第157話 エトランゼの終焉
僕は、歩く。
玉座の間に繋がっている穴を潜りながら…。
ちらりと左手を見ると、そこには指輪がついていた。
僕とアルテミアの絆。
ぎゅと左手を握りしめた。
これが、僕の証だ。
いくつかの壁を通ると…僕は、玉座の間へと足を踏み入れた。
その瞬間、太陽のような眩しさを感じたが、僕は目を背けなかった。
「ライ…」
ライもまた…太陽のバンパイアだからだ。
「赤星…」
白い光の中から、ふらつきながら、美奈子が出てきた。
身体中が抉れ、両手はなかった。
「力なんて…いらないと思っていた…」
美奈子の目から、涙が流れた。
「だけど…」
足がもつれ、美奈子は倒れた。
手がない為、床に激突すると思われた瞬間、僕は駆け寄り、美奈子を抱き止めた。
それだけで、僕は片膝をついた。
「大切なものを…守れるくらいの力は…必要だった…」
「美奈子さん!」
「明菜を頼む…」
それが、美奈子の最後の言葉となった。
「美奈子さん…」
血を流し過ぎ…肉体の一部を失った為、美奈子の体は、軽くなっていた。
「ううう…」
死んだ瞬間も、重さを感じなかった。
僕は美奈子を床に横たえると、そっと手で瞼を閉じた。
そして、手についた美奈子の血を舐めた。
「あなたの思いも…僕とともに!」
僕は顔を上げた。
目が赤く輝くと、今まで光で見えなかった部屋の様子が、確認できた。
「赤星浩一」
部屋の真ん中に、ライがいた。
ライはフッと笑い、
「どうした?ボロボロではないか?昔会った時の力も、感じないが、どうした?」
嘲るように言った。
「ライ!」
僕はふらつきながら、立ち上がった。
「こうちゃん…」
か細い声が、ライの右腕からした。
僕は、目を見開いた。
ライの右腕に胸を貫かれ、空中に浮かんでいる明菜がいた。
「明菜!」
僕は絶叫した。
「こうちゃん…来てくれたんだ」
明菜は、微笑んだ。
「フン!」
ライは、明菜の背中から胸を貫いていた腕を抜いた。
不思議と、血は出なかった。
明菜は足から、床に落ちると、操り人形のように足から崩れた。
「明菜!」
僕はよろけながら、明菜に駆け寄った。
抱き上げた明菜の顔に、生気はなかった。
「なかなか…美味であったぞ」
どうやら、ライに血を吸われたらしい。
「やはり…人間の血は美味い」
ライにとって、久々の食事だった。
「こうちゃん…」
明菜は真っ白な腕を伸ばし、僕の頬に触れた。
「ごめんなさい…。いつも迷惑かけて…」
「な、何を言ってる」
「駄目な…幼なじみだった…迷惑ばかりかける」
「明菜!もう話すな」
謝る明菜に、僕はすべてが泣いた。
「だ、だから…せめて…」
明菜の体から、剣の柄が飛び出してきた。
「最後は…あなたの力に…」
明菜は、僕に微笑んだ。
その優しい笑顔を浮かべたまま、明菜は生き絶えた。
「うわあああ!」
僕は叫びながら、明菜の体から剣を抜くと、ライに斬りかかった。
ライは、鼻で笑った。
「!?」
僕の手にある剣は… 真っ二つに折れた。
「次元刀…」
ライは僕を見下ろし、
「空間は斬れても、我の肉体に傷一つつけれないとはな」
折れた刃は、床に突き刺さった。
「ライトニングソードは!シャイニングソードはどうした!」
ライは手刀を作ると、振り上げた。
「フッ」
今度は、僕が笑った。
「そんなものがなくても、お前に僕は負けない!」
「ほざくな!」
「今のお前には!力をただふるうだけのお前なんかに!」
次の瞬間、ライの右腕が、僕の胸を貫いた。
「何だというのだ?」
ライは、勝利を確信した。
「言ったはずだ」
僕は吐血しながら、笑った。
「負けないとな!」
その瞬間、左手の指輪が光った。
ライは、僕の背中から突き出た拳を握りしめた。
「あとは、お前の血を吸いとれば」
「無駄だ。僕の血のほとんどは、アルテミアにあげた!」
僕は、ライの腕を掴んだ。
「ライよ!僕は負けないと言ったが、勝つとは言ってない」
「き、貴様!?」
僕が掴んでいるライの腕から、肉が焼ける匂いがした。
「お前は、僕から逃げれない!」
「な、何をするきだ!」
ライは、僕の胸から腕を抜こうとしたが、抜けなかった。
「ライ!お前を封印する!残りのすべてをかけて!」
左手の薬指にはめた指輪が輝くと、僕の体が燃えだした。
「僕は、この世界の人間じゃない!」
僕の体が、炎そのものと化していく。
「いずれ…この世界で生まれた者が、お前を必ず!倒す!」
「貴様!」
「だから…その時まで共に眠ろう」
命を燃やした僕の力は、アステカ王国を揺らした。
「赤星くん…」
揺れる玉座のあいた壁から、ジャスティンが姿を見せた。
やっと動けるようになったようだ。
突き刺さっていた矢を抜くと、ジャスティンは僕を見た。
分子レベルで、分解していく僕は、ジャスティンに振り返り、
「アルテミアを頼みます」
頭を下げた。
ジャスティンは、僕がやろうとしていることを理解した。
「わかった」
それだけ言うと、玉座の間に背を向けて、走り出した。
「赤星浩一!」
強引に、僕の炎を吹き飛ばそうとするライに、笑いかけた。
「海底で、頭を冷やそう…。今のお前を、誰も愛さないから」
僕の体と精神は、炎の鎖になり、ライの全身に絡み付いた。
その鎖は、ライの皮膚と同化に、力では外せなくなった。
「こ、こんなところで!」
もがいても、鎖は切れない。
「やっと…人を…滅ぼせるのにいい!」
ライの絶叫は、崩れていくアステカ王国の崩壊の音に、かき消された。
「消えた?」
月を見上げていたギラは驚き、隣で佇んでいたサラに、顔を向けた。
「ああ…」
サラは少し、怒ったように返事をした。
「魔王…」
アステカ王国から脱出したリンネは海上から、足下で沈んでいくアステカ王国を見下ろしていた。
ドーム状のアステカ王国は、そばにある巨大な海溝に崩壊しながら、落ちて行った。
底の見えない暗黒の底へ。
やがて、水圧でひしゃげたドームの中から、水中でも燃えている赤い球体が飛び出し…それもまた落ちて行った。
しかし、その様子を、目で確認できた者はいなかった。
「うん?」
妙な感じがして、コーヒーを入れる手を止めて、カウンターから出た。
「マスター、どうしたの?」
カウンターに座るお客が、マスターの奇妙な行動に…首を捻った。
マスターは店から出ると、空を見上げた。
「女神よ…」
まだ昼間の為、上空には太陽がさんさんと輝いていた。