第147話 堕ちた女神
あたしが脱走して、数日が経った。
すぐに追っ手が来るかと思われたが、誰とも遭遇することなく、魔界を抜けることができた。
ついこの前まで、魔界を出るのに、数秒くらいだったのに…今は、丸五日はかかっていた。
途中、雑魚の魔物に会ったが、チェンジ・ザ・ハートを使い、何とか倒すことに成功した。
血を飲めば、力は回復するだろう。
しかし、あたしはそれをしなかった。
雑魚に苦戦するという屈辱よりも、今の自分の弱さを恥じた。
魔界は、城から離れると殆どが緑で覆われており、木の実や果物が溢れていた。
あたしは、それを食らいながら、魔界の出入口を目指した。
実は、あたしを探す追っ手は出ていたのだが…まさか、あたしが女神の肉体を手放しているとは思っていなかったようだ。
天空の女神は、もうとっくに魔界を離れ、人間界に潜り込んでいると思われていた。
だから、捜索隊は人間界に、放たれていた。
あたしが率いていた天空の騎士団がメインとなり、世界中のあらゆる空を飛び回っていた。
そんな中で、未だにあたしは、魔界を走っていた。
魔力を失ったあたしに、魔神達が気付くはずがなかった。
あれ程強力だった魔力が、なくなっていると誰が思おうか。
知性もない下等魔物と、戦いながら、あたしは幼き頃、お母様に教えて貰ったことを思い出していた。
それは、戦い方だ。
雑魚の一撃喰らっても、へし折れそうな華奢な体であっても、当たらなければいい。
(動きが見える!)
五メートルはある猿に似た魔物の機敏な動きも、あたしには読むことができた。
チェンジ・ザ・ハートをトンファーや槍に変えながら、巧みな動きで、あたしは魔物を仕留めた。
昔なら、指先で倒せた魔物を、頭を使って倒して行く。
この日々が、あたしを戦士として成長させたけど、そう心から思えるのは、随分後の話になる。
あたしが、肉体を失い.....その為、融合した男と出会ってからだ。
翼を失い、モード・チェンジさえできないあたしが、魔界の外に出たとき、着ていた純白のドレスは真っ黒になり、ブロンドの髪も汚れ、傷みきっていた。
だけど、あたしは妙な達成感に満たされていた。
(やっと出れた.)
ここから、人間界。
思わず入口の小高い丘で、立ち止まった。
魔物がいない訳ではない。
あたしは、チェンジ・ザ・ハートを一振りすると、ゆっくりと歩き出した。
その時のあたしは、まだ...これからの目標を持っていなかった。
(お母様の仇を討つ!)
ただそれしかなかった。
そして、今の自分では、到底魔王に敵わないことも。
それでも、あたしは自由になれたことが嬉しかった。
翼を広げ、天を翔るよりも、大地を踏みしめる今が、心地よかった。
まだ魔界と変わらない緑の向こうに、人間が張る結界の壁が見えた。