第139話 秘められた力
アルテミアとの訓練をこえた実戦に近い戦いは、熾烈を極め…1ヶ月近く続けることになってしまった。
そんな中。
世界には、新たな動きが変化とともに、訪れていた。
「何事だ?」
騒つく魔物達の不安と恐怖を感じ、サラは太平洋にある島に来ていた。
生き残った数匹の魔物を押し退けて、熱帯ジャングルの湿気と暑さの中を、サラは歩いていた。
「うん?」
そこには、数十体の魔物が倒れていた。
息絶えていた魔物達に、これといった外傷はない。
剣や銃、そして魔力でやられたわけではない。
サラは、腰を抜かしている魔物に確認した。
「これをやったのは、人間なんだな?」
「へ、へい!に、人間でした……お、おかしな、ち、ち、力を使う」
サラは、窒息死したのか…自らの体をかきむしった形で絶命している魔物を見、
「人間がやっただと?」
サラには信じられなかったが…しかし、どこか引っ掛かるものを感じていた。
少し考え込んだサラは、あることを思い出した。
「ま、まさか…これは、サイコキネッシス!?だとしたら」
サラは、頭を浮かんだ事実を否定した。
「やつらではあるまい…。どこかの人間は、目覚めただけだろう」
しかし、魔物を殺せるサイキッカーがいることは危険だった。
気を探ったが、近くに人はいない。
「久々の珍種だ。どうしてやろうか?」
サラはほくそ笑んだ。
校門をくぐった帰宅途中、普段通り歩いて帰るカレンは、先程からおかしな気を感じていた。
気付かぬ素振りで歩くカレンは、一定の距離を取りついてくる者の気を探っていた。
(魔物ではない?あきらかに、人間…。だけど)
カレンは足を止める素振りを見せずに、前に足を出しながら、瞬歩によって、一瞬で後ろへと下がった。
後ろ歩きとも見せないその動きは、後ろにいる者を追い越したはずだった。
しかし、対象になる者がいない。
「!?」
対象者を探そうとしたカレンに、前から声がかけられた。
「山本可憐…いや、カレン・アートウッドだな?」
その声に、カレンは心の中で舌打ちした。
(速いじゃない…!テレポートか!?)
カレンとすれ違った感覚はない。
テレポートを操る人間は、珍しい。
空間移動は、特殊能力である。
(余程の妖精や聖霊と契約しないと、使えない!)
カレンは姿勢を正し、体の周りに気を張り巡らせた。
制空権。
手刀を形作り、どこから来ても叩き落とすつもりでいた。
カレンの佇まいを見て、前方にいる女は口元を緩め、
「今日は、あなたとやり合う為に来たのでは、ありません」
女はそう言うと両手を広げ、丸腰であることを示すと、アスファルトの地面に跪いた。
カレンに頭を下げ、
「我々は…あなた様をお誘いに来たのです」
「誘い?」
カレンは訝しげに、女を見た。
涼しげな色合いのワンピースを着た女は、褐色の健康的な色合いをしていたが、少し衣服から覗かれる素肌は、透けるように白い。
白人と違い…透明に近いのだ。
「類い稀なる才能をお持ちでありながら、人間社会では力を発揮できず……名を偽り、姿さえも隠す。そんなあなた様は、我らと同じ…」
跪きながら、言葉を発する女から、まったくの魔力を感じないことに、カレンは驚いていた。
(こいつらは?)
カレンの疑問に答えるように、女は顔を上げ、カレンの目を見ながら、
「異能者。我ら…アステカ人と同じ」
「アステカ人……?」
カレンは、すぐにその単語を思い出せなかった。
「そうです」
女は頷くと、立ち上がり、
「あなた様の力は、今の力をなくした人類ではなく、我らアステカ王国のもとでこそ、発揮できるのです」
力強く真っすぐに見つめる女を、カレンはせせら笑った。
「そうか…思い出したよ」
カレンは、十字架のペンダントに手をかざすと、女を見据え、
「魔王に恐れをなして、自らの仲間だけで、海の底に逃げた者どもな!」
カレンは、一気に間合いを詰めた。
一瞬で、ピュアハートを召喚すると、女に斬り掛かった。
「我らは、逃げたのではありません。あなた様と同じです」
残念そうに、首を振った女は、ピュアハートの斬撃が走る直前で消えた。
「これが…超能力!?」
女がいた場所に、着地したカレンの頭に直接声がした。
初めての感覚に、カレンは目眩を覚えた。
「あなた様は、我らと同じ異能者です。そのことを、お忘れなく…」
「馬鹿が!」
カレンはピュアハートを、十字架に封印すると、虚空を睨んだ。
「あたしは、アートウッド家の汚名を晴らしたいんだ!誰が、お前らの方につくか!」
カレンは毒づくと、また平然と歩きだした。
背を伸ばし、落ち着き払って歩きながら、内心はいろいろなことを考え、思考を巡らしていた。
(アステカ王国……。なぜあたしの前に?)
カレンは世界が変わっていくことを、感じていた。
(一度…詳しく調べないと…)
超能力のことを。
カレンは足を止め、腕時計を確認すると、まだ学校の図書館が開いていることに気付いた。
時間もある。
カレンは、来た道を戻ることにした。
「予定通り、カレン・アートウッドと接触致しました」
女は、カレンが気が探れないだろう距離までテレポートした。
日本的な瓦の屋根の上に立ちながら、目をつぶり、女はテレパシーを送っていた。
「神レベルには近いですが…やはり人間です。魔王を倒すレベルには程遠いと思われます」
女は、誰かに報告しながら、
「はい」
何度も頷いていた。
「はい。わかっております」
女は目を開けると、
「手分けして、探しております」
ゆっくりと目を細め、
「赤星浩一を」
遠くを睨んだ。
「いえ…何もございません」
女は、瓦の上で跪いた。
そして、頭を深々と下げ、
「ジェーン様。あなたの思うがままに」
女はそのまま、瓦の上でテレポートした。
日本から離れ、今は廃墟と化したワシントン。
炎の女神ネーナの襲撃時に、自ら核を使用したことにより自滅したワシントンは数年後…その周辺で暮らす人々は、何とか少しつづ生活を取り戻そうとしていた。
放射能は薄らぎ、人体に影響はなくなった。しかし、一度崩れた治安はもとには戻らない。
精霊も妖精も…魔物も寄り付かない廃墟では、少ない食料を奪い合う弱肉強食の世界となっていた。
魔法を使えない人々は、銃やナイフでいがみ合い、殺し合っていた。
銃声が轟き、倒れた人間にナイフを突き立て、金ではなく、食料を奪う。
通貨は、ここでは意味がなかった。
もともとアメリカは、防衛軍に参加していなかった。
ボランティアとして、元防衛軍の戦士がアメリカの治安回復の為に、何人も上陸していた。しかし、核により汚れた土地を、パートナーである妖精や精霊が嫌がっている為に連れて行けず、ボランティアの人々もなかなか近づくことはできなかった。
そんな土地に、大量の食料を持って入ったアートはつねに、命を狙われていた。
無償で渡すと言っても、襲い掛かってくるのだ。
仕方なく、各地に食料を置きながら、逃げ回っていた。
アートはその間に、人の醜さを見ていた。
ルールも倫理もない世界では、人は獣と変わらなかった。
人の肉を食っている者もいた。
あらゆる惨劇に、顔を背けていると、近づく気配を感じさせずに、アートの後ろに誰かが立った。
「テレポートか…」
アートは後ろを見ずに、その現象を理解した。
「さすがですね。愚かな人間達の中で、唯一の人の可能性を信じ続けた人だけのことはあります」
後ろに立つ男は、まるで生気を感じないけどに、顔色が真っ白である。
「今更どうして、私の前に来た。君達は、我々の呼掛けを無視したはずだ」
アートの言葉に、男はフッと笑い、肩をすくめた。
「私達は、ただ無謀な戦いに参加する気がしなかっただけですよ。わざわざ犠牲者を出すことはない」
「犠牲者?」
アートはゆっくりと振り返り、男を見た。
生気のない顔は撤回しょう。
そこにある目がぎらつく程、鋭い。
「そうでしょ?」
男は鼻で笑い、
「あなたは強い。しかし、魔王を倒すことはできなかった。唯一、魔王を倒すはずだったティアナは、人を裏切った」
「それは違う!」
アートの怒気が飛ぶ。
男は肌が騒つくような感じを受け、心の中で毒づいた。
(やはり並みではない)
アートを見つめてから、男は頭を下げた。
「挨拶が遅れました。我が名は、ソリッド。我が主から命をうけ、あなたをお迎えに参りました」
「迎え?」
アートは眉を寄せた。呼ばれる理由がわからなかった。
「はい」
アートが不信がっていることに気付きながらも、ソリッドは言葉を続けた。
「我が主、ジェーン・アステカ様が、お呼びです」
頭を下げたまま、アートの返事を待つソリッドに、
「今更だが、断る理由もない」
「では、御同行して頂けますね」
ソリッドは顔を上げ、ゆっくりとアートに近づき、肩に手を伸ばそうとしたが、アートは拒否した。
「自分でいく」
アートはブラックカードを取り出すと、ソリッドの目の前に指で挟んで示した。
「プロトタイプ…ブラックカード!?」
初めて見るカードに、目を見開いたソリッドはやがて…笑った。
「魔物から魔力を奪うカード。ククク…人らしい」
いやらしく笑うソリッドに、アートは冷静な口調できいた。
「場所を教えろ」
「私を追尾したら、いけるでしょ」
肩をすくめるソリッドに、アートは頷いた。
「わかった」
アートは、軽くソリッドを睨んだ。
「では」
ソリッドがテレポートした後、アートもすぐにテレポートした。
「ようこそ。我らの国へ」
テレポートアウトした場所は、王の間とは、思えぬ程簡素なものだった。
以前攻め入った魔王の城が、玉座以外闇とすれば、ここは玉座以外は薄暗かった。
「ジェーン」
アートは、目の前の玉座に座る女を見つめた。
「お久しぶりですね」
ジェーンは、アートに微笑みかけた。
「再びあなたとお会いできるとは、思ってもおりませんでしたわ」
「私もだ…」
目が慣れてくると、部屋の様子がわかってきた。
一面が、まるで真珠のように真っ白だ。
床の表面も滑りやすく、降り立った瞬間、バランス感覚が取れなかったら、転んでいただろう。
ジェーンは、玉座から立ち上がった。
そして、アートに近づいて来るが、足を動かしていない。
両足が、壁から浮いているのだ。
そんなジェーンを、ただ冷たく見つめるアートに、彼女はまた微笑んだ。
「あなたに、会いたく思っておりましたよ」
「下らん」
アートは一言だけ、口にした。
ジェーンは悲しそうにアートを見ると、視線を下に落とした。
「久々にお会いしたというのに…」
「君は、打算的だ。私への気持ちも、愛情よりも、利用価値で決めている」
「そんなことは…」
ジェーンは、顔を背けながらも、後ろで控えていたソリッドに、目で促した。
ソリッドは頭を下げ、王の間から消えた。
そのやり取りに気付き、アートは目を細めた。
(相変わらずか…)
心の中でフッと笑うと、アートはジェーンの横を通り過ぎた。
「大層なことを」
目の前ある玉座に、回し蹴りを食らわした。
しかし、足は玉座の中を通り過ぎた。
「ホログラフか?それとも」
アートは振り返り、
「さっき、私と目が合った時、脳に投影したか?」
ジェーンを睨んだ。
ジェーンは、アートに体を向け、
「会いたかったのは、本当です。あなたが欲しいことも」
また笑いかけた。
「貴様!」
「昔、あなたの呼掛けに応じなかったのは、謝ります。だって…あたしの予言では、ノーマル人はみんな殺されるとでたから」
「チッ」
アートは、ブラックカードを取出した。
「無駄よ。ここは、あなたの力を計算してつくってある。魔法…そして、得意の体術でも破壊できないわ」
「ジェーン」
アートはジェーンを睨んだ。
ジェーンは、アートを見つめ、
「あなたなら、わかってくれているはずよ」
「君はどこまで!」
歯軋りをするアートを、ジェーンはただ見つめ、
「あなたは、ノーマル人と共にいるべき人間ではないわ」
アートはブラックカードを握り締めたまま、
「かつて、君はカードシステムを知りたくて、我々に接近してきた。一学者として、その能力は素晴らしく、カードシステムの発展に大いに尽くしてくれた。しかし!」
アートの言葉の続きを、ジェーンは話しだす。
「ティアナの裏切り…ブラックカードというバグ。そして、安定者の中に、内通者がいた。そんな組織に、いつまでもいることの方がおかしいわ」
「クッ」
ジェーンの言葉に、アートは言い返せなかった。
確かにその通りだ。
ジェーンは、言葉を続けた。
「その後、クラーク・マインド・パーカーが、安定者達の粛正の後、異世界の人間をこの世界に導きましたが…さらに世界を混乱させただけ」
言葉なく睨むアートに、ジェーンは苦笑し、
「そうでしたね。その時のことは、ご存知なかったですね」
「だがな」
アートは、ブラックカードを人差し指と中指で摘むと、
「それで、人々は学んだのだ。この世の理を!」
アートは、何かを召喚しょうとしたが、魔法は発動できなかった。
何か強い力で、妨害されていた。
「サイコキネッシスか…」
首を絞められ、空中に浮かぶアート。
「かつて…最強といわれた三人の勇者がいた。純白の勇者ティアナ・アートウッド、影狩りの勇者クラーク・マインド・パーカー、そして…あなた」
「ウググ…」
きつく絞まっていく首を止めることができない。
「ジャスティン・ゲイ!ホワイトナイツ最後の1人!」
ジェーンの目が輝き、さらに力をいれる。
しかし、ある一定の食い込みから、アートの首はびくともしない。
「なぜだ!岩をも砕くあたしの念力が、通用しない」
「フッ」
焦るジェーンに、アートは笑いかけた。
「いや…君の力は凄いよ。気を抜くと、折れそうだよ」
アートの首が盛り上がる。
「鍛えているのでね。首を絞められたぐらいで、死ぬようじゃ…この世界を守れない」
アートは、ブラックカードを指に挟んだ。
「魔法を使う気?生憎だけど、この部屋の壁は魔力を反射させる。あなたのどんな攻撃も無駄よ」
ジェーンの言葉に、アートは笑った。
「魔力は、使わんよ」
アートは左手に持つブラックカードで、自らの胸を切り裂いた。そして、右手の人差し指と中指を傷口に突っ込むと、顔をしかめながら、肋骨を一本取り出した。
そして、それをブーメランのように投げた。
「何!」
あまりの出来事に、唖然としたジェーンの横腹を肋骨が殴打した。
その瞬間、力が緩んだ。アートは床に降り立つと、ブラックカードを胸にかざした。
傷口は、塞がった。
「なんて男!」
ジェーンは両手を前に突き出したが、アートは真後ろに回り込んでいた。
「本当の絞めを教えてあげよう」
アートは、ジェーンにスリーパーホールドを極めた。
「君は、いや、君達は、人間であるのに、なぜ我々を毛嫌いする!同じく力を合わせれば…」
「相変わらず…甘い」
「な!」
ジェーンの体から現れた光球は、全身を包むと、アートを弾き飛ばした。
異様に滑る床の上を、アートが転がっていく。
「極めた瞬間、落とせたものを」
ジェーンは、ゆっくりと振り返ると、全身を包んでいた光球を、指先に縮約させた。
「あなたは、人に対して甘すぎるわ」
アートは立ち上がり、ジェーンを見つめ、
「私は、人の未来を守る為に存在する!私だけじゃない!ティアナ先輩も、クラークもそうだった」
「裏切り者と敗北者が、どうやって人を守るか」
ジェーンはせせら笑った。
「ティアナ先輩は、裏切ったのではない!魔王に、人の命の尊さを教えたかったのだ!クラークは、人の未来を模索し、後継者にすべてを託した」
アートは、ブラックカードを額にかざした。
「我は、二人が残した勇者とともに戦わなければならない。それが、ホワイトナイツ最後の1人!ジャスティン・ゲイの使命だ」
「戯言を!」
ジェーンの指から、光の矢が放たれた。
「モード・チェンジ!」
ジャスティンは光を睨みながら、叫んだ。
ブラックカードが輝き、黒き光がジャスティンを包んだ。
ジェーンが放った光の矢は、突然現れた黒き手に受け止められ、拡散した。
唖然となるジェーンに、ジャスティンの声が聞こえてくる。
「モード・チェンジ…。かつて、魔力の使えぬ人々の為に、ティアナ先輩が考案した能力。しかし、各属性に一瞬で変化させる為…その負担は大きく、ティアナ先輩の命を縮めた」
黒き光の中から、異形の者が姿を現す。
「クラークは自らの体を、モード・チェンジの実験体とされ、力を得た代わり…人の姿を失った」
「この姿は!?」
ジェーンは無意識に後退った。
「モード・チェンジの完成形は、天空の女神アルテミアによってなされたが、人の身では駄目なのか…。その答えの一つを、防衛軍の科学者が出してくれた」
黒い漆黒の結界を身に纏ったジャスティンが、ジェーンに近づいていく。
「このDIGシステムが」
「ディグ…馬鹿な!このシステムは」
「フン」
ジャスティンは鼻を鳴らし、
「ブラックカードは、ポイントを集める強制が呪いのようにあったが……こいつは、プロトタイプブラックカード!そんな呪いはない」
ディグを纏ったジャスティンの頭部にある単眼の赤き目が、光った。
「クッ!」
ジェーンはとっさに、サイコキネッシスを集めた光の矢を次々と放つ。
「無駄だ!この体には、効かん!」
ジャスティンは、拳を握り締めた。そして、ジェーンに襲い掛かる。
「ジェーンよ。今一度問う!すべての人々の為に、力をかしてくれ!」
「できないわ!」
ジェーンは、テレポートしょうとしたが、それよりも拳が速い。
「なぜだ!本当は、そう望んでいるはずだ!」
「あたしは、王なの!」
ジャスティンの拳は、ジェーンの頬をかすめると、後ろの壁に突き刺さり、壁を破壊し突き破った。
「うおおお!」
ジャスティンは咆哮を上げると、その場から消えた。
「ジャスティン…」
崩れ落ちるジェーンの目から、涙が流れた。
そして、床に倒れたジェーンのそばに、ソリッドがテレポートしてきた。
「ジェーン様!」
駆け寄ったソリッドは、意識を失ったジェーンのおでこに、手を当てた。
「なんと凄い熱だ!」
ソリッドは、周りにテレパシーを飛ばした。
すると、救護班がテレポートしてきた。
「力を使い過ぎたようだ!至急脳を休ませろ!」
ジェーンを囲んだ救護班は、部屋から消えた。
「我らの力とて、無限ではない」
サイキッカーである彼らも、無敵ではない。
ソリッドは舌打ちした後、破壊された壁に目をやった。
「対魔神用に作られた壁を、一撃で破壊しただと!!」
しばらく、苦々しく残骸を見つめた後、ソリッドはにやりと口元を緩めた。
「さすがは、ホワイトナイツの1人、ジャスティン・ゲイ」
笑うソリッドの手に、剣が握られた。
「相手にとって不足はない!ジェーン様の為にも、あやつは殺さなければならない」
ソリッドは、剣を破壊されていない反対側に投げた。
すると、剣は壁に刺さり、亀裂ができると、自然に崩れ落ちた。
「あやつは、王を惑わす」
ソリッドの目が妖しく、輝いた。
アステカ王国から脱出したジャスティンは、テレポートアウトした瞬間、跪いた。
身に纏った結界は消え、もとの姿に戻る。
「やはり…活動時間は短いな。約3分か」
プロトタイプブラックカードの残高は、零になっていた。
無限に使えるブラックカードと違い、自らポイントを集めなければならないプロトタイプブラックカードでは、ディグの活動時間が決められていた。
それに消費する魔力が、尋常ではない。
ジャスティンは立ち上がり、ブラックカードの残高を確認した後、上着のポケットにしまった。
「仕方あるまい」
体術をメインとするジャスティンは、ジュリアン・アートウッドのように、対魔法防御を身に纏った能力に憧れた。
防御がいらないなら、武術はそれだけで、さらに強くなれる。
だが、ジュリアンの能力は人間ではなくなったことで、得ることができた力だった。
それは、ジャスティンはしたくなかった。
あくまでも人間でいる。
ディグシステムは、短い時間であるが、ジャスティンの理想に近付けた。
昔、ジェシカ達が使ったディグと違い、魔力に制限がある今回のディグは、魔法を使えなかった。
いや、使えば、使用時間が単純に減る。
「まあいいさ」
ジャスティンは頭をかくと、歩きだした。
ブラックカードが零になった為、ここがどこかわからないが、空気がある場所なら、恐れることはない。
周りを囲む緑一色の風景は、人間がいないことを示唆した。
「赤星君と、アルテミアが再びくれた命。有効に使わねば」
赤星は、カードシステムの塔を破壊する寸前、クラークによってコールドスリープさせられていたジャスティンは、救い出した。
そして、アルテミアによって、彼女に自ら差し出した心臓が戻されることにより、ジャスティンは復活したのだ。
森に入った瞬間、サーベルタイガーに似た魔物が襲い掛かってきた。
それを手刀で仕留めると、早くも新しいポイントを得た。
「また集めるか」
ジャスティンは欠伸をしながら、無防備に森の奥へと、足を進めた。