼は背を伸ばし…無言で歩いていた。
生徒会室に行かなければならないが、その前に探すべき人物がいた。
(理香子…)
九鬼は、探している相手の名を心の中で呟いた。
昼休みの戦いの途中、姿を見せた理香子だったが、すぐに煙のように消えた。
屋上から去る前に探したが…見つけることはできなかった。
(彼女がもし…あの世界から来た…本人だとしたら…)
九鬼の額に、冷や汗が流れた。
(あの力を…持っているとしたら…)
九鬼の脳裏に、光輝く戦闘服を着た理香子の横顔が浮かんだ。
(それは…あり得ない)
九鬼は、唇の端をキュッと上げた。
(なぜなら…あの力は、あの世界の月によってもたらされたもの)
九鬼は、実世界で使用していた乙女ケースを思い浮かべた。
(あの力があれば…何とかなるが…)
しかし、向こうの月から貰った力を、異世界で使用することは不可能なはずだから。
(だけど…理香子ならば…)
九鬼は、前を睨んだ。
(可能かもしれない)
それはまだ…九鬼の推測に過ぎなかった。
だから、断定はできない。
月影という物語をこの世界で発表し、デスぺラードに利用されたとはいえ、乙女ブラックの力を得て、ここ一年近く戦ってきたのは、九鬼である。
勇者赤星浩一亡き後、テレビのヒーローが実際に戦うという夢を、人々に与えてきた。
しかし…。
九鬼は黒の乙女ケースをポケットから取り出した。
今…手にある乙女ケースは、実世界のものでも、デスぺラードがつくったものでもない。
(この世界の月が…つくったとはいえ…)
九鬼は乙女ケースを握りしめた。
(あまりにも似ている)
タキシードの男から最初に手渡されたものは、デスぺラードが九鬼の思考を参考にしてつくったのは、間違いない。
しかし、今手にあるのは…。
九鬼が書いたテレビ番組を元にしたと思ったが、違う。
テレビで披露していない能力も、使えるからだ。
(だとしたら…)
九鬼は虚空を睨んだ。
(向こうの世界を知る者がいる)
そして、それは…理香子以外にあり得なかった。
(理香子は、どこに?)
探しても見つけることは、できなかった。
(やはり…生徒会室で、名簿を調べるしかないか)
九鬼は足を止め、来た道をUターンしょうとした時、視線の端に人影が映った。
(うん?)
九鬼は顔をしかめた。
素早い動きではなく、慌てふためきながら、開いていた教室の扉の向こうに隠れた。
九鬼はその動きを見て、相手の度量を見抜いた。
害はない。
背筋を伸ばし、九鬼は歩き出した。
影が隠れた扉の前を素通りした。
視線も前に向けたままだ。
すぐに階段がある為、左に曲がろうとした時、影が教室の中から飛び出してきた。
そして、震えながら…叫んだ。
「九鬼会長!」
九鬼はもう廊下を曲がり切っていたが、階段に足をかけてはいなかった。
少し息を吐くと、九鬼は回れ右をして、再び廊下に体を晒した。
「はい…どうなさいました?」
微笑んだ九鬼の前に、1人の女子生徒がガタガタと足を震わしながら、何とか立っていた。
「お、お、月が、学園、い、一年…し、C組の…あ、あ…阿藤…み、み美亜です」
自己紹介が、長い。
しかし、九鬼は優しく見守っていた。
鴉のような黒髪に、今時珍しい…牛乳瓶の蓋のような眼鏡をかけた…女子生徒は、両手で何かを握り締めながら目を瞑って、九鬼に突進してきた。
「ふ、ファンです!」
美亜が持っているのは、サイン色紙だった。
目を瞑っている為に、距離感がわからない美亜は、九鬼にぶつかりそうになった。
しかし、九鬼は美亜の動きに合わせて、後方にジャンプすると、突きだしたサイン色紙を手で受け取れるくらいの間合いを開けて、着地した。
「いいですよ」
九鬼は、何とか止まった美亜の手から、サイン色紙を受け取った。
「ペ、ペンです!」
サインペンを渡そうとする美亜は、まだ目を瞑っている為に、ペン先で九鬼の目を突きそうになった。
九鬼は左手の人差し指と中指でペンを挟むと、未亜の手から受け取った。
「ありがとう」
ペンを回転させると指から離し、一瞬でサイン色紙を左手に、ペンを右手に持ち変えた。
やっと目を開けた美亜は、きらきらと輝いた瞳で、九鬼に顔を向けた。
九鬼は微笑みながら、サイン色紙に名前を書こうとした。
「お、乙女!ブラックで、お願いします」
美亜の言葉に、九鬼はペンを止めると、
「わかったわ」
自分の名前でなく、乙女ブラックとサインした。
「はい」
サインを終え、美亜に返すと、
「やったあ!」
両手で受け取った美亜は、ジャンプした。
とても嬉しそうな美亜の様子に、九鬼は自然と微笑んだ。
テレビ番組で、乙女ブラックを演じていると、こういうサインを求められることは多い。
そして、素直に喜んでくれることが、何よりも嬉しかった。
向こうの世界では、あり得ないことだったから…。
「ずっと!大切にします!」
美亜は、頭が床に付くぐらいにお辞儀をすると、
「ありがとうございましたあ!」
そのまま回れ右をして、走り出した。
「!?」
九鬼は少し驚きながら、美亜の後ろ姿を見送った。
途中…足がもつれて、転んだ美亜は顔から、床に激突した。
「だ、大丈夫!?」
思わず、そばに駆け寄った九鬼に、
「色紙持ってたから…手つけなかった」
美亜は額を真っ赤にしながら、笑った。
ぶつかる瞬間も色紙を両手で持ち、離さなかった為に、もろに顔面を打ったのだ。
その衝撃で、かけていた眼鏡が飛んでいた。
分厚いレンズの眼鏡が外れた為、美亜の印象が一気に変わった。
何事にも動じない九鬼が、目を見張った程だ。
なぜなら…目の前に絶世の美女が現れたからだ。
「ご、ごめんなさい!」
美亜は立ち上がると、色紙を脇に挟み、廊下に転がった眼鏡を素早い動きで拾い上げた。
そして、眼鏡拭きでレンズを拭くと、
「この眼鏡…度が合ってなくて」
ぺろっと舌を出した。
明らかに、眼鏡をかけてない方が動きがよかった。
「では…ご心配をおかけしました」
眼鏡をかけて頭を下げると、またふらつきながら、美亜は廊下を歩いていった。
「気をつけてね」
九鬼は見送りながら、首を捻った。
「おかしな子ね」
注意するのもなんだし…九鬼は、美亜が廊下を曲がるまでは見守った。
そんなことをしている間に、夕陽は沈んだ。
一気に辺りは暗くなり、上空には、月が昇った。
「月影の時間よ」
校長室から出たリオは、にやりと口許を緩めた。
「はい!御姉様」
後ろから、梨絵が続いた。
「月影の力は…すべて、私達のもの」
リオと理恵が歩き出すと、後ろから数十人の男子生徒が、どこからか姿を現した。
「やつらから…乙女ケースを奪うわよ!」
リオの言葉に、後ろでついてくる男子生徒達は、ポケットから黒い布を取り出した。
それは、マスクだった。
男子生徒達は一斉に、頭に被ると、ナイフを取り出した。
「行け!我が僕…シャドウ達よ!乙女ケースを奪うのよ」
「は!」
シャドウとなった男子生徒達は、廊下を走り出した。
リオ達を追い越し、散りじりになって、ターゲットを探す。
「敵には死を!失敗すれば、己に死を!」
リオはシャドウ達の背中に、叫んだ。
「敵には死を!失敗すれば、己に死を!」
「敵には死を!失敗すれば、己に死を!」
「敵には死を!失敗すれば、己に死を!」
シャドウ達は各々に、そう呟きながら、廊下を走る。
彼らのターゲットは勿論、乙女ケースを持つ… 九鬼とカレンであった。
「私は行かなければならない…」
放課後になって、カレンは再び屋上にいた。
またジャスティンに呼び出されたのだ。
「どこへ?」
カレンは、スカートのポケットに両手を突っ込みながら訊いた。
ジャスティンは、上空に姿を見せた月を見上げながら、
「月影も大切だが…それ以上に、重要なことがある」
思い詰めたような表情になった。
「それは、何です?」
いつもなら、重要なことははぐらかすジャスティンは、月からカレンへと視線を移すと、
「…魔王の封印を解く…鍵の存在が確認された」
「魔王の封印を解く鍵?」
「そうだ」
ジャスティンは頷くと、今度はカレンに背を向けた。
「詳しくは、わかっていない。しかし…波動が魔王と酷似しているらしい。まだ微弱で、近くまで接近しないと、魔敵レーダーにも感知されないようだが…」
「ということは…魔王の眷族?」
カレンは考え込んだ。
「その可能性が、大きい。しかし、魔王の血を引く者は、アルテミアしかいない。だが…アルテミアではないようだ」
「それじゃ…一体」
カレンの知るところでは、アルテミアに兄弟はいない。
姉と言われた…ネーナやマリーは、魔王が創造した娘達だ。
アルテミアのように、女に産ました子供ではない。
「その波動の側に、もう1つの魔敵反応を確認できた。それも、一瞬だったが…その波動は、ある魔物と一致した」
ジャスティンは目を細め、
「しかし…その魔物は、死亡を確認されている」
「王の波動に、付き添う…魔物…」
カレンは、ジャスティンの言葉を待った。
「その魔物の名は…」
ジャスティンは目を瞑り、
「フレア…。炎の騎士団長…リンネの妹」
「騎士団長!」
カレンは目を見開いた。
騎士団長。
今、カレンが戦い…勝つことができないと思われる存在だった。
ジャスティンは目を開けると、振り返った。
「フレアは…赤星浩一君と魔王レイとの戦いの最中…死亡した…はずだった」
「赤星浩一!?」
カレンは思いがけない人物の名に、驚いた。
会ったことはないが、自分が戦わずに逃げた存在である…炎の女神を、一撃で倒した男。
そして、数ヶ月前までは…人類の希望だった男。
「私は、確かめなければならない。フレアが守る者を!もしかしたら…その者こそが、人類を守る救世主になるかもしれない」
ジャスティンは、ブラックカードを取り出した。
今にも、テレポートしそうなジャスティンを、カレンは慌てて止めた。
「ち、ちょっと待って!だとしたら、あんたはそいつをどう思っているのよ」
ジャスティンはフッと笑い、
「魔王の血筋」
とこたえた。
「そ、それじゃ〜!そいつは、もしかして…」
カレンが核心の言葉を口にしょうとした時、屋上の扉が開き、黒いマスクを被った男達が入ってきた。
「カレン…」
驚き、振り返ったカレンに向けて、ジャスティンは消える前に、言葉をかけた。
「月影の件は、頼む。だけど、こいつらは人間だから…殺すなよ」
「まだ話の途中だ!」
カレンは、男達を睨みながは、後ろに向かって叫んだ。
「最後に…この学校に、九鬼真弓という生徒がいる。彼女を味方につけろ!いいな。彼女なら、お前の足りないところを補ってくれるはずだ」
ジャスティンはそう言うと、屋上からテレポートした。
「弟子を置いていきやがった!あの馬鹿師匠!」
カレンは毒づくと、男達を睨んだ。
黒いマスクを被った男の1人が、カレンに向かって言った。
「おとなしく、お前の持つ乙女ケースを渡せ!さもなくば…痛い目を見るぞ!」
男の言葉に、カレンは鼻を鳴らした。
「フン!雑魚が、雑魚らしい台詞を吐きやがって!お前らごときに、あたしがやられるか!」
カレンは胸元から、ペンダントを取り出し、ピュアハートを召喚しょうとした。
「クッ!」
しかし、カレンは躊躇ってしまった。
ペンダントを握り締め、少し動きが止まったカレンの頭上から、誰かが飛びかかってきた。
「な!」
頭上の気配を感じ、後方にジャンプしたカレンがいた場所に、日本刀が突き刺さった。
「十夜様!」
男達から、歓声が上がった。
「貴様らは、入口を固めていろ!貴様達では、太刀打ちはできない」
校則違反の短いスカートに、金髪の頭を振り乱して、十夜と言われた女生徒は日本刀を床から抜くと、刃をカレンに向けた。
「山本可憐!いや、カレン・アートウッドよ。伝説の勇者を親族に持つ!貴様の力見せてみろ!」
十夜は日本刀を振り上げると、カレンに向かってきた。
しかし、十夜の踏み込みを見て、余裕でかわせるとふんだカレンは、数秒後…予想だにしない出来事に唖然とした。
「ほお〜」
十夜は感心したように、笑った。
「な」
カレンの髪の先が斬られ、風に舞った。
「無意識で、避けるとは…流石!鍛えているな!」
十夜は振り抜いた日本刀を持ち変え、刃を上に向けると、今度は斬り上げた。
「クッ!」
その攻撃は、余裕で避けたカレンは日本刀の軌道上を潜り、拳を十夜の鳩尾に叩き込んだ。
「調子に乗るな!」
くの字に曲がるはずの十夜の体は、びくともしなかった。
カレンは咄嗟に、日本刀の届かない間合いまで離れた。
「てめえ」
拳の痛みが、カレンに告げていた。
「人間ではないな」
カレンは、日本刀を持つ十夜を睨んだ。
「人間だよ。おれはな」
十夜は着ていた制服を左手で引きちぎると、上半身を露にした。
下着を着けた肉体の殆どが、鋼でできていた。
「だけど…体の殆どは、肉でできていないがな」
十夜はにやりと、口元を緩めた。
「日本地区の伝統…からくりと、ヨーロッパ地区の鍛金術で育成された…俺の体!」
十夜は日本刀をゆっくりと、カレンに向けた。
「科学の世界では、サイボークというらしいな」
「…」
カレンは、十夜の体を凝視した。
「俺の名は、十夜小百合!この体の為、月影にはなれないが…月影を超える戦士になる者だ」
十夜は、日本刀を上空にある月にかざした。
すると、刃が妖しく輝き出した。
「この刀の名は、神月!月影の力を分析し、刀身にのみ…月の力を得ることができる!」
十夜はそう言うと、半歩踏み込んだ。
カレンは十夜の動きに合わせて下がったが、頬に傷が走った。
それを見て、十夜は楽しそうに笑った。
「斬れ味は、数段増したぞ」
カレンは傷口から、流れる血を気にもせず、ただ妖しく輝く刀身を見つめた。
「どうした?貴様も剣を持っているんだろ」
十夜はまるで鞭でも振るうように、神月を手首のスナップだけで、攻撃を仕掛けた。
音速を超えた残像が、カレンの目の前で踊った。
細かい切り傷が、カレンの全身に走る。
「どうした!乙女ダイヤモンドを斬ったという剣はどうした!」
傷が負いながらも、カレンはただ十夜の目だけを見つめていた。
「そうか!あまりの攻撃の速さに、見切ることも!剣を抜くこともできないのか!」
十夜は眼孔を開き、突然肩を入れると、腕を伸ばした。
こうを描く動きから、いきなりの直線の攻撃は、目で追うことは不可能のはずだった。
「何!?」
恍惚の表情から、驚きの顔に変わった十夜は、剣先に固いものが当たった感触を覚えた。
「なるほどな…」
カレンは先ほどから、十夜の目から視線を外していない。
「関節部分や…足など力がかかるところを強化して、運動能力を上げたか」
カレンは、目を細め、
「なかなか…考えたな」
フッっ笑った。
「馬鹿な」
十夜の突きは、カレンの手にある乙女ケースによって受け止められていた。
カレンは軽く溜め息をついた。
「はあ〜。お前如きに、あの剣を使えるかよ。あれは、伝説の剣なんでな!」
カレンの蹴りが、驚いたままの十夜を後ろに戻した。
「てめえらの土壌で、戦ってやるよ」
カレンは、乙女ケースを突きだし、
「何とか…ソルジャーに変身してやるよ」
握り締めた。
「変身!」
カレンは叫んだ。
しかし…反応がない。
「え?どうなってるんだ」
乙女ケースを見つめ、首を傾げるカレンに、十夜は笑った。
「何も知らない素人が!」
十夜は、剣を振り上げた。
「装着よ!」
扉の方から声が聞こえた。
「え?」
驚く男達が、一斉に振り向いた…その瞬間、扉から飛び出して来た影が、一番近い場所にいた男の頭を掴むとジャンプして、黒マスクの群れを飛び越した。
「フン!」
影は空中で気合いを入れると、神月を振り上げていた十夜の手元に、回し蹴りを喰らわした。
「な!」
思わず神月を離してしまった十夜に向けて、着地と同時に後ろ蹴りで、体勢を崩させた。
「あんたは!」
蹴ると同時に両手をつき、半回転すると、立ち上がった影をカレンは知っていた。
「早く!」
そのままカレンのそばに走ってきた影は、黒い乙女ケースを突きだした。
「貴様は!」
十夜は、床を滑った神月を掴むと、
「九鬼真弓!」
九鬼に向かって構えた。
九鬼は口元を緩めると、叫んだ。
「装着!」
一呼吸遅れて、カレンも叫んだ。
「装着!」
黒と赤の光が、それぞれを包んだ。
「き、貴様にも!」
十夜は神月を突きだしながら、九鬼に向かって突進した。
「刺客が向かったはずだ」
十夜の突きを、少し体を横に移動するだけで、九鬼は避けた。
乙女ブラックになった九鬼の脇の下を、刃が通りすぎた。
九鬼はそのまま脇を締めると、十夜の手首を掴み、回転すると手首を捻った。
肉ではない素材でできているとはいえ、乙女ブラックの力で捻られた為、思わず十夜は剣を離した。
「クッ!」
十夜は苦痛で顔をしかめながらも、左手を九鬼に向けた。
すると、手のひらから針のようなものが飛び出してきた。
九鬼は手首を離すと、針を避けた。
そして、回転すると、床に落ちている神月を掴み、
「フン!」
気合いとともに、剣を振るった。
「うぎゃああ!」
十夜が、断末魔の悲鳴を上げた。
九鬼が振るった神月は、十夜の左手首を切り落としていた。
しかし、血は流れなかった。
どうやら、十夜の腕は完全に生身ではないようだ。
九鬼は返す腕で、十夜の右手首も切り落とした。
そして、神月を床に突き刺すと、九鬼はジャンプした。
「ルナティックキック!」
唖然としている十夜の首筋に、九鬼のレッグラリアットが叩き込まれた。
ふっ飛んだ十夜は、そのまま…動かなくなった。
「やるな」
勝負が決まるまで、一瞬だった。
感心するカレンの方を向いた九鬼は、
「あなたこそ…」
微笑んだ。
九鬼が十夜を倒す前に、屋上にいた男達は、すべてカレンが倒していた。
足元に転がる男を見て、九鬼は眼鏡を外した。
変身が解け、学生服の九鬼に戻った。
「乙女ソルジャーか…」
カレンも眼鏡を外した。
もとの姿に戻ると、カレンは手首を動かし、
「確かに…運動能力が、格段に上がった。これが、月の力か」
体をチェックした。
その様子を見つめていた九鬼は、倒れているはずの十夜に視線を向けた。
「!?」
十夜がいない。
床に突き刺した神月もなくなっていた。
九鬼は顔を引き締め、辺りを探ったが、十夜の姿はなかった。
「どこへ?」
首を捻っている九鬼に、カレンが話しかけた。
「だが…これだけで、特別な力を得たと感じはしないんだが…」
初めての変身により、体に異常がないか確かめるカレンに、十夜の探索を諦めた九鬼はフッと笑った。
「それは、あなたが…もとから強いからですよ。並の戦士よりも」
「…」
九鬼の少し切なげな口調に、カレンは九鬼の顔を見た。
「月影には…秘密があるようです。あたしの知らない何かが」
九鬼はそう言うと、カレンに頭を下げ、扉に向けて歩きだした。
カレンは待てと言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。
なぜなら…その次の言葉が続かなかったからだ。
屋上から消える九鬼の背中は、月に照らされているというに、影があった。