第150話 行く末
燃え尽きた大地の上で、僕は立ち続けていた。
足の裏を燃やす残り火も、僕には何も感じさせない。
この者達に、罪があったというのか。
生きる為に、この地まで逃げて来て、
ただ生きてきた人々に罪があったのか。
いや、ない。あるはずがない。
だけど…僕はわかっていた。
魔物と人間は違う。
これは、虐殺であったが、魔物の行為に人間と同じ言葉を当てはめっても意味がない。
やつらが、人間を殺すことは、当然なのだ。
それを理解しながら、泣く僕は… 人間なのだろう。
例え、バンパイアとして目覚め、人とは違う体になっても、心は人間だった。
なぜなら、僕は人間から産まれ、人間として育ってきたからだ。
ロストアイランドの全滅は、僕に人であるべきだということを、認識させた。
「アルテミア…」
僕の呟くような…そして、強い決意を感じさせる声に、アルテミアはこたえた。
「なんだ?」
僕は、一面焼け野原になった世界を見つめながら、拳を握り締めた。
「僕は…ライと戦うよ!直接!」
僕は、体を反転させた。
赤き瞳が、遥か海と結界の向こうにある魔王の居城を睨んだ。
勇者といわれているからとか、義務ではない。
人の側に、ライと戦えるのは僕だけだからではない。
目の前で、人が死んでいく。
僕は、それに堪えれないのだ。
「勝てるかは、わからない…。だけど!」
僕は、言葉を噛みしめ、
「戦う!」
僕の言葉に、アルテミアはしばらく何も言わなかった。
数秒後、
「あたしは、お前とともにいるよ」
それだけを口にした。
僕は頷き、
「いくよ!」
炎の翼を広げた。
「魔王のもとに!」
空中へと飛び上がった僕、一気に海上へと移動し、魔界へ進路を向けた。
「また…人が死んだか…」
遠くに感じる命が燃え尽きる悲しみを、ジャスティンは静かに目を瞑り、噛み締めていた。
圧倒的な魔力。
一方的な虐殺。
しかし、自分1人では、守ることはできなかった。
無力…。
「くそ!」
カレンは、ピュアハートを振るっているが、目を瞑り気をどこかに向けているジャスティンに、当たることはなかった。
「あり得ない!」
人がいない孤島で、ジャスティンとカレンは、組み手をしていた。
ジャスティンは素手、カレンは何を使ってもいい。
最初は、カレンも素手で戦っていたが…全然相手にならないので、思わずピュアハートを召喚したのだ。
しかし、それでも当たらないことに、カレンの苛立ちは最高峰に達していた。
キレたカレンは、最後の手を使うことにした。
「モード・チェンジ!」
カレンの体が変わる。
喰らった魔物の能力をコピーできるピュアハートは、カレンの体躯をトリケラトプスに似た姿に変える。
それは、肉体そのもの…細胞を変えるというよりも、体に纏う気の形を変えるに近い。
巨大な角を、ジャスティンに向けると、突進した。
一瞬で、マッハをこえた角が、空気の壁を貫いた。
破裂音とともに、ジャスティンに突き刺さったはずの角は、あらぬ方向を飛んでいた。
「な!」
絶句したカレンの変幻が解けた。
ジャスティンの回し蹴りが、角を付け根から、へし折っていた。
「あり得ない!」
すぐに、カレンは再び魔物の姿になろうとしたが突然、目の前に現れたジャスティンの膝が顎を突き上げた。
そこで、カレンの記憶は飛んでいた。
気を失って倒れたカレンを見下ろすこともなく、ジャスティンは星空を見上げた。
「時間がない…」
ジャスティンは、星の輝きに目を細め、呟くように言った。
「人の力を結集しなければ…人は滅ぶ」
また再び目を瞑ったジャスティンの頬を、一筋の涙が流れて、消えた。
ジャステンは、流した涙を恥じた。
涙を流している暇もないし、涙を流す弱さも悲しみというものを噛み締めている余裕もあってはならない。
ジャスティンは、そばで倒れているカレンに視線を落とし、呟くように言った。
「君は…最後の砦。人類の」
気を失っている為、聞こえているはずがないが、ジャスティンはだからこそ、本音を話した。
「私は、近い内に死ぬ」
片膝を地面につけると身を屈め、カレンの手からピュアハートを取り上げると、刃を空に向けた。
「アルテミアと赤星君が、魔王のもとへ向かう!私もそこに行かなければならない。そして、彼らの為に…この命を捧げなければならない」
そう言うと、ジャスティンはフッと笑った。
「一度…なくした命だ」
ジャスティンは笑いながら、ピュアハートを自分の脇腹に突き刺した。
「くっ」
ジャスティンは思わず、顔をしかめた。
剣を刺した痛みより、突き刺した切っ先から感じる肉を食う感覚が、気持ち悪かった。
数秒突き刺した後、ジャスティンはピュアハートを抜くと、ブラックカードを取りだし、血が滴る刃に当てた。
ブラックカードの表面の数字に指を走らせ、パスワードを打ち込み、剣に封印を施した。
ピュアハートは、喰った者の能力をコピーすることができる。
ジャスティンは、自分の能力をピュアハートに刻んだのだ。
血を拭うと、カレンの手にピュアハートを戻した。
しっかりとピュアハートを握らせると、ジャスティンはカレンに微笑んだ。
「君の可能性は、ティアナ・アートウッドに匹敵する。幼き時…君の能力を悟られる訳には、いかなかった。魔王にも、人間にも」
ジャスティンは、脇腹の傷口にブラックカードを当てた。
「だから…君が戦士に目覚めるまで、君の力を封印していた。その封印は…私の死によって、完全に解かれる」
ジャスティンは、目を細めた。
アルテミアとの戦いで、一度仮死状態になった為に、カレンの封印は少し解けたのだろう。
そして、カレンは自らの努力で、信じられないレベルまで強くなったのだ。
「ライ!」
僕の瞳が赤く光り、あまりのスピードの為、流れ星のように大気に軌跡を残していく。
「赤星!落ち着け!魔王は、激情だけで倒せる相手じゃない!冷静になれ!」
アルテミアの言葉も、僕は無視した。
今、僕が飛んでいる世界の下でも魔物による殺戮が行われているかもしれない。
怒りが冷静さを奪い、気を探れなくなっていた。
普段なら感じる魔物の波動も、人々の叫びも、今の僕には聞こえない。
「く、くそお!」
大陸が見えだした海の上で、僕は一度止めると、咆哮した。
「うおおおお―!」
僕の全身が炎で包まれ、空間さえも焼き尽くす。
「ど、どうして…みんな…救えないんだ!!」
自ら流す悔し涙でさえ、蒸発していく。
「どうしてだ!!」
僕の体温が上がっていく。
細胞の一つ一つが、炎そのものと化していく。
それは、綾子のような魔力の暴走ではなく、無限に炎を熱を放す存在に変わっていく…現象だった。
つまり…。
「赤星!」
突然、僕の前で実体化したアルテミアが、回し蹴りを放った。
赤いジャケットを羽織ったファイアモードになって、アルテミアの足が僕の腹の辺りにヒットした。
そのまま、赤い球体に近い姿を形成しだした僕の体は、海に落下した。
その瞬間、海が蒸発し、大量の水蒸気が発生した。
「こんなところで、太陽になどさせるかあ!」
炎の属性になっているはずのアルテミアは、大量の汗をかき、僕の腹を蹴った足は焼けただれていた。
「赤星!お前は、自分がしょうとしたことがわかってるのか!」
アルテミアは水蒸気が立ち込める海に向かって、落下した。
「モード・チェンジ!」
水面に飛び込んだ瞬間、アルテミアはマーメイドモードへと変わった。
「守る立場のお前が!破壊する立場になるな!」
アルテミアは、水中でまだ燃え続けている僕を見つけると、巨大な尾を使って、一気に突進してきた。
「頭を冷やしやがれ」
アルテミアの両手から、渦巻きが放たれた。
「うわあああ!」
怒りと悲しみが、僕を混乱させ、理性を吹き飛ばしていた。
アルテミアから放たれた二本の渦巻きは、僕を絡めとるように巻き付き、海中で激しく回転させた。
「赤星!」
アルテミアが腕を交差させると、渦巻きはまるで遺伝子の螺旋のような形を取った。
「頭を冷やして、冷静になれ!」
アルテミアの思念が、水中でも僕の頭に響いた。
だけど、僕には聞こえない。
水蒸気はとめどもなく、僕の体から発生し続けた。
「うおお!」
水中でありながら、雄叫びを上げた僕の体が、激しくのたうちまわる渦の中で、止まった。
そして―――。
月が昇った夜空に向かって、水柱が上がった。
まるで、ロケットを打ち上げたの如く天に上がった水柱の中から、アルテミアの体が飛び出してきた。
「な」
絶句するアルテミアの体を、水中から伸びた三本の爪が貫いていた。
気を固めてつくった体とはいえ、痛みは感じられた。
「そ、そんな馬鹿な…」
空中に飛び上がったアルテミアを串刺しにした爪は、すぐに水中に戻った。
「この力は…」
アルテミアの手先や、爪先が消えていく。
「赤星…」
四散しながら、消えていくアルテミアの体が自由落下で水面に落ちた。その衝撃で、まだ形を保っていた胴体が、砕けた。
首だけになり、海中に沈んでいくアルテミアは、自分とは逆に空に向けて上がっていく表面だけが黒くなった物体を、消えていく瞳がとらえた。
(駄目だ…)
もう口も消えていた。
(赤星…)
僕の体に戻ろうとしたが、今の僕は、アルテミアの魂すらも拒否していた。
(こんなところで…あたしは…)
瞳もなくなり、闇がアルテミアを包んだ時…海中でありながら、アルテミアの体を包む光があった。
(なに!?)
結界が、アルテミアを包んでいたのだ。
「アルテミア様…」
アルテミアの頭に、声が響いた。
「…今、あなた様にお返し致します」
その声は温かく…そして、懐かしかった。
幼少の頃から、つねにそばで聞いていた声。
母であるティアナとともに、つねにそばにいた人物の声。
(ああ…)
アルテミアの心が泣いていた。たとえ…涙を流す瞳がなくても。
「最後のご奉公でございます。さあ、行かれよ!」
「バイラ!」
アルテミアの絶叫が、結界を砕いた。
その中から、目映いくらい美しいブロンドの髪を靡かせた女神が、現れた。
「うわああ!」
美しき天使の翼が、海水を猛スピードで掻き分ける。
海中から一足先に飛び出した僕を追い越し、月下の下で白い翼を広げたアルテミアの周りを、回転する二つの物体が旋回する。
「赤星!」
アルテミアは回転する物体を掴むと、両手でクロスさせた。
すると、十字架を思わせる白銀の剣になった。
「うおおっ!」
理性を失っている僕は咆哮を上げながら、空中に浮かびアルテミアに向かって突進する。
両手から飛び出した鉤爪が、炎を伴ってアルテミアの喉元を狙う。
「怒りや、悲しみに囚われるな!」
アルテミアは、シャイニングソードを握り締めると、僕に向かって急降下した。
「うわあああ!」
「そのことを、あたしに教えたのは!」
空中で、アルテミアと僕が交差した。
「お前だろうが!」
アルテミアの頬に、傷が走った。
僕の肩から、腰にかけて傷が走ると、鮮血が噴き出した。
「赤星!」
すると、気の暴走で黒くくすんだように変色していた肌がもとに戻った。
僕は空中で気を失い、そのままアルテミアを追い抜いて、海面へと再び落下した。
「赤星…」
アルテミアの頬についた傷は、すぐにふさがり…跡すら残さずに、もとに戻った。
「…」
アルテミアは顔を上げ、月を数秒見上げた後、僕が沈んだ海中に向けて飛び込んだ。
「うう…」
僕が目覚めた時、そこは海中ではなく、砂浜の上に横たわっていた。
「どこだ?」
僕は上半身を上げ、周囲を確認した。
足元に波が押し寄せて、靴の裏で弾けていた。
「何があったんだ?」
記憶が飛んでいた。
手の甲を額に当てて、頭を働かす。
「え!」
僕は思わず、立ち上がった。
頭に、皆殺しにされたロストアイランドの映像が浮かんだ。
「そうだ!僕は!」
ピアスを確認して、アルテミアを呼んだ。
「アルテミア!ぼ、僕は!」
どす黒い怒りと悲しみが、僕を包み…そこから記憶がない。
だけど、体が覚えていた。
狂い、暴れたことを。
「僕は…あれから、どうなったんだ!」
僕の叫びにも、アルテミアはこたえない。
「アルテミア!」
問いかける僕の声に答えたのは、アルテミアではなかった。
「あいつなら、もう…旅立ったぞ」
「え?」
砂浜を抉るような足音を起こして、僕のそばに近づいてきたのは、美奈子だった。
美奈子は、遠くの空を見上げ、
「すべてを終わらせる為に、飛び立ったよ」
切な気に、見つめていた。
「美奈子さん…」
僕はふらつく体に力を込め、何とか立ち上がると、美奈子の横顔に目をやった。
「アルテミアは…魔王のところへ?」
「いや…」
美奈子は、首を横に振った。
そのまま、僕に背を向けると、漆黒の海を見つめた。
そして、しばらく口を開くことはなかった。
僕も問い詰める気にはならず、海へと顔を向けた。
僕の体から力が抜けていることは、明らかだった。
いずれ回復するだろうが、今は空を飛ぶこともできなかった。
魔力がなくなっている。
僕は、自分の胸に手を当ててみた。
傷はついていないが、斬られた感覚は残っていた。
(ライトニング・ソード…いや、シャイニング・ソードか)
ぎゅっと胸を握り締めると、唇を噛み締めた。
(アルテミア…)