第162話 闇夜の刃
月日は流れた。
数年後、九鬼真弓は十歳をこえていた。
いつもの如く…次々に部屋を訪れる者達を、相手にしていた。
「うぐ」
相手に何もさせないで、九鬼は敵を気絶させた。
毎日の死合いが、九鬼を普通の人間では到達できないレベルに成長させていた。
幼き頃のように、相手を殺すことも、腕を切り落とされることもなくなった。
野生動物は、部屋に入るだけで、戦意を失った。
そんな状況を半年間、見守り続けた才蔵は、最後の仕上げにかかる時にきたことを悟った。
「もう人では…相手できないな」
才蔵は、モニター室に備え付けている電話を手に取った。
それから、また時は数日流れた。
部屋で、相手を待っていた九鬼の前に、1人の女の子が立っていた。
学生服を着た少女は、九鬼を見るなり、睨み付けた。
「あんたが…あんたなのね!」
少女は、ナイフを持っていた。
「?」
九鬼には、理解できなかった。
殺気ではあるが、少女から発するのは、今までの相手とは雰囲気が違った。
それが、怨み…憎悪、絶望の感情であることが、九鬼には理解できなかった。
今までの相手も殺気や、恐怖を向けることはあっても、怨みはなかった。
訝しげに、自分を見ている九鬼に気付き、少女はさらに発狂した。
「あんたが、いらなくなれば!あたしは、今のままでいられるんだ!」
ナイフを持って突進してくる少女を、九鬼は軽くあしらった。
突きだすだけのナイフを避けると、少女の足を払った。
「きゃあ!」
転ぶ少女。ナイフは、床に転がった。
慌てて、立ち上がろうとする少女は思わず、そばに立つ九鬼を見上げた。
冷たく、射ぬくような視線に、少女は一瞬でパニックになり、
「ヒイイ!」
武器であるナイフを拾おうと、手だけで探した。
視線は、九鬼から外せなくなっていた。
だから、床に転がっているナイフを掴んだ時…そこが刃であることに気付かなかった。
「痛っ!」
刃を握り締めてしまった少女は、ナイフを離した。
血のついたナイフが床に落ちると、少女の手からも、血が流れ落ちた。
九鬼は眉を潜めた。
「今だ」
モニター室から、その様子を見ていた才蔵は、目の前にあるパソコンのキーボードを叩いた。
そして、パソコンの横に置いてあった外部マイクに向かって、叫んだ。
「研究所にいる…全職員に告げる。ご苦労だった。もし、逃げれるなら、研究所から逃げよ!」
才蔵はニヤリと笑い、
「今から、ここは闇に捧げる」
それだけ言うと、マイクを切った。
そして、はははと大笑いした。
「真弓よ!ここからが、本番だ!闇の中から、見つけよ!希望を…」
才蔵があるボタンを押すと、モニターに映る九鬼の部屋の床が、輝き出した。
「でなければ、死ぬか…取り憑かれるだけだ!」
「!?」
ずっと部屋にいた九鬼も気付かなかったが、床はタイル一枚剥ぐと、液晶パネルになっていたのだ。
光輝くパネルは、タイルを透けさせ、ある模様を浮かび上がらせた。
それは、魔法陣である。
「ハハハハ!」
才蔵は笑った。
「何年にも渡る…血が染み付いた部屋に、若き娘の生け贄!」
魔法陣は、血を流す少女を中心にして、回り始めた。
「闇が、現れる」
才蔵は、モニターに顔を近付けた。
「え…」
立ち上がった少女の足首が、盛り上がり…それは、膝から腰へと、ポンプに水が入ったように移動していく。
「い、いや」
少女の胸が三倍近く盛り上がると、苦しそうに痙攣しながら口を開け、天井を見上げた。
眼球が盛り上がり、喉は膨れ上がる。
そして、少女は吐き出した。
無数の黒い糸を。
それは、反射的に後ろに避けた九鬼に絡みついた。
少女の口からは、とめどめなく…糸が吐き出された。
糸は壁をすり抜け、研究所内から逃げようとする人々に絡みついた。
「うわああ」
「きゃあああ!」
絶叫が、研究所内にこだました。
しかし、それは一瞬だった。
黒い糸に絡みつかれた人々は、すぐに落ち着きを取り戻した。
まるで、何事もなかったかのように…見えた。
「ウフフ…」
魔法陣が消え、糸を吐き出していた少女は、口を閉じると、見上げていた顔を下ろした。
「久々の…下界だ」
少女の目は血走り、声が変わっていた。
「体を失ってから、どれ程たったのか」
話す口から、細長い舌がチロチロと何度も飛び出した。
「まあいい〜。再び下界に、出れたのだ」
少女は自分の手を見つめ、血が流れているのがわかると、舌で舐めた。
「それに、若い女の体に入れるとは…運がいい」
血を舐めながら、少女は目だけで、部屋を確認した。
すると、部屋の片隅で糸が噛みついて、繭のようになっている九鬼を発見した。
「おいおい…まだ、取り憑いていないのか?」
少女は、繭に包まれた九鬼に近づき、
「人間如きに、何を手こずって…」
手を差し出そうとした少女は、口から血を吐き出した。
「な!?」
絶句した少女の胸から背中までを、腕が貫いていた。
黒い腕が…。
「ば、馬鹿な…」
腕はすぐに引き抜かれると、繭を突き破った。
そして、中から、黒い物体が飛び出してきた。
「き、貴様は!?」
血走った少女は目を見開き、その姿を確認しょうとしたが、顔が真ん中からスライドし、少女は見ることができなかった。
繭から飛び出した者の手刀が、切り裂いたのだ。
鼻の上から、血を噴き出して倒れる少女に背を向けると、飛び出した者は蹴りで、部屋の壁を破壊した。
廊下に出ると、部屋の前には血走った目をした研究員達が群がっていた。
九鬼であるはずのその者は、研究員達を確認すると、自ら飛びかかっていった。
血飛沫が、廊下に舞った。
「どうなっておる!」
モニター室から出た才蔵は、脂汗を流しながらも、廊下の壁伝いに歩き出した。
「私の孫が、闇に取り憑かれるとは思えん!しかし…」
才蔵は、九鬼がいた部屋に近づくにつれ、血の匂いが強くなっていることに気づいた。
血の匂いを嗅ぐ度に、体が震えていくのを感じながら、才蔵は歯を食い縛った。
「まだ…待て…。最後の仕上げをするまでは…この体はやれん」
才蔵は、興奮している体を抑えように、自らの胸を握り締めた。
その時、静かな廊下にテンポがよい足音がこだました。
「!?」
才蔵は顔を上げた。
廊下は緩やかなループになっており、はるか向こうは見えなかった。
足音は確実に、こちらに向かっており、影が最初に姿を見せた。
灰色の壁に映る影と足音から、近付いてくるのは、1人だとわかった。
才蔵は足を止め、息を整えながら、相手が姿を見せるのを待った。
血の匂いで興奮していた体も、落ち着いていた。
いや、小刻みに震えていた。
それは、歓喜からではなく、恐れであることが…才蔵にはわかった。
だからこそ、才蔵の頭は歓喜した。
(や、闇が震えておる…!私の研究は、成功したのだ)
体とは別に、才蔵自身は感動し、涙を流した。
そして、姿を見せた者を確認すると、才蔵は喜ぶのあまり号泣した。
「や、やはり…なれたのだな…月の戦士に…」
黒い戦闘服に身を包んだ九鬼が、才蔵の前に立っていた。
両腕だけは、真っ赤に染めながら。
「真弓!」
才蔵の叫びに、九鬼ははっとした。
曇った眼鏡の為、表情はわからなかったが、どうやら意識を失っていたようだ。
九鬼は自分に起こったことに気づかずに、無意識に戦ったのだ。
「お、お爺様」
「真弓よ」
才蔵は、九鬼の姿に満足げに頷くと、大粒の涙を床に落とした。
そして、壁から手を離すと、九鬼に微笑みながら、最後の言葉を述べた。
「これが、仕上げだ」
才蔵の瞳から、一筋の涙が流れると同時に、両肩が盛り上がり、2つの口へと変わった。
「私を殺せ」
それが、才蔵の最後の言葉になった。
「うぐぐわあ!」
才蔵の喉仏が盛り上がり、唇が裂け、それから赤い表情の別の顔が飛び出してきた。
それは、生まれたばかりの胎児を思わせた。
「キイイイー!」
猿のような甲高い奇声を発すると、その頭は口から飛び出し、うなぎのようなヌメヌメした長い首をさらした。
九鬼に、ギロッリと開いたばかりの白目を向けると、襲いかかってきた。
「お爺様…」
九鬼の心はたじろぎ、その場から逃げ出そうとした。しかし、それとは逆に、体が動いた。
九鬼の黒い体が一瞬、光そのもののように輝いた。
両手が勝手に動き、クロスを描いた。
廊下に光った閃きは、才蔵だったものの横を通り過ぎた。
「乙女…シルバー…」
初めて話した胎児の頭が、口にした言葉が、断末魔となった。
無数の傷が、才蔵だったものの全身に走ると、血を噴き出しながら、細切れになった。
「お爺様!?」
単なる肉片と化した才蔵の体が、廊下の床に血飛沫とともに、崩れ落ちた時、九鬼の体と精神は再びリンクした。
光と化していた体は、黒と真っ赤な鮮血で染められていた。
「い、いい…」
九鬼は自分を手を見て、血溜まりの中、両膝をついた。そして、天井を見上げ、絶叫した。天井もまた真っ赤だったからだ。
「いやあああ!」
しかし、九鬼には狂う余裕もなかった。
血に誘われて、研究所内に残る…魔と同化した人々が集まってきたからだ。
「ま、まさか」
胸騒ぎを感じ、研究所を訪れた兜は、異様な光景に絶句していた。
夜の戸張の中で、研究所は闇に包まれ、抱かれているように思えた。
「捧げたのか」
兜の全身に、悪寒が走った。
「闇に…肉体を」
兜は無意識に、親指の爪を噛んでいた。研究所までは、あと数十メートル。
近づいていいのか…躊躇してしまう。
しばらく、考えて…兜は車のエンジンを切った。
心を静めながら、車から降りることを決意した。
その時、山の谷間にある研究所から、声にならない悲鳴が周囲の木々を震わせた。
その悲鳴の振動が、車を降りたばかりの兜の全身を震わせ、思わずよろけながら、ボンネットに手をついた。
「何だ?」
研究所の真上にあった月は、分厚い雲に隠されていたのに、
突然穴が開き、そこから月が見えたと思った瞬間、一筋の光が月から、研究所に向かって伸びた。
「あの光は!?」
目に全然、眩しくない光は研究所内にある何かに、導かれているように思えた。
兜は唾を飲み込み、
「あれは…ムーンエナジーか」
唇を噛み締めた。
「しかし…あれほど、集束されたムーンエナジーを見たことがない」
研究所を覆っていた闇が、苦しそうにもがき、拡散した。
そして、今度は目映い光が研究所を包むと、一瞬で光は消えた。
「な」
その代わり…新たな光が研究所を包んだ。この光は、研究所に居座った。
「せ、先生!」
兜は走り出した。
研究所が燃えていた。
炎は研究所を赤と黒だけで、染め上げた。その勢いは、異様に速い。
兜はそばまで来たが、近づくことはできなかった。
「中は…どうなっているんだ!」
炎の熱気に、兜が目を細めていると、燃えたかる研究所の中から、ゆっくりと近づいてくる黒い影をみつけた。
それは、炎に燃やされることはなく…いや、炎よりも熱く思えた。
「人…か?」
兜は、崩れ落ちる研究所から、何事もないように歩いてくる人を凝視した。
「せ、成功したのか」
兜は一瞬で、事態の終息と、原因結果を理解した。
「魔を召喚させ…あれを見つけだせたのか…」
兜は、炎を従えているように見える人影を目を細めて、じっと見つめた。
かつて、才蔵は兜に語っていた。
月の戦士を復活させる方法を。
「無理だ」
それをきいた兜は、首を横に振った。
「その方法は、危険過ぎる!」
だけど、才蔵は口元を緩めるだけだ。
兜は声を荒げ、
「あわよく…戦士になれたとしても、周りは化け物ばかりだ!勝てるはずがない!」
「フン!」
才蔵は鼻を鳴らした。そして、兜に背を向けると、虚空を睨みながら、こう言った。
「周りにいるすべての魔を皆殺しにできないやつに、月の戦士を名乗る資格はないわ!」
才蔵は、振り返り、
「月の光は、すべてを照らす!ならば!月の戦士は、すべての闇を駆逐しなければならない!」
兜を睨みつけ、
「その程度もできない戦士ならば、いらぬ!」
兜は炎の中から、燃えることもなく、平然とでてきた者を見据えた。
(この様子だと…魔は駆逐したか…しかし!)
兜は、恐れていた。魔を倒す力を得る事ができたとしても、闇に囲まれた人間が人間のままでいられるのか。精神的に大丈夫なのか...。
兜は震える手で、着ている上着の内ポケットから銃を取り出した。
(し、試作品の…武器で勝ってるか)
兜はもしもの為に、ムーンエナジーを使う兵器を開発していた。
しかし、目の前にいるのは、そのムーンエナジーを使う戦士だ。
兜の額に、冷や汗が流れた時、脳裏に才蔵の言葉がよみがえった。
(そんなに…やわに鍛えておらぬは、うちの孫は!)
炎の照り返しから、逃れ出て来た戦闘服を身に纏った戦士の瞳から、一筋の涙が流れたことに、兜は気付いた。
涙とともに、戦闘服は消え、変身が解けると、九鬼へと戻った。
九鬼の手の中に戻るはずの乙女ケースはこぼれ落ち、前に転がった。
「お爺様…」
崩れ落ち、両膝を地面につく九鬼。
「…」
兜は無言で、地面に転がったシルバーの乙女ケースを拾い上げた。
「乙女…シルバー…」
兜は、少し煤けた乙女ケースの表面を手で拭った。
かつて月の軍勢は、闇の勢力を押し返し、その身を封じた。
この戦いで、活躍した最強の戦士。
それが、乙女シルバーであった。
戦いの終結後、残った闇を封印する為、各乙女ケースは御神体として、各地に奉納され…結界となった。
しかし、シルバーだけが行方不明となっていた。
その理由は簡単だった。
シルバーはすぐに、闇と同化することができた。
それは黒く酸化するよりは、闇化と言われた。
乙女ダーク。
その為、乙女シルバーは月と闇の力を使うことができる。
しかし、闇の影響力は凄く、乙女ダークと化した戦士は、精神を蝕まれる危険性を伴っていた。
事実、先代の乙女シルバーは闇との戦いの中で、行方不明となり…シルバーの力は闇に消えた。
(だから、先生は)
兜は乙女ケースを握りしめ、
(闇に堕ちぬ…戦士を育て…闇の中から、シルバーの力を探した)
そして、泣き続ける九鬼を見つめた。
(闇に囚われない心)
兜はゆっくりと近づき、崩れ落ちている九鬼を見下ろしながら、言った。
「泣くな!これは、試練だ」
「え?」
九鬼は涙を拭わずに、顔を上げた。そして、兜の顔を見つめた。
会う人間は、才蔵以外ほとんどが戦う相手だった九鬼は立ち上がると、回し蹴りを兜に叩き込んだ。
「闇にのまれていないが…狂犬だな」
「!?」
九鬼の鋭い蹴りを、兜は乙女ケースで受け止めていた。
そして、左手で九鬼の足首を捻ると、そのまま関節を決めようとしたが、九鬼は回転することで、兜の手を弾いた。
驚きの顔で、兜から距離を取った九鬼は、再び兜の顔を見つめた。
「フン」
兜は鼻を鳴らすと、眉を寄せ、
「才蔵先生から…もしのことがあったらと頼まれていたが…」
燃えている研究所をちら見すると、ため息をついた。
「今が、その時のようだな」
九鬼は思考を巡らし、考えた。
目の前にいる者は、自分に殺気を向けてもいないし、才蔵に何か頼まれているようだ。
「お前に、渡すものがある」
構えを少し解いた九鬼を見ながら、兜は上着の内ポケットから、封筒を取りだし、九鬼に投げた。
封筒は縦に回転し、九鬼の指の間に挟まった。
「ここに、学校の転入届けがある。お前はまず…人としての生活をおくれるようにならなければならない。この学校の校長は、お前の身の上を知っている」
そう言うと、兜は九鬼に背を向けた。そして、九鬼に見られないように、乙女ケースを内ポケットに押し込んだ。
「二年後…大月学園で会おう。そこに、お前が今まで育てられた意味がある」
「ま、待って!」
九鬼は、去っていく兜の背中を呼び止めた。
「あ、あたしが学校に!?」
兜は足を止め、振り返ることなく、こたえた。
「お前の名前で、今まで学校に通わされ…生きていた傀儡がいた。戸籍もない娘がな」
「その子は!」
「知らんが…処理はしたと思うが」
「!」
九鬼の脳裏に、闇を吐き出した少女の姿が浮かんだ。
「お前が今…いる意味を、二年間考えればいいさ」
兜はまた、歩き出した。
また崩れ落ちそうになる九鬼に向かって、最後の言葉を残して。
「闇は…自分の肉親や、恋人…親友など親しい者に、憑依することが多い。だから、才蔵先生は仕上げに、自分の体を使って、お前に教えたのさ」
「え?」
「自分と同じことに、ならないように…」
兜は振り返り、研究所を見た。
「闇に食われた…娘や家族達を見て、狂った自分と同じにならないようにな」
兜は、研究所に頭を下げ、
「闇に立ち向かう…戦士。いや、闇すら従える戦士を…作り出したかったのだろう…。自分の孫を使ってな」
「え」
「道具だと思えば、やめたらいい。高校は別の学校にいけば、お前はこの日々から、抜け出せる」
兜は、停めていた車のドアを開けた。
「最後の選択は、お前が選べるようになっている」
静かに、発車した車のエンジン音を聞きながら、九鬼は、月を見上げた。
そして、ゆっくりと顔を下ろし、今度は両手を見つめた。
血塗られた手。
どこほどの命を断っただろうか。
九鬼は自由になり…そして、魔と化した才蔵を殺したことで、初めて実感した。
命を闇を…己の罪を。
例え、その意味を知らなかったとはいえ、そうしなければ、生きれらなかったとしても。
(あたしは…なんだ?)
月に照らされながら、九鬼は今すぐには出せない答えを探した。
「お爺様…」
ただ…今わかることは、自分が大きな犠牲のもとで存在しているということだ。
「月の戦士…」
九鬼はもう、崩れ落ちることはなかった。
まずは、自分が存在する意味を探ろう。
九鬼は歩きだした。
ただ戦士を育てる為に隔離された…血が染み付いた場所…自らが、生まれ育った箱から歩き出した。
これまでの…そして、これからの意味を求めて。
その行く末を暗示するかの如く、月が雲によって消え、雨が降りだした。
その雨は、九鬼の頬をさらに濡らした。
それから…九鬼は多くの事を知った。
闇を狩る九鬼の前に立つ…異形の者。
魔と闇は違う。
魔は、人とは違う種。
闇は…生き物ではない…人の心に巣食うと。
闇と戦う日々…そして、人としての感覚を取り戻す日々の中で、九鬼は赤星綾子に会った。
彼女の孤独を映す瞳は…九鬼と似ていた。
大切な人に、置き去りにされたような…悲しみ。
だから、年が離れていたも、2人は共鳴した。
しかし、魔獣因子が目覚めてからの綾子とは、一度しか会う事はなかった。
深く話すことはできなかったが、時間さえあれば…お互いを理解したはずだ。
九鬼は、その綾子を殺した相手を追って、異世界まで来た。
ブルーワールドの月の女神に導かれて…。
その世界では、九鬼の力が使えなくても…。
使えなくても…。
そのはずだった。
しかし、今…九鬼の手には乙女ケースがあった。
この世界にないはずのものが…。
運命が加速する。