第158話 エピローグから、扉は開く。
ライの気が消えたことは、多くの人々が知ったが、まさか死んだとは…誰も思わなかった。
だが、どこにいったのかは、誰も知らなかった。
そして…勇者赤星浩一もまた…行方不明になったことにより、数多くの憶測を呼んだ。
そんな混乱した状況であったから、戦い続ける彼女には、情報が入る訳がなかった。
「ルナティックキック!」
月夜に舞う…黒い影が、魔物を切り裂いた。
サラとの戦いで、己の未熟さを知った九鬼は、あの日から戦い続けていた。
実世界でいう熱帯雨林の中で、九鬼はたった1人で戦い続けていた。
もう何匹の魔物を倒したかは、覚えていない。
蹴りで、魔物を倒した九鬼の後ろに、姿を見せたタキシードの男は拍手した。
「おめでとうございます!今の魔物をもって、雑魚も合わせてですが…あなた様が倒した魔物の数は、666体となりました」
タキシードの男の報告にも、九鬼は表情を変えない。
別に、数を競っている訳ではない。
九鬼は、タキシードの男に背を向けたまま、次の魔物を探そうと歩きだした。
「よって…」
そんな九鬼を気にせずに、タキシードの男は勝手に、話を続けた。
「あなたは、用なしです」
タキシードの男は、にやりと笑った。
「な!」
突然、九鬼が纏う黒い戦闘服から、黒い霧が立ち上った。
それは、凄まじい速さで、上空の月に吸い込まれていく。
力が抜け、倒れた九鬼の体から、戦闘服は消えていた。
「あなたは、よくやりましたよ。普通、人間が666匹もの魔物を倒せるわけがない」
タキシードの男は、倒れた九鬼のそばに来ると、満面の笑顔を向けた。
「しかし、その条件を満たさなければ…女神の封印は、解けなかった」
上空の月に、黒い斑点のようなものができると、そこから更に濃厚な闇が、染みだしてきた。
「デスぺラード様のご帰還だ!」
タキシードの男は、空を仰ぎ見た。
「だ、騙したのか?」
何とか地面の土を爪で抉りながら、立ち上がった九鬼は、タキシードの男を睨んだ。
「騙してなど…おりません」
慇懃無礼に頭を下げたタキシードの男は、
「魔物を倒す力は、与えました。ただ…それが、女神復活の為に、利用しただけです」
にやりと、口元を緩めた。
「貴様!」
立ち上がり、パンチを叩き込もうとしたが、タキシードの男は煙のように、消えた。
「申し訳ございませんが、もうあなた様の相手をしている場合では、ございません」
声だけが、ジャングルの中でこだました。
「偽物とはいえ…乙女ソルジャーの力を失ったあなたは、このジャングルから生きて出れないでしょうね」
声は笑っていた。
「でも、健闘を祈っております!」
「くそ!」
もう気配もしなかった。
九鬼は、夜のジャングルに生身のまま取り残されたのだ。
「チッ」
舌打ちすると、九鬼は周りを見渡し、状況を判断した。
戦う術は失ったが、魔物の気配を探ることはできた。
何匹かいる。
隠れようにも、先程までの戦いで染み付いた魔物の血の匂いを消すことはできなかった。
(だが…威嚇にもなる)
九鬼は、戦う術を失ったことを悟られないように、殺気を放ちながらジャングルを走り出した。
まずは、視界と足下の悪いジャングル内から、出ないといけない。
途中、好奇心の強いやつか…威嚇が通用しない魔物に会わないを願いながら、
九鬼は走った。
小一時間、魔物に会わずに走っていると、先の方から血の匂いがした。
それも、強烈な匂いだ。
九鬼は走るのを止めた。
この匂いは、隠れ蓑になる。
ゆっくりと木々の間に隠れながら、九鬼は前を伺った。
ジャングルは、もうすぐ抜ける。
匂いは、抜けたところから漂っていた。
九鬼は、木々の影に身を隠すと、ジャングルの外を見た。
そこには、無数の魔物の死骸が転がっていた。
しかし、それよりも、 九鬼の目を奪ったものは、月夜に舞う二つの影だった。
「乙女ソルジャー…」
ぶつかり合う二つの影は、まごうことない乙女ソルジャーだった。
乙女ブラックと、もう1人。
「とどめよ」
空中で撃墜された乙女ブラックは、地面を転がった。その間に、戦闘服が消え、もとの姿に戻った。
「蘭花!?」
変身が解けたブラックを、九鬼はもとの世界の知り合いに、似てるように思えた。
「そんな…」
立ち上がった乙女ブラックだった女は、月の明かりが反射して黄金に輝く戦士を見て、震え上がった。
「…さようなら」
黄金に輝く戦士の戦闘服が消えると、 かつての…防衛軍の士官の制服を着た女になった。
「最後笑うのは、あたし」
「い、いやあ!」
制服を着た女の爪が伸び、逃げようとした女の背中から胸までを、貫通した。
「そ、そんな…」
正確に、心臓を射抜いた爪はすぐに、もとの長さに戻った。
貫かれた蘭花に似た女は、生き絶える前に、最後の抵抗を見せた。
手に持っていた物を、ジャングルの茂みに向かって投げたのだ。
それは偶然か…必然か…九鬼の足元に転がった。
「こ、これは!?」
九鬼が見た物は、さっきまで自分が持っていた物に酷似していた。
「乙女ケース!?」
黒い眼鏡ケースを、反射的に拾おうと、木の影から手を伸ばした九鬼の上に、黒い影が覆い被さった。
「勝手に、触らないでくれる?」
制服を着た女が、いつのまにか…九鬼の目の前にいた。
「これは、あたしのものよ」
冷たい氷のような瞳を向ける女に、九鬼は…人ではない力を感じた。
咄嗟に乙女ケースを掴んだ九鬼は、後ろにジャンプし、間合いを取った。
「それとも…何かしら?」
女は、ゆっくりと顔を九鬼に向け、微笑んだ。
「あなたも参加するつもり?このバトルに」
「バトル?」
「死ぬ覚悟があるならね」
女の姿が変わった。
甲殻類を思わす鎧のような体に、鋭い爪。
さっきまで、確かに人間だったが、もう完全に…人間からは逸脱していた。
「魔獣因子…」
九鬼は、実世界で戦っていたもの達を思い出した。
人から、変わる者達。
九鬼が呟いた言葉に、女は目を見開いた。
「驚いた…。その言葉を知る者は、この世界では、安定者クラスだけのはず」
「この世界?」
九鬼は、その言葉に引っ掛かった。
眉を寄せた九鬼に、女はにやりと笑った。
「どうやら…あんたも、この世界の人間ではないようね」
女の姿が、人間に戻る。
「あんたの名は?」
顎を上げ、九鬼に訊く女に、
「先に名乗るのが、礼儀じゃないのか?」
九鬼は、じりじりと間合いを詰めた。
女は鼻を鳴らすと、こたえた。
「佐々木神流よ」
「九鬼真弓!」
2人は…同時に、乙女ケースを突きだした。
「装着!」
天空のエトランゼ 第3章
〜太陽のヴァンパイア編〜
完。
そして、物語は次のステージへ。
ギターの音が響く。
切なく…激しく、遣る瀬なく、言葉を引き連れて…。
暗闇から、仔猫の鳴き声が聞こえてきた。
寂しく、悲しく、自分を救ってくれる者を求めて…。
だけど、触れようとしたら、逃げていく。
たった1人で生きれる強さを求めながら、誰も1人では生きれない。
お前が、服を作れるのか。
お前が、食物を作れるのか?。
お前の話す言葉も、考える思考も、誰かが残した過去の上にある。
たった1人で生きれる強さを求める者は、決してその強さを得ることはない。
それが、人だからだ。
自分勝手に生きろ。
そして、もがけ。
そのうち…お前は知るだろう。
己の弱さを。
人は心の中で、泣き叫ぶ。
その声に、誰かが気づいてくれると期待しながら。
期待しながら、お前はそれを否定する。
だから、お前は人なのだ。
自分勝手と弱さが、重なる時、お前は知るだろう。
それが、強さだと。
闇の中で、鳴く子猫のように、声にはだせない。
そうだ… 。
人は声に出せない。
本当の思いを…。
だから、人は、精神的には独り。
今夜も、月に照らされながら、夢という逃げ道に迷い込む。
強さとはなんだ。
それが、わかる者は…人であらず。
「そう…人ではない」
誰もいない街角で、ギターを弾いていた女は、フツと笑った。
その傍らには、眼鏡ケースがあった。