第155話 断ち切る絆
「アルテミア…」
僕は、海の向こうを見つめていた。
足下に、波が小さく当たって、何度も砕けていた。
「赤星…」
美奈子はそんな僕の後ろで、背中を見つめていた。
美奈子が言わなくても、僕にはアルテミアの行き先を理解していた。
僕は、唇を噛み締めた。
アルテミアが、僕を置いていった理由もわかっていた。
今すぐ追いかけたいが、魔力が回復していなかった。
しかし、行かなければならない。
僕は拳を握りしめると、一瞬泳いでいこうかと思った。だけど、絶対無理だし、魔力も回復するはずもなかったから、諦めた。
仕方なく現実に戻り、僕は船になりそうなものを探すことにした。
立ちすくんでいる美奈子の横を、すり抜けた。
「待て!」
砂浜から出て、島の奥に行こうとする僕に向かって、美奈子は振り返ることなく、声をかけた。
僕は、足を止めた。
美奈子は、手に持っていた銃を僕に向けた。
僕は、ゆっくりと振り返った。
突きだした銃口は、僕に向けられていなかった。
「私の力は、すべて…この銃に変えた。できれば、あいつのところに、飛んでいきたいのに!私にはできない!」
美奈子は、握りしめた銃を見つめ、わなわなと震えだした。
僕は、やりきれない思いに苦しんでいる美奈子の姿に、島の奥に行くのをやめた。
再び砂浜に戻ると、僕は美奈子の手にある銀色の銃を観察した。
無数の銃口がついた変わった形の銃は、人が作ったものには見えなかった。
「美奈子さん…。僕にその銃を貸して下さい」
「ああ」
美奈子から渡された銃を、まじまじと調べてみると、
固く重く見えた銃は意外に軽く…すぐに崩れそうな程脆かった。
多分…美奈子の手から、離れたことも関係しているのだろうが…。
「美奈子さん」
僕は、美奈子に銃を返すと、言葉を続けた。
「多分…この銃は、変化しますよ」
チェンジ・ザ・ハートと材質も重みも違ったが、形状を変えれるように思えた。
女神の力を集めたというからには、恐らく材質は魔力か気だ。
テラの力を凝縮しているなら、解放するだけでも、大きさは数倍になるはずだ。
(本人にあった力だから、美奈子さんが望めば…形を変えるはずだ)
美奈子が武器を望んだから…銃になった。
(だとしたら…)
僕は、美奈子の目を見て、
「あなたが飛びたいと思ったら、翼になりますよ」
「!?」
美奈子はその言葉に、目を丸くしたが…どこか納得していた。
僕は微笑み、
「先に行って下さい。明菜のもとに…。僕もすぐに、追います」
美奈子は、銃を握りしめると、目を瞑った。
頭の中で、何かを想像していた。
いや、創造していたのだ。
美奈子が銃を前に投げると、それは光り輝き、巨大な翼に変わった。
「僕もすぐに、追いかけますので…」
どのようなものができたのか…確認しないで、背を向けた僕に、美奈子の声が飛んできた。
「お前も乗れ!」
その言葉に驚いた僕は慌てて振り返り、予想をこえた巨大な翼に驚愕した。
いや、翼ではない。
小型偵察機だ。
但し…屋根はない。
「いくぞ」
僕の目の前で、浮かんだ物体に、改めて驚愕した。
「飛行艇になれる…武器か」
「早くしろ!」
「はい!」
頷き飛び乗った僕と、美奈子を乗せて、飛行艇は、夜の海を疾走した。
僕はまだ…知らない。
そこに、過酷な運命が待っていることに…。
「あああ〜」
小刻みに震え、口をパクパクしだすジェーンの頭から、アルテミアは手を離した。
やるべきことは、やった。
これ以上やると、脳に障害が残るかもしれない。
繊細な作業を終え、アルテミアはほっと胸を撫で下ろした。
「明菜…戻って来い」
ジェーンの体が痙攣するかのように、一度軽く飛び上がると、そのまま床に、横から倒れた。
(後は…様子を見て)
明菜の人格が呼び覚まされるのを、待つだけだ。
複雑な作業を終え…緊張感から、解放された一瞬の緩み。
それは、ジャスティンも同じだった。
安堵するという気持ちの緩みが突然、玉座の間に現れた者を認識するのが、遅れた。
「ライ!」
アルテミアが気付き、襲いかかろうと思うより前に、ふっ飛んでいた。
「な…」
気づいた時には、玉座の間の壁を突き破り…さらにいくつもの壁を突き破っていた。
「そ、そんな…馬鹿な…」
何枚目かの壁に激突し、止まった時…アルテミアは絶句した。
自分の体の真ん中に、空洞ができていた。
動きを見切ることはできなかったが、自分に穴をあけた攻撃はわかっていた。
信じられないが…ただのパンチだ。
「あ、あたしが…」
アルテミアは口から、血を吐いた。
「一撃で…やられるなんて…」
話すことも、辛くなってきた。
バンパイアの回復能力をもってしても、土手っ腹に大きく空いた穴を塞ぐことは不可能だった。
「く、くそ!」
このままでは、死ぬ。
昔のように、肉体を捨て、精神体になり、誰かと融合することは、可能だろう。
しかし、アルテミアは悟っていた。
今の最高の状態の自分が、まったくかなわない相手に、誰と融合して勝てるというのか。
それに、このままでは…自分の肉体は死んでしまう。
しかし、どうすることもできない。
先程のジャスティンの言葉が、過った。
自分の肉体を持たない精神だけの存在は、他人の肉体を得ても、劣化したコピーでしかない。
「な!」
一瞬のことだったが、状況を理解したジャスティンはすぐに、戦闘モードに入った。
プロトタイプブラックカードを発動させた。
「そうだ…。最初から、こうすれば、よかったのだ」
突きだした拳を握りしめ、ライは歓喜に震えた。そこには、アルテミアの血がついていた。
「ライ!」
digシステムになり、黒い結界を纏ったジャスティンは、死角から、ライの顎先に拳を叩き込んだ。
「そういえば…いたな」
ライの口元が、緩んだ。
「何!?」
渾身の一撃がヒットしたのに、ライはびくともしない。
「我が女の周りを飛んでいた…蠅がな」
ライは横目で、ジャスティンを睨んだ。
ただそれだけで、ジャスティンの体はふっ飛び、玉座の壁を突き破った。
他の部屋を繋ぐ通路に転がったジャスティンは、唖然としていた。
「馬鹿な…。これ程とは」
体を覆う結界が、一瞬で砕けていた。
「核の直撃にも耐える…digの装甲が」
元の姿に戻ったジャスティンは、すぐさま立ち上がろうとした。
「しかし…まだまだ終わらん……!?」
ジャスティンは絶句した。
全身に、力が入らない。
指一本も動かすことが、できなかったのだ。
「馬鹿な…」
鍛え抜き、数多くの死線を潜り抜けてきたジャスティンの体が、ライの睨みだけで動かなくなったのだ。
「あり得ない…」
ジャスティンは、冷たい床の上で、ただ寝ることしかできなくなった。
「最初から、こうすれば…」
ライは、アルテミアをぶっ飛ばしてできた壁の穴を見つめ、
「弱き存在を気にかける必要など…なかったのだ!」
瞳が赤く染まっていく。
「我は神!創造者なり!一度壊した者も、再生できるわ!」
ライの指先から、無数の光が放たれると、それは…壁をすり抜け、アステカ王国で活動している人々に襲いかかった。
それは、一瞬だった。
アステカ王国の人々の命が、刈られたのは…。
ほんの数秒で、アステカ王国は崩壊したのだ。
「な!何が起こった?」
気絶していたソリッド達が気付いた時、玉座の間の壁は穴が空き、部屋は見るも無残な姿になっていた。
「何があった?」
状況が理解できないソリッド達が、立ち上がった時、彼らは部屋の中央にいる…漆黒の闇の存在に気付いた。
「まだいたか!」
ライの目が、ソリッド達をとらえた。
どうやら、先程の攻撃は、意識があった者だけに効果があったようで、気絶していたソリッド達には、効いていなかった。
「魔王!」
ソリッドは絶句した。
「ごめんなさい」
ソリッドの後ろから、女の声がした。
はっとして振り返ると、そこにはリンネがいた。
「どういうことだ!なぜ、魔王が!」
狼狽えるソリッドの耳に、リンネの囁くような声が聞こえた。
「王は、決められたの…。人という種を滅ぼすことを」
リンネはクスッと笑い、
「王の決定には、逆らえない」
「話が違う!」
「…あなたのような人間嫌いじゃなかったわ」
リンネは微笑みながら、消えた。
「死ね!」
ライの指から、光の矢が放たれた。
「させない!」
ソリッド達の前に飛び出したジェーンが、両手を突きだし、バリアをつくった。
「ジェーン様!」
ソリッドが叫んだ。
「ほお」
ライは少し感心した。
「さすがは、王女。先程の攻撃を防いでいたか…。しかしな」
「え」
光の矢は、いとも簡単にバリアを突き抜けると、ソリッド達に突き刺さった。
「そ、そんな…」
ジェーンの右肩にも、矢が突き刺さっていた。
崩れ落ちるジェーン。
「馬鹿な…」
ソリッドの全身にも、無数の矢が突き刺さっていた。
他の戦士達は、絶命していた。
倒れそうになるソリッドの目が、部屋の角で倒れているカルマを見つけた。
「カルマ…」
今のソリッドには、カルマが生きているのか、死んでいるのかわからない。
「カルマ…」
そして、前のめりに倒れると、手を伸ばし、カルマの手に触れた。
「お前だけでも…」
その瞬間、カルマの体が消えた。
ソリッドは、カルマの体をテレポートさせたのだ。
「下らん」
その様子をじっと見ていたライは、倒れているソリッドに近づいた。
安堵の表情を浮かべ、絶命したソリッドの顔を見て、ライは無表情となり、その顔を踏み潰した。
「どうせ…ここから、逃げたところで…この星にいる人類は、皆殺しにする。我の力でな」
「そんなことはさせない!」
「うん?」
後ろから声がして、ライは振り返った。
ジェーンが左手を、ライに向けていた。
右腕は肩に矢が貫いている為、どうやら動かないようだ。
「この世界は、あなたの思うようには、ならない」
「なぜだ?」
震えながらも、気丈にも戦おうとするジェーンに、ライは訊いた。
ジェーンは、ライを睨みながら、
「人は、負けない!絶対に、滅んだりしない」
「フン」
ライは、鼻で笑った。
「今の人は滅ぼすが…我が、新しく人間をつくってやろうか?だから、心配するな。王女よ」
「ひ、人をつくる?」
「そうだ!魔物達の退屈しのぎとして、人は必要だからな!」
「ふざけないで!」
ジェーンの叫びに、ライは初めて、表情らしい表情を見せた。
それは、悲しい瞳。
「我がつくった…人形ならば…もう悩むことはない。嘆くことはない。何度でも、再生できる!」
「ひ、人はおもちゃじゃない!」
ジェーンの手から放たれたサイコキネッシスを、ライは睨むだけでかき消した。
「今の人はな。これからは、おもちゃになる」
ライは笑った。
その瞬間、突き刺さっていた矢が爆発し、ジェーンの右腕が消し飛んだ。
ジェーンはそれでも、気丈にも笑顔をつくった。
「あなたの思い通りには、ならない!この世界には、こうちゃんがいるから!」
「こうちゃん?」
ライは首を捻った。
「赤星浩一!太陽の勇者よ!」
ジェーンの言葉に、ライはせせら笑った。
「太陽は沈む。そして、闇が支配する。太陽と闇…反する力を持つ我に、ただの太陽は勝てんよ!」
「こうちゃんは、負けない!」
「願望だな?王女…いや、異世界の女よ」
ライの右手が、輝いた。
「明菜!」
アルテミアがふっ飛ばされて空いた穴から、美奈子が飛び込んできた。
「ほお」
ライは、突然の来客に目を細めた。
「テラか」
美奈子は、右腕をなくしている明菜の姿を見て、頭に血が昇った。
「あたしの後輩を!よくも!」
美奈子の手に銃が握られ、無数の銃口から、光が放たれた。
「吠えるなら…」
ライは左手を突きだした。
「力の差を、埋めてからにしろ」
美奈子の放った銃弾はすべて…ライの手の中に吸い込まれた。