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第163話 人類は月の下にいる

は、は、は…。


は、は、は…。


は、は、は…。


は、は、は…。


は、は、は…。


は、は、は…。



激しく息を切らしながら、男は闇から逃げていた。


いや…闇ではない。


闇の中で、輝く光だ。


「ど、どうしてなんだ!」


行く場のない闇を手探りで進みながら、男は…何も見えない暗闇の地面に足をとられて、転んだ。


激しい頭を打った衝撃が、そこに地面があるということを教えてくれた。


「ど、どうして…」


打ち所が悪かったのか…頭から血を流す男に近づいてくる光は、微笑んだ。


「あなた達…人間が、月に対してできることは…見上げることだけ」


男の闇だらけの視界に、眩しく輝く女の姿が飛び込んできた。


「疑ってはいけないのよ」


まるで、ダイヤモンドのように輝く体とは対象的に、その表情は、眼鏡の表面が光ってわからない。


ただ…口元の笑みだけが、強調されていた。


「わ、私達…人間は!」


男は腰が抜けたのか…ダイヤモンドに輝く者を見上げながら、後ろ手で離れていく。


「太陽の勇者を失った!だ、だから、次の希望の…ひ、光が必要なんだ!」


男の悲痛な叫びに、輝く者は鼻を鳴らし、ゆっくりと、両手の指を揃えた。


「月は…希望の光ではない」


「うぐう!」


次の瞬間、男の口から血が溢れた。


輝く者の手刀が、男の胸に突き刺さっていた。


「お、お…」


男は、目の前まで接近した輝く者の顔を見上げた。


「乙女ソルジャー…」


そして、顔をかかる眼鏡に手を伸ばそうとしたが、途中で上げた手は力尽き…地面に落ちた。


「乙女ソルジャー…」


輝く者は手刀を抜くと、男から離れた。


「下品な名前」


顔をしかめると、輝く者は眼鏡を取った。


「と、思わない?」


輝く者の姿が変わる。


スーツを着た…女に。


「理香子」


そして、自分の後ろにいる女に笑いかけた。








「最近…人殺しが多い」


書類や資料が乱雑に置かれたデスクの前で、先ほど上がったばかりの紙面を睨みながら、男は呟いた。


無精髭と、ボサボサの頭とよれよれの背広は、その男の性格を表していた。


「殺しは、珍しくないでしょ?毎日、どこかで魔物に人間が殺されているんですから」


その後ろのデスクにいた男は、生欠伸をした。


「魔物じゃない。こりゃ〜あ、人だ」


無精髭の男の言葉に、背中を向けていた男は振り返った。


「魔法の誤作動ですか?それとも、ギルド間の揉め事?」


無精髭の男は、頭をかき、


「誤作動なら、ただの事故だ。ギルド間でも、殺しはご法度…いや、この世界では、人が人を殺すことは、一番の罪だ」


「それは、当たり前ですよ。魔物が常にいる世界…人は、助け合わないと…生きていけない」


「そうだ…それが、この世界の建前だ」


野生の動物は、同種を殺すことはない。


余程のことがないかぎりは…。


この世界では、人間は上位種ではない。


それなのに、ここまで発達したのは、人間が協力していたからだ。


「まあ…アメリカや国家間ではいろいろあっただろうがな…」


無精髭は立ち上がり、デスクから離れた。


「後藤さん。どこに行かれるんですか?」


背伸びをしていた男は、後藤の背中に声をかけた。


「調べてみる」


後藤は、男に向かって手を上げると、事務所の出口に向かって歩き出した。


「もし…人殺しなら、警察に任した方が!」


男の声を無視して、


後藤はドアノブを掴むと、事務所から出た。


「いくぞ」


廊下に出ると、1人の妖精が宙に浮かんで、待っていた。


妖精と契約している一般人は、珍しい。


大体は、魔力を帯びた武器を使用している。


余程、人がいない土地を旅するなら別だが、カードシステム崩壊後は、防衛は市販されている道具に頼っていた。


勿論、使用数は決まっている。


妖精や精霊と契約することは、それなりの対価もいるし、面倒も見なければならない。


だから、余程のことがないと、一般人は契約をしない。


雑誌の記者でありながら、妖精と契約しているということは、後藤がそれなりの危険な場所に、取材をしていることが多いということだ。


最近は、各出版社も直接取材はしない。


防衛軍崩壊後の払い下げられた監視式神を、記者代わりに各地に飛び回らしているのだ。



「フン」


先日殺しのあった場所近くまでテレポートした後藤は、カード残高を見て、鼻を鳴らした。


「テレポートの高いこと」


軽く肩をすくめると、


「まあ…いいか〜。会社のカードだしたな」


にっと笑った。


高等魔法であるテレポートを使うには、空間を認識する能力が必要だった。


何も知らない人間が使うと、とんでもないところに出てしまう。


昔は、物質融合して死亡など多かった。しかし、最近はテレポートアウトと同時に障害物と重なる場合は、破壊するシステムが自動的に発動するようになっていた。


しかし、人や個人の所有物を破壊する可能性がある為、使用者は制限されている。


それは、あくまで…素人の問題であり、歴戦の勇者や、レベルの高い者には、関係なかった。


後藤はかつて…防衛軍に所属していたのだ。


テレポートアウト後、歩き出すと、頭の上に各社の式神が飛んでいることに気づいた。


「ケ」


後藤は顔をしかめると、現場へと急いだ。


後藤達が知っているということは、警察は勿論知っている。


もう現場は、封鎖されており、近づくことはできない。


野次馬の向こうにいる警官達のさらに奥に、シートで隠された被害者の遺体があった。


後藤はじっと、遺体を見つめると、自分の上着の中に隠れている妖精に声をかけた。


「アイ…出番だ」


後藤はにやりと、口元を緩めた。


「ここでやるの?」


上着の中から顔を出した猫目の妖精が、後藤を見上げた。


「当たり前だ!これ以上離れたら、見えないからな」


アイは、後藤の顔と被害者の遺体を順番に見ると、


「わかった」


頷き、また上着の中に隠れた。


「現場に来ないとわからないことが、多いんだよ」


後藤は、被害者に焦点を合わした。


「時間は?」


上着の中から、アイがきいた。


「死亡推定時刻は、午前3時だ」


「何秒見るの?」


アイの問い合わせに、


「1分だ」


後藤は口元を緩めた。


「分は、駄目よ!」


「いいから!やれ!」


アイの言葉を遮り、後藤は要求した。



「わかった」


少し間をあけて、アイは了解した。


その瞬間、後藤の目はこれ以上ないくらい見開き、さらに眼球が少し飛び出ると、血管が浮かんだ。


「うおおお…」


軽く唸りながら、後藤は今ではない…過去を見つめていた。


今は明るい犯行現場は、町の一角である為、街灯がある。


それなのに、後藤の視界は真っ黒だった。


「太陽の勇者を失った!だ、だから、次の希望の…ひ、光が必要なんだ!」


闇の中で、被害者と思われる者の声がした。


「月は…希望の光ではない」


いきなり、眩しい光が…後藤の視界を真っ白にした。


「うぐう!」


男が血を吐き出す音が…光の中でした。


「お、お…」


後藤には、何が起こったか…わからない。


「乙女ソルジャー…」




そこで、映像は終わった。


「う」


思わずよろけると、後藤は片足を地面につけた。


目が真っ赤に腫れ上がっている。


「これ以上やると、失明するよ」


アイが、少し怒ったような顔を出した。


空間の記憶を見ることができる。


それが、アイと契約した理由だった。


しかし、自らの目を媒介に使う為…数秒しか見ることはできなかった。


「乙女…ソルジャーだと?」


後藤は痛む目を押えながら、被害者の最後の言葉を繰り返していた。

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