第138話 当たり前の勇気
「アルテミア…」
僕の声を無視し、ただ下を見下ろしているアルテミアは、ゆっくりと地上へと降下していった。
視線の端に、城跡から出てくる五人組の姿をとらえた。
「誰か来る?」
アルテミアも気付いているだろうが、あまり気にはしていないようだ。
バイラが落ちてできた窪みのそばで、アルテミアはただ立ち尽くしていた。
「赤星……」
小さな声を絞りだすような、アルテミアが口を開いた。
「バイラは…もしかしたら…」
アルテミアの言葉を、最後まで聞くことはできなかった。
「失礼します!」
アルテミアの後ろに、整列した五人の迷彩服を着た男女が、敬礼をしながら、話し掛けてきたからだ。
「天空の女神…アルテミア殿とお見受けしますが」
1人の女が、敬礼をしながら、前に出た。
アルテミアは、返事をしない。
女は気にせずに、言葉を続けた。
「私は、元防衛軍新鋭隊所属のジェシカ・ベイカー」
「防衛軍?」
その単語に、アルテミアは反応し、少し顔を向けた。
「は!」
敬礼を崩さないジェシカを、アルテミアは睨むように見つめ、
「元防衛軍なら…どうして、あたしを助けた?お前達が所属していた防衛軍を解体させたのは、あたしなんだぜ」
「わかっております」
即答したジェシカは、アルテミアの右耳についているピアスを見つめ、
「しかし!我々は、あなたの同調者である…赤星浩一殿に、命を救われた者達です」
「赤星に………?」
アルテミアは少し考え込むと、全身をジェシカ達に向けた。
その瞬間、アルテミアは僕に変わった。
目の前に、突然現れた僕に動揺することなく、ジェシカ達は最敬礼をした。
「お久しぶりです!」
ジェシカを見ても、僕は思い出さなかった。
首を傾げる僕に、ジェシカは話し掛けた。
「魔界の城のそばで、あなたに助けられた者達です」
ジェシカは、迷彩柄のジャケットのポケットから一枚のカードを取り出した。
そのカードを見て、僕は目を見開いた。
「ブラットカード?」
「はい」
ジェシカは頷いた。
「これは…私の戒めです。力に溺れるな。そして、人として、何を為すべきかを教えてくれます」
ジェシカの言葉に、僕はじっとブラックカードを見つめた。
(もし…みんなが、平等にポイントを使えたなら……カードシステムは、存在していてもよかったのではないのか?)
しかし、実際は貧富の差がはっきりとでてしまった。
まるで、貨幣のように。
(だけど…)
僕はジェシカに、カードシステムがなくなってから…そして、僕とアルテミアが、いなかった時期のブールワールドの話をきいた。
ジェシカは、笑顔でこたえ、
「最初は、カードシステムがなくなった戸惑いは、ありましたが……今は、落ち着いています。人の生きるという力は、凄いんですよ。あなたが、私に言ったように…」
ジェシカ達は、世界中を旅して、魔物と戦いながら、自警団を作っていた。
いずれは、百人程度の組織をつくり、人間を守りたいと……。大きすぎる組織は、腐敗してくるから、小さな組織をつくりたいと。
そして、最後に彼女は、赤星にこう言った。
「私達は…あなた方がいるから、頑張れるのです。あなた方が、希望なのです」
ジェシカは真っ直ぐに、赤星を見つめ、
「いつか…魔王を倒してくれると…」
そう告げて去っていくジェシカを見送る僕に、ピアスの中から、アルテミアが言った。
「赤星…。お前に話がある」
「え?」
「お前は……今のままでは、駄目だ」
いきなり、声が後ろから聞こえた。
驚き、振り返った僕の前に、トンファ-を構えたアルテミアが立っていた。
「な」
絶句する僕に、アルテミアは呟くように言った。
「モード・チェンジ…」
口調は穏やかでありながら、黒のボンテージ姿になったアルテミアは素早い動きで、一瞬で僕の目の前に立つと、右足を大きく振り上げた。
アルテミアのかかと落としが炸裂し、地面を抉り、衝撃波が広がった。
地面は、まるでクレーターのようにへこんだ。
とっさに、後方にジャンプした僕は、クレーターの真ん中に立つアルテミアに、絶句した。
「あり得ない!」
アルテミアの体は、ライの居城にある。そして、精神と心は、僕とともにあるはずだ。
驚き、目の前に立つアルテミアをスキャンしょうとした時には、もう消えていた。
「遅い!」
耳元に突然、アルテミアの声がしたと思ったら、背中に衝撃が走り、僕は弓なりになりながら、今できたばかりのクレーターの底に激突した。
フラッシュモードから、地面に降り立ったアルテミアは、またストロングモードへと変わる。
「どういうことだ?」
ピアスにいるはずのアルテミアの声が、しない。
「クソ!」
僕はチェンジ・ザ・ハートを、ライトニングソードに変えると、突進してくるアルテミアに向かって構えた。
「こいつが、アルテミアの訳がない」
両拳を握り締め、真っすぐに向かってくるアルテミアに、僕は電気の刃を飛ばした。
「ライトニングウェーブ!」
しかし、アルテミアは難なく電気の刃を避けると、ライトニングソードの上に爪先で着地した。
そして、剣の上で回転すると、回し蹴りを僕の顔面に喰らわした。
それから、ライトニングソードの切っ先から背面飛びのようにジャンプすると、よろめいた僕の手から、ライトニングソードを蹴り上げた。
数メートル離れた地面に、ライトニングソードは突き刺さった。
アルテミアは華麗に着地すると、すぐに地面を蹴り、体勢を立て直していない僕の鳩尾に、肘を食い込ませた。
息ができなくなり、崩れ落ちる僕を見下ろしながら、アルテミアは言った。
「昔…あたしが、ジュリアンやあたし自身と戦った時、お前はあたしに、何と言った?」
「う……」
僕は痛みで、声が出ない。
「力に溺れ…力任せでは駄目だと」
アルテミアは、また右足を振り上げ、
「今のお前は、強大な魔力を糧にして、ただ力を振るう…あの頃のあたしと同じだ!」
再びかかと落としを、繰り出した。
「うわあああ!」
僕の目が赤く光ると、一気に魔力が上がる。
右腕で軽く、アルテミアのかかと落としを受けとめた。
はずだった。
アルテミアの右足は、頭上で軌道を変え、横合いから、僕の首筋にヒットした。
「く!」
魔力を解放した僕が、この程度の蹴りで倒れることは…倒れることは……。
片腕を地面につけた僕から、回転して離れると、アルテミアは間合いを取った。
「どうした?」
アルテミアは指を鳴らし、
「あたしはまだ、本気ではないし…この体は、普段のあたしの三分の一の力しかないぞ」
「アルテミア?」
「この体は、お前の能力である、炎で武器をつくるを応用し、炎で肉体をつくった……いわば、仮初めの体」
「仮初めの体?」
立ち上がった僕に、アルテミアは頷き、ゆっくりと間合いを詰めていく。
「お前は、力に目覚めてから…その比類なき力で、数多くの敵を葬ってきた」
アルテミアの姿が、普段のブロンドの女神に戻る。
「しかし…これからの戦いは、力だけで勝てる程甘くはない。特に、魔王ライは…お前と同じ」
ライトニングソードが分離し、2つの物体になると、アルテミアに飛んでいく。2つの物体を両手を受けとめると、アルテミアは合体させ、槍とする。
「太陽のバンパイアだ!間違いない!」
アルテミアの瞳が真っ赤になり、
「同じ力を持つなら、経験値の高いライの方が、有利!だからこそ、お前はライとは違う力を身につけないといけない!」
アルテミアの背中から、天使の翼が二枚。そして、さらに漆黒の翼が六枚。
見たことのない姿だ。
「これをよけてみろ!」
アルテミアは頭上で回転させると、ジャンプした。
「女神の一撃か!」
僕は両手を突き出し、炎のバリアを張る。
「うりゃあああ!」
アルテミアは、槍を振るった。
「な!」
僕の炎は、マグマの竜に相殺され、津波に溺れ、雷鳴に打たれ、風に巻かれた。
「女神の乱撃」
アルテミアは、槍を振るった形で、僕の後ろに着地した。
技を発動すると同時に、アルテミアの体が揺らいでいく。
「この体では、限界か…」
アルテミアは、倒れている僕を確認しながら、煙が拡散するように消えた。
少し意識を失っていたようだ。
ふらふらと立ち上がると、ピアスの中から、アルテミアが告げた。
「さっきのあたしを、瞬殺できるくらいでないと…魔王には勝てないぞ」
僕は驚き、
「そんなにレベルの差があるとは、思わない。僕は、先代の魔王レイを、倒してるんだよ」
立ち上がった僕の目の前に、またアルテミアが立っていた。
「レイとライでは、次元が違いすぎる」
アルテミアは風の如く間合いを詰めると、飛び膝蹴りを僕の顔面にたたき込んだ。
「それに…レイは」
アルテミアは翼を広げ、天に舞い上がる。
「封印され、魔力を抑えられていた」
アルテミアの手に、ライトニングソードが握られた。
そして、一気に落下するように、僕に斬り掛かる。
雷が落ちたが如く、瞬きよりも速く、アルテミアは僕を斬り裂いた。
僕の体を左右に分けるように線が入ると、それから鮮血が噴水のように、噴き出した。
「アルテミア…」
アルテミアは本気だった。
そのまま…僕は二度目のダウンをくらい、意識を失った。
「赤星…」
アルテミアは、崩れ落ちた僕のそばに来て屈み込むと、今付けた傷口を手でなぞった。
「お前しかいないんだ……魔王ライを倒せるのは」
アルテミアは手についた僕の血を見つめ、
「あたしに…力があれば…」
アルテミアは僕の顔を見つめ、悲しげに微笑んだ。
「赤星。お前には、感謝している。それ以上に…………………………………」
アルテミアは、意識を失っている僕の額に、口付けをした。
「あたしより…強くなれ。浩一…」




