表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/563

第168話 たれそれ

「…」


夕陽の木漏れ日が廊下を照らす中、九鬼は背を伸ばし…無言で歩いていた。


生徒会室に行かなければならないが、その前に探すべき人物がいた。


(理香子…)


九鬼は、探している相手の名を心の中で呟いた。


昼休みの戦いの途中、姿を見せた理香子だったが、すぐに煙のように消えた。


屋上から去る前に探したが…見つけることはできなかった。


(彼女がもし…あの世界から来た…本人だとしたら…)


九鬼の額に、冷や汗が流れた。


(あの力を…持っているとしたら…)


九鬼の脳裏に、光輝く戦闘服を着た理香子の横顔が浮かんだ。


(それは…あり得ない)


九鬼は、唇の端をキュッと上げた。


(なぜなら…あの力は、あの世界の月によってもたらされたもの)


九鬼は、実世界で使用していた乙女ケースを思い浮かべた。


(あの力があれば…何とかなるが…)


しかし、向こうの月から貰った力を、異世界で使用することは不可能なはずだから。


(だけど…理香子ならば…)


九鬼は、前を睨んだ。


(可能かもしれない)


それはまだ…九鬼の推測に過ぎなかった。


だから、断定はできない。


月影という物語をこの世界で発表し、デスぺラードに利用されたとはいえ、乙女ブラックの力を得て、ここ一年近く戦ってきたのは、九鬼である。


勇者赤星浩一亡き後、テレビのヒーローが実際に戦うという夢を、人々に与えてきた。


しかし…。


九鬼は黒の乙女ケースをポケットから取り出した。


今…手にある乙女ケースは、実世界のものでも、デスぺラードがつくったものでもない。


(この世界の月が…つくったとはいえ…)


九鬼は乙女ケースを握りしめた。


(あまりにも似ている)


タキシードの男から最初に手渡されたものは、デスぺラードが九鬼の思考を参考にしてつくったのは、間違いない。


しかし、今手にあるのは…。


九鬼が書いたテレビ番組を元にしたと思ったが、違う。


テレビで披露していない能力も、使えるからだ。


(だとしたら…)


九鬼は虚空を睨んだ。


(向こうの世界を知る者がいる)


そして、それは…理香子以外にあり得なかった。


(理香子は、どこに?)


探しても見つけることは、できなかった。


(やはり…生徒会室で、名簿を調べるしかないか)


九鬼は足を止め、来た道をUターンしょうとした時、視線の端に人影が映った。


(うん?)


九鬼は顔をしかめた。


素早い動きではなく、慌てふためきながら、開いていた教室の扉の向こうに隠れた。


九鬼はその動きを見て、相手の度量を見抜いた。


害はない。


背筋を伸ばし、九鬼は歩き出した。


影が隠れた扉の前を素通りした。


視線も前に向けたままだ。


すぐに階段がある為、左に曲がろうとした時、影が教室の中から飛び出してきた。


そして、震えながら…叫んだ。


「九鬼会長!」


九鬼はもう廊下を曲がり切っていたが、階段に足をかけてはいなかった。


少し息を吐くと、九鬼は回れ右をして、再び廊下に体を晒した。


「はい…どうなさいました?」


微笑んだ九鬼の前に、1人の女子生徒がガタガタと足を震わしながら、何とか立っていた。


「お、お、月が、学園、い、一年…し、C組の…あ、あ…阿藤(アトウ)…み、み美亜(ミア)です」


自己紹介が、長い。


しかし、九鬼は優しく見守っていた。


鴉のような黒髪に、今時珍しい…牛乳瓶の蓋のような眼鏡をかけた…女子生徒は、両手で何かを握り締めながら目を瞑って、九鬼に突進してきた。


「ふ、ファンです!」


美亜が持っているのは、サイン色紙だった。


目を瞑っている為に、距離感がわからない美亜は、九鬼にぶつかりそうになった。


しかし、九鬼は美亜の動きに合わせて、後方にジャンプすると、突きだしたサイン色紙を手で受け取れるくらいの間合いを開けて、着地した。


「いいですよ」


九鬼は、何とか止まった美亜の手から、サイン色紙を受け取った。


「ペ、ペンです!」


サインペンを渡そうとする美亜は、まだ目を瞑っている為に、ペン先で九鬼の目を突きそうになった。


九鬼は左手の人差し指と中指でペンを挟むと、未亜の手から受け取った。


「ありがとう」


ペンを回転させると指から離し、一瞬でサイン色紙を左手に、ペンを右手に持ち変えた。


やっと目を開けた美亜は、きらきらと輝いた瞳で、九鬼に顔を向けた。


九鬼は微笑みながら、サイン色紙に名前を書こうとした。


「お、乙女!ブラックで、お願いします」


美亜の言葉に、九鬼はペンを止めると、


「わかったわ」


自分の名前でなく、乙女ブラックとサインした。


「はい」


サインを終え、美亜に返すと、


「やったあ!」


両手で受け取った美亜は、ジャンプした。


とても嬉しそうな美亜の様子に、九鬼は自然と微笑んだ。


テレビ番組で、乙女ブラックを演じていると、こういうサインを求められることは多い。


そして、素直に喜んでくれることが、何よりも嬉しかった。


向こうの世界では、あり得ないことだったから…。


「ずっと!大切にします!」


美亜は、頭が床に付くぐらいにお辞儀をすると、


「ありがとうございましたあ!」


そのまま回れ右をして、走り出した。


「!?」


九鬼は少し驚きながら、美亜の後ろ姿を見送った。


途中…足がもつれて、転んだ美亜は顔から、床に激突した。


「だ、大丈夫!?」


思わず、そばに駆け寄った九鬼に、


「色紙持ってたから…手つけなかった」


美亜は額を真っ赤にしながら、笑った。


ぶつかる瞬間も色紙を両手で持ち、離さなかった為に、もろに顔面を打ったのだ。


その衝撃で、かけていた眼鏡が飛んでいた。


分厚いレンズの眼鏡が外れた為、美亜の印象が一気に変わった。


何事にも動じない九鬼が、目を見張った程だ。


なぜなら…目の前に絶世の美女が現れたからだ。


「ご、ごめんなさい!」


美亜は立ち上がると、色紙を脇に挟み、廊下に転がった眼鏡を素早い動きで拾い上げた。


そして、眼鏡拭きでレンズを拭くと、


「この眼鏡…度が合ってなくて」


ぺろっと舌を出した。


明らかに、眼鏡をかけてない方が動きがよかった。


「では…ご心配をおかけしました」


眼鏡をかけて頭を下げると、またふらつきながら、美亜は廊下を歩いていった。


「気をつけてね」


九鬼は見送りながら、首を捻った。


「おかしな子ね」


注意するのもなんだし…九鬼は、美亜が廊下を曲がるまでは見守った。


そんなことをしている間に、夕陽は沈んだ。


一気に辺りは暗くなり、上空には、月が昇った。






「月影の時間よ」


校長室から出たリオは、にやりと口許を緩めた。


「はい!御姉様」


後ろから、梨絵が続いた。


「月影の力は…すべて、私達のもの」


リオと理恵が歩き出すと、後ろから数十人の男子生徒が、どこからか姿を現した。


「やつらから…乙女ケースを奪うわよ!」


リオの言葉に、後ろでついてくる男子生徒達は、ポケットから黒い布を取り出した。


それは、マスクだった。


男子生徒達は一斉に、頭に被ると、ナイフを取り出した。


「行け!我が僕…シャドウ達よ!乙女ケースを奪うのよ」


「は!」


シャドウとなった男子生徒達は、廊下を走り出した。


リオ達を追い越し、散りじりになって、ターゲットを探す。


「敵には死を!失敗すれば、己に死を!」


リオはシャドウ達の背中に、叫んだ。


「敵には死を!失敗すれば、己に死を!」


「敵には死を!失敗すれば、己に死を!」


「敵には死を!失敗すれば、己に死を!」


シャドウ達は各々に、そう呟きながら、廊下を走る。


彼らのターゲットは勿論、乙女ケースを持つ… 九鬼とカレンであった。





「私は行かなければならない…」


放課後になって、カレンは再び屋上にいた。


またジャスティンに呼び出されたのだ。


「どこへ?」


カレンは、スカートのポケットに両手を突っ込みながら訊いた。


ジャスティンは、上空に姿を見せた月を見上げながら、


「月影も大切だが…それ以上に、重要なことがある」


思い詰めたような表情になった。


「それは、何です?」


いつもなら、重要なことははぐらかすジャスティンは、月からカレンへと視線を移すと、


「…魔王の封印を解く…鍵の存在が確認された」


「魔王の封印を解く鍵?」


「そうだ」


ジャスティンは頷くと、今度はカレンに背を向けた。


「詳しくは、わかっていない。しかし…波動が魔王と酷似しているらしい。まだ微弱で、近くまで接近しないと、魔敵レーダーにも感知されないようだが…」


「ということは…魔王の眷族?」


カレンは考え込んだ。


「その可能性が、大きい。しかし、魔王の血を引く者は、アルテミアしかいない。だが…アルテミアではないようだ」


「それじゃ…一体」


カレンの知るところでは、アルテミアに兄弟はいない。


姉と言われた…ネーナやマリーは、魔王が創造した娘達だ。


アルテミアのように、女に産ました子供ではない。


「その波動の側に、もう1つの魔敵反応を確認できた。それも、一瞬だったが…その波動は、ある魔物と一致した」


ジャスティンは目を細め、


「しかし…その魔物は、死亡を確認されている」


「王の波動に、付き添う…魔物…」


カレンは、ジャスティンの言葉を待った。


「その魔物の名は…」


ジャスティンは目を瞑り、


「フレア…。炎の騎士団長…リンネの妹」


「騎士団長!」


カレンは目を見開いた。


騎士団長。


今、カレンが戦い…勝つことができないと思われる存在だった。


ジャスティンは目を開けると、振り返った。


「フレアは…赤星浩一君と魔王レイとの戦いの最中…死亡した…はずだった」


「赤星浩一!?」


カレンは思いがけない人物の名に、驚いた。


会ったことはないが、自分が戦わずに逃げた存在である…炎の女神を、一撃で倒した男。


そして、数ヶ月前までは…人類の希望だった男。


「私は、確かめなければならない。フレアが守る者を!もしかしたら…その者こそが、人類を守る救世主になるかもしれない」


ジャスティンは、ブラックカードを取り出した。


今にも、テレポートしそうなジャスティンを、カレンは慌てて止めた。


「ち、ちょっと待って!だとしたら、あんたはそいつをどう思っているのよ」


ジャスティンはフッと笑い、


「魔王の血筋」


とこたえた。


「そ、それじゃ〜!そいつは、もしかして…」


カレンが核心の言葉を口にしょうとした時、屋上の扉が開き、黒いマスクを被った男達が入ってきた。


「カレン…」


驚き、振り返ったカレンに向けて、ジャスティンは消える前に、言葉をかけた。


「月影の件は、頼む。だけど、こいつらは人間だから…殺すなよ」


「まだ話の途中だ!」


カレンは、男達を睨みながは、後ろに向かって叫んだ。


「最後に…この学校に、九鬼真弓という生徒がいる。彼女を味方につけろ!いいな。彼女なら、お前の足りないところを補ってくれるはずだ」


ジャスティンはそう言うと、屋上からテレポートした。



「弟子を置いていきやがった!あの馬鹿師匠!」


カレンは毒づくと、男達を睨んだ。


黒いマスクを被った男の1人が、カレンに向かって言った。


「おとなしく、お前の持つ乙女ケースを渡せ!さもなくば…痛い目を見るぞ!」


男の言葉に、カレンは鼻を鳴らした。


「フン!雑魚が、雑魚らしい台詞を吐きやがって!お前らごときに、あたしがやられるか!」


カレンは胸元から、ペンダントを取り出し、ピュアハートを召喚しょうとした。


「クッ!」


しかし、カレンは躊躇ってしまった。


ペンダントを握り締め、少し動きが止まったカレンの頭上から、誰かが飛びかかってきた。


「な!」


頭上の気配を感じ、後方にジャンプしたカレンがいた場所に、日本刀が突き刺さった。


「十夜様!」


男達から、歓声が上がった。


「貴様らは、入口を固めていろ!貴様達では、太刀打ちはできない」


校則違反の短いスカートに、金髪の頭を振り乱して、十夜と言われた女生徒は日本刀を床から抜くと、刃をカレンに向けた。


「山本可憐!いや、カレン・アートウッドよ。伝説の勇者を親族に持つ!貴様の力見せてみろ!」


十夜は日本刀を振り上げると、カレンに向かってきた。


しかし、十夜の踏み込みを見て、余裕でかわせるとふんだカレンは、数秒後…予想だにしない出来事に唖然とした。


「ほお〜」


十夜は感心したように、笑った。


「な」


カレンの髪の先が斬られ、風に舞った。


「無意識で、避けるとは…流石!鍛えているな!」


十夜は振り抜いた日本刀を持ち変え、刃を上に向けると、今度は斬り上げた。


「クッ!」


その攻撃は、余裕で避けたカレンは日本刀の軌道上を潜り、拳を十夜の鳩尾に叩き込んだ。


「調子に乗るな!」


くの字に曲がるはずの十夜の体は、びくともしなかった。


カレンは咄嗟に、日本刀の届かない間合いまで離れた。


「てめえ」


拳の痛みが、カレンに告げていた。


「人間ではないな」


カレンは、日本刀を持つ十夜を睨んだ。


「人間だよ。おれはな」


十夜は着ていた制服を左手で引きちぎると、上半身を露にした。


下着を着けた肉体の殆どが、鋼でできていた。


「だけど…体の殆どは、肉でできていないがな」


十夜はにやりと、口元を緩めた。


「日本地区の伝統…からくりと、ヨーロッパ地区の鍛金術で育成された…俺の体!」


十夜は日本刀をゆっくりと、カレンに向けた。


「科学の世界では、サイボークというらしいな」


「…」


カレンは、十夜の体を凝視した。


「俺の名は、十夜小百合!この体の為、月影にはなれないが…月影を超える戦士になる者だ」


十夜は、日本刀を上空にある月にかざした。


すると、刃が妖しく輝き出した。


「この刀の名は、神月!月影の力を分析し、刀身にのみ…月の力を得ることができる!」


十夜はそう言うと、半歩踏み込んだ。


カレンは十夜の動きに合わせて下がったが、頬に傷が走った。


それを見て、十夜は楽しそうに笑った。


「斬れ味は、数段増したぞ」


カレンは傷口から、流れる血を気にもせず、ただ妖しく輝く刀身を見つめた。


「どうした?貴様も剣を持っているんだろ」


十夜はまるで鞭でも振るうように、神月を手首のスナップだけで、攻撃を仕掛けた。


音速を超えた残像が、カレンの目の前で踊った。


細かい切り傷が、カレンの全身に走る。


「どうした!乙女ダイヤモンドを斬ったという剣はどうした!」


傷が負いながらも、カレンはただ十夜の目だけを見つめていた。


「そうか!あまりの攻撃の速さに、見切ることも!剣を抜くこともできないのか!」


十夜は眼孔を開き、突然肩を入れると、腕を伸ばした。


こうを描く動きから、いきなりの直線の攻撃は、目で追うことは不可能のはずだった。


「何!?」


恍惚の表情から、驚きの顔に変わった十夜は、剣先に固いものが当たった感触を覚えた。


「なるほどな…」


カレンは先ほどから、十夜の目から視線を外していない。


「関節部分や…足など力がかかるところを強化して、運動能力を上げたか」


カレンは、目を細め、


「なかなか…考えたな」


フッっ笑った。


「馬鹿な」


十夜の突きは、カレンの手にある乙女ケースによって受け止められていた。


カレンは軽く溜め息をついた。


「はあ〜。お前如きに、あの剣を使えるかよ。あれは、伝説の剣なんでな!」


カレンの蹴りが、驚いたままの十夜を後ろに戻した。


「てめえらの土壌で、戦ってやるよ」


カレンは、乙女ケースを突きだし、


「何とか…ソルジャーに変身してやるよ」


握り締めた。


「変身!」


カレンは叫んだ。


しかし…反応がない。


「え?どうなってるんだ」


乙女ケースを見つめ、首を傾げるカレンに、十夜は笑った。


「何も知らない素人が!」


十夜は、剣を振り上げた。



「装着よ!」


扉の方から声が聞こえた。


「え?」


驚く男達が、一斉に振り向いた…その瞬間、扉から飛び出して来た影が、一番近い場所にいた男の頭を掴むとジャンプして、黒マスクの群れを飛び越した。


「フン!」


影は空中で気合いを入れると、神月を振り上げていた十夜の手元に、回し蹴りを喰らわした。


「な!」


思わず神月を離してしまった十夜に向けて、着地と同時に後ろ蹴りで、体勢を崩させた。


「あんたは!」


蹴ると同時に両手をつき、半回転すると、立ち上がった影をカレンは知っていた。


「早く!」


そのままカレンのそばに走ってきた影は、黒い乙女ケースを突きだした。


「貴様は!」


十夜は、床を滑った神月を掴むと、


「九鬼真弓!」


九鬼に向かって構えた。


九鬼は口元を緩めると、叫んだ。


「装着!」


一呼吸遅れて、カレンも叫んだ。


「装着!」


黒と赤の光が、それぞれを包んだ。


「き、貴様にも!」


十夜は神月を突きだしながら、九鬼に向かって突進した。


「刺客が向かったはずだ」


十夜の突きを、少し体を横に移動するだけで、九鬼は避けた。


乙女ブラックになった九鬼の脇の下を、刃が通りすぎた。


九鬼はそのまま脇を締めると、十夜の手首を掴み、回転すると手首を捻った。


肉ではない素材でできているとはいえ、乙女ブラックの力で捻られた為、思わず十夜は剣を離した。


「クッ!」


十夜は苦痛で顔をしかめながらも、左手を九鬼に向けた。


すると、手のひらから針のようなものが飛び出してきた。


九鬼は手首を離すと、針を避けた。


そして、回転すると、床に落ちている神月を掴み、


「フン!」


気合いとともに、剣を振るった。


「うぎゃああ!」


十夜が、断末魔の悲鳴を上げた。


九鬼が振るった神月は、十夜の左手首を切り落としていた。


しかし、血は流れなかった。


どうやら、十夜の腕は完全に生身ではないようだ。


九鬼は返す腕で、十夜の右手首も切り落とした。


そして、神月を床に突き刺すと、九鬼はジャンプした。


「ルナティックキック!」


唖然としている十夜の首筋に、九鬼のレッグラリアットが叩き込まれた。


ふっ飛んだ十夜は、そのまま…動かなくなった。


「やるな」


勝負が決まるまで、一瞬だった。


感心するカレンの方を向いた九鬼は、


「あなたこそ…」


微笑んだ。


九鬼が十夜を倒す前に、屋上にいた男達は、すべてカレンが倒していた。


足元に転がる男を見て、九鬼は眼鏡を外した。


変身が解け、学生服の九鬼に戻った。


「乙女ソルジャーか…」


カレンも眼鏡を外した。


もとの姿に戻ると、カレンは手首を動かし、


「確かに…運動能力が、格段に上がった。これが、月の力か」


体をチェックした。


その様子を見つめていた九鬼は、倒れているはずの十夜に視線を向けた。


「!?」


十夜がいない。


床に突き刺した神月もなくなっていた。


九鬼は顔を引き締め、辺りを探ったが、十夜の姿はなかった。


「どこへ?」


首を捻っている九鬼に、カレンが話しかけた。


「だが…これだけで、特別な力を得たと感じはしないんだが…」


初めての変身により、体に異常がないか確かめるカレンに、十夜の探索を諦めた九鬼はフッと笑った。


「それは、あなたが…もとから強いからですよ。並の戦士よりも」


「…」


九鬼の少し切なげな口調に、カレンは九鬼の顔を見た。


「月影には…秘密があるようです。あたしの知らない何かが」


九鬼はそう言うと、カレンに頭を下げ、扉に向けて歩きだした。


カレンは待てと言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。


なぜなら…その次の言葉が続かなかったからだ。


屋上から消える九鬼の背中は、月に照らされているというに、影があった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ