第144話 未来
「ねえ…お母さん」
手を引かれ、険しい山道を走る男の子は、足をもつれさせながらも、一生懸命に走っていた。
「少し辛抱して下さい。やつらの気を感じぬところまで、いかなければ」
男の手を引く女は、着ている着物はボロボロで、汚れもひどかった。
それは、自然とボロボロになったのではなく、長年の戦いを得て、傷ついたものだった。
「この山を越えれば…あなたの叔母様がいます。人類最強の戦士が……!!」
女ははっとして、前を睨むと男の子を抱き締めた。
「ケケケ…」
山道を形作る左右の林が、切り刻まれ、次々に倒れると行く手を塞いだ。
そして、その無数の倒れた木々の上に、五匹の翼持つ魔物が降り立った。
「いくら貴様でも、子連れでは、我等を相手にはできない」
カラス天狗は、クククと笑った。
「おとなしく、そのガキを渡せ!」
「そうだ!渡せ!」
魔物達の要求に、女はキリッと睨み返すと、男の子を抱き締めた。
「この子は、希望!最後の希望!」
「母さま…」
男の子は恐怖の中、しっかりと女にすがりついた。
「だからこそ!今、殺さねば」
カラス天狗は、巨大な鎌を構えた。
「力に目覚める前に!」
「我が魔王が、目覚める前に!」
「渡せ!」
親子に襲い掛かるカラス天狗よりも、女は腕の中の男の子を心配した。
優しく頭を撫で、
「少し熱くなりますけど…我慢して下さいませ」
「うん」
男の子は頷き、
「母さまの火は熱くないから、大丈夫だよ」
その言葉に、女は愛しそうに男の子を見つめると、全身を炎で包んだ。
そして、襲いくるカラス天狗達の鎌を避けながら、次々に回し蹴りをたたき込んだ。
まるで舞のような動きで攻撃を終えると、女は炎を解いた。
「馬鹿な…ありえん!」
カラス天狗達の全身の穴から、炎が噴き出し、次々に倒れた。
「お、お前は……ここまで強くなかったはずだ…×××」
カラス天狗は女の名を呼んだが、最後は炎に包まれ、聞こえなかった。
女は、燃えるカラス天狗達に一瞥をくれると、静かに歩きだした。
倒れた木々を軽く飛び越え、少し魔物から離れてから、女は男の子を地面に降ろした。
「やっぱり、母さまは強いや!」
男の笑顔に、女は首を横に振って、否定した。
男の子の目線まで屈むと、女は諭すように言った。
「あなたの本当のお母様の方が、ずっと強かったのですよ。わたしなんかより、とても」
「本当の…お母様…」
男の子は項垂れた。
そんな男の子が、愛しくてたまらない女は思わず、男の子をまた抱き締めた。
「わたしは、本当は……あなたの武器なのです。あなたが、真の力に目覚めた時…わたしは、役目を終えるのです」
その言葉に、男の子は顔を上げ、涙を滲ませた。
「そんなの嫌だよ!母さまがいなくなるなんて!」
女も涙を流していた。
「わたしは、その時…武器として、姿は変わりますが、お側にはいます」
男の子は、声を上げて泣き出した。
女はどうしていいのか、わからない。
「その頃には、あなた様のお母様もきっと…会いに来られるでしょう」
「ほ、本当のお母様は、死んだって…みんな言ってるもの」
「そんなことは、ありません」
女は、男の子をまた抱き締め、
「あの方が、死ぬことはありません」
「母さまが、母さまがいたらいい!母さまがいい」
その言葉に、女はただぎゅっと抱き締めることしかできない。
「ありがとうございます……。コウヤ様」
それは、未来の物語。
まだ辿り着かぬ未来の話。