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第166話 激情の拳

昼休み。


呼び出された屋上に向かった九鬼は、階段から鉄製の分厚い扉を開いた。


目の前に、雲一つない晴天が広がっていた。


「早かったわね。ちゃんとご飯…食べたの?」


屋上の真ん中に、腕を組んで立つ…白いスーツ姿の女。


引き締まった体が、スーツで逆に露になっており、


色の濃い…アイシャドウや口紅が、女の部分を強調していた。


化粧をしていることから、その女が生徒ではないことがわかる。


化学の教師である…結城リオ。


そして、その隣にいるのは、先程教室に来た…結城梨絵である。


2人は、姉妹だった。


「九鬼真弓…」


リオが腕を組みながら、九鬼に近づいて来た。


妖しい笑みをたたえながら、リオは九鬼の体を視線で舐め回した。


「テレビ番組…月影の原作者にして…劇中で、乙女ブラックを演じる…女」


リオは、九鬼を2メートル程距離を取り、足を止めた。


「しかし…その正体は、闇の女神デスぺラードに利用され…闇を地上に解き放ってしまった…馬鹿な女」


リオの挑発とも取れる言葉にも、九鬼は微動だにしなかった。


ただ自分を見つめる九鬼に、リオは顔をしかめた。


「あらあ?驚かないのね」


「…」


「それに…闇の女神を解放しておいて…のうのうと学校に来てるなんて〜。あなたには、責任感がないの?」


嘲るように言うリオに、九鬼はフッと笑って見せた。


「何が、おかしい!」


予想外の九鬼の反応に、リオは少し声を荒げた。


「…責任は感じている。だから」


九鬼はスカートのポケットから、眼鏡ケースを取り出した。


「ここにいる!」


それをリオに向けて、突きだした。


「黒の乙女ケース!」


リオは、乙女ケースを見つめ、奥歯を噛み締めた。


「やはり!お前が、持っていたのか」


「さあ!始めましょう!」


九鬼は、リオに笑いかけた。


「あなた方も、月影のはずだ」


「クッ」


後ろにいた梨絵が、赤の乙女ケースを取り出すと、九鬼に向かって、走ろうとした。


「待て!」


梨絵の動きを、リオは腕を横に伸ばして、遮った。


「お姉様!」


驚いた梨絵を見ないで、リオは九鬼に笑いかけた。


「九鬼さん…。今日呼び出したのは、他でもないの。本当は、あなたに会わせたい人がいたのよ」


リオの視線が、九鬼の後ろに向いた。


「何?」


九鬼は軽く後ろを見て、絶句した。


「理香子!?」


屋上の階段の影から姿を表した女に、九鬼は一瞬だけ目を奪われたが、すぐに気を取り戻した。


この世界で、似てる人間に出会うことは多い。


「チッ」


舌打ちし、リオの方に視線を戻した瞬間、九鬼は腕をクロスさせた。


光を纏った拳が、九鬼に迫っていたのだ。


拳の軌道を読み、何とか乙女ケースを盾にして、生身への直撃は避けた。しかし、九鬼の体はふっ飛び、屋上のフェンスを突き破ると、そのまま…地上に向けて、落下していった。


「あはははは!」


光輝く戦闘服を着たリオは、楽しそうに大声で笑った。


「お前達…乙女ソルジャーと違い!あたし達、乙女ガーディアンは、乙女ケースを構えなくても、変身できるのよ」


乙女ソルジャーの上位種である乙女ガーディアン。


リオが変身したのは、乙女ダイヤモンドである。


鉄壁のボテイと、すべてを破壊する拳を持つ…月影の中でも、最強の力を持つ。


「いかに九鬼真弓であろうとも、この高さからは無事にはいられまいて!ハハハ!」


笑いが止まらないリオの後ろから、黒い影が屋上に飛び込んできた。


「お姉様!」


自分の真横を、風のように吹き抜けた黒い影に、梨絵は絶叫した。


「な!」


リオは目を見開きながらも、振り向きながら、腕を突きだした。


ダイヤモンドの腕で、乙女ブラックの飛び蹴りを受け止めた。


「わ、忘れていたわ!乙女ブラックの特性は、スピード!」


片腕で蹴りを受け止めたリオは、少し後退りながらも、体勢を崩すことはなかった。


「舐めるな!」


腕の力だけで、ブラックの蹴りを弾き飛ばした。


「これくらいの蹴りで、倒せると思ったか!」


リオが腕を振り抜くと、ふっ飛んだ九鬼の体が、宙に舞ったと思った。


が、違った。


九鬼は空中で、自ら回転すると、腕を振り抜いた為にがら空きになった…リオの胸に向かって、第二撃を叩き込んだ。


「ルナティックキック零式!」


決まる瞬間、足を突きだす蹴りが、リオの胸元に炸裂した。


「!?」


もう一度、背面飛びの形で回転し、後ろに着地した九鬼はリオの様子を見て、冷静に構え直した。


右手を前に突きだし、指でリオを挑発する。


「ククク…」


嬉しそうに含み笑いを漏らしたリオは、


「ハハハハハハハハ!」


やがて、高笑いとともに、胸を張った。


「乙女ダイヤモンドは、最強の戦士!その体は、あらゆる攻撃を跳ね返す!」


拳を九鬼に向けて、逆に突きだすと、リオは大袈裟に、一歩前に踏み出した。


「たかが、乙女ソルジャーの攻撃に怯むか!」


リオの言葉に、


「きゃあ!お姉様!素敵」


梨絵が歓喜の声を上げた。


「だから!お前に、勝てる見込みはない!」


リオがもう一度、九鬼に凄もうとした時には、九鬼の姿はなかった。


「!?」


リオが気づいた時には、眼下で手を付き、逆立ちの体勢でいる九鬼がいた。


「ルナティックキック二式かあ!」


リオは笑った。


「貴様の技は、知り尽くしている!」


リオは、背中を反らした。


「テレビで、自分の技を披露し過ぎだ!」


下から、顎先を突き上げる…ルナティックキック二式を、余裕で避けようとした。


九鬼は無言で片足だけを突きだし、リオの鳩尾に添えるように置くと、両腕を伸ばしジャンプすると、リオの両肩に手で掴み…そのまま背中から倒れるように半転した。


「何!?」


巴投げのような形になり、リオは投げられると、頭からコンクリートの床に激突した。


「お姉様!」


梨絵が絶叫した。


九鬼はブレイクダンスのように、床の上で回転すると、上半身を起き上がらせ、回転する体をさらに捻った。


そして、コンクリートの床に頭が突き刺さったリオの首筋向けて、回転し…しなった鞭のような蹴りを放った。


「うぎゃあ!」


さすがに堪らず、リオが奇声を発した。


「手の内をさらしているのは…お互い様だ」


九鬼は、完全に立ち上がった。


「ダイヤモンドと言えども…無敵ではない。結合部や、関節が動くところは、比較的に弱い」


「貴様!」


突き刺さっていた頭を、力ずくで抜くと、リオはすぐに立ち上がった。


「投げ技とはな…」


九鬼を睨むリオの目よりも、大したダメージを受けていない体に、心の奥で舌打ちした。


(これが、乙女ガーディアンの力か)


屋上の真ん中で、睨み合う2人の緊張感が、周りの空気を振るわせていた。



「よくもお姉様の美しき体に!」


その緊張感を切り裂くように、梨絵が近づいてきた。


「罰を受けろ!」


梨絵は乙女ケースを突きだすと、


「装着!」


赤い光が乙女ケースから放たれ、梨絵は乙女レッドに変わった。


「死ねええ」


突進してくる梨絵と、再び拳を握ったリオの動きに、九鬼は仕掛けるタイミングを図りかねていた。


「クッ!」


ぎりぎりで、攻撃を避けるしかないが、2人の動きの速さがあまりにも違った。


やはり、リオだけは絶対避けた方がいい。梨絵は、それからだ。


九鬼が…そう判断するまで、瞬き程の時間しか使っていない。


その為の防御の構えを取った時、出入口の上から1人の女子生徒が、九鬼達の間に飛び込んできた。


九鬼と背中合わせに着地した女子生徒は、梨絵のパンチを腕を絡めて払うと、膝蹴りを食らわした。


九鬼は、リオの拳をギリギリ避けると、チョップを叩き込んだ。


しかし、リオはダメージを受けていない。


「何て…固さだ」


膝を叩き込んだ女子生徒は、少し顔をしかめ、足をさすった。


「あなたは!?」


さらに拳を突きだしてくるリオの腕を脇に挟むと、九鬼は足を払った。


合気道のように回転し、また床に激突したが、リオにダメージはない。


「あたしに、お前の攻撃は通用しない!」


「チッ」


九鬼は、後ろの女子生徒が気になったが、それどころではない。


月の光がない時は、乙女ソルジャーになれる時間は限られていた。


乙女ケースに、夜中…月の光を当てておき、ムーンエナジーをチャージしておかなければならないのだ。


九鬼がかけている眼鏡の端に、警告の表示が浮かんだ。


相手からは見えないが…変身していられる時間が、1分を切っていた。


「死ね!」


リオが襲いかかってきた


月の女神を守護する為に存在する…と言われている乙女ガーディアンは、乙女ソルジャーと違い、昼間でもムーンエナジーをチャージできるのだ。


「月影の秘密を知る乙女ブラック!九鬼真弓!」


リオがジャンプした。


「お前は、危険だ!」


両足を揃え、ドロップキックの体勢で、九鬼に向かってくる。


「クッ!」


九鬼は顔をしかめると、リオ向かってジャンプした。




九鬼とリオの戦いの様子を横目で見ている女子生徒に、梨絵がキレた。


「どこ見てるのよ!」


女子生徒を指差しながら、


「あんたも、月影の正体を知ってしまった!悪いけど、ここから生きて帰すことはできなくなったわ」


乙女レッドの姿で凄む梨絵を、女子生徒はちらりと見た。


そして、鼻を鳴らした。


その馬鹿にしたような反応に、梨絵の怒りが増した。


「貴様!状況がわかっているのか!」


一歩前に出た梨絵の足が、コンクリートの床にめり込んだ。


女子生徒は梨絵の足元を見て、今度は鼻で笑った。


「貴様!」


レッドの戦闘服から、炎が揺らめいた。


「フン!」


女子生徒は、体を梨絵に向けると、顎を上げて見下しながら言った。


「わかっているさ。貴様が雑魚だとな!向こうの2人に比べればな」


「あ、あたしが、雑魚だとお!」


今の言葉で、梨絵は完全に頭にきたようだ。


女子生徒に向かって、突進してきた。


「だから…言ってるだろ」


女子生徒は、呆れたように肩をすくめた。


「あたしを!怒らせたことを後悔しろ!」


梨絵のパンチが、女子生徒の鳩尾に向かって放たれた。


「怒れば、怒る程!パワーが上がる!乙女レッドの特性を!身を持って、味わうがいい!」


梨絵のイメージでは、女子生徒の体を、拳が貫いているはずだった。


しかし、


「な!」


梨絵は目を疑った。


コンクリートの壁を一撃で砕く…乙女レッドの拳を、生身の女が素手で受け止めていたのだ。


「そ、そんな馬鹿な!」


梨絵は拳を戻そうとしたが、信じられない程の力で掴まれ、びくともしなかった。


「は、離せ!」


乙女レッドの体を炎が包み、燃え盛る拳が火の玉のように、燃え上がった。


その瞬間、女子生徒は手を離した。


「大人しく離せば…手が焼けただれなかったものを!」


梨絵は笑いながらも、自らも気付かぬ内に後方にジャンプし、女子生徒から距離を取っていた。


そして、相当な火傷を負ったであろう…女子生徒の手を見た。


「!?」


女子生徒の手から、少し湯気が出ているくらいで、火傷をしていない。


「な!」


そして、梨絵は気づいた。


自らの拳が凍っていることに。


「そ、そんな馬鹿な!」


梨絵は炎を纏う全身の中で、凍りついている拳に、唖然とした。


「あ、あり得ない!」


無傷の女子生徒を見ながら、梨絵は言い様のない畏怖を心の底では感じながらも…乙女レッドの力を得たという傲慢さが、梨絵を前に押し出した。


「す、少し魔法が使えるからと!調子に乗るなよ!」


乙女レッドの全身がさらに燃え上がると、拳の凍りが溶けた。


「乙女レッド!恥じらいのフャイアキック」


火の玉と化した乙女レッドが、スカートを翻しながら、飛んだ。


乙女レッドのスカートは、異様に短い。


原作のテレビ番組では…攻撃の度に、パンツが見える為、恥じらえば恥じらう程…怒りパワーが無限に上がる戦士として、描かれていた。


「やはり…雑魚だな」


女子生徒はため息をつくと、火の玉と化した乙女レッドの蹴りを避けることなく、見上げた。


「すべての攻撃のバランスが、悪過ぎる」


「うりゃあああ!」


声を張り上げて向かってくる乙女レッドの蹴りを、体を横に反らすだけで避けると、


「滞空時間が長いし…」


女子生徒の両腕が消えた。


「弱点をさらししている」


梨絵が床に着地した時には、乙女レッドではなくなっていた。


「え」


自分の身に起こったことが、信じられない梨絵の前に、女子生徒がいた。


その手には、赤い眼鏡を持っていた。


「…だから、雑魚なの。わかった?」


「な!」


目を見開く梨絵の首筋に、女子生徒の手刀が放たれた。


一撃で気を失った梨絵をもう見ることなく、女子生徒は九鬼とリオの方を向いた。


「クッ!」


「チッ!」


顔をしかめながら、床に着地した九鬼と、舌打ちしたリオが床に手をついた。


何とか、リオのドロップキックを撃墜したが、九鬼には時間が残っていなかった。


着地とほぼ同時に、乙女ブラックの変身が解けた。


「はははは!」


リオは立ち上がると、笑い出した。


そして、九鬼の方を見ると、


「どんなに強くても!無限の時を得ているガーディアンには、勝つことはできない」


リオは両手を広げながら、九鬼に近付いていく。


「九鬼真弓!大人しく、乙女ケースを渡せ!」


「断る!」


九鬼は、生身の体で構えた。


「だったら、殺して…奪うのみ」


リオが襲いかかろうとした瞬間、九鬼の前に、女子生徒が割って入った。


「乙女ソルジャー…乙女ガーディアン?まだ謎があるようだな」


梨絵から奪った眼鏡を、指先にぶら下げながら、女子生徒は含み笑いを浮かべた。


「そ、それは!」


リオは目を見開き、女子生徒の指にぶら下がっている眼鏡を確認した。


「ま、まさか!?」


はっとして、リオが真後ろを振り返ると、気を失っている梨絵が目に入った。


「生身の素人に…やられるなんて、情けない!」


無様に床の上で寝ている梨絵の不甲斐なさに、リオの全身が震え出した。


「おのれええ!」


女子生徒の方を向き直すと、リオは叫んだ。


「よくも、妹を」


殺気を漂わせながら、女子生徒に近付いてくるリオの迫力にも逃げることなく、女子生徒は嬉しそうに笑った。


「最初から、あんたが相手の方がよかった」


リオに向かっていこうとする女子生徒に、後ろから九鬼が叫んだ。


「いけない!」


慌てて、2人の間に入ろうとする九鬼を、女子生徒は手で制した。


「心配するな。こんな程度の相手」


「小娘があ!」


リオの拳が、女子生徒に迫る。



「乙女ガーディアン…」


女子生徒は胸元のペンダントに、指先を触れた。


「どれ程のものか」


女子生徒は口元を緩めながら、リオを睨んだ。


「見せてみろ」


リオの拳が決まる瞬間、女子生徒の姿が消えた。


「な!」


テレポートではなく、神速を超えたのだ。


リオの横をすり抜けた女子生徒の手には、針のように細い剣が握られていた。


「あり得ない…」


リオは絶句した。


あらゆる攻撃を跳ね返す乙女ダイヤモンドのボティの… 肩から腰にかけて、傷が走っていた。


「乙女ダイヤモンドの無敵のボティに…」


斬られたダメージよりも、斬られたことによる精神的ショックにより....リオは床に、片膝をついた。


「無敵なものなどない。あんたは、乙女ガーディアンの力に頼り過ぎた」


女子生徒は振り向き、剣先をリオの背中に向けた。


その時、昼休みが終わるチャイムが鳴り響いた。


「フッ…」


女子生徒の手から剣が消えると、リオに背を向け、出入口に向かってゆっくりと歩き出した。


「待て!」


屋上から去ろうとする女子生徒に向かって、リオが叫んだ。


女子生徒は足を止めた。


リオは眼鏡を取ると、スーツ姿に戻った。


そして、女子生徒の背中を睨んだ。


「あなたの名前は?」


女子生徒は決して、振り向くことなく、


「山本可憐」


名乗ると同時に歩き出した。


「山本可憐!」


リオははっとした。


屋上から、カレンが消えるまで、その後ろ姿を睨み続けた。


「あのジャスティンの推薦の…生徒!」


苦々しく言ったリオを見つめた後、九鬼は走り出した。


カレンを追って。


九鬼が扉を開けた時には、もうカレンの姿はなかった。


「山本…可憐」


九鬼は、下へ続く階段をただ見つめた。


(彼女は一体…)


一瞬だけ垣間見せた…その実力は、底が見えなかった。


九鬼もまた…階段を降り出した。


新たなる戦いの予感を感じながら…。


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