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第159話 絡み付く肌

足音が残る空気の中を、あたしの鼓動が切り裂いていく。


ただはやる心が、あたしから過ぎ去っていく景色の色を消した。


列車の運転手のように、あたしには、自分の前に続くレールが見えた。


左右に遠ざかっていく駅には、止まることがない。


そのレールの先にある場所まで…。


例え…レールの先が無くても、あたしはただの土の地面を走る。


例え…先が崖だとしても、あたしは走る。


例え…先が、壁だとしても…あたしはただ砕けるだけ。


そう砕けるだけ…。



だけど、幸いにも、目の前にあった壁は開けることができた。


突き破るように開けた扉の向こうに、あの人はいた。


「ああ…」


喜びから、あたしの口から感嘆のため息が漏れた。


あたしが開けた扉の音に気付き、あの人はゆっくりとこちらに顔を向けた。


何もない…ただ薄暗いだけの用具室。


少し湿気た、かび臭い臭いも、あの人がいるだけで…甘美な香りに変わった。


あの人のすらりとした長身の体。背中まである髪が、あたしに向かって振り向く時、手を伸ばす動きの中で、美しく流れた。


あたしは、その様子をもう少し見たいと思った。


扉を閉めると、ここは完全な闇になる。


あの人を見れなくなる。


だけど…閉めなければ、あの人に近寄れない。


あたしは、ゆっくりと扉が自動で閉まるように、後ろで扉を押した。


扉が閉まるまでの数秒を使い、あたしはあの人に走り寄った。


あの人はただ…あたしに笑いかけ、伸ばした手があたしに触れる距離まで来ると、あたしのネクタイを掴み、ほどいていく。


「ああ…1日がこんなに長いなんて…思わなかったです」


あの人の胸に、飛び込むまでに、あたしのネクタイは取られた。


あたしの潤んだ目が、あの人を映し、扉が閉まる瞬間…あたしは自らの唇を、あの人に押し当てた。


「九鬼様…」


激しく絡み付いた舌が一度、離れた唇と一本の唾液でできた糸で繋がっていた。


その糸が、扉から漏れる最後の明かりで光り輝いた。


「ああ…」


ここがどこなのか…数秒後には、わからなくなった。


完全なる闇は、あたしの視界を奪った代わりに、敏感な肌を与えた。


あの人の手の感触だけが、あたしのすべてであり、あたしもまた… 自らの手であの人をまさぐった。


唇はあの人を求めたけど、あの人の舌が、あたしの首筋を這う頃には、もうどうでもよくなっていた。


服が脱がしていったけど、あたしにとっても邪魔に思えた。


全身が、別の生き物のように思えた。


でも、それでよかった。


もうどうでも…よかった。


あたしのすべてに、絡み付くあの人の感覚が、肌をおおい尽くした後、その奥にある一番敏感なところに、舌を伸ばそうをした時…。


「あう!」


あたしは、痛みとも…快楽ともわからない感覚に包まれながら、意識を失った。






「無粋だな」


いつのまにか開いた扉に向かって、女生徒に絡み付いていたものは、口を開いた。


「この子には、最高の快楽をあげようと思っていたのに…」


全裸の女生徒に、絡み付いていた舌を外すと、その者は立ち上がった。


「女の体液は…純粋にいった後が、美味しいからな?」


「その後に…食べるのか?」


腕を組み、用具室に入ってきた者も、この学校の制服を着ていた。


「くくく…あたしは、他のやつより、肉派なのよ」


そう言うのと、その者は女生徒の露になった乳房に吸い付いた。


その行為に、入ってきた女生徒は顔をしかめた。


「くくく」


その者は、楽しそうに笑うと、乳房の先を一舐めし、


「そんな顔をするなよ?あんたも、好きなんだろ…」


舌から落ちる…体液をさらした。


その瞬間、一気にその者の前に来た女生徒の回し蹴りが、放たれた。


「その姿で、なんてハレンチな!」


避けることなく、蹴りを顔面に受けたその者は、ふっ飛んだ。


床に転がったが、その者は笑っていた。


「ははは...。仕方ないだろ」


その者が立ち上がると、顔面が歪んでいたが、すぐに元に戻り、


「人気あるんだから」


いやらしい笑みを向けた。


「あんたは、もてるんだよ。生徒会長…九鬼真弓」


扉から漏れる光に照らされた2人は、同じ姿をしていた。


「貴様!」


入ってきた九鬼はもう一度、回し蹴りを放つが、中にいた九鬼は、天井に向けて飛び上がると避けた。そのまま、天井を突き破り、屋根に出た。


用具室は平屋の一室であり、屋根はベニヤ板になっていた。


脆い屋根の上に着地すると、中にいた九鬼が夜空を見上げた。


そこには、月があった。


目を細め、遥か上空にある月を見つめ、呟いた。


「月よ。其方は美しい。しかし、闇を照らす其方は、我々の居場所を奪った」




「貴様!」


屋根に上がって来た九鬼に気づくと、中にいた九鬼は鼻で笑った。


「お前は間違っている」


中にいた九鬼は、九鬼を見つめ、


「向こうから、来るやつを拒む理由がない。それに、やつらは!人では、味わえない快楽を知って、死んでいくのだ。生物冥利につきるだろ?」


舌舐めずりをした。


「貴様らの言い方!気にくわない!」


屋根の上を走りだした九鬼は、中にいた九鬼の姿が変わったことに気づいた。


変身というよりも、形そのものがまるで、粘土のように形を変えた。


「乙女ソルジャー!?」


それは、紛れもなく…九鬼が、変身する乙女ブラックそのものだった。


「舐めるな!」


屋根を走る九鬼は、黒い眼鏡ケースを突きだした。


「装着!」


ケースの中から、眼鏡が飛び出し、それが自動的にかかると、九鬼は乙女ブラックへと変身した。


「九鬼真弓!」


先に屋根に降りた乙女ブラックと、眼鏡をかけて変身した乙女ブラックが、ほぼ同時にジャンプした。


「ルナティックキック!」


2つの蹴りが空中で、交差した。


互いにいた場所に、着地した2人の乙女ブラック。


片方のブラックが着地した瞬間、ふらついて膝を屋根に落とした。


「これが…月の力か」


膝をついた乙女ブラックの全身に、亀裂が走る。


「闇を照らす月の…力」


卵の殻が割れるように、乙女ブラックの表面が砕け散った。


すると、屋根の上には全裸の女が座り込んでいた。


そばかすだらけの顔を九鬼に向けると、女は思い切り睨み付けた。


「どうして…あんたは、人気があって!どうして、あんたはもてるのよ!」


そう叫んだ女の瞳から、涙は流れなかった。


急激にかさかさに乾いていく皮膚から、水分はなくなっていき、ひび割れていく。


「そ、そんな〜あ、あたしは」


肌の色も、おかしくなってきた。


「あたしは…ただ」


手をあげようとするだけで、指が崩れていく。


「い、いやああ」


絶叫しょうとしたが、顎が崩れて話せなくなった。


乙女ブラックは、九鬼に戻ると、女の前に立った。


女の体は砂のように崩れ、姿が留められなくなっていた。


九鬼は崩れる体を見下ろしながら、口を開いた。


「闇に、魅せられたものは…ただ灰になるだけだ」


哀れむ九鬼の表情に、女は崩れるスピードが速まっても構わなくなったのか…目で笑った。


女が言いたいことは、声に出さなくても、九鬼には伝わった。


「お前も、本当は…わたしと同じだ。ただ…お前は、月に選ばれただけだ」



ただ灰と貸し、風に飛ばされていく。


その灰が、すべてなくなる刹那…九鬼は最後の声を聞いた。


「本当は、お前は月の使者なんかじゃない!お前こそが、灰になるべきなのよ。いずれ、お前は死ぬ!月の明かりによってね!無惨な姿をさらして」


その言葉に、九鬼はフッと笑った。


屋根から飛び降りると、用具室に背を向けて、歩きだした。


「そうなるかもしれない…。だけど…」


九鬼は前方に広がる闇を睨み、


「無惨に殺されたとしても…その数秒前まで、あたしは貴様ら、闇と戦う!」


立ち止まり、


「それが、あたしの生き方だ」


月を見上げた。


ただ…浮かぶ…綺麗な月を。


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