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第167話 暗躍する思惑

時間が経つのは早い。


午後の授業も、後一つを残すだけになった。


狭間の休み時間。


カレンは、つい一時間前に戦った屋上に呼び出されていた。


「まったく…学校で暴れるのは、やめてもらいたいな」


屋上の破損部分に、黒いカードを当てて補修している男がいた。


カレンは、下がり始めた太陽よりも、その男の背中に目を細めた。


「それに…月影が本来の力を発揮するのは、月の下だ。あの程度とは、思わないことだ」


男は黒いカードを、黒のスーツの内ポケットにしまった。


カレンは足を止め、両手を組むと、男の背中を睨んだ。


「久々に会ったのに…説教ですか」


カレンは腕を組みながら、歩き出した。


「それよりも…先に謝るべきではないんですか?」


「うん?謝ってなかったかな?」


男は、振り向いた。


カレンは呆れながら、


「それに、突然連絡が来たと思ったら、月影に接触しろだなんて」


「仕方ないだろ?月影は、男ではなれないらしいんでね」


女のような美形でありながら、漂う雰囲気の精悍さ。


ヒョロとした印象なのに、その隠された肉体は、鍛えられた日本刀のように無駄がない。


人類最強の男…と誰もが認める戦士。


もとホワイトナイツの1人にして、安定者だった男。


ジャスティン・ゲイが、大月学園の屋上にいた。


「あたしを気絶させて、いなくなったと思ったら〜。何ヶ月もほったらかしにして」


カレンの怒気がこもった声に、ジャスティンは苦笑した。


「君の強さは、完成されている。後は、経験値だけだ」


ジャスティンの言葉に、


「だけど!こんなレベルでは、魔王や騎士団長には勝てない!」


カレンは叫んだ。


ジャスティンは、カレンを見つめた。


何とも言えない目で、カレンを見るジャスティンに、


「あんたは…知ってるんでしょ?魔王と…赤星浩一。そして…アルテミアが、どうなったのか!その真実を!」


問いただした。


「あたしを置いて、旅立ったあんたは…向かったはずだ!魔王のもとに!」


カレンの叫びに、ジャスティンはフッ笑うと、目線を下に向けた。


「ジャスティン!」


カレンは、ジャスティンに向かって走りだそうとした瞬間、


「正確には、違う」


ジャスティンは話し始めた。


カレンの足が止まった。


「私は、アステカ王国のジェーンとアルテミアに会いに行っただけだ。結果的に…魔王と赤星君の戦いを見届けてしまったがな」


ジャスティンの脳裏に、炎の鎖となって…ライを封印する赤星浩一の姿がよみがえる。


「何があったんです!世間では、魔王と赤星浩一が、相討ちになったと言われてるけど…」


「それは違う。魔王が倒されたならば…彼が、創造した騎士団長達も、消えるはずだからな。やつらは、他の魔神とは違い…魔王の手足そのものと同じ存在だからな」


「だったら!魔王は!赤星浩一は、負けたのですか?」


カレンの言葉に、ジャスティンは真剣な表情を向けた。


「勝ち負けではないよ。赤星君は、魔王を封印した。未来の戦士に、世界を託してね」


「未来の戦士?」


「そうだ」


ジャスティンは頷いた。


「まだ見ぬ…未来の戦士に…。この世界で生まれた戦士に」


ジャスティンのどこか…切なげな言い方に、カレンは気づかなかった。


それよりも、気になることがあったからだ。


「アルテミアは、どうなりました!」


カレンとアルテミアは、従姉になる。


カレンの目的の一つに、アルテミアを斬ることがあった。


カレンが持つ剣…ピュア・ハートは、斬った…いや、食った相手の能力を手に入れることができるのだ。


その為には、剣を突き刺し…中から食わさなければならないが。


カレンの必死な物言いに、ジャスティンは目を細め、静かに答えた。


「アルテミアは…行方不明だ」


「え!?」


カレンの動きが止まった。


ジャスティンは、カレンから目を離すと、


「アルテミアは…崩壊したアステカ王国からは、脱出した。それは、間違いない。しかし…そこから、彼女の足取りはわからない。生きていることは、間違いないが…。あれから、彼女を見た者はいない」


「アルテミア……クソ!」


カレンは、拳を握り締めた。


「それと…」


ジャスティンは突然、ブルーのネクタイを外すと、カッターシャツのボタンを外し出した。


「しばらく…連絡を取れなかったのには、訳がある」


露にあった胸元から鳩尾にかけて、痣が残っていた。


「魔王に、襲いかかった私は…この傷を負わされた。魔王に睨まれただけね」


「な」


カレンは絶句した。


「傷が癒えるまで…予想以上に時間がかかってね」


ジャスティンの痣を見たカレンは、魔王の恐ろしさを知った。


自分が手足もでない…ジャスティンが、睨まれるだけで、しばらく戦えない体にされたのだ。


その事実だけで、カレンの額に冷や汗が流れた。


「だったら…尚更!」


カレンは歯を食い縛った後、一歩前に出た。


「もっと修行をしなければならない!」


カレンは制服の胸元から、ペンダントを抜き出すと、


「魔王の封印が解かれる前に!」


十字架に似たペンダントを握り締めた。


「月影なんて…つまらないものに関わっている暇はない!」


カレンは、ジャスティンを睨みつけた。


ジャスティンはカレンを見ることなく、少し笑いながらこたえた。


「そんなことは…ない。今回の月影の騒動は、人類の未来にかかわっている。それに、魔王封印にもね」


「!?」


カレンは口をつむんだ。


「魔王封印により…闇の女神が復活した。そして、その動きを察知した…月の女神が、対抗策として、月影を作り出した」


「闇と…月の女神?」


カレンは眉を寄せた。


ジャスティンは静かに頷き、


「闇の女神に関しては、資料が残っている。彼女は、ライの親族にして、肉体を失い…月に封印されたと」


ジャスティンはまだ明るい…空を見上げた。


「月の女神に関しては…詳しいことはわからない。彼女が、月になったのは…神話の時代。しかし、わかっていることはある!」


ジャスティンは空を睨み、


「月の女神の力は…月影という戦士達に、それぞれ与えられた。すべての乙女ケースを、集めた時…最後に残った戦士に、月の女神の力が与えられる」


「月の女神の力?」


「そうだ!その力は、魔王に近いといわれている!」


ジャスティンは、今もどこかにいる月を睨んでいた。


「ちょっと待って!そんな情報!どこから得たのよ」


カレンの言葉に、ジャスティンは笑った。


「おいおい…。さっき戦ったんだろ?」


「!?」


カレンの頭に、九鬼とリオの顔が浮かんだ。


「リオの方よ」


突然後ろから、心を読んだような声がして、カレンは慌ててピュア・ハートを召喚した。


振り向きながら、剣を横凪ぎに振るったカレンに、真後ろに現れた女は、ため息をついた。


「あんたの弟子だから〜ある程度は、できると思っていたけど…思考ガードに関しては、全然ね」


この学校とは違う学生服を着た女は、微動だにしないで、鼻先で止まった剣の向こうの…カレンの目を見つめた。


まるで、当たらないことがわかっていたように…。


「すいません…。心を読むなんてことができるのは…あなたくらいですから…」


ジャスティンは、女に向かって頭を下げた。


「あら?そうかしら〜。ある程度、レベルが上がれば、できると思うけど」


女は剣を向けられながらも、首を捻った。


「一応…禁止されてます。人の心なんて…覗いても、仕方ありませんよ。人も、自分も信じられなくなるだけですから」


ジャスティンの言葉に、女は鼻を鳴らした。


「まったく…。ティアナ・アートウッドと同じことを言うな」


「ティアナ・アートウッド?」


女が口にした名前に、カレンは驚いた。


「それより…」


女の肩が苛立ちで、震え出した。


「いつまで…私に、剣を向けているんだ!」


ピュア・ハートの切っ先は、まだ女の鼻先にあった。


「カレン…。この人は、味方だ」


ジャスティンは、カレンに話しかけた。


「この人の名は、悟響子…。防衛軍の前に、元老院の元幹部の1人だ」


「フン」


響子は軽く鼻を鳴らし、


「それは、私が前の体の時だ」


ジャスティンを睨んだ。


「そうでしたね」


ジャスティンは苦笑すると、軽く頭を下げた。


「?」


カレンには、2人の会話の意味がわからない。


その様子に気づいた響子が、ジャスティンに言った。


「お前の弟子に、説明してやれ」


「了解しました」


慇懃無礼気味に頭を下げたジャスティンは、カレンの方を向いた。


「この方は、人間であって…人間とは違う。自分の記憶、意識、特殊能力を…自分の孫に転送して、生き続けている長老だ。そして、こことは違う世界から来られた」


「異世界?」


カレンは、響子を見た。


普通の生徒にしか見えない。


下手したら、自分より若く見える。


カレンは、気を探ろうとしたが…まったく反応がなかった。


一般人と同じ…身体能力に思えた。


「レベルを晒す馬鹿がいるか!」


響子は、カレンを一喝した。


そして、ジャスティンの方を見て、


「人と違うは…もう当てはまらないな。この世界に来て、この世界の男と交わり…転生を繰り返している内に、肉体は人間そのものになってしまった」


響子は悲しげに笑うと、


「今残っているのは、過去の記憶と人の心を読む能力だけだ」


ジャスティンからも視線を外し、屋上から周囲の町を見回した。


ジャスティンはしばらく、響子の顔を見つめていたが、おもむろに口を開いた。


「どうして…この学校に?」


ジャスティンの質問に、響子はあるものをスカートのポケットから取り出した。


「これは!?」


響子が示したものは、乙女ケースだった。


ブルーの乙女ケース。


「私のもとに来たのさ」


響子は、乙女ケースを見つめながら、


「これの所有者になったからだろうが…久々に、結城から連絡があってな」


「結城?」


カレンは眉を寄せた。


「先程…お前が戦った…乙女ダイヤモンド、乙女レッドだった女達の父親。そして...」


ジャスティンは、響子に頷き、


「もと防衛軍…日本地区の司令官だ」


「やつは…防衛軍の再編を目指している」


ジャスティンの説明の途中で、響子が口を挟んだ。


「月影を主力にした…新たなる防衛軍を、やつは作るつもりだ。お前を差し置いてな」


響子は、ジャスティンに笑いかけた。


ジャスティンは肩をすくめて、見せた。


「各月影の戦士達を倒し…すべての乙女ケースを集めた者は、女神の力を得ることができる。それは、まさしく神の力」


「すべての乙女ケース…」


カレンは、自分が持つ赤い乙女ケースを見つめた。


そんなカレンをじっと観察するように凝視してから、響子は持っていたブルーの乙女ケースを、ジャスティンに投げた。


「!?」


片手で受け取って、ジャスティンは響子を見た。


響子は背伸びをし、


「私は、戦いが似合わない。お前に預けるよ」


ジャスティンに背を向けた。


(サトリ)さん…」


ジャスティンは、少し戸惑ってしまった。


「やつらは…月影の謎を調べる同胞達を殺している」


「!!」


カレンは顔をしかめた。


「人殺しは、この世界の最高の罪になるはずだ」


「そうねえ〜。裁かれる方にはね」


響子は、皮肉ぽく言った後、ジャスティンに向かって振り返った。


「あんたが持ってるなら、やつらも手を出せないはずよ。あんたなら、乙女ガーディアンでも勝てるはず」


響子の言葉に、ジャスティンは口許を緩めた。


「どうでしょうね…」


カレンと響子は、乙女ケースを持つジャスティンの腕が激しく揺れているように感じた。


ジャスティンは腕に力を込めた。


手の甲に、血管が浮き出ていた。


「どうやら…勝手に、譲ることはできないみたいですね」


まるで石鹸が飛び出すように、ジャスティンの手から飛び出した乙女ケースは、響子のもとに戻った。


「な!」


思わず掴んでしまった響子は、絶句した。


「やはり…女であるか…。それとも、乙女ソルジャーの資格がある者しか、譲り受けることはできないようですね」


ジャスティンの言葉に、響子の手が震えた。


「チッ!」


舌打ちすると、響子はカレンの方を見た。


少し考えた後、響子は頭をかいた。


「思い通りには、ならないか」


溜め息をついた時、最後の授業を告げるチャイムが、校内に鳴り響いた。


「放課後まで…考えるよ」


響子は乙女ケースを、ポケットに突っ込むと、扉に向けて歩き出した。



「な、何だ!今のは!」


響子の姿が屋上から消えた後、カレンは毒づいた。


明らかに、カレンに渡そうと悩んでやめた。


「仕方あるまい」


ジャスティンも歩き出した。


カレンを見ないで、


「お前にはまだ…覚悟がない。この月影バトルに参加するな」


「何!」


カレンはキレた。


乙女ケースを握りしめ、


「あたしは戦士だ!戦いからは逃げない!」


「わかっている」


ジャスティンは頷いた。


「だったら!どうして!」


カレンの叫びに、ジャスティンは扉を見つめながら答えた。


「この戦いは…人間同士の戦いとなる」


「だ、だから?」


ジャスティンは、ドアノブに手を伸ばすと、握り締めた。


「お前に、人を殺す覚悟があるのか」


「え…」


カレンの動きが止まった。


「咎人になる覚悟が」


と…ジャスティンは言った後、目を瞑った。


「いや…違う」


ジャスティンは、首を横に振った。


そして、


「お前がなりたい…勇者は、人を殺さない」


ジャスティンはゆっくりと…ドアを開けた。


「少なくとも…お前の叔母であるティアナ・アートウッドは…」


ジャスティンは目を開けた。


「殺さなかった…」


そう言うと、ジャスティンは扉の向こうに消えた。



「人間を…殺す?」


カレンは、赤の乙女ケースに目を落とした。


その時のカレンは、まだ… 月影の真実を知らなかった。






「きゃああ!」


放課後の校長室に、悲鳴がこだました。


頬をぶたれ、紅の絨毯に倒れた梨絵に、


「この役立たずが!」


リオが罵声を浴びせた。


「折角、手に入れた乙女ケースを!奪われるなんて!そ、それも!」


リオは右足で、梨絵の頭を踏みつけた。


「ジャスティンの弟子に、とられるなんてえ!なんたる失態!」


「ご、ごめんなさい!お姉様…」


絨毯にめり込んでいく梨絵の顔。


リオはさらに、足に力を込めた。


「お姉様…」


苦しむ梨絵の声に、部屋の奥にある巨大な机の上に両膝を置いていた男が、溜め息とともに口を挟んだ。


「もう…それくらいにしておきなさい。まだすべてが、終わった訳ではないのだから」


机の向こうにいる男に、リオは踏みつけながら振り向いた。


「しかし…お父様」


「乙女レッドを失ったとしても、こちらにはガーディアンの力が残っている」


無精髭と、銀縁の眼鏡をかけた男は、フッと笑った。


「それに…ジャスティン・ゲイを敵にまわす訳にはいかない。彼は、民衆に人気がある。我々がつくる組織にも、象徴として参加して貰いたいしな」


その言葉に、リオはにやりとし、


「単なる飾りですね」


また足に力を込めた。


「そうだ…」


リオ達…姉妹の父親にして、新たなる組織の実質的統治者になろうとしている男。


彼の名は、結城哲也。


「それに…我々には、切り札がある」


哲也のかける眼鏡のレンズが、一瞬…輝いた。


「そうですわね」


リオは笑いながら、梨絵から足をどけた。


「我々が、月の女神の力を得るのは…必然!さすれば、いかにジャスティンと言えども、手を出せなくなる」


「クス」


リオは嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。


「所詮…やつも人間。神の力には、勝てん」


哲也は眼鏡を外すと、虚空を睨んだ。



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