第15話 再戦の絆
「なんだと?誰かが、結界を破っただと!」
長い楕円形の机の前に、ずらりと並んだ幹部連中。一番奥に座っているのは、防衛軍の最高司令官…責任者だった。司令官は、兵士の報告を聞いて、思わず声を荒げた。
38度線から数10キロ離れた場所。半島で一番栄えた町の外れに、陣を移した…防衛軍の本部内は、騒然としていた。
町は1ヶ月近く、魔物の進軍により軽いパニック状態になっており、何とか逃れようとする人々で、ごった返していた。
しかし、逃げようにも、海には海の魔物が、大量発生しており、空に逃げようにも、相手は天空の騎士団である。空がもっとも、危険であった。
一番近くにある人間の領土である日本へ逃げようにも、海を渡る軍艦でさえ、辿り着く確率は少なかった。
「袋の中の…鼠ですな」
本部内の水晶玉から、町の様子を透視していた参謀の1人が、溜め息をついた。
「ハハハハハハ!」
突然、大きな声で笑いだした者がいたので、作戦会議室にいた者達は、一斉にその方に目を向けた。
笑い声の主は、防衛軍の大佐だった。
「ここは終わりだよ!」
その言葉に、司令官は、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ゴホン」
軽く咳払いをしてから、司令官へ報告しにきた兵士に顔を向け、改めて訊いた。
「誰が、結界を突破したのだ?」
兵士は、背筋をピンと伸ばし、報告を続けた。
「もとブラックサイエンスの…」
「どこへ行く!」
結界士達を振り切って、サーシャは結界をくぐり抜けると、魔物達の領域へと足を踏み出した。都市の東側…結界の一番端近く。無言で歩くサーシャの背中に、結界内から、結界士や守備隊員が叫んだ。
「今は、全員待機命令が、出されているはずだ」
そんな命令…サーシャには、関係なかった。何故ならば、サーシャはある意味、死人なのだから。
「聞いてるのか!」
振り返りもせず、ただ歩いていくサーシャ。
「命令違反は、銃殺だ」
守備隊員が、銃を構えた。
銃口をサーシャの背中に向けた。
すると、サーシャはいきなり足を止めた。
「そうだ!こっちを向け」
守備隊員が、引き金に指をかけた瞬間、凄まじき落雷が、サーシャの足元に落ちた。
サーシャは、軽く後方にジャンプしながら、上空を睨んだ。
すると、今まで雲一つなく晴れていた空に、巨大な黒雲が浮かんでいた。
「な、何だ?」
守備隊員は悪寒を感じ、びっくと身を震わすと銃口を天に向けながら、尻餅をついた。
結界士達が蒼ざめながら、一斉に空を見上げると、黒雲が地上に落ちて来るのが確認できた。
「フッ」
サーシャは、右手を一振りして、ドラゴンキラーを装着した。
黒雲は、質量を持つ羽に変わり、上空から一瞬にして、サーシャの目の前に着地すると圧縮され、人型へと形作った。
「驚いたぞ!そなたの気を、感じた時は」
「サラ!」
サーシャは、ドラゴンキラーの切っ先をサラに向けて、構えた。
「て、天空の騎士団長…」
守備隊員は腰抜かし、結界内にいる結界士達は、ざわめき慄き、腰が抜けた者、逃げ出す者…一歩下がりながらも、結界を張り直す者などで、少しパニック状態となった。
「フン」
そんな人間達の様子に鼻を鳴らすと、サラは1人落ち着いて、自分を睨むサーシャと対峙した。
「また…殺されに来たのか」
サラは、サーシャに向かって、右手を差し出した。
開いた手のひらに、一筋の傷痕が…。
「命をかけても、傷一つしか、つけられなかった…お前が!」
サラの手のひらが、輝きだした。
「身の程を知れ!」
「全員!結界に力を込めろ!」
サーシャの真後ろにある結界を破壊されないように、逃げ腰だった結界士達が、手を掲げ、結界に力を込めた。
「サラクラッシャー」
サラの手から凄まじい電撃が、放たれた。
辺り一面が光に包まれ、サラの前方にある地面が抉れ、消滅していった。
「男?」
サラは、眉を寄せた。光がサーシャに直撃する瞬間、男の姿に変わったように見えたからだ。
「ミラー・ショット」
ロバートは、にやりと笑った。
サラの放った電撃は、ロバートが作った鏡状の結界に吸い込まれ、跳ね返った。
「何だと?」
凄まじい光の中に、さらに眩しい光が生まれ、まっすぐにサラに向かってきた。
「チッ」
サラは、左手も前に出し、両手で光を受け止めた。
「フン!」
光の中、気合いが響いた。
跳ね返ってきた電撃は、光を斬り裂く刃に変わった。
「グラビティ・ブレイド!」
サラの手のひらから、肩…腰にかけて、赤い線が走り…やがて…。
「な」
血飛沫が、上がった。
サラの足元に、ドラゴンキラーを振り下ろしたサーシャが、腰を屈めていた。
エメラルドグリーンの髪が、風圧でふわっと浮かぶと、サラの目の前で、毛先が漂った。
「エメラルドフラッシュ!」
髪の毛が、落ちるよりも速く、ドラゴンキラーの切っ先を突き上げるように、サーシャは立ち上がった。
「なめるな!」
ドラゴンキラーが、首筋に刺さる寸前、サラは猛スピードで、空中へ飛び上がった。
蝙蝠の羽を広げ、空中に浮かびながら、サラはサーシャを見下ろした。
「我が魔力を、吸収しただと!」
真下から、自分を見上げるサーシャの体を、まじまじと観察して、サラは唇を噛み締めた。
「魔力が上がったとか…そんなレベルではない」
サラは、自分の体についた傷を見て、怒りで全身を震わせた。
「根本的な…何かが、変化している。しかし!」
サラは、サーシャに向かって、空中から飛びかかった。
「まだ、この位では!」
サラの頭に生えた…2本の角が光り、そこから、辺り構わず四方八方に、電撃が放出された。
いくつかは、結界に当たった。
「ヒィィ」
結界のあっちこっちに、ひびが走った。
結界を張れない…普通の兵士は、ひびを見ただけで、腰が引けて動けなくなったが、結界士達は、修復に走り回った。
(しかし…このままでは)
ロバートの意識をよんだサーシャは頷き、ジャンプした。
黒光りするドラゴンキラーが、サラの角に向けて、振るわれた。
(サラよ!戻れ!遊んでる場合ではないぞ)
サラの頭の中に、バイラの声が響いた。
「遊んでる訳ではない!」
サラは、叫んだ。サラの苛立ちが、声からわかった。
それに、無謀にもこっちに自ら飛び込んでくるサーシャの自信も、気にいらなかった。
至近距離から、最大魔力を込めた、サラブレイクを放つ体勢に入った。
(女神の片割れが、本陣に近づいている)
バイラの言葉に、ほんの少しだけ…サラの動きが止まった。
「重力遮断」
サーシャの体にかかる重力が、消えた。その瞬間、サーシャ1人が無重力の中、有り得ない動きで、サラの後ろに回った。
「な」
いきなり、視界から消えたサーシャに驚き、サラは後ろを振り返った。
音を立てず、ただ横凪ぎに振るったドラゴンキラーが、サラの左の角を斬り裂いた。
「!」
絶句するサラに、バイラは叫んだ。
(これが最後だ!戻れ!)
サラの角が、地面に落ちるのと、サーシャが着地するのは、同時だった。
「クッ!」
サラは、折れた角を確認することなく羽を翻すと、遥か上空に舞い上がり、そのまま撤退した。
その様子を結界の中から、息を飲んで見ていた結界士や防衛軍の兵士は、一呼吸おいてから飛び上がって、歓喜の声を上げた。
「やった!」
「騎士団長を退けたぞ」
「我々の勝利だ!」
歓喜にわき、抱き合う兵士とは逆に、サーシャは至って冷静だった。
サラの残した角を拾うと、サーシャは、彼女が消えた上空を見上げた。
「あいつは、全力ではなかった…」
サーシャは、サラの角をぎゅっと握り締めた。
「あいつは…明らかに、何かに気を取られていた」
サーシャは、角を黒い軍服のポケットにしまうと、結界とは反対側に再び歩き出した。
つまり、魔界の方へ。
「まだ…このレベルでは、勝てない」
サーシャは、ドラゴンキラーを構え、荒野の奥へ駆け出した。